ホグレガ中長編   作:hiro_s

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眠る君が祈る夢・3

光無き闇がないのと同じように、闇無き光もない。

 

色を失った世界は、まるで物語のようだった。

街を闊歩する死神。人々は死を恐れ、慄き、隠れながら嘆きながら怯えている。道端で暗い顔をした男は、何故あのとき走って逃げなかったのだろうと取り返しのつかないことを振り返っては、絶望を含んだ声音で呟く。

通りを離れたところで真っ黒な顔をして死んでいる誰かは、狭いこの街で共に暮らした顔見知りであり、隣人であり、友人だった者だ。

街なかに乱雑に置かれたハニーデュークスの甘い甘い荷馬車は、もうしばらく使われていない。

――ああ、ニーフ。と、何処かで啜り泣く声が聞こえた。

死神に捕まらなかった人々も、そこに喜びなどはなく、ただただ恐怖と悲しみのみが漂っていた。

 

 

 

 

 

天文学の授業の終わりに、アデレードに話しかけられた。

以前、ゴブリンに捕まっていたところを助けた彼女の叔父、ローランドさんからのお礼の品を渡したいとのことだった。

 

「お礼なんていいのに」

「叔父さんはあなたにとても感謝してた。あなたがいなかったらきっと死んでたって。私もそう思うの。あの時は本当にありがとう」

 

そんな会話を交わして受け取ったのは、銀細工のあしらわれた杖飾りだった。

滑らかな手触りと、曲げた指に馴染むフォルム。飾り気は少ないが、とても実用的な形状であることが分かる。

少し握りこむと、掌から力を引っ張られるように感じた。

(……なんだろう)

嫌な感じではない。まるで、ペンシーブの遺物から作った杖を握ったときのような、古代魔術が馴染む不思議な感覚だった。

 

「それ、叔父さんの鉱床からとれた銀を使っているのよ。私も初めて自分の杖を買ったとき贈ってもらったわ。柔らかい金属だし、錆びには気をつけないといけないけど」

「そうなんだ。……ねえ、アデレード。ローランドさんの鉱床ってどこら辺にあるの?」

「叔父さんの鉱床?――ええと、クラグクロフトの方だったと思うけど」

 

クラグクロフトかと、少し考える。古代魔術に関わりがありそうで気になるが、この間マルワンウィームの方へ行ったばかりだ。なんと言えば遠出の許可がもらえるだろうか。

フィグ先生は、古代魔術に関する情報を求めてハイランド地方を探索することを全面的に認めてくれていたが、今は違う。ウィーズリー先生に相談したとしても、古代魔術と繋がるとはっきり確証があるわけでもないのに、OWL試験を控えたこの時期に外出許可はくれないだろう。

どうしたものかと答えは出ないまま、アデレードにもう一度礼を言って別れ、天文学塔から、見えないクラグクロフトの方角を眺めた。

 

「――よかったら、僕と一緒に週末、クラグクロフトの方へ行ってみる?」

「アミット」

 

ぽん、と僕の肩を叩いて声をかけてきたアミットは、振り返り目が合うと微笑んだ。

彼は、クラグクロフトの南側にはあまり行ったことがなかったのだと言う。

クラグクロフトは、海岸に近づくにつれ集落が少なくなる分、魔法生物が多く生息し、また凶暴性も高い。さらに、少し前までは、ゴブリンや密猟者、アッシュワインダーズの野営地もあって危険な地域だった。

 

「でも、君がアッシュワインダーズの大きな根城の一つを壊滅させたでしょ?少し治安は良くなったって聞いた。だから、勇気を出して行ってみようと思って許可を取ったんだ」

 

この時期に許可がもらえるとは、流石、真面目で優等生なアミットだ。先生からの信用が厚い。

 

「ただ、やっぱり不安だからさ。その、付いてきてくれると嬉しいよ」

 

早口で話す彼はとても控えめで、わざわざアミットからのお願いのように告げられた言葉にワンテンポ遅れて笑った。

(――この間、セバスチャンと間違えただなんて、失礼なことを言ったのに)

優しいなと思った。

 

ありがとうという気持ちをこめて、喜んで同行させてもらうと伝えると、アミットはほっとしたように息をつき曇りのない表情に変わった。

 

 

 

 

 

彼と鉱山を探索するのはこれが二回目だ。

ロドゴクと知り合ったのは雪がすさぶ季節だった。あれからもう半年以上も経つのに、あの時の冒険の高揚感と恐怖心は、今でもすぐに思い出せる。

もちろん今回は、ゴブリンが襲ってくるわけではない。せいぜい蜘蛛が出る程度だ。

今いる鉱山は、随分昔に廃鉱になったと宿を借りたクラグクロフトの住人が教えてくれた場所だ。

(てっきり、アデレードの叔父という人の鉱山に行きたいのかと思っていたけれど)

天文学の授業の時に少しだけ漏れ聞こえた彼らの会話。この地方に来たそうな彼に助け船を出したのはいいけれど、現在採掘中の鉱山には入れてもらえないだろうなと思った。しかし、道すがら尋ねると彼は、それは問題ないと首を振った。

その鉱山に直接用があるのではなく、その銀がとれたという地方について調べたいのだと。

 

「マルワンウィームやクラグクロフトは、昔から特別な鋼鐵がとれたみたいだね。確かに鉱山も廃坑も沢山ある」

「……そうだね、アミット」

 

落石に気をつけつつ、狭い坑道をルーモスの光を頼りに進むと、ようやくやや広い空間に出た。

鉱山には珍しく、小さな本棚と机が置いてある。

廃鉱になった時代を考えれば、既に湿気で痛んでしまっているだろうと机の上にあった本を手に取るが、ほんの少しの埃しか被っていないことに驚いた。

よく見ると、小さな"はたき"がパタパタと、机と本棚の周囲を掃除している。

 

「すごいね。かなり昔に廃鉱になったって聞いたけど、こんな魔法がまだ残ってるなんて」

「――うん」

 

彼は、じっとそのはたきを見つめていた。

今日はなんだか寡黙だなと、僕はそんな彼の様子を見ながら考える。

(寡黙……いや、慎重という感じに近い)

行こう、と彼が先を促したので、特に反論も無く大人しくその背に付いていった。

 

そうして辿り着いた先は、当然だが行き止まりだった。ただ堀跡が崩れているだけで、周囲を確認もしたが他の道もおそらく無い。

なんだか拍子抜けだった。彼が探検に選んだ鉱山だ。洞窟の奥に何か特別な空間があるのかもしれないなんて少しわくわくしていた僕は、残念に思う気持ちを飲み込む。

果たして彼にも収穫なんてなかったんじゃないか。そう思って隣を見ると、予想に反して彼は、口元に手を当て酷く考え込んでいるようだった。

 

「この鉱山で知りたかったことは知れたかい?」

「分からなく、なった」

 

小さく零した彼の声に首を傾げる。

何かが分かるほどのことも、何かが分からなくなるほどのことも、この鉱山には残されていないように僕には思えた。

クラグクロフトの住人もこの鉱山については、過去の偉大な魔法使いが研究のために所有していた、としか言わなかった。

 

「鉱山を所有できる魔法使いなんて、きっとお金持ちだったんだろうね」

 

アデレードの叔父が鉱床を所有しているのは、相続を受けたか、あるいは商人としての先行投資だろう。

けれど、「研究のために鉱山を所有していた」というのは、随分と豪毅な話だ。

軽口のつもりの言葉だったが、こちらを見た彼の瞳は、より深く困惑に揺れていた。

 

 

 

 

 

二晩、友人と二人、家に泊めて欲しいと頼んできたのは、シルバヌス・セルウィンが率いるアッシュワインダーズの残党を追い払ってくれたホグワーツ生だった。

勿論構わないさと家に招く。

約束の日の夕暮れ頃、彼が友人として連れてきた少年はアミット・タッカーと名乗り、手土産として葡萄酒を渡してきた。

 

「これはまた、立派な物を」

「父に送ってもらいました。この村にはイタリアでお仕事をされていた方がいると彼から聞いたので、よければご友人と召し上がってください」

 

ナヴァロのことだろう。私が彼女のことを気の毒に思っていることまで考えて、手土産の品を用意してくれたようだ。

最近の学生はなんと紳士的なことかと感心する。

 

「あんたの父親は、イタリアにいるのかい?」

「いえ。貿易商人です」

 

微笑む少年の褐色の肌を見て、なるほど海運業だろうと納得した。

そんなお坊ちゃんの舌に合うかは分からないが、少しの夕食は用意した。

机に並べたのは質素な野菜のスープとパン、そして我が家では珍しい、燻製ではない鶏肉だった

育ち盛りには足りないかもしれないと思ったが、席に着いた二人とも笑顔で感謝を示し、静かに、穏やかに食事を口に運んだ。

 

「クラグクロフトのこと、教えていただけますか?」

 

ナヴァロも同じようなことを尋ねられたと言っていた。聞けば、ホグワーツの生徒といっても、五年生からの途中入学というなんとも珍しい境遇らしい。

そんな学生がどうして、アッシュワインダーズと対立していたのか。訝しみはしたが、それは村を救った恩人への態度とは思えなかったので、表情に出すことはなかった。

 

「いいところだよ。でも、何にも無い。丘と、山と、海と、城跡が残るだけだ」

「昔、偉大な魔法使いがここで研究をしていたと聞きました」

 

彼の返しに、どう答えようかと少し悩む。

彼はアッシュワインダーズと対立していた。つまり、ビクトール・ルックウッドとだ。

 

「そうさ。この地方にも、偉大な魔法使いの名残は多い。特に鉱山だね。マルワンウィームと、それにクラグクロフトだ」

 

ただ、クラグクロフト周辺の鉱山の多くは廃鉱になって久しい。

今でも貴重な鉱石が掘れるマルワンウィームの方はゴブリン達によって鉱山を奪われてしまったが、クラグクロフトでは城や遺跡にアッシュワインダーズが棲みついた。

近くにその廃鉱になった鉱山があると教えれば、彼は明日見に行きたいから場所を教えてくれと言った。

行ったところで何もない。クラグクロフトの住人で落盤などしていないか度々様子を見に行くが、本当に浅いところで採掘を辞めてしまっているのだ。

けれど、そんな言葉は少年の冒険心には不要だろう。

地図を書いて渡してやると、彼は笑みを浮かべ礼を言った。

 

一方で、褐色の少年がクラグクロフトへやってきた目的は、星見台での天体観測らしい。すっかり日も暮れたころ、箒と羊皮紙を準備し「少しだけ外出してきます」と家を出た二人を見送った。

若い人がいるというのもたまにはいいものだ。一人になってしんとしたリビングの椅子に腰掛け、お茶を用意しながら思う。

 

どうせ何もない鉱山なのだ。

クラグクロフト地方で研究を行っていた偉大なる古の魔法使いの名が、ルックウッドの名を冠するものであったことは、彼には伏せておいたほうが夢を壊さなくていいだろう。

 

温かい紅茶を口に含み、香りを楽しんですぐ、小さな秘密と一緒にこくりと飲み下した。

 

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