9
セバスチャン、サン・バカーの塔って知ってる?と彼が尋ねてきて、僕は頷いた。
禁書の棚で見たペンシーブ。気になる点はいくつかあったが、聞き覚えのあった名前は二人。
ルックウッド。そして今話しているバカーだ。
「知ってるぜ。ホグワーツの北にある天文学者の塔だ。君、やっぱりあそこが気になるのか?」
「実は、セバスチャンと禁書の棚から行き着いた場所は、古代魔術の守護者の用意した部屋だったんだ」
そう言いながら彼は、ジャックドウというかつてのホグワーツ生との冒険の話をした。
禁じられた森へ好奇心とどうでもいい理由でふらふら行って、首を切られても何だかんだ折り合いつけて、楽しくやっているジャックドウという幽霊。話を聞けば、呆れるとともに、なんともホグワーツらしい生徒だった。
彼のせいで不幸な目にあっている人もいる、と言葉を濁しつつも、どうやらその幽霊のことは気に入っているらしく「今度紹介するよ」と言ってきた。
「どうして僕に?」
「あれ?セバスチャンって幽霊と仲いいんじゃないの?ほとんど首なしのポーピントン卿と親しいのかと思ってた」
「ああ。卿は対ピーブズや罰則を受けそうなときに何度か助けてくれたことがあるからな。僕はお返しはかかさないのさ」
受けた借りは良いものも悪いものもきっちり返す主義でね、と言えば、一貫してるなあと彼は笑った。
(それはそれとして、サン・バカーの塔か)
実はずいぶん前に一人で行ってみたことがあるが、特に何にもなかった気がする。
ただ、あのペンシーブの記憶がいつのものなのかを考えると、印象は変わった。
ペンシーブで出てきた村と少女の家は、とても見覚えがあった。あれはフェルドクロフトだ。数世紀も前に、ホグワーツの教授が住んでいたといわれる場所だった。
そして、チャールズ・ルックウッド。教師陣から年代を特定するのは流石に歴史の長いホグワーツでは大変だが、ルックウッド家の家系図を数世紀分紐解くのは簡単だ。
結果、おそらく十四世紀頃の出来事だろう、と僕はあたりをつけた。
何もなかったサン・バカーの塔だが、僕が訪れたときも、そしてきっと今も、四、五世紀も前に残された魔法がまだ動いていると思えば中々興味がそそられる。
しかし、一緒に行こうか?と尋ねたところ、今回はフィグ先生と行くから大丈夫、と断られてしまった。
「じゃあ、フェルドクロフトには一緒に行こうな。君に見せたい場所がある」
「妹さんに会いにじゃなくて?」
「勿論それがメインさ。でも、それだけじゃなくなった。あのペンシーブで見た村、フェルドクロフトだと思うんだ」
たまたまだけど、どうせ彼をアンに会わせたかったのだから一石二鳥だ。
僕と同じくらい決闘が強くて、人当たりが良くて、話が上手くて、悪意がない。きっとアンも気に入る。ほんの少しでも彼女に笑顔が戻ればいい。
フェアな要求だろ?と肩をすくめると、きょとんとした後、彼は穏やかに微笑んだ。
「ありがとう、セバスチャン」
ああ。早く会わせたいな、と僕は思った。
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10
闇の魔術に、アンを治す手がかりがあるかもしれないと、親友が思っていることは知っていた。
セバスチャンは馬鹿じゃない。興味本位や、軽はずみに闇の魔術に行き着いたわけでもない。
そもそも、元闇祓いの彼らの叔父が、アンにかけられたのは何らかの闇の魔術だと言っているのだから、彼が闇の魔術を知りたがるのはしょうがないことだと分かっている。
それでも俺は、セバスチャンが「何かの望み」のために、闇の魔術に片鱗でも手を出すのを絶対に阻止したかった。
「サラザール・スリザリンの書斎へ?」
「そうだ。君も一緒に行ってくれないか?セバスチャンを一緒に止めて欲しい」
「……教えない、じゃなくて?連れてったうえで止めるの?あのセバスチャンを?」
書斎自体の話はセバスチャンから聞いているのだろう彼は、唸るような声を上げた。
自分が大変難しいことを言っているのは分かっている。セバスチャンは頑固だ。思い込んだら意見を曲げさせるのはかなり厳しい。
だけど、”ゴーント”は俺一人じゃないのだ。親友はいつかそれに気付くかもしれない。
セバスチャンは、スリザリン生としても十分魅力的だ。手段を選ばなくなった彼が、ゴーント家に食いつぶされる未来は避けたかった。
闇の魔術とは手を切りたい。
同じくらいに、セバスチャンを失いたくない。
このままでは、俺一人ではセバスチャンを止められなくなる。そんな不安が、最近のセバスチャンと話す度に募っていく。
「完全に秘密に出来なかった。こんなことになるなんて思ってなかった頃だが、書斎の存在をセバスチャンに言ってしまったのは俺だ。力を貸して欲しい」
「……考えなおす気はない?」
「何度も考えたんだ」
ここ数ヶ月で、彼の人柄を知った。
地下聖堂で古代魔術という秘密を打ち明けてくれた彼。ゴーントにそんなことを言ってもいいのか?と尋ねた俺に、「僕は、オミニスという人間を信じるよ」と言ってくれた。
会って間もなかった俺のどこをどう信じたのか。魔法薬学の授業の時から分からないことだらけだが、その言葉が本心なのは分かった。
親友によく似た、真っ直ぐな、俺を見てくれる瞳。彼はそれに見合うような人物だと俺は思っている。
彼となら、セバスチャンを止められるかもしれない。
「知らないところで、闇の魔術にのめり込ませるわけにはいかないんだ」
けれど、サラザール・スリザリンの書斎は、大好きだった叔母が失踪した場所でもある。命を落とすかも知れない。
それを伝えると彼は、「オミニスは怖くないの?」と尋ねた。
(――怖いさ)
そう怖い。俺は怖い。
闇の魔術に触れることも。叔母の死に触れることも。自分がそうなるかもしれないことも。友人を、死へ招くかもしれないことも。
返答できなくなった俺を数秒静観してから、彼は俺の手を取った。
「変えられないんだね」
「悪いな、巻き込んで。本当に何度も考えたんだ。でも、きっとこれしかないんだ」
「うん。分かってる。一緒に行こう」
俺の手も、彼の手もじっとりと濡れていた。
きっと緊張に。不安に。
ああ、彼も同じ気持ちなのか。そう思えば少し落ち着いた。そんなことを言えば、はたして彼は怒るだろうか、と俺は小さく笑っていた。
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11
じゃあ、僕がセバスチャンに磔の呪文をかけるよ。オミニス、教えて。
あっけらかんと言い放った彼の言葉に、俺は耳を疑った。
セバスチャンも意外だったようで、へえ、と感心したような声を上げた。
「だって。合理的に考えて、そうなるでしょ?」
「君が僕にかけることが?」
「そうだよ。この場合、僕がセバスチャンにかける以上の選択肢はない」
書斎へ続く道。
最後に閉じ込められた通路で、俺は盛大に後悔していた。
(よりにもよって、磔の呪いだなんて)
おそらく叔母だった変わり果てた骸。彼女の残した手記に胸が痛んだ。
大好きだった。生まれを疎うのではなく、希望を持ってサラザールの真意を探ろうとしていた叔母。
彼女の無残は、俺の中に流れる血がどれほどどす黒いかを示しているようだった。
卑劣な罠に閉じ込められ悲壮感が漂った中、しかし、扉の開け方を聞いた彼はけろっと言ってのけた。
「まず、今これだけ動揺してるオミニスが、磔の呪文なんて唱えられるわけがない」
「そうだな」
「次に、セバスチャンは、アンが闇の魔術にかけられてると思ってて、その手がかりを知りたいと思ってる」
「それもその通り。それで?」
「だったら、クルーシオを受けるのはセバスチャンだ。闇の魔術にかかるというのがどういうことか、アンの症状とどう通じるのか、それはかけられてみないと分からないでしょ?」
彼の言い分は、一理ある。
「それに、闇の魔術、この磔の呪文に関してオミニスの言うことが確かなら、リスクを負うのはどちらかといえば”かけられる方”じゃなくて”かける方”だ」
「ああ。オミニスがよく言う『使ってしまったら手遅れ』ってやつか」
「そう。だったら、この中で誰がリスクを負うべきか、誰を切り捨てることになるか。正直な気持ちで一人を選んでみてよ。一番仲が浅い僕でしょ」
ちらっとセバスチャンが俺を見た気がした。
彼の言うことはその通り。
巻き込んで悪いと思う。本当に申し訳ないが、どちらかが闇の魔術を使うというのなら俺が選ぶのは彼だ。
(いや、そもそも俺が使うべきだ)
そうも思う。だが、震える手で、果たして有効な呪文が打てるだろうか。答えは否だ。
「――なるほど。合理的だ」
「ちえ。セバスチャン、否定してよ」
「悪いな」
はは、とこの場に似つかわしくない声で笑う友人二人。
アンの苦しみに通じるかきちんと分かるように、闇の魔術で十分苦しめって思いながら唱えるからよろしくね。そう言って俺に杖の振り方を習った彼とセバスチャンが向き合った。
「あ、ウィゲンウェルド薬渡しとくよ」
「心配なら、いっそ口に含んでおこうか?」
「絶対に吹き出さない自信があるならそうして」
くだらないことを言い合いながら、彼は杖を振り下ろし呪文を唱えた。
悲鳴に似た呻き声を上げて倒れ込んだセバスチャンに、少しも動じず、きっちり磔の呪文をかけきる。
(……どうして、あんなにも平然としていられるんだ)
恐ろしく、しかし頼もしい。
セバスチャンに駆け寄ってウィゲンウェルド薬を飲ませながら、見下ろす彼の真っ直ぐな視線を浴びる。
底知れない恐怖を抱きつつも、闇の魔術から影響を受けていなさそうな彼の姿に安堵した。
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12
サラザール・スリザリンの書斎は、僕を心底惹きつけた。
もともと強い魔法に興味があった僕は、闇の魔術について一線引きつつも、必要なら使うべきだというスリザリンの思想が好きだ。
(もちろん、アンの件がなければ、そんな人生を棒に振るような危険を冒す必要はないけれど)
本を見つけたよ、と僕に手渡してくれた彼は、一枚の手記に目を留めていた。
「オミニス!」
「な、なんだ?何かあったのか?」
僕に本を渡したように、それ以上に大切そうに、彼はその紙をオミニスに渡した。
その内容を読み上げると、オミニスの眉間に皺が寄る。
端的に言えば、他の創始者とマグル出身の生徒について意見が合わないと考えていたスリザリンの嘆きが綴られていた。
ゴドリック・グリフィンドールと思想を違えた。いつか自分の意志を継いでくれるものが現れる。その時のための措置をした。
そんな不穏さが残る手記だった。
「俺は、彼の意志は継がない」
「そうじゃないよ。彼がこの部屋に入るために用意した罠の意味が分かったねってこと」
「闇の魔術を恐れない生徒に見つけてもらうため、だろう?」
僕と同じことを思ったらしいオミニスが、微笑む彼に不思議そうに尋ねた。
違うんじゃないかなあ、と彼は首を振る。
「――この部屋に入るのに必要なのは、磔の呪文をかけても壊れない、真の友情だよ」
きっとサラザール・スリザリンが、ゴドリック・グリフィンドールに望んでいた、あるいは一時は築けていた友情だと思う。と彼は言って、僕らが入ってきた入り口を見た。
そこにいるのは、朽ち果てた、一人ぼっちで秘密を探りに来たノクチュア・ゴーント。
「君は真の友を得る。スリザリンが自寮の学生に与えたかったものでしょ」
「……ロマンチストだな」
「そうかな?僕は、合理主義なリアリストだよ」
口をつぐんだオミニスは、見えない瞳でじっとその手記を見ていた。
「セバスチャン!彼が大怪我をしたらしい」
焦ったような声でオミニスが告げた言葉に僕は驚いた。
今日は、サン・バカーの塔に行ってくる。彼はそう言っていた。フィグ先生も一緒だから、大丈夫だと。
は?と唖然とする僕を引っ張るオミニスと訪れた医務室で、彼は静かにベッドへ腰掛けていた。
既に処置済みらしく、傷はもうない、そう言われたが、彼の制服には未だ乾ききっていない血がべっとりとついていた。
ローブもばっさり切られていたそうで、あちらはもうどうしようもなかったから捨ててきたと言う。替えがなくて隠せなかった、と何事もないように苦笑いしているが、どう見ても大怪我だった。
(そうだ。ジャックドウ、彼は死んだんだ)
身構えてなかったとはいえ、首を一太刀ではねるような、あんな鎧がいる場所。聞けば、途中でフィグ先生とは別れたらしい。
「ちょっと背中が切られただけだよ。すぐにウィゲンウェルド薬もかけたし飲んだし、大丈夫って言ったんだけど。フィグ先生が絶対に医務室に連れてくって譲ってくれなくて」
「当たり前だ。大体、どうしてフィグ先生と別れたんだ」
「うーん。そういうものだったから、としか……」
オミニスの問いかけに、珍しく歯切れの悪い返事をする彼。あんまり大げさにすると動きにくくなるのに、と人の心配などどこ吹く風だ。
彼とオミニスが話す声をどこか遠く感じながら、僕は血で汚れた彼の制服から目が離せなかった。
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13
秋の紅葉に山が色づいた頃、アンの様子を見にフェルドクロフトへ行く日にちが決まった。
セバスチャンからの梟便にすぐに返事を書いた。ずっと待っていた。ああ、仲良くなれるだろうか。
初めて、ようやく、アンに会える。
オミニスも同行するか尋ねたが、彼はセバスチャンの叔父に良い印象をもたれていないため、今回は遠慮すると返事が返ってきた。
同じ頃、次の古代魔術の試練も決まった。
前回の試練でちょっと出血が酷い怪我をしてしまったため、フィグ先生から試練の前に課された課題は以前の倍くらいになってしまい、思ったより時間を取った。
「君が優秀なことは分かっている。だが、自分の命を軽く見てしまうのは宜しくない」
「はい。先生」
なんなら、実は前の時の方が大怪我していた。
ただ、服が破れていることへの羞恥心が男女で違うのだ。
だから以前は、試練から戻る前に体だけでなく服のチェックも行っていた。この間はうっかりそれを怠っただけなのだ。
(……なんて、言えないけれど)
心配してくれるフィグ先生が嬉しくて嬉しくて、甘んじてその課題をこなした。
フェルドクロフトと、ルックウッド城。
目と鼻の先にあるそれら二つ。
ただ、どちらにしろ古代魔術の通路を通り、いったんホグワーツに戻ってくることになる。
行って、戻って、行って、戻って。なんだか忙しくなりそうだ。
だったら、先にアンに会いたい。出来れば仲良くなって、ルックウッド城に行く前にまた少し話せたりしないだろうか。
さあ、手土産は何にしよう。
アンの好きなお菓子を思い浮かべながら、セバスチャンの萎び無花果には負けられないな、と一人笑った。