ホグレガ中長編   作:hiro_s

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③眠る君が祈る夢
眠る君が祈る夢・1


「いつかこのことを書いてもいいか」と尋ねられて、少しだけ困った。

 

出来れば秘密にして欲しい、そう伝えると、少し残念そうに彼は笑っていた。

一緒に過ごした日々が、今までで一番の冒険だったと言われ嬉しかった。もしかすると彼は、誰よりも自分を分かってくれていたのではないだろうか。

 

苦しみも成功も分かち合えたらと願っていた人とは、既にすれ違ってしまった。きっと説得しようとしても話を聞いてはもらえない。

ゆっくりと古代魔術に関する出来事を思い出しながら胸に起こった感情は、どうしようもない寂しさばかりだった。

 

 

 

 

 

グリンゴッツでゴブリンから襲われ、間一髪で逃げた先。

鬱蒼とした森の向こうに、キラキラと光る満天の星が見え、少し離れたところから汽笛の音が響いた。

ここは?と独り言のように僕が尋ねると、フィグ先生は、先ほどまでの危機など無かったかのようにわくわくさせる顔で笑った。

 

「――ホグワーツだ」

 

さあ、と差し出された先生の手を取ったその瞬間、ほんの少しの浮遊感に思わず目を閉じ、そうして開いた瞳の前に広がったのは、荘厳な石造りの古城だった。

スコットランドの果ての果て。それなのに、まるで希望の全てがそこにあるかのように、何かが待っていると、そう体中から歓喜が湧いた。

 

ホグワーツ一日目。

到着した昨日とは違い、朝の陽に彩られた廊下は、開放的で明るく温かだった。

ステンドグラス、大きな窓ガラス、吹き抜け、贅沢な建築だ。たくさんの光と声が重なり合っている。

足を踏み出すと階段が現れる大階段。おしゃべりな絵画達。占うような声が聞こえ、フィールドガイドから顔を上げ振り返る。

中央ホールってどうやって行くんだっけ。闇の魔術に対する防衛術の塔へ、こちらから行く通路の扉ってどれだっけ。

魔法がかけられた天井のシャンデリアによって、どんなに狭い通路であっても、きらめく光が注がれていた。

(一体どんな魔法だろう。誰の魔法なんだろう。ああ。知りたいことが、学びたいことが沢山ある!)

期待に胸を高鳴らせ最初の授業の扉を開けた僕の目に飛び込んできたのは、にやりと何かを企んだように笑い杖を構えた同級生、セバスチャン・サロウの姿だった。

 

 

 

 

 

寮の部屋には、お気に入りの小物を少しだけ飾る。

必要の部屋とは違う、学生生活の拠点だ。たくさんの梟便が届くけれど、多くは先生達からの追加課題だった。

「新しい羊皮紙の香りって素敵だよね」と以前言われたことを思い出し、この間買い足した羊皮紙をくんと嗅いでみる。

(いい匂いか。何の羊皮紙を使っているんだろう。僕のより高級な気がする)

今度聞いてみようと思いつつ、今日の授業に遅れないよう張り切って部屋を飛び出した。

 

 

「君の声音は、いつも楽しそうだな」

「やあ。ねえ聞いてよ。この間、下級生の子に頼まれて鐘楼塔の鐘を直しに行ったんだけど」

 

ぎゅうぎゅうだった午前中の時間割に反して、午後の授業は夕方と夜の二つだけ。

魔法史と天文学までだいぶ時間があると思いぶらついていると、暖かい窓辺の廊下に座り込んでる蛇寮の友人に話しかけられた。

隣に座って日差しの熱に膝へ顔をうずめながらも、ちらりと横を窺う。青と白の、ステンドグラスを通して色付き輝く陽光が、色素の薄い金髪と白い肌を照らしていた。

校長の結婚式の話知ってる?と話を振ると、クスクス彼は笑う。

折角校長先生が外した鐘をまた付け直したのは君だったのかと呆れる声に、ふふんと得意げに僕は頷いた。

 

 

「あれ?二人とも何してるの?」

「なんだ君かあ。母さんには内緒にしてほしいんだけど、密猟者がまだいるって耳にしたから、調べに行く準備だよ」

「禁じられた森から追い出したいねって、ケンタウルス達とも話したんだ」

 

温室で、噛み噛み白菜を何故かこそこそと収穫している女子二人組。また危ないことをしようとしてる、と眉をしかめると、しーっと少女達は口元に指を当てた。

毒触手草も持って行く?だなんて言っているけれど、その毒触手草はこの温室の主が手塩にかけて育てている毒触手草だ。こっそりちぎらないと、ばれたら大変怒られる。

熱気と植物と土の匂いがこもる室内に、正義の心の悪巧みの花が咲いていた。

それで、いつ行くの?と手を貸すと暗に伝えると、二人は「そうこなくっちゃ」と言うようににっこりと微笑んだ。

 

 

「やあ見てよ。僕も星見のために自分の箒を買ってもらったんだ!」

「いいよなあ。僕も欲しいなあ」

 

草地では珍しく同寮の友人達が箒を持って練習していた。

新しい箒にまたがり、あんまり運動は得意じゃないなんて困ったように笑っているが、奥でチラチラとこちらを見ている皮肉屋のグリフィンドール生よりは、よっぽど彼の箒は安定している。

僕でも旋回なんて出来るようになるんだろうか……と、不安そうに呟いた言葉は相変わらず少しずれていて、くせっけの同級生と思わず顔を見合わせ肩をすくめる。

大丈夫、何なら僕も教えるよ。そう近寄ったところで、草を凪ぐ強い突風が吹いた。

急な力にバランスをとれなくなった箒。振り落とされた先にいた僕ら二人を巻き込んで、三人で柔らかい春草の地面にうわあうわあと転がり、少し呆然としたあとで弾けるように大声で笑った。

 

 

魔法薬の材料を手に入れるの、手伝ってくれない?

箒レース。あんたの記録、上塗りしといたからまた勝負しましょ。

叔父さんから新しい手紙とプレゼントをもらったんだけど、あなた宛のお礼も一緒に届いてたわ。

 

目映い城を駆け回りながら、たくさんの声をかけられる。

楽しそうだね。ありがとう。何でも手を貸すよ。 ――ねえ、ところで。

図書館、中央ホール、変身術の中庭を抜け、闇の魔術に対する防衛術の教室の横、右へ左へ階段を上がり、天文学の塔。

隅々まで、僕は、この春の光の目映い城を駆け回る。ねえ。それなのに。

 

――君がいないホグワーツで、君を捜し回る、そんな夢を見るなんて。

 

狭い狭いカーテンの閉まった寮のベッドの上。

目を覚まし、布団の上へぱたりと落ちた腕は、痺れたように動かない。

(……もう、君に会えないなんて。本当に、ずっと夢の中のようだ)

眠気にぼんやりとする頭は、先ほどの続きのホグワーツにならば、セバスチャンがいるのではないかと、再び僕を夢に誘った。

 

 

 

 

 

ねえ、アミット。ゴブリディグック語、話せるって言ってたよね?

天文学の塔で望遠鏡を覗いていた僕に、そう珍しく話しかけてきた彼は、何かを隠すように曖昧な笑顔をしていた。

 

ゴブリディグック語かあ。話せるけど……と答えたところで、僕はすっかり閃いた。

彼がホグズミードでゴブリンと話していたところを見たことがある。

どうやら数々耳にする、彼の周囲を取り巻く不穏な噂に関係あるようだけれど、ゴブリンと人間が親しげに話すなんて珍しい。

(魔法族とゴブリンは、あまり仲が良くない種族だから)

その争いの歴史は勿論、ゴブリンに対する魔法族の持つ嫌悪感は、種族の違いという言葉を越えて呪いじみてさえいる。

一方で、そんな感情を全く抜きにすれば、彼らゴブリンは魔法族にとって学び多い種族でもある。

ゴブリディグック語で書かれた彼らの本は、どれもこれも特殊な感覚と特別な理論が用いられていて、実家の蔵書を読み漁ったのはついこの間の夏休みのことだ。

 

「一度、本物のゴブリンと、ゴブリディグック語を使って話をしてみたいと思ってたんだ!」

 

しかし、ニコニコと笑う彼に誘われて意気揚々と雪山へ到着すれば、とんでもない冒険が僕を待っていた。

 

鉱山と言っても、ゴブリンの鉱山は魔法族の思う鉱山とは全く別だ。蒸気で動く"装置"と、"魔法"が混在している施設に圧倒される。

ゴブリンとの戦闘は、なんだか僕の想像していた寡黙で職人気質で理知的なゴブリン像が打ち砕かれたようで残念だったが、やはりその技術は僕らのずっと先を行っていた。

蒸気機関車だ、ホグワーツ特急だと、魔法族は誇らしげに胸を張るけれど。

見つけた大きなドリルの設計図は、蒸気とはまた違う動力で動かす仕組みのようで、見たこともなければ理解も出来なかった。

 

彼が紹介してくれたゴブリンは、ロドゴクと名乗った。

何度かホグズミードの三本の箒でお見かけしました、と伝えれば、シローナには時々店の片隅を貸してもらっている、とロドゴクは穏やかそうな笑みを浮かべた。

寡黙……ではないかも知れないけれど、職人気質で理知的な、理想のゴブリン。

これからまだ二人は秘密の話があるようで、申し訳なさそうな顔をする彼に、別に構わないさと笑えば安堵したように頷いていた。

 

ああ、一線引かれているなあとその笑みで十分分かったけれど、正直、そんなことは僕にとって慣れたものだった。

 

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