短編として書いたため、次話以降はエンディングが分岐する
Danny boyを攫って(セバポピ転の話・1)
1
白い花が咲いていた。あれはリンゴの木。リンゴの花だった。
焼きたてのパンケーキのふんわりとした甘い匂いが香る、光の波が注ぐ窓辺のテーブル。本と埃だらけの家で、キッチンと同じように本の山が無い数少ない場所。
今か今かとナイフとフォークを握りしめて待つその目の前で、白い陶器の入れ物から、とろりと黄金の蜜が零れた。
きつね色の丘を滑り落ちていくその滴に見入っていると、得意げに紅茶を入れたカップを運んで父が椅子をひく。
もう食べてもいい?そう聞いた妹に、柔らかく微笑んだ母。
今日は、お兄ちゃんの分までとっちゃ駄目よ。
妹の頭を優しく頭を撫でる手に、はあい、と可愛らしく返事をしながらも、悪戯っ子の瞳が隣に座った僕を見ていた。
「――そりゃあ、幸せだね。確かに、蜂蜜のように甘ったるいよ」
「あのな。君が幸せなことって何、とか聞いたんだけど?」
5年生からの珍しい新入生。
闇の魔術に対する防衛術の授業の縁で、彼女に呪文を教えることが、僕の手が空いたときの習慣になっていた。
最初の印象とは違い、実は本音と建て前をしっかり使い分けている彼女は、けれど近頃僕の前で、すっかり素のままで話すようになった。
(いや、そうでもないか)
杖十字会にやってきて早々、お膳立てされた決闘にやる価値ある?とルーカンに聞いた彼女を思い出す。
むっとした顔のルーカンを見て、ああ、ごめんごめん、と綺麗な顔で笑って、結局今期のチャンピオンになった。
おめでとうとかけられた声には、こんなの肩慣らしでしょと微笑んで煽っていた。そう、彼女は見た目と柔らかい笑顔でごまかしているだけだった。
「セバスチャンと決闘できると思ったんだけどな」
「ルーカンが麗しの転入生のために、僕を君のペアとして登録したんだから仕方ないだろ。まあ、ペアを組んだのは2戦目までで、最終戦は一人で圧勝した君には不要の配慮だったようだけどね」
「2戦目までは課題だったからね。早く片付けるに越したことは無いでしょ」
話すようになったが、接点がそこまで多いかと言われればそうでも無い。
彼女はハッフルパフ生だったし、5年生からの転入ということで、いつも涼やかな顔をしていたけれど、たくさんの課題に追われているようだった。
彼女は有能で、聞いたこと、やったこと、すぐに自分のものにしてしまう。
呪文なんて唱えるだけ、と大層なことを抜かしたので、僕が思いつく一番面倒な呪文を教えると、「それは大変だね」と珍しく顔をしかめて呟いた。彼女は意外と面倒を嫌う。
接点が多くない僕に呪文の教えを請うのだって、それが最も効率がいいと彼女が判断したからだろう。
「そんなことはないよ。禁書の棚の時に、君、私のこと友達だって言っていたでしょ。忘れちゃった?友達は支え合うものじゃない」
「じゃあ、君は僕に借りがあることも、忘れていないんだよな」
「忘れてた。意外と恩着せがましいね。じゃあ、呪文の練習にぴったり、とか言って教えてくれた場所のせいで、学校の有力者オミニス・ゴーントに睨まれることになったことも忘れてないよね」
ははは、ふふふ、と笑い合った後で、二歩ずつ離れて杖を向け合う。
遠くでやりとりを眺めていた屋敷僕が、そっと部屋の隅に寄ったのを合図にお互い呪文を唱え合った。
「インセンディオ!」
「コンフリンゴ!」
炎と炎がぶつかるが、僅かに僕の炎の方が強く、彼女のローブが焼ける匂いがする。
「――っ。なんで同じ速度で打てるの?」
「慣れってやつさ。ほうら、今日は、君の負けだ」
早撃ちのような一発勝負である。
今日は攻撃呪文の練習だった。この間は、アクシオとレヴィオーソで僅かに彼女のスピードに負けたが、今日の勝負は僕に分があった。
にやりと笑うと、彼女はバサリと今着ていたローブを脱ぎ捨て、新しくベルベットの上等なローブを取り出し羽織った。
(……こうなるだろうな、とは思ってたわけか)
ディーク!と彼女がこの部屋を管理する屋敷僕を呼び、天井の内装を落ち着いた青に変えてもらう。
それは、今日の練習はこれで終わりという合図だった。
必要の部屋。その名の通り、必要なものが何でも用意されるという部屋。
オミニスに、僕が彼女に地下聖堂を教えたことがその日にばれるという不運があった数日後、彼女自身で呪文の練習にと用意した部屋だ。
もしかしたらアンを治療する手がかりがあるかもしれないから、と彼女はこの不思議な部屋に案内してくれたが、結局手がかりは見つからなかった。
ああは言ったが、禁書の棚での「借り」を彼女は忘れていないし、僕をこの部屋に案内したのは、さっさとその「借り」を返したいからだろうということは分かっていた。
「結局、禁書の棚での捜し物は見つかったのか?」
「本はね。一番大事なページを破った馬鹿がいるみたいで、今はそっちを探してる」
「そんな馬鹿がいるのか。許せないな」
本を破るなんてと呟くと、へえ、君本好きなんだね、と僕に何の興味もなさそうな声が聞こえた。
まあね。そう返して杖をローブにしまい出口に向かって歩きだした僕へ、彼女は声をかける。
「安心してよ、セバスチャン。君じゃないけど、私は、受けた借りは必ず返す主義だから」
じゃあ、また。と後ろから聞こえた声に、振り返らずひらひらと手を振った。
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2
赤い炎が揺らめいていた。あれは焚き火だ。野営地の灯りだった。
獣の匂いと共に育った。それが嫌だと思ったことは無かった。
血と鉄の匂いと共に育った。その匂いを判別できることが、嫌だと思わなかったことは無かった。
蜘蛛のような危険なものから、パフスケインのような無害な魔法生物まで。
檻に入れられてぎちぎちと、あるいはびくびくと、それらは哀れなほど震えるのに鳴声を立てることは無い。
声を立てた端から、銀色の串に刺されるからだ。
手に持たされた大きな針に立ちすくむ私の隣で、父は蔑んだ瞳で檻を見て嗤っていた。
ほらポピー。ここが弱いところだ。ここを潰すんだよ。
動けない私に腹を立てた母が、頭を叩き早くしろと言う。はい、と消え入りそうな声で返事をした私を、怯えた瞳が見ていた。
「――ああ。不幸なポピー。ようやく逃げてきたのに、今度は学校の近くの森に密猟者がのさばっているなんて」
「おばあちゃん、大丈夫だよ。私、もう不幸じゃない」
近頃、禁じられた森に密猟者が蔓延っている。
元々密猟者はマルワンウィームの周辺に多かったのに、こんなホグワーツの近くにまで勢力を伸ばしているなんて信じられなかった。
おばあちゃんは私が心配だと言うが、私は大切な友達のハイウィングの方がずっとずっと心配だった。
禁じられた森には入ってはいけない。
蜘蛛の巣があちこちにあり、危険な魔法生物やトロールも生息している。
ユニコーン、セストラル、ヒッポグリフなどの神聖さを持つ、手を出してはならない魔法生物の棲みかでもある。
人を除いた全ての命が、生きるために精一杯駆けることが許され、それをケンタウルスが守る森。
そんな不可侵な森に、ようやくハイウィングが人間に脅かされることなく過ごせると思った森に、植物採集や観測の目的以外で粗野な人間が足を踏み入れていた。
夜の森が怖いかと聞かれれば、そんなことは無い。
そういう場所で育ったし、そういう場所から自力で逃げてきた。
(でも、夜の禁じられた森は、やっぱりちょっと怖いかも)
ホグワーツは楽しかった。
綺麗なお城で、綺麗な服を着て、興味深い学びを得て、美味しいものを食べて、暖かいベッドで寝る。
おばあちゃんの家に逃げ込んだときも助かったと思ったが、ホグワーツに入学して、こんなに幸せな場所があるんだと感動した。
当初、生活のあまりの違いに慣れず「変人」と言われたせいか友達は出来なかったが、私は別に構わなかった。寮の子達も、だいたいの同級生も、挨拶程度は返してくれたし、勉強で分からないことは尋ねれば教えてくれた。
友人では無かったが、良き同胞であった。大人のように恐ろしい目はしていないが、子供は子供で時に他の生き物に残虐な面をみせるから、その関係で十分だ。
だから、ハイウィングがどうしても心配になって、禁じられた森にこっそり忍びこんでいる今も、私は一人だった。
「……ああ、良かった。ハイウィング、無事だったんだね」
近くに中くらいの密猟者の野営地があった。檻の中にフウーパーが捕まっているのが見えて、気が気じゃ無かった。
首を撫でると、ハイウィングはきらりと光る瞳で私を見て、野営地へ向かって首を振った。
いざという時のために噛み噛み白菜はたくさん持っている。
「いいよ。行こう」
許せないもんね、と頷けば、彼女が先に駆けだした。
なんだお前は!という声を無視して、噛み噛み白菜をばらまく。
私は決闘が得意なわけでは無いから、ときどき飛んでくる呪文をプロテゴで弾くのが精一杯だ。
結構時間がかかる持久戦かもしれない、と思ったとき、私の目の前にいた密猟者が吹っ飛んだ。
「――あれ?君、初日に、ウィーズリー先生が待ってるって談話室で声をかけてくれた子だね」
「あなた、新入生……?」
何でこんなところにいるの?とお互いぽかんとしたところに飛んできた魔法を軽く防御呪文でいなし、彼女はあっという間に密猟者達を叩き伏せた。
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3
ジャックドウとの待ち合わせの場所で、さて、どうしようかな、と私は悩んでいた。
破られたページを探すためやってきた禁じられた森。
アッパーホグズフィールドの近くの金庫から出た私に「すぐ行こう」と幽霊は急かしたが、ウィゲンウェルド薬を補充したいから翌日現地で落ち合おうと提案した。
薬を補充し、持ち物を整理して、初めて訪れた禁じられた森の野趣溢れる雰囲気を楽しんでいたところ、密猟者が誰かと戦う声が聞こえた。
噂のケンタウルスだろうか、と野次馬がてら見に言ったところ、予想に反してそこにいたのは一人のホグワーツ生の女の子で、どう見ても苦戦している。
加勢に入って、その勇敢とも無謀とも思える子を見ると、同寮の可愛らしい女子生徒で驚いた。
「さて、ポピー。私は今からこの先に用事があるんだけど、一人で帰れる?」
「禁じられた森に、何の用事があるの?」
「それは君こそだよ。何していたの?」
お互いがお互いに疑いの目を向けているこの状況。
約束の時間は刻々と迫ってくるから、私の足はジャックドウが指定した場所に向かっているが、ポピーはポピーで杖をこちらに向けたまま後ろを付いてくる。
(まあ、怪しいよね)
突然現れたホグワーツ生は、珍しい5年生からの新入生。助けてあげたとはいえ、密猟者同士だって敵対していたりする。良からぬ輩と手を組んでいるんじゃないかと思われてもしょうがない。
ジャックドウに会って上手いこと説明してもらうか、と口の上手そうな幽霊に全てを託して待ち合わせに着いたところで、私は真剣に頭を抱えた。
「……なんだ、この幽霊が言っていた待ち合わせの相手って君のことか。心配して損した」
「セバスチャン、何してるの?」
そこには、数少ない顔見知りのセバスチャン・サロウが、ジャックドウと共に佇んでいた。
ここは"禁じられた"森じゃなかったのか。なんでこんなに生徒がうろうろしてるんだ。
はあ、とわざとらしく溜息をついたスリザリン生に、溜息をつきたいのはこちらの方だと苦笑した。
「ほとんど首なしのポーピントン卿に頼まれた手土産を持って 首なし狩りのパーティーへ行ったら、この幽霊が『今から禁じられた森でホグワーツ生と会う』とか言うから」
「……心配で来た、と。人が良すぎじゃない?」
「君は知らないだろうけど、ここは数十年前に生徒が失踪した場所だからね」
この幽霊がその生徒だと言うけど、それならなおのことじゃないか。肝試しには危険すぎる。
そう言う彼に、それはセバスチャンも一緒では?と思うが、この同級生がめっぽう決闘に強いことを思い出した。
密猟者だろうが、ゴブリンだろうが、そんなに苦も無く倒せる自分を苦戦させたのは、今のところ彼だけだ。
「それで?君は何故ここに?ポピー・スウィーティングまで連れて。まさか本当に幽霊と肝試しなんて言わないだろ?」
それにしちゃあ、スウィーティングが随分敵意を持ってるみたいだね。とこれまた疑いの目を向けられる。
ジャックドウを恨みがましく見つめるが、僕に言わないでよ、という笑顔で取れそうな首を振られた。
「――仕方ないな。そこの幽霊のように死ぬかもしれないけど、君たちがついてくると言うなら止めないよ」
私は説明しないけどね。と返した言葉を受けて、疑いの中にほんのり好奇心を覗かせ二人の瞳が瞬いた。
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4
私たちは、そんな始まりだった。
私たちは気があった。
みんな学ぶことが好きだったし、セバスチャンの闇の魔術に対しても拒否感は無かった。
意外なことに、ポピーも大丈夫だった。
アバダ・ケダブラなんて、優しい殺し方だ。そう言った瞳は、暗く悲しげだった。
一番最初に古代魔術という秘密を打ち明けた(というか、秘密の場所に二人がついてきた)のは私だった。
次に、闇の魔術が使えるなんて、面白いことを言い出したのはセバスチャンだった。
冬にさしかかって粉雪が降り始めた頃、ようやくポピーは辛い過去を教えてくれた。
なんとなく友達といえる関係になったのは、その頃だ。
それでも、妹の治療法が見つからないと気が立つセバスチャンに、可哀想なセバスチャン、と思い優しい言葉をかけつつも、私たちは他人事だと眺めた。
セバスチャンは友人だが、別に彼の妹は友達じゃない。その程度には他人事だったのだ。
彼の本当の友達が誰か、私とポピーはよく分かっている。
ただ、セバスチャンは私たちとの友好を望んだし、私たちが彼の友達に配慮することも無かった。
そうして。確かに守護者達が言うように、痛みを抜く魔法は禁術であった。
「アンが助かるかもしれない」そう言って私にすがった少年のために、私はポピーと一緒に考えた。
やってみるか、と。
しかし実際、密猟者から”痛み”を抜きながら思ったのは、なるほどこれは禁術だ、である。
「セバスチャン、古代魔術は駄目だよ。使い物にならない」
「は?」
「ほら」
誰も来ない廃墟に呼び出したセバスチャンに、まるで魂が抜けたかのように視点の合わない密猟者を見せると、目を見開いて彼は小さく震えた。
副産物も厄介だった。
一緒に捕まえたアッシュワインダーズにそれを吸わせてみれば、恍惚とした顔をして「私は何でも出来る!」とか言い出した。
結論、使えない。というか、これはやばい。そう伝えると、セバスチャンは何かを噛み殺した様子でこちらを見ていた。
そうやって私達がやらかした頃、セバスチャンもやらかした。
よりにもよって、大切な家族の目の前で、ゴブリンに闇の魔術を使ったのだ。
「アンを助けるためだった」
「君は馬鹿だねえ。私たちに毒されすぎだよ。普通は拒否されるでしょ」
ふさぎ込む彼を天体観測と称して夜の雪山に引っ張り出して、背中をさする。
焚き火で暖めたコーヒーを差し出したポピーに、セバスチャンはようやく顔を上げて、ありがとうと微笑んだ。
古代魔術なんて意味の分からないものに振り回され、試練のために何度も殺されかけている私と、ちょっぴり特殊なお家事情のポピー。
五体満足で帰ってきた!と言った守護者に怒りも湧かずに呆れたぐらいには私はやさぐれているし、ポピーだって根底にあるのは人間不信だ。
彼の幸せな家族と、一緒にしちゃあ駄目なんだ。
「アンを助けたいだけなのに。叔父さんは助けになってくれない」
「アンの助けになってなくても、君を助けようとしているとは思うけどな」
「僕はアンを、失いたくないんだ」
話を聞きながら、まるで子供だ、と思った。
悲しい子供だ。
たくさんの幸せを持っていたからこそ、失い続ける、力不足の子供。
まだ両手に飴を抱えているのに、落とした飴を拾おうとして今持っている飴まで落としてしまいそうな子供。
こういうときどうしたらいいのか分からない、というポピーの視線を受けて、私はとっておきの特技を見せることにした。
「実は、私、リュートが弾けるんだ。この間、大道芸人から譲ってもらってさ。ポピーは楽器は出来る?」
「え?……笛ぐらいなら。時々動物を寝かしつけるのに使うから持ってるけど」
「セバスチャンは?」
「おい、無茶言うなよ」
よいしょとリュートを抱えた私と縦笛を持ったポピーに、ぱちぱちと まばたきをして、困ったようにセバスチャンは笑う。
「じゃあ、君は歌だね」
「なんで僕が」
「セバスチャンは声がいいからに決まってるじゃない」
そう言ったポピーと目を合わせた後で、軽く弦を弾く。
みんな知っている、ロンドンデリーエアーだ。好きな歌詞をつけて自分で歌う。
風は凪いでいた。星は瞬いていた。欠けた月は、雲間に光っていた。鼻を刺すように空気は冷たく、焚き火は頬が痛いほど暖かった。
優しく郷愁を誘うメロディは、雪に、大地に、空に、夜の闇の中に、とけていく。
歌うというより、朗読するように。ぽつりぽつりと。時々詰まりながらもセバスチャンは唄った。
「こんなに煩くしていいのかな。こんな山の中で」
「夜は楽しむものだよ、ポピー」
くすくすと笑ったポピーに、にやりと返す。
ついつられて唄ったセバスチャンが、照れ隠しのように鼻を鳴らした。
「ははっ。君は不良だな」
「やだな、セバスチャン。夜に親和性があるのは大人よりも子供なんだよ」
子供とは、暗闇の中にこそ存在するのだ。未来という光があるからこそ存在出来る、影なんだから。
知識も、肉体も。最も貪欲に摂取しようとし、かつ、ほとんどが確かに与えられる私たちは、限りの無い暗闇に潜む獣である。
そう言うと、極論だ、とようやく彼らしい少し皮肉気な、でも楽しそうな顔で笑った。
私とポピーとセバスチャンは、親友ではなかったけれど、気の合う友達であった。
例え誰が、例えば家族が、違うと言っても。
例え、お互い救い合うことが出来なくても。
ルックウッドを殺して、ランロクを殺して、その道中、たくさんの闇の魔法使いやゴブリンを倒して、いつも心配してくれた恩師を犠牲にして、一人ぼっちで英雄になった私。
けれど、彼の教えてくれた闇の魔術は、本当に何度も命を救ってくれた。
「そんなわけで、行ってくるよ。ポピー」
「場所は分かるの?」
「一度行っているからね」
オミニス・ゴーントに、アン・サロウは任せよう。
その代わりに、オミニス・ゴーントは、セバスチャン・サロウを失った。
「いらないのなら、私たちがもらおう」
姿現しを私に教えてくれたのもセバスチャンだった。
アズカバンへは行ったことがある。
ディメンターへの対処も勉強した。
私は、どんな鍵だって開けられる。いざとなったら、古代魔術を使おう。
三人分のトランクを持ったポピーは、ジャックドウと一緒に禁じられた森のあの場所で手を振って、私を送り出した。
「借りを返しに来たよ。セバスチャン・サロウ」
一緒に、一生逃げよう。
「……どこへ?」
「とりあえず、ポピーが両親に会いたがってるから、ボルネオに向かおうかなって思ってる」
彼女の両親の物かもしれない手紙も実はこっそり見つけている。
手を差し出した私を、セバスチャンは見つめた。
この手を取れば、永遠に、アン・サロウとオミニス・ゴーントとは決別するだろう。それでも、自由の身になれるかもしれない。
この手を取らなければ、闇の魔術で叔父を殺めた彼は、永遠に、アズカバンの塀の中だろう。それでもいつか、愛する妹と親友は許してくれるかもしれない。
どちらが彼にとって幸せか、そんなものは私には分からない。
ほら、君の杖だよ。と渡した杖と開かれた扉。
一歩よろめいた彼は、まだ困惑から抜け出せていない。
無理矢理引っ張っていくか。思ったところで、吸魂鬼が大きな口のような空洞を向けて襲いかかってくる。
(一体、二体、三体、四体……多いな)
杖を構え、下がって、という意味でセバスチャンの名を呼び、呪文を唱えた。
「エクスペクト・パトローナム!」
吸魂鬼に向かって青白い炎のような光を纏って駆けていった動物は、二体だった。
ゆっくりと振り返ると、セバスチャンは、泣きそうな顔で笑っていた。
やるね、といつもなら声をかけたところだったけれど、私は彼の言葉を――答えを、待つ。
「……思い浮かんだのは、白い花だった」
ぽつりと彼が呟き、私は、そうなんだと返す。
それは、聞いたことがあった。
いつか話してくれた、彼の大切にしていた『幸せ』の思い出だった。
両親と、妹と。愛され光と懐かしさに包まれた、そんな少年のころの思い出だった。
一緒にしちゃあ、駄目か。そう思った。
「君たちと、雪山で、歌っただろ。白い花。もしリンゴの花だったらって」
「――そうだね」
思わず手を掴んだ私と、手を握り返したセバスチャン。
行こう、ポピーが待ってる。
想像しうる私たちの未来は少しも幸せではなかったけれど、吸魂鬼を追い払える程度には、一緒にいられてやっぱり幸せなのだ。
(ああ。三人でパンケーキでも焼こうかな)
今でも想う人がいて、今でもちゃんと想われているセバスチャンを連れ去りながら、私はそんなことを思って笑っていた。