さて、殺し損ねた。あの子供。あんな、未熟な生き物に、果たして使い道はあるだろうか。
吹雪く闇の中、空にうねり昇る紅蓮の火柱が赤々と火の粉をまき散らしていた。
子兎を狩るような、小さな命を弄んでいた杖が空を切る。
守られてしまっては手が出せない。さて、どうしようか、と帽子に飛んできた灰を払いながら、それでもその顔には笑みが浮かんでいた。
―――――――――――
10
よし、準備は整った。書斎を探そうか、セバスチャン。
大階段の一番下層に僕を呼び出しそんなことを言い出した彼女は、いつも通り明るく朗らかな笑みを浮かべていた。
「書斎って、どこの……」
「いやだな。サラザール・スリザリンのだよ」
うすうす分かっていた答えをきっぱりと言い放つ。
そりゃあ、僕だって書斎は探したい。だが、オミニスへの義理もあるし、そもそも資格が無いと入れないと言ったのは彼女だったはずだ。それすら、パーセルタングすら、手立てがあるというのだろうか。
悩む僕を前に、彼女は安心させるように優しく、人を唆す声色で語りかける。
「君が嫌だというのなら、勿論止めるけれど」
「……いや、行こう」
チャンスは今しか無いだろう。それは分かっていた。
アンの症状は悪くなっており、痛みも激しさを増しているようだった。いつ襲ってくるとも分からない痛みの発作のせいで、やつれ、目の下に酷い隈をつくっていた。
手紙への返事も近頃はあまり返ってこないし、以前とは随分違っていた。お菓子を贈っても、本を贈っても、「ありがとう」ではなく「もういいよ」と言うのだ。
オミニスへの義理と、アンの命。どちらがより僕にとって重要か。それだけのことだと、一度瞳を閉じた。
(別にこれで、オミニスが死ぬわけじゃない。そうだろう?……悪いな)
何度親友に頼み込んでも無駄だろう。僕にはもう、他に方法は思いつかないというのに。
今後二度と巡ってこないだろう希望に、とれる選択肢は一つだった。
よし、と満足そうに頷いた彼女は、少し上の階にいた誰かに手を振る。
「話はついたよ、ポピー。よろしくね」
「え。ポピー・スウィーティング?」
降りてきたのは、思いもしない同級生だった。
彼女と同じハッフルパフのローブを身に纏う小柄な少女は、サラザール・スリザリンの書斎や闇の魔術とは、一番無縁の存在に感じた。
流石に冗談だったかと怒りよりも呆れ、何処か安堵していた僕の前で、けれどポピー・スウィーティングを隣に従えた彼女は、何やら魔法薬が入った瓶を取り出し一気にそれを飲み干した。
ばちり、と彼女が一瞬光った気がする。何を飲んだ、と驚く僕に、にやりと悪い顔をしてみせる。
「ドーピング」
続けて呪文の効果を上げるマキシマ薬を煽り、さあ行こうと笑った彼女は、レベリオ!と杖を振った。
サラザール・スリザリンの書斎への道は、思ったよりもずっとあっさりと見つかった。
秘密とは知られないことが最も大事である、と言った以前の彼女の言葉は正しかったのだ。
そして、資格の無いものは生きて返れない仕掛けがある、と言った言葉も。
「入り口、閉まったな」
「まあ。想定内でしょ」
「やっぱり最初の鍵は、パーセルタングのようだな」
「まあ。想定内でしょ」
修復した石のレリーフを見て、ポピーを呼んだ彼女。
この同級生がパーセルマウスだとは知らなかった。そう思って驚いた僕に、違うよ、と本人が否定した。
「簡単な挨拶と、お世話とか治療に必要な少しの単語が分かるだけ」
「いや、十分凄いよ」
僕には、サーとかシャーとかにしか聞こえない音を発して見事扉を開けてみせた彼女は、ほっとしたように微笑んだ。
--------------------
11
私の友達を命がけで助けてくれたから、私も彼女の友人を命がけで助ける。
ただ、それだけのことだった。
「ところで、さっき飲んだ魔法薬何だったんだ?」
「ああ。フェリックス・フェリシスだよ」
幸運の液体と言われるそれ。
私も気になっていたことを聞いたセバスチャンに、彼女はこともなげ答えた。なるほど、宝探しにはぴったりな魔法薬だ。
とはいえ、学生が作るものの薬効なんてたかがしれている。それが例え優秀な彼女であっても。それに、お店で売られているものも薬効は押さえられているはずだ。
こんな、創設者が残した秘密の部屋の入り口を探せるほどの効果があるものだろうか。その疑問にも彼女は答えてくれる。
「たまたま腕のいい魔法薬師のレシピを拾ってね。でもその人には勿体ないから私がもらうことにしたんだ。材料は、選りすぐりの一級品を使って、調合はギャレスに集中薬をプレゼントしながら頑張ってもらった特注品だよ」
流石、神童だよね。そう言った彼女は、いつかギャレスに向けた少し悪い顔で笑っていた。
(そういえば、結構危ないことも、ギャレスは彼女に頼んでいたな)
フウーパーの羽に始まり、彼女はどこから調達してくるのか、魔法生物の素材から、野山、鉱山にしか無いような素材すら手に入れてギャレスに提供していた。
ギャレス・ウィーズリーは問題児だった。でもそれはオリジナル品の開発にかける失敗によるものだ。もともとの魔法薬の腕は、上級生を含めたって学校の生徒の中で並ぶ者はいない。
他にも手を打ってみたけどそちらは駄目だった、と彼女は苦笑いしてセバスチャンへ続けた。
「他の手って?」
「セバスチャン、”ゴーント”はオミニスだけじゃないんだよ。この場所を知っていて行方知れずな”ゴーント”さんの話、君も知っているでしょう?」
ただ、思った以上に痕跡がなく、探すことに少し危険を感じてその案からは即時撤退を決めたそうだ。
その思い切りの良さと、判断力の良さ。さすが、アッシュワインダーズや密猟者を相手取っておきながら平穏に学校で過ごせているだけあるなと感心する。
そこで持ちかけられたのが、私へのパーセルタング習得依頼だった。
箒で飛んでいたところ、たまたま私とオミニスが蛇の世話を一緒にしているところを見たそうだ。
パーセルタングが話せるといいな、と思っていたのは確かだったので、オミニスにお願いしてみたら、意外と簡単に彼は教えてくれた。
案外分かるようになるもので、いつか本格的に勉強したいし、もしかしたら他の動物の言葉だって覚えられるかもしれないと、私の夢は膨らんだ。
そんなことを話しながら、三人で謎を解いて先へ進む。
二人とも頭の回転が速いから、とてもスムーズに探索は進んでいたが、やっぱりスリザリンの秘密の部屋への道だけあって、最後の罠には顔をしかめた。
「クルーシオか。どうする?」
「どうするって、この中で一番呪文を知っているの、おそらくセバスチャンなんだけど?どうしたらいいの?」
磔の呪文なんて、唱え方も知らない。と思った私をちらりと見てから、少し言いにくそうにセバスチャンは彼女に向き直った。
「うん。僕は唱え方を知っている。君にかけてもいいし、君に教えて君が僕にかけてもいい。……その、ポピーが黙っててくれるなら、だけど」
磔の呪文は、許されざる三つの呪いの一つだ。人間に使用すれば、即アズカバン行きで終身刑が待っている。学校の校則を破ることとは重みが違う。
唱え方を知ってる、というだけでも驚きだったが、どうやら唱える気満々のような二人に、少しだけ間を開けてから私は頷いた。
(正直、悩むことでもないよね)
磔の呪文を唱えないと生きてここから出られない時点で、黙っている以外に無いのだ。
それに、捕まるかもしれない、そう考えているのに、私が『唱える側』にも『唱えられる側』の選択肢にもいないのは、二人の優しさだ。
「うーん。磔の呪文は覚えたいけど、ちょっとイメージに自信が無いから、セバスチャン、私にかけてよ。でもって、次に私が君にかけよう」
「はは。わざわざ、二人でかけ合うのか?」
「だって。一人で、捕まるかもしれない、なんて考えるのは嫌でしょ?」
一蓮托生にしよう。微笑んだ彼女は数本のウィゲンウェルド薬を床に置いて、ゆっくりと息を吸い込み、真っ直ぐとセバスチャンを見た。
――ごめんな。ありがとう。君の友情に、感謝する。
セバスチャンの杖からは、強い魔力を感じた。
苦しみと痛みを押し殺し、それでも漏れ出た彼女の悲鳴を聞きながらも、姿勢を崩さず眉一つ動かさない彼に、ああスリザリン生なんだなと随分今更なことを思った。
扉が開いたのを確認して、彼女にウィゲンウェルド薬を飲ませてから、いけるか?と声をかける。それに、もちろん、と笑顔で頷いた彼女に、セバスチャンは先ほどの冷酷な雰囲気と打って変わって優しく微笑んでみせた。
(――いいな)
磔の呪文をかけられたいかと言われれば、絶対嫌だ。あの彼女ですら痛みに立っていられず呻くような呪文だ。すごく怖い。
じゃあ、唱えられるか、と言われても、私には彼女たちへ有効な呪いを唱えることは無理だろう。どんな気持ちであんな呪文をかけ合ってるのか、正直全く分からない。
ただ、そこにあるのは磔の呪文をかけ合った憎しみなんかでは無く、羨ましいほどの信頼と友情なんだと思った。
--------------------
12
磔の呪文は、とんでもないものだった。
かけられた痛みも酷い。憎しみなんてこもっていなくてもあれだけ痛かったのだから、本格的な磔の呪文はもっと酷いものだろう。
だけど本当にやばいのは、かけたときだった。まるで目の前の相手よりずっと優位に居るような高揚感。どこか古代魔術を使うときの無感動に通じる、自分の心から理性が空っぽになる感覚。
人間終わっちゃう感じするね、とセバスチャンに言うと、初めてのその感覚に少し惹かれた顔のまま、ああ、と彼は頷いた。
(……あれは下手すると、はまっちゃうかな)
スリザリンの書斎への道なんて闇の方向に引き込んでおきながら、それは嫌だなと思った。
古代魔術の三枚絵を探すのに、セバスチャンは驚くほど協力してくれた。
古代魔術を使って妹を救って欲しい。そんな思いがあるのは知っていた。それでもいいか、と気づけば思っていたほどに、彼は必死で真摯だった。
一緒に洞窟を探索中、セバスチャンは自分の両親が亡くなった頃について話してくれた。
彼の肉親が既に彼の妹と叔父だけであるということは知っていたが、こちらからそれを話題にすることも無かった。ほんの世間話のようなものさ、と言って笑った彼はとても穏やかだった。
「最初はさ、アンの方が落ち込んでいたんだ。勿論僕も悲しかったけど、どうして助けられなかったんだろう、なんて無力なんだろうって後悔の方が強かった」
「悲しみと、後悔は違うの?」
「うん、たぶん、違う。上手くは言えないけどね。だから、立ち直ったというか、落ち込む妹を励まさなきゃって、僕の方が先に気を持ち直した」
魔法が使えない頃だと言っていたから、それはずっと幼い子供の頃の話なんだろう。
私達がトロールを倒した場所は、真っ白な日が差し込んでいた。まるでうららかな午後のよう。そこに、蜘蛛やゴブリンや、トロールの死骸が転がっていることを除けば。
もう秋も終わるというのに、それでも日は暖かく、交代交代に治療を行っていると、戦闘に少し高ぶっていた気が落ち着いた。
「大好きな家を離れるために荷造りして、慣れない叔父の家で必死に妹を慰めたよ。そして気づいたら、妹は元気になっていて、叔父とも上手くやっていたんだ」
「それは、良かったね?」
「ああ。良かった。良かったはずなんだけど。なんていうか。うん、なんて言うのかな……」
やっぱり、上手く言えないな。と困ったように笑う彼の頭を、私は思わず撫でていた。
想像外の行動にぽかんとしたセバスチャン。目があって、可笑しくなって吹き出す。
「――君は無力じゃない。大丈夫だよ、必要としているから」
"友達として"と、"家族として"は違うのかもしれないけれど。
自分より人のことを優先してしまうセバスチャンの素朴な優しさに、私は、彼の力になってあげたいと初めて真剣に思った。
その結果が、スリザリンの書斎を突き止める、だったわけだ。
それは思ったよりも上手くいった。
命がけだったことは間違いないけれど、古代魔術の試練の方がよっぽど命がけだ。
「ポピー。手伝ってくれて本当にありがとう。あと、秘密を押しつけちゃってごめんね」
「ううん。あなたはハイウィングを助けてくれたから。力になれて良かった」
礼を言うと、完全に巻き込まれたはずなのに、誠実な少女はにこりと笑みを浮かべた。
ハイウィングを助けたのは成り行きだ。
ちょっと外に出ればやたらと絡んでくる ならず者達。折角こんなに面白そうな場所に来たのに、おちおち散策も出来ない。ただでさえ破りがちの門限に、さらに間に合わなくなってしまう。
ナティに協力したのは、そんな八つ当たりじみた気持ちと、ホグワーツに逃げてしまえば基本的に安全という保身と、どうせ追われてるから、というやけくその結実だった。
ポピーはポピーで、密猟者達を良くは思っていないようで、何やら探っているみたいだが、まだその成果は出ていないそうだ。
聞いたところによると、そもそも密猟者はマルワンウィーム周辺に多かったらしい。
たしかに、ホグワーツがあるからか村がそこそこ点在しており、街道が整備され人の行き来が多いこの周辺や禁じられた森なんかよりも、よっぽど狩りはしやすいだろう。
(ルックウッドが、事業を拡大させたから?)
密猟者がこの周辺に増えた理由はそうだろう。彼らにとってこの地方でのうまみは何なのか、それはポピーが調べている。
(むしろ、なんでルックウッドは、密猟者を傘下に置いているんだろう)
見えてこないのは、どちらかといえばこちらの方だった。ルックウッドにとって、アッシュワインダーズと密猟者の違いは一体何なのか。
私兵とは違う人手、人材の出入りが多いからこそ流入する情報源、本当にそれだけだろうか?
密猟者を統治せずに野放しにすることはそんなに簡単なことではないはずだ。はたしてそれに見合うメリットは何なのだろうか?
どうにもきな臭い、とカンが告げていた。
「ねえ、ポピー。もしも、危ないことをするときは必ず呼んでね。私も、タイミングが合えばセバスチャンも、必ず力になるから」
「――うん。ありがとう!」
一瞬きょとんとしたポピーは、すぐに、まるでハイウィングを紹介してくれたときのように嬉しそうに笑った。
--------------------
13
「すごい!こんな部屋あったんだ」
「あれ?ポピーは来たこと無かったのか」
サラザール・スリザリンの書斎から持ち帰った本は、この必要の部屋に隠してある。
流石に地下聖堂には置いておけないし、持ち歩くのだってリスクが大きい。
必要の部屋のことはウィーズリー先生は知っているそうだが、ウィーズリー先生一人を注意すればいいのであれば、あまり障害では無かった。
必要な物を思い浮かべながら三回壁の前を行き来する。
いつものように天文学棟へ上っていると、部屋への入り口の壁の前で、ぼんやりと佇むポピーを見かけた。
手紙で呼びだされて待ち合わせだというから、じゃあ先に入っていようと部屋の扉を出現させたところ、ポピーは目を丸くさせた。
部屋に入ってうろうろと辺りを見回す彼女に、僕も初めは驚いたなあなんて、微笑ましくて笑ってしまう。
同学年なのに少し小さい彼女は、とても無邪気に見えた。
「ポピー。お茶を入れるけど、君、好きな茶葉はある?」
「え!?セバスチャンが入れてくれるの?わあ。何でも美味しいよ」
二度目のびっくり顔を見られて、なんだか満足だ。
何でもいいと言われたから、一番癖の無い茶葉にした。きっと彼女は紅茶に詳しくないから、その方が飲みやすいだろう。
外は見えないが美しい磨りガラスの窓辺に置かれたテーブルと椅子。椅子にはクッションを、テーブルにはポットを、魔法で出現させて置く。
紅茶のいれ方は我流だ。何となく覚えている、父や母がこういれていたなという方法でやっているが、今のこの部屋の主にも、親友にも美味しいと言われたからそれなりに自信がある。
しばらくして、控えめな花柄のティーカップに黄金色と紅色の中間の鮮やかな色のお茶を注ぐと、ゆっくりと芳香と湯気が立ち昇った。うん、いい出来だとポピーを呼べば、彼女は向かいの席に大人しく座る。
「お茶菓子はないんだけどな」
「ううん。凄いね、とっても美味しい」
その素直な反応が嬉しくて、僕も自分の紅茶に口をつける。
とても良い香りがして、いつもよりずっと美味しく感じられた。
「ああ、よかった。ポピー遅れてごめんね。セバスチャン、私も飲みたいな」
そんな緩やかな時間をかき消すようにばたばたと現れた彼女は、出現呪文でもう一脚椅子とティーカップを出す。
大丈夫、そう言いそうなポピーの代わりに、お茶はいれてあげるけど時間は守るように、といつも少し遅れてくる彼女に苦言を呈す。
ごめんなさい、と小さく項垂れた彼女にポピーと顔を合わせて、許してあげようか、とくすくす笑いあった。
「それで、どうして私をここに呼んだの?」
「ああ。魔法生物の世話の方法を教えてもらおうと思って。それにポピーは呪文学とか、闇の魔術に対する防衛術とか少し苦手でしょ?私とセバスチャンがよくここで練習しているから、一緒に練習しようよ」
魔法生物、と聞いてピンときた。
彼女が言っているのは、密猟者達から保護した魔法生物たちが暮らす不思議な空間での世話のことだろう。
ニーズルやニフラー、パフスケインぐらいなら僕も世話が手伝えたが、流石にヒッポグリフやセストラルなんてお手上げだ。最近、ついにユニコーンまで見たので、いつかあの中にケンタウルスが混じっていても僕は驚かないだろう。
確かにその点ポピーならうってつけだろうし、彼女が呪文学系統を苦手としていることも確かだ。一生懸命ノートをとっているが、どうしても授業でこつが掴めなかった時など、授業終わりに尋ねられることがあった。
ポピーは書斎の本のことも勿論知っているし、信頼できる。僕は彼女にも大変感謝している。
いいの?と尋ねたポピーに、僕に教えられることなら何だって、と彼女に同調した。
こうして僕らは、共に勉強する仲になった。