5
アクシオは好きな呪文だった。
レヴィオーソも便利だけど、一対多数の戦闘では、相手の体勢を崩しながら魔法が高威力となる至近距離まで引っ張れるアクシオが自分には合っていた。
結局、間合いにどうやって入るかという非魔法族での暴力の基本が、私には染みついているのだ。
「へえ。でも君にとって、アクシオが得意な理由はそれだけじゃないだろ?」
「嫌な笑い方するね、ギャレス。密猟者のテントから貰ってきたこの卵欲しくないの?」
「え!?ひどいな、それは別の話だよ」
袋から少しだけ出したルーンスプールの卵を見て、悲壮な声を上げたギャレスに私は笑う。
玄関ホールから少し離れた音楽室は、ギャレスへの魔法薬の材料の渡し場所だった。人があまり来ないし、この部屋の古びた日だまりは、怪しいことをしている雰囲気を打ち消してくれる。
あげないなんて言うのは、まあ、冗談だ。
私はいろんな魔法素材をギャレスに提供しているけれど、もちろん理由はあった。
魔法薬学が得意な彼は、同級生の誰よりもその素材の保管が上手い。だから貴重な素材ほど、自分で持つよりも彼に渡しておいた方がいい。
あげたと言っても、ギャレスが使用する前に私が必要になったら返してもらうのだ。実際、こんな珍しいもの、どうせどちらも中々使う機会はない。
ギャレスはいつ使ってもいいが、私も使う可能性があるということ。これは、一番最初にギャレスと取引したときに伝えてある。今のところ問題もなくWin-Winな関係だ。
「じゃあ君は、あまりデパルソは使わないの?」
「得意じゃないかな。敵が遠くなってもいいことないって思うんだ。遠いところに火柱をあげたり雷を落としたりする呪文はまだ使えないから、どうしても近接戦に持ち込みたいし」
「魔法の使い方が物騒だなあ」
あははと軽く笑ったギャレスは、たぶん無法者達に囲まれるなんていう状況を想定していないのだろう。
ギャレスはそれでいいかなと思う。
自分の感情に素直で、欲しいものはいっぱいあって、危ないことには近寄りたくなくて、好奇心は旺盛で、我儘な少年。トラブルメイカーとまではいかない、裕福でのんびりした家庭の子供にありがちな可愛らしさ。
ちょっと利己的が過ぎるときもあるから、同級生からは敬遠されてることもあるけれど、柔らかな雰囲気はなんだか温かいのだ。
「それで、ヘロディアナの間で練習するの?」
「前回一人で挑戦して、三つ目の部屋が散々な結果だったからね。今回はセバスチャンに指導してもらうよ」
卵を渡したあとは、暇潰しにお喋りをする。今日は新作のレシピはないらしい。本当にただの雑談だ。
セバスチャンに特訓を頼んだ時は少し意外そうな顔をされたけど、彼は教え方が上手いし、なんだかんだ面倒見がいい。
「ナティじゃなくて?」
にこにことした顔のまま、相変わらずギャレスは絡んでくる。
しつこいなあと思いながら肩をすくめた。
「なんで格好悪いところを、君たちグリフィンドールに見せると思うの?」
ナティから欲しいのは、凄いね、という褒め言葉だけだ。
リアンダーしかり、ギャレスしかり、人前での失敗を恐れないグリフィンドール生はある意味で凄い。
私が努力していたことを見せるのは、あくまでも、他の人よりもその分野の上に立った時。結果があってはじめて、勿論努力したよと、さらっと言うのだ。努力したくせに「努力していない」なんてくだらない嘘は言わないが、途中経過は見せたくない。
「プライドが高いなあ」
「実は私、スリザリンなんだ」
「うん、グリフィンドールじゃなくて本当に残念だよ」
初めての呪文学の授業で、隣の席に誘ってくれたナティ。
アクシオを用いたボールゲームでは私が完勝したけれど、ボードの端のぎりぎりに止めた私の玉を弾き落としたりしない彼女の戦い方は、あまりに潔癖だった。
(セバスチャンだったら絶対弾き落としてきただろうな)
そう思った通りに言うと、同寮の友人本人はけらけらと笑って肯定した。
ナティとセバスチャン。二人は新鮮で特別だった。
今までの人生でも、人と競いあって勝つことは多かったけれど、打ち負かした相手からすぐに賞賛が返ってきたのは、ナティとセバスチャンだけだった。
6
デパルソの練習に付き合ってくれと呼び出されたヘロディアナの間。
初級編だった一つ目や二つ目に比べ、突然ぐっと難しくなるようだ。
(僕も二つ目で飽きてここには来たことがなかったけど、確かに少し面倒だな)
一段下りて大きな立方体に四苦八苦している彼女を、僕に付いてきたオミニスと二人で入口付近の高い場所から眺める。
僕よりも空間把握に長けるオミニスが一度お手本を見せたはずなのに、どうにも彼女は上手くいかず、ブロックを行ったり来たりさせている。
魔法が発動しないわけではない。ただ、デパルソにより離れていく物体のベクトルがよく分かっていないんだろう。
初めは僕らも彼女の近くに立って見ていたのだが、数分もしないうちに僕とオミニスに向かって凄い勢いで大きなブロックが迫ってきてからは距離を取っている。当然襲いくるブロックの原因は、彼女のデパルソだ。
瞬発的に僕がデパルソで打ち返したが、反応が遅ければ跳ねられていた。
たった数分の出来事に唖然とする僕とオミニスに「ごめんね」と謝りながらも彼女は綺麗な顔で笑う。
「大丈夫、弾かれても死なないことは経験済みだから」
「君なあ……」
何でそんなに捨て身なんだよと言ってやりたいが、彼女の場合、その理由が僕の手に負えないものの可能性が高いので文句は飲み込む。当たり前だが、何事も死ななければ良いってわけじゃない。彼女の恐怖心は、いったいどこへ捨てられてしまったのか。
とはいえ、安全圏から彼女の動きを指摘していたのでは、どうやら埒が明かないようである。
仕方ないのでひょいと僕も一段下りて隣に立ち、彼女が引き寄せようとしていたブロックの隣をデパルソで弾く。
これで分かりやすくなった。ヒントを与えた僕を、彼女は苦々しげに見た。
「悔しいなあ」
「当てる、弾くはできてるぜ。後は、方向だけだろ」
「うん。方向と、力の強さ、かな」
そこまで分かってるなら、コツさえ掴めればと思うんだけどな。
デパルソは、レヴィオーソやアクシオと同じくらい日常使いで応用されている呪文だ。浮かせる、引き寄せる、遠ざける。生活で物体に使う魔法の基礎ともいえる。
彼女の今後の魔法界生活のためにもしっかり教えようと、僕も気合いを入れ直した。
7
ねえ、オミニス。と、魔法史の授業の後で彼女に呼び止められ、地下聖堂に連れていかれた。
授業中は隣で一緒にぐっすりと眠っていた彼女は、けれど眠気が残る俺とは違い、既に通常通り はつらつとしていた。
俺と彼女のセカンドコンタクトは良きものではなかったと思うが、彼女は気づけばその悪印象を飛び越えて俺たちの側にいることに馴染んでいる。
(……いや、セバスチャンを挟んで隣にいることに、か)
彼女にとって俺は「セバスチャンの友達」で、俺にとっての彼女もおそらくそうだ。
俺の隣にいることも既に不自然ではないけれど、感情的には遠い。
俺が彼女へ持つ信頼と不信感は、"親友が親密にする友人"だからこそ感じるものなのか、それともやはり彼女が特別なのか。数ヵ月経つというのにどうにも判断が付きかねていた。
「君が前に言ってた、セバスチャンの両親の死因についてだけどさ」
「そんなこと、本人に聞けばいいだろ」
一度地下聖堂の入口を確認した上で声を潜めた彼女は、かなり繊細な事情を聞いてきた。
珍しいと思った。
彼女はこういった核心めいたことは、本人や周囲に自発的に言わせるタイプだと思っていた。セバスチャンのように。
この間は感情的になり口が滑ったが、他人が話すべきではない。そう突き放すと、少し困ったような顔をしてみせた。
「……本人に聞いてもいいの?」
ひやりと、あのスリザリンの書斎への道中のやり取りのように、その声に心臓を撫でられるような心地がした。
「どういう意味だ」
「彼の両親の研究って、闇の魔術だったんじゃないの?って意味」
唸るように絞り出した俺の質問に、彼女はなんでもないことのように答える。
今度は、何故とは思わない。
前回ここで、セバスチャンと彼の両親がそっくりだと言ってしまったのは俺だった。失言を誤魔化せたかと思っていたが、やはり抜け目のない彼女は逃がしてくれない。
言葉を発しない俺に、にこっと無邪気に微笑んだ彼女は満足そうだった。
(……やはり、怪しい)
けれど今、セバスチャンを繋ぎ止められる可能性が彼女だけだということは間違いなかった。
8
以前、オミニスから話を聞いたとき、時系列を考えるとおかしいな、と思った。
セバスチャンの両親が死んだのは、彼ら兄妹がまだ魔法が使えなかった頃という。
具体的に彼らがいくつだったかまでは聞いていない。でも、魔法族の子供は、ホグワーツ入学前だって簡単な呪文ぐらい使えてもおかしくない。セバスチャンほど優秀で勤勉ならなおのことだ。
だから、それはやっぱり、彼らが十歳よりもずっと以前の出来事なんじゃないかと考えられた。
――だったらオミニスが、セバスチャンの両親を"直接知っていたかのような"発言をしたのはどういうことなのか。
「ねえ、君がセバスチャンを知ったのは、ホグワーツの入学よりも、もっと前なんじゃないの?」
ぴくりとオミニスの目蓋が動く。
実際にセバスチャンとオミニスが出会ったのが、ホグワーツの入学前なのか後なのか。それは分からないけれど、少なくともオミニスは、セバスチャンという存在自体を知ってはいたんじゃないか。つまり、子供同士の繋がりの前に、親同士の繋がりがあったんじゃないだろうかと私は思った。
研究熱心な教授だったサロウ夫妻とゴーント家が、どうして繋がるのか。それは、夫妻が何を研究していたかを示す。
「セバスチャンの両親が、君になんの関係があるんだ」
「オミニスが思ってるより……ううん、君たちが教えてくれた以上に、セバスチャンは闇の魔術に関わってる。それって危険なことでしょ?」
オミニスはセバスチャンのことを、俺の一番古い友人と言った。
また、揉め事を呼び寄せる、とも。
(それは果たして、なんのこと?)
正直、私は闇の魔術に興味がある。
でもその興味の種類は、セバスチャンの闇の魔術を求める姿勢とは異なるものだ。
何が違うのか。いや、何故違うのか。
彼は、コンフリンゴどころか磔の呪いすら知っていた。しかも、試したこともなく知識だけを。
(教えられたのではない。彼は、オミニスとも違う)
どこからその情報を得たのか。
――"あの呪文の本"を読んだのか
ソロモン・サロウは、服従の呪文を使ったセバスチャンにそう怒鳴った。それはいったい"誰の"本か。
サロウ家は、闇の魔術を使わない。
そう頑なにソロモン・サロウが唱え、何を差し置いても闇の魔術からセバスチャンを遠ざけようとするのは、サロウ夫妻の死因におそらく起因する。
「俺は、君を信用していいのか分からない」
「さあ。私たちはスリザリン生だもの。信用した上で利用し合うものなんじゃない?」
少し悩んで、そうだなと頷いたオミニスは、見えていないはずの瞳で真っ直ぐと私を見据えた。