5
ヘキャット先生から出された課題のため、魔法の特訓に付き合ってくれと転入生に頼まれ、セバスチャンと俺は時計台の下にいた。
「何故俺まで呼ばれたんだ?」
「さあ?だけど、理由も分からないのに、よくオミニスが来たな」
「魔法薬学で優秀な転入生殿に助言いただいたからな。特訓に付き合うのでお返しさ」
目の見えない俺に何が出来るとも思わないが、とセバスチャンに返すと、またまたご謙遜をと彼は笑った。
セバスチャンは強い。強力な魔法が好きで使いこなしているということもあるが、そもそもの彼の強みは、魔法の制御の上手さや使い方の多様さと、視野の広さである。
そんな彼と練習したり地下聖堂で決闘もどきをしたりしているのだから、実は俺もそこそこ戦える。とはいえ、決闘が強い、なんてことに何の興味もない。派手なセバスチャンとアンの影で十分だと思っていたし、同級生からもそう見られているはずで、彼が俺も呼んだのは不思議だった。
「あれ?二人とも早いね」
時間より少し前に現れた件の転入生は、今日はよろしくね、といつも通り明るい声で笑いながら、ルーカンがしまっていた訓練用人形を引っ張り出した。
基礎呪文、レヴィオーソ、アクシオ、プロテゴ、ステューピファイ。
(彼が使えるのは、本当に最近授業でやった呪文ばかりだな)
いったいどうやって闇の魔術に対する防衛術でセバスチャンと互角に戦えたのか。
感心しながら、彼が訓練用人形に打ち込むのをしばらくセバスチャンと眺める。
「……こんな感じなんだけど、どうかな?」
「十分使いこなしてるぜ。君、本当に才能あるな」
華麗なるコンビネーションを決めた彼を素直に褒めるセバスチャンに、俺も概ね同意だった。
ありがとう、と言いながらも、彼はじっと俺を見る。
なんだ?と首を捻ると、オミニスはどう思う?と尋ねられた。
「俺も使いこなしてると思うが?」
「……じゃあ、オミニスに当たるかな?」
――突然、物騒なことをいう。
は?と返した俺に、彼は真剣な眼差しを注ぎ続けていた。
俺たちの間に、まるで決闘で対峙したかのような緊張感が漂う。
(ああ、なるほど。確かに彼は経験者だ)
強いものが好きなセバスチャンが、彼に少し入れ込んでいる理由が分かった気がした。
「いや。君のレヴィオーソは、無効に出来る。アクシオは防ぐ。俺には届かない」
弱いレヴィオーソは落ち着けば無効に出来る。耳のいい俺は、声が届いた時点でそれを瞬時に考える。
彼は使いこなしてはいるが、呪文の速度が遅い。基礎呪文を打ちながら次の呪文を練る、なんてことは流石にまだ出来ないようだ。
だから、クールダウンが長く、防がれる隙が出来る。そのタイミングが、俺には声の間隔で掴めた。
「……へえ。すごいな。そんなこと分かるなんて、僕も聞いてないけど?」
「慣れてくれば、次の呪文を練るのなんて無意識下でやるようになるのさ。そうなれば読みやすいなんてことはなくなる。セバスチャンもそうだろう?」
手首の振りに慣れる。呪文の発音に慣れる。魔法操作に慣れる。効果のイメージに慣れる。反復が強さを作る。
彼にはそれがない。
こんなに使いこなしているのに、まだまだ初心者らしさが残っているのは、なんだかちぐはぐだった。
「そっか。オミニス。僕もっと練習するよ」
今日は二人ともありがとう、また今度も良かったら教えてね。彼はそう礼を言って締めくくり、訓練用人形に再び向き合った。
セバスチャンと俺は顔を見合わせる。訓練に付き合ってくれと頼まれたから、てっきり決闘してくれと言われると思っていたらしいセバスチャンは、肩すかしを食らったようで少し残念そうだ。
だが、訓練用人形に撃ち込みだした彼は鬼気迫る雰囲気で、もう俺たちのことなんて見えてないようだった。
-------------------
6
『禁書の棚に忍び込みたいから力を貸して欲しい』
そんな梟便が届いたのには、正直驚いた。
杖十次会は秘密の決闘クラブと言いつつも、教師達が知らないというわけではない。ルーカンがとり仕切り、また招待制にしているために危険性が低いので、教師達は黙認している。だから、参加したからって罰則なんてない。
手紙の送り主の印象は、品行方正。誠実で忠実。処罰を受けるようなことを進んでするなんて意外だった。
「捕まらないだけの賢さがあれば、大丈夫なんでしょ?」
待ち合わせに来た彼がにやりと悪い顔をして言うから、なんだ、そんな表情もするんだな、なんて思わず笑った。
とはいえ、彼との禁書の棚への旅は例外づくしだった。
いつもはいないはずの時間に司書が残っている。通路の幽霊はおしゃべりして退かない。おまけに鎧が壊れていて、嫌な予感がするなと思ったらピーブズが現れた。
さて、僕の賢さは足りるかな。腹立たしいポルターガイストの声を聞きながしながら、僕は今後の算段をつける。
「ピーブズを何とかしないと。僕が行ってくる」
「でも、危ないよ」
「君を連れてくって言っただろ?友達に貸しを作るのが好きでね」
窺うようにこちらを見た彼にそう言うと、一瞬、嬉しそうな、それでいて寂しそうな表情をした後で、引き留めるように僕の腕を取った。
何かを決心した瞳が、見つめ返した僕の視線と交わる。
(どうした?早くしないと二人とも捕まるぞ)
そう返す前に彼は僕を引っ張った。
「セバスチャン、君も一緒に行こう」
レパロ、と相変わらず慣れたように呪文を唱えて壊れた鎧を直した彼は、僕を連れてぐいぐいと先へ行く。
禁書の棚では、煙突飛行粉は使えない。奥へ行っても、基本的に一本道で結果的に捕まってしまう。そんな潜めた声を、まるで聞こえないかのように僕の手を握って離さない。
辿り着いた行き止まり。いつも何の部屋だろうと思っていた。
怪訝そうな僕の隣で、彼は何かを払うように、あるいは引きずり出すように杖を振った。
「僕は、君を信じている」
とても強い意志を持った声だった。
不思議と、どうして、とは思わなかった。
部屋の中央にそびえる門へ腕を突っ込んだ彼は、そのまま何処かへ行ってしまいそうで、慌てて僕はその後を追った。
-------------------
7
実は古代魔術の痕跡が見える。なんてとんでもないことを言い出した彼を、こんな状況でもなければ、僕は信じなかっただろう。
厳かとも言える広く異様な空間は見たことがない素材で出来ていた。
大理石、鉱石、鉄、銀……浮かんでは消える候補。何か強い魔法がかかっているようで、触ってもよく分からなかった。
「ランロクとルックウッドに追われている理由ってこれか」
「そう。僕が決闘に打ち込む理由もね」
溜息をついた僕を、彼がちらりと見る。
(これは、巻き込まれたな)
教えてくれと言ったのは僕だが、正直ちょっと手に余る、と思っている。
きっとそう言えば、二度と彼は僕を誘うことはなくなるのだろう。本当は、僕には彼のこんな大きな秘密にかまっている暇はない。
けれど、彼の信用を失うのは、どうしてかとても嫌だった。
「道がなくなった」
そう彼が呟いた。
正しくは無くなったわけではなく、奥に続く道は見える。ただ、その道と僕たちとの間には深い深い隔たりがある。
周りをきょろきょろと見回した彼は、どうすればいいと思う?と僕に尋ねた。
「ここは君の方が詳しいんじゃないのか?何か気になるものは?」
「グリンゴッツではこんな経験はしてないよ。……ああ。あのマーク、あれ、古代魔術のシンボルだ」
その割には落ち着いている。と僕は肩をすくめる。
彼が指さした先を見ると、明らかに何かの仕掛けのような金属が見えた。
「古代魔術のシンボル?」
「うん。ポートキーはあの形をしていたし、あのシンボルからはいつも強い古代魔術の痕跡を感じるんだ」
デパルソ、と僕がその金属に魔法を撃つと、見えていなかった床が現れた。
その呪文何?と聞く彼に、杖の振り方を教えつつ、ここではまだ使わないでくれよ、と僕は頼んだ。
首を傾げる彼は使ってみたそうだったが、その呪文をうっかり僕に誤射されたら大変だろ、と冗談めかして注意する。はっとした顔をする素直な彼に、可笑しくなって笑った。
その端で僕は、彼の言う古代魔術のシンボルをもう一度見上げた。
(……あの模様、地下聖堂で見た)
それは、僕らの秘密基地の壁に刻まれた模様と同じだった。あの模様と文字が書かれた壁は、爆発の呪文の練習をしていて誤って燃やしたときも、少しも傷がつかなかった。
中央付近の柱にも同じような模様が書かれていて、オミニスやアンと黒板に映してあれこれ考えた。結局分からなかった模様の答えが、こんなところにあったとは。
もしかして、アンの呪いの解除に役に立つかもしれない。隣を歩く底知れない友人が、希望を呼んでいるように思った。
「――っおい!こんな厄介な敵が出るなんて聞いてないぜ!」
「司書の罰則よりマシでしょ!」
行き着いた先で待ち構えていたのは、巨大な鎧だった。しかも襲ってきた。
ホグワーツに鎧は数あれど、襲われたことなんて一度もない。なんなら、そこいらの鎧より随分逞しい。
プロテゴと回転で器用に敵の攻撃をよけつつひたすら基礎呪文で応戦する彼の軽口に、頭を抱えたくなった。
敵が飛び上がって僕たちに降りかかってくるのが見える。
よけて!という彼の声に合わせて横に飛ぶ。近くにいた別の鎧を強めのアクシオで引っ張り、振り下ろされた敵の剣に当てる。
立つ埃で一瞬前が見えなくなるが、彼が上手く基礎呪文で相手の注意を引いた。
「セバスチャン、強いね」
「どうも。君もきっともっと強くなる」
彼に向かって投げられた剣をエクスペリアームズで撥ねのけると、感心したように彼はしみじみと頷いた。
古代魔術の痕跡とはどういうものか。
部屋の奥に恭しく置かれたペンシーブの記憶を覗き、僕はとても興奮していた。
(すごい!干ばつから村を守る?違う、あれは呪いを払っている)
雨を降らせただけではない。枯れた大地は、一種の呪いを帯びる。古代魔術はそれを払ったのだ。
五年生からの新入生という、イシドーラ・モーガナーク。そして、同様の学生時代を送ったパーシバル・ラッカム。
隣で一緒にペンシーブを覗く彼は、本当に古代魔術の伝承者なのだ。
「君にも、同じことが出来るのか?」
「出来ないよ」
期待をこめて聞いた僕に、彼はきっぱり断った。
だけど、いつか出来るようになるかもしれない。そう言おうと思って興奮のまま口を開きかけたが、じっと見つめる彼の瞳に言葉は声にならなかった。
これは、彼に言ってはいけない。そう直感した。
探していた本とペンシーブの部屋の向こうには、もう一つ広い空間があった。
四枚の大きな絵画が掛けられたそこは、しんと静まりかえっている。
ここはどこだ?と思った僕に、ホグワーツ内みたいだ、と彼はフィールドガイドを広げながら言った。
僕も隣で見てみるが、具体的な位置は記されていない。ただ、禁書の棚でも先ほどまでの不思議な空間でもないようで、煙突飛行粉は使えるようになっていた。
はい、と僕に煙突飛行粉を分けてくれた彼は、気が抜けたのか少し眠そうだ。
「今更だけど、僕に教えて良かったのか?古代魔術のこと」
既に彼の力に少し魅了されている僕は、秘密を教えるのに本当に適していたのか。自分で自分を客観的に見れば、その問いへの返答はNOだ。
けれどそんな僕の考えを分かっているのか、いないのか、彼はとても優しく笑っていた。
「闇の魔術の防衛術で、”初めて”君と杖を交わらせたとき、君は特別だって思ったんだ」
もう寝よう。今日はとても気分がいいから。セバスチャンも、いい夢を。
そう言って彼は、一足先に煙突飛行粉で消えていった。
-------------------
8
珍しいな、君が迷わずに辿り着くなんて。
待ち合わせた闇の魔術に対する防衛術の教室近くの廊下でそう声をかけられて、え、と驚いた。
「何言ってるんだセバスチャン。彼が迷っているところなんて想像がつかないぞ」
そう。オミニスが言うとおり。もうホグワーツでは迷わない。全ての隠し通路を開いたわけではないが、「二年間」隅から隅まで見て回って地図はしっかり頭にある。
当然、待ち合わせにも、授業にも遅れたことなんてない。
あまり不自然に思われないよう、フィールドガイドを開いて歩くのは面倒だったが、もう転入して ひと月経つから近頃はしまっている。
道を覚えるの得意なんだね。そんな本来の自分とは真逆の評価を受けているのは知っていた。
「――そうだよな。なんでだろう?ふと口をついたんだ、悪いな」
少しずつ、少しずつ。過去と未来が混ざっているのだろう。
禁書の棚のペンシーブを、セバスチャンと見たことで、未来はきっと変わっていく。
今日だって、きっとセバスチャンと"オミニス"が教えてくれるのは地下聖堂。以前は、セバスチャンだけだった。
少しずつ、少しずつ。間違えた過去が消えていく。
静止の声を持つオミニスに秘密にしてしまった過去がこれから無くなるように。
イシドーラの残したペンシーブだけを、セバスチャンに見せてしまった過去がなくなったように。
道を覚えるのが下手な自分が、いなくなったように。
「行こう」
そう言って、歩き出したセバスチャン達の後ろを追いながら、押し寄せる感情に唇をかみしめた。