ホグレガ中長編   作:hiro_s

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ポピ⇒転⇒セバ⇒モブ⇒オミ


セバポピ転の話・2(Danny boy ED分岐)

 

ねえ。取引しませんか?と少女はこの場には似つかわしくない微笑みを浮かべた。

 

まるで空を焼くように沈みゆく太陽。

風も無いのに燃え広がるその火は、凍えた冬空の上部を焦げ付かせ、しだいに赤黒い幕がゆっくりと落ちる。

終末のような世界で笑う子供が羽織る学生ローブは、一瞬前に通りすぎた光り輝く黄昏と同じ色だった。

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

噂の新入生は、噂以上にへんてこだった。

もう彼女が転入してきて ひと月以上経つが、私が話をしたのは、彼女の転入初日に談話室で用事を伝えたとき以来、昨夜が二回目だった。

ほんの二回。それなのに、囲まれていた私に加勢して密猟者を倒してくれて、古代魔術なんて驚くような秘密を教えてくれた。

(彼女より、肖像画の守護者の方が、よっぽど緊張感があった)

生徒三人で現れたことに肖像画は狼狽していたが、成り行き上で、と彼女は悪びれること無く言った。

 

「君たちは友人なのか?」

「まあ、学友です」

 

確かにそれは嘘ではない。意味はほとんど、"友達ではない同級生です"だ。

でも、セバスチャン・サロウと彼女は仲がいいのかと思っていた。二人で授業終わりに杖十字会の決闘について話しているのを何度か見たことがある。

そう思って隣に立つ男の子を見ると、冷めた目で肩を軽くすくめていて、どうやら本当に友達ではないようだった。

 

セバスチャンは、気さくな男の子だ。

呪文の得意な彼に、呪文学や闇の魔術に対する防衛術で難しいと思ったところを聞けば、いつも親切に教えてくれた。

彼は誰に対してもそんな感じで、誰かと話しているところをよく目にした。

勿論、一番仲がいいのはオミニス・ゴーントという彼の親友だが、私は友達がたくさんいる人、という印象を抱いてた。

 

そして、件の新入生も人気者なのだ。

高いポテンシャルで、面白半分にいろんな難題を引き受けている彼女。ただ、代わりに対価を請求されることも多いようで、内容が気に入らなければ不履行になることもあると聞いた。

それでもみんな、物珍しさに声をかけていたし、何より彼女は人目をひく格好をしていた。

見目の良さを活かして、制服をアレンジしたりローブをアレンジしたりと、十歳からここにいたら思いつきもしないようなお洒落な格好をして、いつ見ても楽しそうだ。

引き受けた対価は、あの洋服代に消えていってるんだろうと私は思っている。

 

そんな二人だから、思ったよりあっさりしていた彼女と彼の関係を、私は他人事ながら少し不思議に感じた。

 

魔法薬の鍋をかき混ぜながらそんなことを考えていると、斜め前で同じように魔法薬を作っているオミニスが唸っていた。

いつもだったら、目の悪い彼の代わりに少しの手助けをしたりするのだけれど、夜更かししたせいかちょっと眠くて忘れていた。

大丈夫?と聞くが、俺の魔法薬はもう駄目だ、と彼は項垂れている。

確かに。作っているのはウィゲンウェルド薬のはずなのに、鍋には雷調合薬のように綺麗なピンク色の液体が見えた。

 

「フウーパーの羽?」

「そうだよ、君なら……」

 

少し離れた席で、ギャレス・ウィーズリーが何事かを頼み込んでいるのがほんの少し聞こえた。

また性懲りも無く、というのが正直全ての同級生の感想だろう。彼はオリジナルの魔法薬や飲物を作るのが趣味なのだ。

自分で「神童」と言うだけあって魔法薬の成績はとても良く、今日の課題もきっちり終わらせているようだったけれど、その上でいつもトラブルを起こす。

おそらく彼女にシャープ先生の倉庫からフウーパーの羽をとってきて欲しいと頼んでいるのだろうと察しが付いた。

けれど、断るだろうな、と思って眺めていた私の予想に反して、彼女はギャレスに にやりと悪い顔をしてみせた。

 

「うーん。リスクがあるから、対価が欲しいな」

「……お金ならないよ」

 

げっという嫌そうな顔を隠しもしないギャレスに、違う違うと笑って、そっと何事かを耳打ちする。

ほんの少しギャレスも考えるような素振りをして見せたが、結局頷いていたので商談は成立したのだろう。

また問題が起こるだろうなとシャープ先生をちらりと見ると、何かに気付いてはいるが、その細かいやりとりまでは聞こえていなかったようで、何も言わず顔をゆがめていた。

 

「ふむ。よく調合できているようだな。どうやら随分と忙しそうにしていたようだが」

「何のことか分かりません」

 

まあ、やっぱりというか。ギャレスの鍋は爆発した。

虹色の液体が噴き出したのは少し綺麗だったが、そう言えるのは私が離れた席にいるからだ。

(……それを言ったら、彼女も離れた席にいるなあ)

あはは、と楽しそうに笑っている彼女はその片棒を担いでいるだろうに全く被害を被ることも無く、あまつさえ睨んだシャープ先生に堂々と無罪を主張した。

 

「自分の行動の責任をとれないとは、情けない」

「そんな。友達が困っているようだったので、”私の手持ち”の素材をあげただけです。爆発したのはギャレス・ウィーズリーのレシピの問題です」

「ほう、”君”の?」

「はい。昨日、檻に入れられた可哀想なフウーパーを助けたら、まるでお礼のように落としていった羽です」

 

ねえポピー、と突然声をかけられて吃驚したが、確かに昨日の夜、フウーパーを密猟者の檻から助けたときに落とした羽を彼女は拾っていた。

思い当たる節がある、とシャープ先生に頷くと、先生は苦々しい顔をしながらもハッフルパフからの減点を取り下げた。

しかし彼女は、大丈夫だった?と聞いたギャレスには大変悲しそうな顔を作って、「怒られちゃったよ。でもギャレスのためだもんね。君も約束は守ってね」としっかり恩を着せていた。

 

「……すごい。強かな子」

「ああ。そうだな」

 

誰に言うでもなく呆れ呟いた独り言に、同じテーブルに座っていたオミニスが冷ややかな声で答えた。

 

 

 

---------------------

 

 

 

 

古代魔術の試練は面倒だが、私好みではある。

二つめの試練を終える頃には、私は「もったいない」という気持ちを抱いていた。

 

「フィグ先生も、一緒に行けたらいいんですけどね」

「ふむ。しかし、手伝ってはいけないと言うからな。分かっていても、実際に君が危険な状態であれば、私は必ず手を出してしまうだろう」

「そうですよね。……でも、本当に綺麗な場所なんですよ」

 

地図の間を見て、見事だ、と呟いたフィグ先生。あのとき続けた、見せてあげたかったという言葉は、きっと亡くなられた奥様のミリアムさんにだろう。

もともと、古代魔術は先生の研究対象では無い。それなのに、まるでミリアムさんの代わりのように、未だに先生は古代魔術を一緒に探求してくれている。

何故ミリアムさんが亡くなったのか。フィグ先生が本当に知りたいのは、それでは無い。

――なんのために、ミリアムさんが亡くなったのか。

古代魔術の試練の場は、その試練がどんなに危険で厄介であっても、荘厳で神秘的であった。行けばすぐに分かる。圧倒される。そんな、力の、魔法の、純然たる姿と美しさ。

あれを作り出したのが、この肖像画の古代魔術の守護者達なのだ。そこには畏敬の念を抱かざるを得ない。

あそこはまさに、人が死ぬ価値がある力を可視化した場所だった。

 

「いつか、私が古代魔術を使いこなせるようになったら、先生に造って見せてあげますね」

「ああ。楽しみにしているよ」

 

和やかに話す私とフィグ先生に、パーシバル・ラッカムの肖像画はいつも微笑んでいた。

 

 

秋が深まると、ハイランド地方はよりいっそう田舎感が増す。

無限に舞い散る落ち葉を眺めながら、飾り付けられたハロウィーンのカボチャの隣に自作のカブのランタンを置く。こういうところは今時なんだなと、意外と新しい文化も取り入れているホグワーツに感心した。確かにカボチャのランタンの方が見栄えがいい。子供受けはするだろう。

 

「珍しいランタンがちらほらあるな、と思ったら、君の仕業か」

「満足のいくランタンが中々作れなくてね」

 

やあ、とお互いに声を掛け合う。

今期の杖十字会も終わってしまい、人が少ない時計台の下でカブのランタンを掘っていた私の隣にセバスチャンは腰掛けた。

あんなにたくさんのカブ、どうしたんだ?と聞かれたので、トロールを倒した報酬だと答えたら彼は呆れたように笑った。

 

「トロールの報酬がカブとは随分お手頃だな。ピンチ・スメドリーの家宝は返さなかったくせに?」

「ああ。アストロラーベ。あれは綺麗だったからね。そもそも彼女が自分で潜ればいいだけの話だったし、そんなことも出来ない彼女には勿体ないよ」

「泳げないから君に頼んだんじゃないか」

「私たちは魔女だよ。方法はあるでしょ?少なくとも、君も、ポピーも使えた」

 

ジャックドウの墓から地図の間へ行く道を水が満たしたとき、私は古代魔術により何らかの魔法で覆われ守られたが、付いてきた二人は違った。

けれど二人とも、何事かの呪文で普通に水の中を歩いていたのだ。五年のブランクとは結構大きい物だと、漠然と思ったものである。

ふと冷たい風が吹いて、小さくくしゃみをする。

カブ彫刻のために、袖口が邪魔で重たいローブは隅の方へ放っていた。冷えてきたなあと秋の夕暮れの訪れの早さに驚いていると、思ったより紳士なセバスチャンがローブを貸してくれた。

それを受け取って、ところで何の用?と本題を促すと、彼は私の作った改心の出来のカブランタンを手慰みにしながら微笑んだ。

 

「病気の妹に会いに、フェルドクロフトへ帰ろうと思うんだ。君も、一緒に来ないか?」

「病気なら、他人に会いたくないんじゃない?」

「アンは、叔父と家に閉じこもりきりだ。ホグワーツを恋しがってる。でも、フェルドクロフトはゴブリンが多いから、他の学生は誘えない。彼女には、友人との時間がきっと必要なんだ」

「まあ、私は君と同じくらい強いから、ゴブリンへの心配は少ないよね」

 

ローブのお礼にその言い分を肯定してあげると、彼は満足そうに頷いて立ち上がった。

私の改心のカブを持ち去る背中を数秒眺めながら、小さく溜息をつく。

(……古代魔術が、目的かな?)

彼の妹を見たところで、よし治してあげようなどとは私の心は動かないだろう。セバスチャンもその程度のことは分かっているはずだ。

でも、その裏に悪意があるとは思わない。善意だけとも思えないが、同時に純粋だとは思う。

 

そう。彼は、私が厄介ごとに手を貸してあげようと思うほど、好ましい純粋さを持っていた。

 

 

 

---------------------

 

 

 

 

手詰まりだった。

いくら禁書の棚に忍び込んでも、医学書を読み漁っても、薬草学や魔法薬学を勉強しても、アンの治療法どころかその症状の正体すら掴めない。

保険医の言葉や、癒者の言葉は信じない。探そうともしない叔父は信じられない。

もう僕しかいないのに、僕はなんてふがいない。叔父の言葉からも、アンにかけられたのは何らかの闇の魔術による呪いだと分かっているというのに。

手がかりが欲しくて、以前オミニスが漏らしたサラザール・スリザリンの書斎について詳細を尋ねたが取りつく島もなかった。

 

「駄目だ、セバスチャン。闇の魔術に、それどころか、ゴーントになんて決して関わるな。君のためだ」

「でも、オミニス」

「無駄だぞ。俺は、友人をどろ沼に突き落とすようなことはしないからな」

 

こうなったオミニスは頑固だ。オミニスは闇の魔術と自分の家を嫌っているし、彼の過去を聞いている僕もそれは仕方の無いことだと思う。

すぐ近くにヒントがあるかもしれないが、これ以上オミニスに頼んでもいい結果にはならないと僕は引き下がらざるをえなかった。

そんな愚痴を、フェルドクロフトの丘の上の家に行って以来、古代魔術に関する三枚絵の手がかりのために地図を広げて話すようになった彼女に零すと、少し考えて首を捻った。

 

「――そこまで分かってるなら、セバスチャン、自分で探したら?」

「は?」

 

また不思議なことをと思った頭の片隅で、その手は最終手段で考えていたと囁く声がした。

 

「秘密ってのは、知られていないことが重要なんだよ。秘密そのものを既に知っているなら、後は辿り着くだけ。一番の難題を君はとっくにクリアしてる」

「ホグワーツ中をしらみつぶしにして?」

「場所なんてある程度搾られるでしょ。創設者の時代以降に増築されたところは除外して、あとは、グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフの“持ち場”を除けばたぶんそんなに多くない。もちろん、まずはスリザリン寮の近くを探すべきだと思うけど」

 

彼女の言葉に頷きながらも、僕は僕がそうしなかった理由に思い至る。

(――オミニスは、嫌がるだろうな)

何だかんだ言っても、オミニスは大切な親友だ。

彼が、今でもアンと時々手紙のやりとりをしているのを知っている。目が見えないから、手紙を書くのはきっと手間なはずなのに。

スリザリンの書斎は、彼の心の傷に結びつく。頼み込むことはあっても、自ら土足で踏みにじることは まだ戸惑われた。

 

「……まあ、お勧めはしないよ」

「何故?」

「たぶん、セバスチャンじゃ辿り着けないから。最悪、誰にも知られずに死ぬことになる」

 

まるでジャックドウみたいにね。と呟いた彼女は、地図に視線を落とし、いくつかの山にバツ印を書き込んだ。

これは、密猟者やアッシュワインダーズの野営地があった場所を記録しているのだという。他にもたくさんの印が落とされた地図は、彼女のハッフルパフ生らしい勤勉さが現れている。

 

「古代魔術の試練も、"古代魔術が使える"ことが扉を開く鍵になっていることが多い。そのくせ、一番最初の入り口は誰でも入れるようになっている。入れるのに、資格が無いと進めないし、下手したら出られない。秘密を持つ者は、秘密を知ってしまった相応しくない者を逃がさない」

「サラザール・スリザリンの書斎も同じって言いたいんだな」

 

彼女らしい視点だ。けれど言われてみれば、そのぐらいの危険はあって当然だ。

「鍵」に思い当たる物はいくつかあるが、相応しい者を「後継者」と考えれば、確かに彼女が例に挙げた古代魔術のように、個人に特有の技能だろう。

だったら、一つしか無い。

 

「パーセルタングは、流石に僕も話せないな」

「パーセルタング?」

「蛇の言葉さ。サラザール・スリザリンは蛇と会話が出来た。その子孫にも話せるやつが多い」

「へえ!何それ面白いね。私も蛇と会話したい」

 

やめておいた方がいいぞ、と思いつつも、彼女に今さら常識は不要だと判断して、僕はそれ以上は黙っていた。

 

 

 

---------------------

 

 

 

 

大道芸人なんて、ただの弱い弱い根無し草だ。

人を楽しませることが好きだから、大道芸人をやっているわけじゃ無い。他に選択肢が無いのだ。

他の同業者の事情なんて知ったこっちゃ無いが、一所にとどまれないような事情や出自である者は多い。

にこにこ、へらへら。見て行ってよ、そこの君。なんて声に立ち止まってくれる人々の目には、いつだって哀れみと侮蔑が見えた。

 

「……やあ!君のおかげで新しい楽器が買えたよ!」

 

最近贔屓にしてくれるホグワーツ生。あちこち動き回っている自分と鉢合わせている冒険好きな彼女は、風伝いに聞いたそのホグワーツのローブの色よりも随分お転婆なようだった。

ホグワーツのローブ。憧れのローブ。黄色でも、赤でも、青でも、緑でも、どれでも良かったから着てみたかったローブ。

綺麗な少女だと思う。あんな娘いたっけ?とパブで情報を収集したところ、どうやら珍しい五年生からの新入生とのことだった。

音楽が好きなのか、僕のおしゃべりにはとんと無関心そうだったが、楽器を鳴らせば、彼女は少しの時間でも楽しそうに寄って見て行ってくれた。

 

「こんにちは、大道芸人さん」

 

彼女については、人がいいという話も、少し意地が悪いというやっかみのような話も聞いたが、それ以上に、あのルックウッドに目をつけられているという不穏な噂をよく耳にした。

ただの一介のホグワーツ生に?と、その時は退屈な日常へのスパイスとしても随分雑な噂話だと思ったものだが、首が縮むような晩秋の夜風から逃げるように入ったパブで、隣に座り話しかけてきた少女を見て僕はその考えを改めた。

彼女はおそらく、多くの人々が暗い現実という雑踏の中を彷徨っていることを知っている。

 

「やあ。いつもご贔屓にありがとう」

「いえいえ。私、音楽が大好きですから」

 

人の心を明るくするでしょ?と彼女は微笑んでから、エールを二人分頼み、一つを僕に渡した。

流石に学生に驕ってもらうのは、とお断りしようとすると、まあまあ、と柔らかい声に阻まれる。

困っている僕を横目に、凜としたその姿に見合わず、彼女はグビグビと酒を飲み下した。

 

「それに、タダじゃあ、ありません」

「ふうん。でも僕に出来ることなんて無いよ」

 

歌でも歌おうか?とおどけてみせると、それでは秋の恋の歌を、と彼女は冗談で返して、またエールに口をつけ僕を横目で見た。

私のこと、探っていたでしょう?そう鋭い瞳に尋ねられて、どきりとする。

思わず、言い訳を飲み込むためにエールを口にして、あっと思ったときには彼女が嬉しそうに笑っていた。

 

「人を探しているんです。名家生まれだけれど家訓に馴染まなくて、どうやら出奔したらしいという話は聞きましたが、居場所が分からなくて」

「へえ。誰を?」

 

それは聞く限り、ありきたりなようで珍しい人物だ。けれど、目の前のすました少女がそんな人物を捜しているというのは随分と興味をそそられた。

ぐびぐびと僕もエールを飲み干して、いつもどおり害のなさそうな笑顔を取り繕って、しかし肖像画にも聞こえないほど小さな声で尋ねた。

ちょっと悪いことを楽しむホグワーツ生と、呆れ付き合うお調子者の大道芸人。ここに僕らを怪しむ者はおそらくいないだろう。

 

「――ノクチュア・ゴーントを」

「おやまあ」

 

中々に想定外の人物の名に、ちらりと彼女のローブに目をやると、胸元に蛇のエンブレムが見えた。

 

 

 

---------------------

 

 

 

 

俺は今年になって五年生に転入してきた「新入生」に、良い印象を抱いていない。

 

三年生の終わりにアンが呪いにかけられてから、まっとうな希望の道を断たれたセバスチャン。彼がふさぎ込んだり、焦燥に駆られていくのを、俺はとても心配していた。

我が家の書斎も、家に出入りする呪術師も、俺が調べた範囲ですらかなり危ない道を辿ったというのに成果は無かった。

これほどまでに正体が分からない魔術は、それを知ること自体が禁忌に触れる可能性がある。

俺を巻き込むまいとしていたはずのセバスチャンが、新入生と一緒にフェルドクロフトへアンの見舞いに行ってから、ずいぶん前にうっかりと口を滑らせた「サラザール・スリザリンの書斎」についてしつこく尋ねてくるようになったとき、俺は俺の血筋を本気で疎んだ。

苦しそうだ。可哀想だ。アンも、セバスチャンも。でも、俺に力になれることは何も無い。

 

始めに新入生が苦手だと思ったのは、俺が大事にしていた場所にセバスチャンが彼女を引き入れてしまったときだった。

アンがあんなことになってから、セバスチャンが地下聖堂に足を運ぶ回数はどんどん減った。

あんなに毎日、3人で、時には2人で、一緒に過ごしたというのに。たくさんの小さな秘密や、成長や、喧嘩や、くだらない日常や、そんな宝物のような時間を育んでいたはずの場所。

それでも、また彼がここへ来てくれるんじゃないか。何も出来ないけれど、俺だって胸の内くらいは聞いてやれる。セバスチャンは地下聖堂へは来ないが、闇の魔術に対する防衛術の廊下ではよく本を読んでいた。やはり、彼にとっても大切な場所なんだ、きっとそうだ。そう思って、俺は親友をあの場所で待っていた。

 

「やあ。セバスチャン」

 

だから、あの夜、地下聖堂から出てきた物音を聞いて、どれほど嬉しかったか。

そうして、どれほど、裏切られた思いになったか。

そんな俺の胸の内など鑑みることなく、悪びれることもなく、咎めた声に言い訳した彼女は、絶対に口止めされていただろうにセバスチャンを売り飛ばした。

 

「セバスチャン。もう、あの新入生に関わるのはよせ」

 

どうしてセバスチャンが彼女を目にかけるのか、分からない。

確かに彼女は強いのだろう。初めての防衛術の授業で、セバスチャンを打ち負かすなんて尋常じゃない。センスと才能の塊、そう言ってもいい。

だからといって、セバスチャンだって十分有能な魔法使いだ。彼女に引けをとらない。

優秀さでいえばナツァイ・オナイだって負けない。彼女のこともセバスチャンは気に入っているようだが、だからといって、出会って数ヶ月で秘密の場所を教えるほどの親密さにはなっていない。

そもそも、新入生のことを目にかけているといっても、セバスチャンと新入生は友人という間柄でも無いはずだった。

それなのに彼らは、関わり合っている。そうだ、その表現がきっと正しい。

 

「悪かったって、オミニス。でも、本当に彼女は悪くないんだ。僕が勝手なことをした。そんな風に言うなよ」

「俺は……」

 

どうして彼女の肩を持つんだ。どうして俺の言葉は届かないんだ。どうして。俺が。俺は。

基本的には斜に構えているが、自分に非があるときには、ごめんと彼は素直にいつも謝った。

今回もそうだ。でも今回、俺が怒っているのは、ここを教えたことだけじゃない。それは引き金に過ぎない。

心配している。本当はたったそれだけのことなのに、どうして伝わらないんだろう。

 

 

「――オミニス、大丈夫?」

 

少したどたどしく声をかけられて、ふと顔を上げた。

ただでさえ苦手な魔法薬学の授業、ぼうっとしていた俺の鍋の薬品はなんだかあり得ないどろどろした感触の液体になっていた。

二ヶ月ほど前の出来事をまだ引きずっているのか、と自分のことながらその女々しさに溜息をつく。

心配して声をかけてくれたのは、同じ学年のポピー・スウィーティングだった。

彼女は俺と魔法薬学の席が近く、たびたび不慣れな俺を手伝ってくれる。

 

「……いや、俺の魔法薬は、もうどうしようもない」

「そう、だね。ええと」

 

あまり人と関わるのが得意ではない彼女は、明らかに失敗している人間になんと言っていいのか分からないのか言葉を選んでいるようだった。

同学年にしては少し舌っ足らずな幼い響き。自分の肩よりも下の方から聞こえるその声は、彼女が他の生徒より体も小さいのだろうということを表していた。

少ししてから、うん、と一人で頷いて、彼女は俺の鍋の中身を片付けるように言った。

 

「手伝うから、もう一回やろう」

「だが、時間が」

「二人でやっちゃえば材料を準備する時間はぐっと減るよ。大丈夫、間に合うよ」

 

勤勉なハッフルパフ生。その幼い響きとは対照的に、彼女は秀才だった。

呪文学や闇の魔術に対する防衛術のような授業は少し苦手だと言っていたが、座学、魔法薬学、薬草学はそつなくこなし、そして生物飼育学については抜きんでた才能を発揮していた。

シャープ先生に叱られる、と言った俺に、どうせその鍋を出しても叱られる、と先ほどの迷いが嘘のようにテキパキと既に準備を始めていた。

 

手伝ってもらったために評価は少し下げられたものの、おかげで無事に魔法薬が提出できた。

ありがとうと礼を言うと、少しためらってから彼女は俺に小さな声で内緒話をするように囁いた。

手伝って欲しいことがある、とどこか申し訳なさそうに言う彼女に首を傾げる。

断ってもいいと言われたが、彼女にはこの授業で助けてもらうことも多い。とりあえずわけを聞くよと、授業の後その背についていった。

 

「この子、怪我をしてて。でも、なんていうか、ちょっとお世話が難しい子で」

 

学校から少し離れた丘の上の木陰。――痛い、痛い、と語りかけてくる人語とは違う声に、俺はくらりとした。

そして思い出した。この小動物のような女子生徒が、同学年の他の女子になんと呼ばれているか。

『変わった鳥みたいな、ポピー・スウィーティング』

小さな蔑みを含み、爪弾きにしようとする呼び名だったが、なるほど、確かに変わっていると呆れた。

パーセルマウスであるなどと言いふらしたことはないが、ゴーントでパーセルマウスでない者はむしろ少ない。

だからといって、俺にとっては名誉なことでもないし、よっぽどの純血主義者、マグル排斥者でも無い限り、極力話題にはしないだろう。

常識が無いともいえる。だが、彼女が生き物に掲げる並々ならぬ愛を知っているから、そこに悪意が無いことは分かった。

仕方が無い、と少しその蛇と話をして容態を伝えると、ほっとしたように笑った。

 

「私も、パーセルタングが話せたらいいのに。ううん、全部の動物と話せたらいいのにな」

「……それは、煩そうだな。ふ、ははは」

 

あまりに子供じみた、けれども真剣なその言葉に、不思議と穏やかな気持ちになり俺は吹き出した。

ポピーが手当てをしたのだろう。痛いという囁き声は聞こえなくなっていた。

少し粉雪がちらつき始めた、冬の入り口。

それでもまだまだ秋らしさが残る柔らかい日差しが注ぐ中、怪我をした蛇の傷が癒えるまで短い期間だったが、俺はポピーと時々一緒に世話をして話をした。

穏やかだった。久しぶりに、心から楽しかった。

 

――けれど俺は、このことを、一生後悔することになる。

 

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