僕に差し出された手。
戻れる。戻ってしまおうか。君たちのところへ。
その距離は、あまりにも短くて。そう思わせるには十分だった。
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25
何故ルックウッドは、闇の遺物なんてものを手に入れようとしたのだろうか。
「ルックウッドが狙っているのって、なんだか亡者に関するものばっかりだよね」
必要の部屋へ戻ってきた私たちは、今までのルックウッドが関わっていたと思われるものを書き出していった。
はい、とポピーに差し出されたコーヒーを飲みながら机の上の紙を眺める。
紅茶をいれようか?とセバスチャンが尋ねてくれたものの、凄く暗い顔をしている彼がいれたお茶は美味しくなさそうだと遠慮したら、じゃあ、とポピーがコーヒーを用意してくれたのである。
「この、バードロフ・ボーモントっていうのは?」
「アッパーホグズフィールドの元住人だよ。アッシュワインダーズの寝首を掻こうとして失敗した人。これがその日記の一部」
同じようにコーヒーを飲みながら尋ねたセバスチャンに、どーぞと日記の一部を手渡した。
この日記には不可解なことが書いてある。一番最初に見つけた、亡者とアッシュワインダーズの繋がりだった。
「失敗して、どうなったんだ?」
「私がそこに辿り着いたときには、既に亡者になってて襲ってきたよ。でも、ちょっと変だった。他の亡者と違って、この人、ボーモントさんだって、何となく分かったんだ」
そして、その感覚はもう一回あった。
マナー岬の近くの、荘園主の館。そこに残されていたグリンゴッツの呪い破りの手記にも、亡者のことが綴られている。私はその紙を眺めながら、薄ら寒かった地下室を思い出す。あそこにも、通常の亡者と違う、荘園主ではないかと思う亡者がいた。
近くの村でも、アッシュワインダーズが亡者の出る館について調べさせられていた記録が残っていたし、荘園主の館にはルックウッドの幹部が一人でいた。彼女は、まるで秘密の何かを探っているかのようだった。
「そのバードロフって人の日記だとまるで、死んでから亡者にされたんじゃなくて、亡者にされるために死んだみたいだな」
そう言ったセバスチャンに、私は頷く。
「そして、フェルドクロフトの地下墓地にあった遺物だよ。一体ルックウッドは何がしたいんだろう」
個人が特定できる亡者をつくりたい?なんて趣味が悪い、と悪態をつく。
別に本気でそう思っているわけではないけれど、あいつがやろうとしていることはそちらの方向にしか見えない。まあ、利用できなくはないだろうけど、それがルックウッドに何の益があるのかと問われれば首を捻るばかりだ。
隣でじっと私たちの話を聞いていたポピーが、まだあるよ、と笛を吹いた。
高いその音に誘われて、ばさり、と大きな羽をはばたかせ、悠々とした様子で近くの手すりへと降りてきた不死鳥が一声鳴いてみせた。
「ルックウッドは、不死鳥を探してた。それにグリンゴッツの職員も脅していてそこにある何かも探している。でしょ?」
「……不死鳥?なんだか、繋がりそうで、正反対なのが出てきたな」
「蘇る、って点では一致するけどね。何、ルックウッドは死の秘宝でも探してるの?」
ふと、遺物の大きさと形を思い出して、そういえば蘇りの石とシルエットが似ていたなと言った言葉に、セバスチャンとポピーがぴたりと止まった。
その反応を見て思わず私も止まる。
「ルックウッドが今手を組んでるのは、魔法族が太刀打ちできない加工技術を持つゴブリン」
「魔法生物が、本来人間に与える一番の恩恵は、その副産物」
ぽつり、とセバスチャンが言った言葉に、同じく呟くようにポピーが返した。
は?と私の口から声が漏れた。いやいや、冗談でしょ。
「え、蘇りの石って、あれだよね?あの死んだ人の霊に会えるみたいな、結構中途半端な……」
「だったら、やつは完全な蘇りの石を、造るつもりなんじゃないか?」
守護者の試練で見た蘇りの石は、まさにその名に恥じない性能だったが、大道芸人から聞いた本物の蘇りの石の話は微妙だった。勿論、死んだ人の魂に会えるということだって凄いのだけれど、『蘇り』の石ではないだろう。
そう思って笑うと、セバスチャンが真剣な顔でこちらを見ていた。
彼は言う。
ルックウッドが所在を掴んでいる唯一の秘宝が、透明になれるマントなのだろうと。
「おそらく、目星はついているんだ。グリンゴッツに預けているとしたら、ゴブリンにパイプを持つ奴なら情報自体は握っていてもおかしくない。
人質を取って脅すというのは効果的だけど、本来かなりリスクもあるはずだ。でも、アッシュワインダーズは、グリンゴッツの職員にもそんな手段をとっている」
最悪、一番模造品がつくりやすい品でもあるしね。そんなことを言う。
まだ納得できない私が、じゃあ杖は?と尋ねたら、彼とポピーは二人で顔を見合わせ、はあ、とわざと大きな溜息をついた。
「最強の力は、君がよく知っているだろう?――ルックウッド城の保管所にあった力をランロクが鎧に移せたのなら、もう一つの保管所の力を杖に移せばいい。それで最強の杖の完成だ。」
筋が通っているのか通っていないのか。突然の思いつきの迷推理に私は引きつった笑いを返す。
「いや。ぶっ飛びすぎでしょ。伝説のアイテムを造ろうなんて、子供心が過ぎる。相手はいい年をしたおっさんだよ?」
まだ、亡者の大群つくってやろう、の方が現実的である。そんな夢を追いかけているようには見えなかった。
けれどセバスチャンは、順番が違うんだ、と首を振った。
「秘宝をつくろうと思って、ランロクと手を組んだわけではないし、ましてやアッシュワインダーズを結成したわけでも、密猟組合を統治したわけでもない」
「そうでしょう?」
「ああ。先にそれらはあったんだ。その基盤の上に、ランロクが鎧に力を移すのをルックウッドは見たんだよ。
保管所の力を手に入れる。それが一番の目的であろうことに変わりは無いさ。そのうえで、ルックウッドはレガリアをつくろうとしているんじゃないか?」
「レガリア?……力の象徴ってこと?いったい、誰に向けての?」
ルックウッドが今更、何を示そうというのか。もう十分この地方を支配している。奴には別に、ありがちな非魔法族を支配してやろうなんて気持ちもなさそうだ。
そう思う私に、ポピーまでもが眉を寄せた。
「ルックウッドは、十分にこの地方を支配しているわけじゃないよ。むしろ、この地方の完全な支配こそが奴の野望じゃないかと、私も思う」
そんな奴にとっての目の上のたんこぶ。アッシュワインダーズも密猟者も、口々に文句を言っていたこと。
「あるだろう?この地方に。ルックウッドがいっさい手を出せない場所が」
君が今、のんびりコーヒーを飲んでいられるのは何故だと思う?とセバスチャンが問いかける。
ゴクリと飲んだ一口がとても苦くて、私は思わず顔をしかめた。
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26
セバスチャンの話を聞きながら、私は腑に落ちた。
彼女はまだ、そんな無茶な、と少し夢物語のように聞こえるその話に首を捻っているようだったけれど。
――先にそれらはあったんだ。その基盤の上に……
そうだ。セバスチャンが言うように、基盤は、あったんだ。
ルックウッドの、一番の欲求は何か。
富じゃない。ルックウッドはきっと生まれながらにそれを持っている。
名誉じゃない。むしろ、そんなものには泥を塗って愉快そうに笑う側だ。
勿論、永遠の命なんてものでも無いだろう。秘宝造りにとりつかれた人生を送ったわけではなく、せいぜい、出来そうだ、面白そうだ、だからやっている程度のような気もする。
ルックウッドの欲求は一つ。
『支配』だ。
彼は、支配という手法と、結果をとても好む。それは、アッシュワインダーズのゆすり方を見ていても、アン・サロウにかけられた呪いの作用を見ていても分かる。
自己とは違う生物の命を、自分の手の中で弄ぶのが好きなのだ。多くの密猟者と同じように。
最近、魔法生物たちがやたらと凶暴になった。
凶暴なダグボッグを討伐した彼女が、不思議なことを言った。――何らかの呪いにかけられていたみたいだと。
なんて酷いことをするんだろう、と思った。
でも、よく考えたらそれは、最近目立つようになっただけなのではないだろうか。私は、呪いをかけられ凶暴になった『死神犬』と呼ばれる野犬が、ずいぶん前からローワーホグズフィールド南の洞窟にいることを知っている。
そして、こんなに凶暴な魔法生物が多くいるのは、未開の地を除けばこの地方だけ。
禁じられた森にいるのは分かる。あそこは生物たちの神域だから。でも、"呪われた"ものが、この地方には多すぎる。
ルックウッドの部下は二種類いる。
ルックウッドに忠実なアッシュワインダーズと、利害が一致しているからこそ従っている密猟者達。
きっと昔から、密猟者達は魔法生物に呪いをかけていたのだ。「自分たちに従うように」。あるいはその魔法の開発の実験台として。激しい競争の中で、より多くの獲物を獲得するためなら彼らは何でもする。
ルックウッドが、密猟者達を完全に統治せず、密猟者の集団としていかしたのは、そのためなんじゃないだろうか。
彼女やセバスチャンは平然と使っているが、服従の呪文を扱えるのは本当に優秀な魔法使いだけなのだ。
だけれど、もしも、"密猟者でも使えるような"支配の魔法があったら。もしそんなものを、ルックウッドが手にしたら。
それと同時に、密猟者達は、ルックウッドの実験物にもなった。
どうやったら彼らを支配できるか。
一つは組合という自治組織の設立。
そして、もう一つは、もっと物理的だった。
ランロクの部下達と一緒にいたのは密猟者達だった。
何故ルックウッドは、密猟者達にゴブリン製の武器を贈ったのか。
ランロクの信奉者達は、まるで力に魅せられるように徐々に凶暴になっていったと、彼女は協力者のゴブリンから聞いた。
それこそ、まさに、呪いのように。
(同じことが、出来たら?)
ゴブリンの武器を通して、密猟者をルックウッドの、いや、『古代魔術』の信奉者に出来たら?
セバスチャンは、レガリア――"力"の象徴――といった。それは言い得て妙だと思う。
支配とは、弱い生き物を虐げるだけではない。
本当の支配は、強い生き物の尊厳を踏みにじってこそ、得られるものだ。
密猟者達が、ドラゴンを支配して、見世物にしたように。
彼女は全く興味がなさそうだが、多くの魔法使い、特に古い血筋の魔法使いにとって、死の秘宝はやはり特別なものである。
(――ルックウッドは、古代魔術という圧倒的でとんでもない力を、伝説の秘宝の形にして私たちの前に現わしたいんだ)
それは、"力をもった魔法使い"を何らかの方法で古代魔術の信奉者とする際の、求心力になりえるだろうと思った。
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27
死の秘宝をつくりたいだなんて、つじつまは合いそうだが流石に冗談みたいだ、と正直自分でも話しながら可笑しく思っていたが、僕のそんな話に続けてポピーが蕩々と語ったことは嫌にリアリティがあった。
あり得ない話じゃ無いのかも知れない、そんなリアリティが。
全てを聞き終わって、「ルックウッドを殺すのは、きっと私のさだめだよ」と彼女は笑って言った。
彼女は、その行き先を僕らには告げないだろう。
古代魔術という秘密を全て打ち明けてくれていても、決定的なところではいつも一人で動こうとする。その気持ちは、よく分かる。
遺物を渋々もともとあった位置に戻した僕を、叔父は強い不信感を抱いていた目で見ていた。
そしてそれは、僕からしても同じことだった。
――僕らの溝は、ほぼ決定的だ。
父を、母を失った僕とアンを、無言で優しく抱きしめた叔父のことを、僕はよく覚えている。
隣でアンが、張り詰めた糸が切れたように泣いていた。ああ、アンが安心する大人がいて良かった、と僕も安堵した。
彼は眠る前に本を読み聞かせることなんてしなかったが、眠った僕らの頭を撫でることは多かった。気配に敏感な僕はそれで少し目を覚ましたが、妹は穏やかな顔で眠っていた。
叔父は意外に庭いじりが好きで、僕らのために、僕らのもとの家からいくつかの植物をわざわざ移植していた。
厳格で頑固だったから、悪戯なんかがばれたらこっぴどく叱られたが、僕とアンがどんなにおしゃべりをしていても煩いなんて言われたことはなかった。寡黙な叔父が加わることも無かったが、その目は優しく弧を描いていた。
そんな叔父が、ホグワーツの制服を初めて着た僕らを見たとき、本当に嬉しそうに声を立てて笑った。
覚えているんだ。いろんなことを。
僕は恩を感じている。アンはきっと父や母と同じように叔父を愛している。彼も僕らを愛していた。愛がなかったなんて、決して思わない。
思わないからこそ、許せない。許さない。
アンを切り捨てたことを。アンが納得していたとしても。
悲しい。辛い。けれどそれ以上に、憤りが勝った。
この一年間の絶望を、僕はゆっくりと思い出す。
徐々にやつれていく最愛の妹。まるで、削り取られるかのように、搾り取られるかのように、妹は枯れていった。
また失ってしまうという無力感は酷かった。それでも、足掻いて、足掻いて。アンを救えるのなら、本当になんだってよかった。僕がアンを。
(そうだ。だから、僕がアンを救わないといけない)
肉親に、叔父に切り捨てられた妹を、僕が。
だって僕は。アンの、兄なんだから。
――その結果、アンに拒絶されても?と、耳の奥で優しく問う声がする。
(ああ。そうだな)
あの雪山では答えられなかったけれど。
僕は、今なら彼女に微笑み返すことが出来るだろう。
(構わないよ。構わないほどに、僕は、"たった一人の家族"を呪った奴が憎い)
彼女の手が、少しも汚れていないなんて思わない。闇の魔術を教えたのは僕だし、とんでもない古代魔術を使わせてしまったのも、僕だ。
でも、背負いたいと思う者がいる汚れまで、君が背負わなくていい。君が、一人ぼっちで負わなくていいんだ。
背負いたいと思う者が、その荷物を背負えばいい。
そう言っても、彼女はきっと僕に秘密にして行ってしまうだろう。
だから、もう一人の友人に相談した。
「ポピー、彼女を見つける術はないか?」
「もちろん、考えてたよ」
ポピーは、フィールドガイドの地図を広げる。そこには、無数のバツや丸の記号がちりばめられていた。
これは、彼女たちがつくったこの地方の地図の集大成と行ってもいい。二人でそれぞれ同じものをフィールドガイドにしまっている。
そのうちのいくつかの箇所にポピーは旗を立てて抜いてを繰り返す。
「あんな話をしたから、彼女のこと、ケンタウルスに占ってもらっておいたんだ。絶対一人で行っちゃうと思って」
ポピーと彼女が、金のスニジェットを救った話は聞いている。
何となくケンタウルスとは相性が悪そうだと思ったので、僕は付いていかなかったが、ポピーの方はケンタウルスと無事友好を結べたようだった。流石だと思う。
そしてポピーは情報収集、追跡が得意だ。絶対嫌がるだろうから言わないけど、自ずと肌に身についた技術なんだろう。
「ここかここ。たぶん、どっちかだよ。セバスチャン」
友人が示した場所は、二つともそう離れていない。
(だったら、どちらも行けばいい)
姿あらわしは便利だ。彼女たちに負けず劣らず、僕はこの地方を歩き回っている。
場所とイメージがはっきりしているなら、多少の距離でも僕なら飛べるだろう。
あとは、いつ彼女とルックウッドが接触するか。
こればっかりは、その時に少しでも早く情報を掴むしかない。
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28
ルックウッドが最強の杖を狙っている、というのはいよいよ本当かも知れない。と乾いた笑いが漏れた。
ペンシーブの遺物をオリバンダーさんに杖に変えてもらったところで、奴は私に声をかけてきた。
「二人きりで話がしたいと思っていた」
困ったなあと思う。
私も聞いてみたい。本当に死の秘宝を造りたいとか、面白いこと考えてる?と。
でも、迂闊なことを言う気にはなれないし、正直、こいつとは一言もかわしたくない。
まるで自分が古代魔術の力に相応しいかのように笑うルックウッドに、私の体の中の力は沸き立ち拒否反応を示していた。
(――ねえ、ルックウッド。古代魔術の力に認められた人々は、みんな、『愛』を持ってたんだよ)
守護者達も、イシドーラも、そして、ランロクも。
最初の動機はみんな、誰かの、何かのためだった。
『痛みを抜いてあげたい』
『苦しみを和らげてあげたい』
『虐げられたゴブリンを開放したい』
どんなにねじ曲がった使い方をしていても。自分のためでもあっても。それ以上に自分以外の誰かのためであったのだ。
ようやく分かった。と思う。
実は、痛みを抜く魔術が成功したのは、2回だけだった。
初めてやったマナー岬。そして、セバスチャンに見せるために行った、たった2回。
それ以外は、呪いのように使おうとして、私は何度も失敗している。
(何でだろうと思っていた)
そうか。こんなにも簡単なことだったんだ。
いざというとき、古代魔術の力で原始的な攻撃は出来る。
でも、それは使いこなしているとは言えない。どんな攻撃を"この力"が放つのか、飛び出してみるまで分かっていないのだから。
ランロクの方が、ずっとずっと使いこなしている。そりゃあそうかと納得した。
「保管所の力は、俺が受け継ぐべきものだ!」
「チャールズ・ルックウッドは、そうは思わなかった!」
そして、私も、そう思わない。
憎々しげにこちらを見たルックウッドが舌打ちついでに放った言葉に、私は、やっぱり、と確信を得た。
これで思う存分。何の憂いもなく。こいつと戦える。
――私がこいつを、セバスチャンのために、殺してあげるんだ。
構えた杖の先で、まるでその思いに応じるかのように光がはじけた。
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29
私たちは転がり落ちていく。
光の中を、闇の中を。その両方を見つめながら。
本当は、出会ってはいけなかったんじゃないかな、そう思う日もあった。
マイペースな穴熊と、狡猾な蛇。けれど、一番純粋だったのは、たぶん蛇だった。
合わないようで合ったのは、本当に意外なことに、私たちが『友情に忠実』で、『真の友を求めた』からだった。
「じゃあ、行ってくるね」
「うん。場所は分かるの?」
「アズカバンになら、行ったことがあるからね」
3人分の鞄をよろしくね、と言った彼女に手を振る。
茂る森の葉の向こう側に、昼と夜とが交じり合う黄昏空と、唯一輝きを放つ一番星が見えた。
(一体どうやったら、魔法界に来てたった半年で、アズカバンに2回も行くことになるんだろう)
彼女は本当に凄いなあと、私は隣で手を振るジャックドウと顔を合わせて笑う。
ポピー、と落ち着いた声で呼びかけられて振り返ると、ドランが小さくて可愛いスニジェットをあやしながら優しく微笑んでいた。
ああ、彼ともお別れか、それはちょっと寂しいなと自分の眉が下がったのが分かる。
けれどドランは、ゆっくりと首を振った。
「君とは、そう遠くない未来、必ずまた合うだろう」
そうだといいなと思う。
この場所は、彼女と、セバスチャンと、私を結びつけた場所だ。
この幽霊が、この場所で彼女と待ち合わせをしていたから、私もセバスチャンも彼女の秘密を知ることとなり、そして引き合った。
私にとっては、悪くない場所だった。
だからこの場所を、待ち合わせに選んだ。
「――あなたが、ポピー・スウィーティング?」
「こんにちは。闇払いさん」
彼女は本当に不思議で、いろんな伝手がある。
姿あらわしで現れた闇祓いは、後ろに幽霊とケンタウルスを従えた私に、少し目を見開いた。
いや、おそらく、そのケンタウルスが抱きかかえる生き物に。
小さく口が、スニジェット、となぞったのを私は見逃さなかった。
相手が動揺している隙に、私は少しだけ息を吐き。
いつも隣で見ていた、あの堂々として、誰もを惹きつける彼女の笑顔を真似た。
「ねえ。取引しませんか?」
薄暗い禁じられた森に、色が差す唯一の時間帯。
勢いよく落ちる真冬の太陽が、一気に全てを等しく赤く染めて、ほんの一時の間に全てを闇に返す。
私は、ちゃんと微笑めているだろうか。
「取引?」
「そう。もうすぐ、セバスチャン・サロウが脱獄するので、追ってくるのはやめてもらえませんか?」
怪訝そうにひそめられた眉。
Yesとは言わないだろう。ルックウッドを殺した罪がどれほどのものかはさておき、セバスチャンが使った死の呪いは、魔法族が許すべきではない呪いなのだから。
でも、と思う。
もしも当局が、もっと前に動いていてくれればと。彼らがルックウッドを、きちんと捕まえてくれてれば良かったのにと。
そうすれば、死ななくていい人が死ぬこともなかった。
「――だからって、彼がしたことの責任転嫁にはならない」
「どうして?」
間髪入れずに返した私の声に、困った子を見るように闇祓いは笑った。
よく知る顔だ。私を下に見て変な子だと笑った子達に、よく似ている。
どうせあなたには分からない、そう笑った子達に、よく似ている。
「どうしてですか?
――あなた達は、ルックウッドが"何"をしようとしていたか分かっていて、”わざと”野放しにしていたくせに」
そのせいで、死ななくてもいい人が、死んだのに。
こてんと首を傾げて見上げると、闇祓いは笑ったまま、けれどその目にはこちらを品定めするかのような光が灯った。
ルックウッドが密猟者やアッシュワインダーズを結成した時期は、荒れた時代だった。
特に、マグル界が。
その躍進はめざましい。ホグワーツ特急は言うまでも無い。トロールですら、簡単にひき殺すだろう。彼女が話してくれたマグルの世界は、お伽噺の世界よりもよほどあり得ないと思った。
闇祓いの本質は、闇の魔法使いを捕まえることじゃない。魔法界を守ることだ。そのためなら彼らは、闇の魔術だって使う。
(この人達だって、闇の魔術を使うんだ)
ルックウッドやアッシュワインダーズだけならまだ分かった。組織犯罪を取り締まるのは難しい、その理屈が通った。
でも、ランロクとルックウッドが手を組んでるなら別だ。
彼らは既に人知れずではなく、この地方の全ての人々が知るほどの大きな噂になっていた。
ゴブリンの反乱。
それは、魔法族にとって、おそらく最も身近な戦争。それも、ホグワーツの教師が警告をしている。どうして早期に火を消しに来なかったのか。
――有益だったからだ。
ランロクと、ルックウッドが作り出そうとしていたものが。
そして少なくとも、ランロクというゴブリンは、ルックウッドという魔法使いの使役の中にいた。
ゴブリンが魔法族の作る杖を模倣できないように、魔法族もゴブリンの銀を模倣できない。
しかし、ランロクとルックウッドの目的は一致していた。「支配」だ。
その方法を、ゴブリンの銀を利用し、古代魔術を利用し、彼らは半分形にしたのだ。
だから魔法省は、二人を決定的なタイミングまで泳がせ、完成まではさせず、技術を、その魔法体系を収集していた。
急激なマグルの発展と人口増加。魔法族に数で勝る彼らが、驚異的な力を持ったときのための予防策として。
その結果、いくつかの悲劇が起きたんだ。
「そんなことを、どうやって証明するつもり?それはあくまで憶測で、私たちはそんなつもりじゃなかった」
「今、悲劇の中にいる人々は、例えそれが根も葉もない憶測でも飛びつく」
魔法族がみんな知っている童話。
魔法族に人気のある物語。
もしも、この悲劇とそんな伝説が、こじつけだとしても結びついたら?
その裏で、悪意をこめた小さな噂が流れたら?
根無し草になる私たちには、いろいろなところで、そんなお話を語ることが出来ると言ったら?
「闇払いを信じなくなったら、魔法族は終わる。あなた、そうは思わないの?」
「関係ない。魔法族が終わっても、ケンタウルスがいれば、魔法生物はきっと守られる」
ようやく闇祓いの顔から笑みが消えて、私は心から微笑むことが出来た。
(ああ、もうすぐ夜がやってくる)
彼女は、子供のための時間だと言った。夜に潜むのは、大人ではなく子供なのだと。
もうどんな森だって、私は怖くないだろう。
――私たちは転がり落ちていく。
紅茶を、コーヒーを片手に。もしかすると歌なんて歌いながら。たくさんの魔法生物を助けて。みんなで、落ちていく。
ちらりと横を見ると、やっぱりドランは優しく微笑んでいて。
安心した私は、はあ、と白い息を冬の夜の空に吐いた。
(セバポピ転の話・完)