44
ホグワーツを救った英雄。
一夜明けて、彼の評価は一変し、さんざん好き勝手言っていた周囲も口々に彼を褒めた。
舌の根も乾かぬうちに、よくもまあと怒り7割呆れ3割の俺に、まあまあと彼は笑っている。
「オミニスが尽力してくれたんでしょ?ありがとう」
「闇の魔術は、使わないって言ったくせに」
「ごめんなさい。二度と使わない。約束するよ」
コネも何もかも使った。
なりふり構わず、金もそれなりに使った。
整った容姿というのは、役に立つのだということも知った。
勿論、彼が挙げた功績が大きい。
俺がしたのは、きっと彼らならそれをやり遂げるだろうと信じて、その前提で受け入れる土台を造ったことだった。
「セバスチャンは?」
「うん。呼び出されてるね」
それは知っている。
セバスチャンだけではない。ソロモン・サロウも何故か呼び出されていると聞いた。
その理由を彼は知っているだろうに、のらりくらりとはぐらかす。
セバスチャンは気付いていないが、彼に何を聞いても何でも教えてもらえるのは、セバスチャンだけだ。
「一つ聞いていいか」
だから、これも教えてもらえないかもしれない。
うん、いいよ。と笑った彼に、俺も小さく笑った。
「君が失ってしまったものは、何だ?」
俺たちは、たくさんのものを失わずにすんだ。そんな気がする。
俺の直感は、大体正しい。
本当は、これから彼を失うんじゃないかと思っていた。
でもきっと、これからも彼は俺たちと共にいるだろう。
だとしたら彼だって失ったものは無い。そのはずだ。
(いいや。違うだろうな)
彼は何かを、失い続けている。
「うーん。やっぱりオミニスは、鋭いなあ」
そう言って彼は、俺の腕を取って、何故か自分の頭に乗せた。
俺たちの身長は、そう大きく変わらない。
その行動に首を捻った俺に、すぐに腕を開放して、秘密を打ち明けるように小声で囁いた。
「僕が無くしたのはね、もう少し背の低かった自分と。そうだな……『名前』かな」
「名前?」
「うん。呼ぶことが出来なくなった、名前」
そしてそれは、これからも失い続ける。と呟いた彼は、けれどとても穏やかだった。
----------------------
45
アンが治るかもしれない。
そう言われたとき、不覚にも涙が零れた。
説明する校医と癒者、それに数人の教授。
完全に治るわけではないという。
痛み、という感情そのものに呪いがかかっている可能性があるから、傷を負えばその痛みは通常より大きなものとなってしまうのだそうだ。
それでも、今ある大きな傷と痛みの発作は治まるだろうと。
きっとアンの体調は、今より遥かに改善し、上手くいけば復学だって出来るだろうと、言った。
「ありがとう、ございます」
「サロウ。我々の他にそれを言う相手を、君は分かっているな」
フィグ先生の言葉に、目元を拭い顔をあげる。
はい、と頷いた僕に、先生は優しく微笑んだ。
寮の部屋に戻ると、『地下聖堂で待っている』と書かれた手紙を梟が咥えていた。
差出人の名はないが見慣れた友人の字だった。
僕は急いで、約束の場所へと向かう。
「さあ。セバスチャン、杖を取って」
けれど、地下聖堂にいた彼は、とても冷ややかな目をして僕に杖を向けた。
「は?」
状況が分からなくて目を白黒させた僕に、遠慮無く浮遊呪文をかけ、基礎呪文を飛ばす。
自分の魔法の威力を分かってくれ。冗談にしては過ぎる、と文句を言う前に、爆発の呪文を唱える声が聞こえてくる。
慌てて防御呪文を張ると、彼は満足そうに笑った。
「何するんだ」
「決闘だよ」
見たら分かるでしょ、とでも言わんばかりの彼に唖然とする。
その目は、本気だった。
「何のために」
「全てのものに、さようならを、するために」
いつだって、君のために。
そう呟いた彼に、あり得ない過去が、いや未来が、フラッシュバックする。
サラザール・スリザリンの書斎で、磔の呪文をかけたのは、僕だった。
フェルドクロフトが襲撃された時、闇の魔術を使い叔父に拒絶されたのは、僕だった。
地下墓地の遺物に魅入られて、僕は一体何をした?
破滅と転落の、美しく輝く緑の閃光。
オミニスの信用を失った。
結局助けられなかったアン。
待ち受ける、罪を背負った暗澹たる将来。
すべて、一歩隣にあった過去で、未来だった。
ただ一点。そこには、彼がいない。
ただ一点。何もかも失ったような僕の隣に、それでも唯一残ってくれた人がいた。
「感動の再会だね。セバスチャン」
そして、過去を打ち倒して、永遠にさようならだ。
目の前にいるのは少年なのに、酷くその声は高く聞こえた。
----------------------
46
「物資がいるんだろう?ホグズミードは詳しいんだ」
「誰もいません、僕だけです」
「妹に会って欲しいんだ。君の元気を分けてあげて欲しい」
「君なら分かってくれるって、思ってた。ありがとう」
「君なら出来る。特別な力があるんだ。頼む、僕のためじゃない。アンのために」
セバスチャンにとって、約束がとても重いものだと知ったのは、知り合ってすぐだった。
そんな君と、私は約束した。特別な古代魔術の力でアンを救ってあげると。
(ああ、でも。それは――アンのためじゃないんだよ)
君との本気の決闘は、これが三度目。これで最後だ。
もう君は、”私”よりずっと強いことを知っている。
腹部に衝撃が走る。
君の得意な爆発の呪文。でもこれは、仕留めるものではなく、次の搦め手のための布石。間髪いれず飛んでくる浮遊呪文を転がり避ける。
それを分かっていたセバスチャンが、そのまま杖を横に凪ぎ打った麻痺呪文に、足を取られた。
「ペトリフィカル・トタルス!」
「フィニート」
石化呪文がかかった瞬間に解除の呪文を唱える。
手が多いなあと、笑った。
そうだね、決闘を教えてくれたのは、君だもの。手数の多い戦闘スタイルは、君の受け売りだった。
そんな私の、一瞬の気の緩みを許すセバスチャンじゃない。
「アクシオ!」
がつん、と背後から飛んできた何かに思い切り頭を殴られて、意識が飛んでいく。
(さようなら)
薄らと見えた、スリザリン生のローブ。
彼は、どんな表情をしているだろう。
(さようなら)
――“私”の、特別。
----------------------
47
目を覚ますと、頭がずきずきした。
ほら、とウィゲンウェルド薬を差し出すセバスチャンは、大変不機嫌そうだ。
「ありがとう」
「それって、僕が言うべきか?」
上半身を起き上がらせた僕の隣に座り、彼は大きな溜息をつく。
「古代魔術の力、全部吸収してたけど、大丈夫なのか?」
「崩壊を止めるときに、ぜーんぶ使っちゃったから、大丈夫なんじゃない?」
先生が命を削ってくれた分も自分が肩代わりしたので、元々使えてただろう古代魔術の力すら今は感じない。
まあ別に使えなくても、僕には支障は無い。そもそも使っていなかったのだから。
うわあ、洋服ぼろぼろだな、なんて笑うと、君のせいでな、と同じくぼろぼろのセバスチャンも笑った。
「一生返せない借りが出来たじゃないか」
「それは、どうあがいても、どうやら運命みたいだよ」
前回も、今回も。
けらけら笑うと、くそおとセバスチャンは悔しそうだった。
「アンの呪い、解けるかもしれないって」
「良かったね」
「どうやったんだよ」
流石フィグ先生だ。
地下墓地の秘密は、結局、僕も教わっていない。おそらく古代魔術には関係ないし、魔法省に伝手と、今回のことで貸しがあるフィグ先生だから、何とかできたことなんだと思う。
君も私に言っていないことがあるだろう?おあいこだ、と笑った先生は、やっぱり優しくて大好きだ。
まるで憑き物が落ちたようだと思う。落ちてしまったのだなあ、と思う。
“僕”は、ここから、いろんなものを築いていかないといけない。
フィグ先生とも、オミニスとも、セバスチャンとも。
もう彼女の未来は、無いのだから。
尋ねたセバスチャンと目を合わせて、僕は彼に初めて言う言葉を返した。
「内緒」
「へえ」
それでも、彼女のレガシーを受け継いで。
さあ、僕の物語を始めよう。
(堕ちて2周目を始めよう・完)