ホグレガ中長編   作:hiro_s

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スリザリン転の話・5(前編)

19

 

転校してきたばかりの私を、杖十字会に誘ってくれたのはセバスチャンだった。

彼はホグワーツ流の杖の使い方を教えてくれ、代わりにワガドゥーの魔法についてよく尋ねた。

どんな魔法を使うのか。どういう風に魔法を使うのか。

故郷のことは自慢だし、彼の未知の物に対する好奇心と勤勉さに驚いた。何より親しげに話しかけてくれたことは有り難かった。

 

「ナティ。どうした?」

「ううん。セバスチャンとペアを組むの、久しぶりだなって思ってさ」

 

呪文学では彼は大体オミニスと授業を授けているが、転入して間もない頃は、特に杖捌きに長けている生徒として何度も組んでもらったことがある。

私にセンスがいいと言ってくれたセバスチャンは、その他の授業でも度々アドバイスをくれた。斜に構えているように見えるが、一度気にかけた相手に対して非常に面倒見が良いのだ。

 

しかし一方で彼は、出会った時からどこか悲痛さを隠していて、ある一定の距離より踏み込むことは皮肉げな笑顔で拒絶した。

その原因を、同級生達はみんなが知っていた。私は会ったことのない、セバスチャンの妹に起きた不幸な事件。彼の境遇についてルームメイトに教えてもらった私は、「ああ」と納得するしかなかった。

――目の前で父を失った私にも、底のない喪失感と崩れた日常がどんなものか、分かるからだ。

悲しみは癒えることはなく、もしもと、叶わないことを思い今でも胸が苦しくなる夜はある。

(……それでも、私には背を撫でてくれる母がいた)

そして、"現状に抗わなければさらに失う"セバスチャンとは違い、それは一瞬で起こった取り返しの付かない過去だった。

 

ふうと息を吐き、目の前で杖を構えたセバスチャンを見る。手首を軽く振っているが、ゆったりとして力みはない。私は初めて習う呪文だが、博識な友人はもう既に知っている呪文なのだろう。

唱える言葉と杖の動きは一致するか。杖は振ればいいというわけではなく、ちゃんと最善の動きがある。知らない呪文であっても体の魔力がどの様に魔法になるか、それを引き出す動きだ。

ワガドゥーでは、薬草学や魔法薬学と併合した形で体感させた。根本が同じでも引き出し方が違うから、結局魔法体系も異なる。浮遊呪文などの初歩的な魔法は既に杖無しで学んでいたから、逆に杖を使う方が難しかったりする。

集中して、発音と杖捌きに注意しながら呪文を唱えると、威力は弱いながら魔法はきちんと発動した。

 

「流石!」

「ありがとう」

 

私から放たれた魔法にタイミングを合わせ同じ魔法をあてて打ち消してみせたセバスチャンは、余裕そうに笑いながらも満足気だ。

 

「もう、ほとんどの同級生よりナティの方が上手く杖を扱ってるんじゃないか?」

 

そう褒めてくれるが、彼と私、どちらが魔法が上手いかは分かっている。呪文を扱う才能でいえば、同級生の中でもセバスチャンは抜きんでていた。

私は誰かを守りたいし強くなりたい。彼のような目標がいるのは悪くない。

 

「そうかな。優秀な転校生を目指してたけど、最近自信なくしそうだったんだ」

「それは比べる相手が悪いぜ。それだったら、僕は初日に鼻をへし折られてる」

「奇遇だね。私もだよ」

 

セバスチャンは良き友人であったが、十分に打ち解けられたかと言えば、それはやはり難しいことだった。

私だけではない。理由を持つ柔らかな拒絶を責める者はいない。オミニスを除いた同級生の誰もがそうだった。

けれど今年になって、そんな二人の間にいつの間にかするりと入り込んだ者がいた。

 

「彼女、セバスチャンから見ても、やっぱり優秀なんだ?」

「ああ。今まで出会った誰よりも」

 

迷いもなく即答だった。

セバスチャンはとても嬉しそうだ。

 

(――だから、)

 

浮かびそうになった言葉を、思うことすらしないように軽く頭を振って打ち消す。

「次はもう少し強めに打とう」と杖を再度構えたセバスチャンに、私は苦々しいマンドレイクの葉を噛んだような気持ちで杖を振った。

 

 

 

20

 

サラザール・スリザリンの呪文書を、彼女は意外にもあっさりと僕に返してくれた。

「これは、君の運命だ」と言って。

 

ぱちぱちと灯る松明の下、地下聖堂で呪文の書を読み進める手は止まらない。

窓のない暗闇。そうだ、闇の魔術とは、こういう場所にあるべきものだ。

 

難解な理論も、どう発生しているのか分からない呪文の構築も、起点一つさえ見つけられれば紐解いていくことは出来る。

閃くセンスと、理解に至る知識の積み重ね。一方で、そこまで至ったとしても、それを扱いきれるかどうかは才能次第なのが魔法だ。

(――とくに、闇の魔術や古い呪文ほど、才能が必要だ。僕にはその才能があるはずだ)

どんな魔法だって、昔から同級生達よりすんなりと扱えた。磔の呪文だって、やればきっと僕ならば扱えただろうと、そんな確信がある。

 

父や母が死んで、そうしてアンに呪いがかけられてから、叔父のソロモンはいつも怒っていた。

――闇の魔術が、叔父の大切にしていたものを奪ってきたからだ。

彼は決して僕たちに告げなかったが、父と母は闇の魔術の研究がきっかけで死んでしまったのだと知っている。

ソロモン自身も、きっとアンの見立ての通り、闇の魔術に手を出して闇祓いを辞めることになった。

(叔父さんは分かっている。"サロウ"は、闇の魔術との親和性が高いことを。だからこそ、僕をそこから離れさせようと躍起になっている)

アンが、闇の魔術に傷つけられ呪いに苦しんでるとはいえ、未だに命を繋ぎ止めていることだってその証左かもしれない。

(アンを救う手立ては、きっと闇の魔術にしかない……)

自分が何をすべきか、それに目を向けろと叔父は言い、アンを助けたいという願いは届かない。

叔父もおそらく、アンを助ける方法が闇の魔術にしかないと悟り、だからこそ早々にアンを救うことを諦めた。闇の魔術に畏怖を抱く彼には、すぐに諦めるに至る経緯があったのだ。

闇の魔術に魅了された一族に絡まる呪縛のようだと、今ここにはいない親友の姿が脳をよぎる。

 

「オミニスと出会ったのも、運命か」

――当然、"サロウ"の呪縛の中に、僕もいる。

 

生家から叔父の家に持っていた物は少なかった。

紋章や服、少しの小物、その程度。膨大な量の本は、家と共におそらく叔父が売り払った。子供ながらにもそれは分かった。

父や母を真似て僕は本を読んだ。真似る子供は親をよく見ている。だから僕は、彼らが一番大切に扱っていた本を知っていた。

吸い寄せられるように、そうしなければならないという衝動のままに、こっそりと持ち出したその本……それは僕の叔父に対する罪悪感となり、そして、誰にも秘密の宝物でもあった。

 

オミニスは、僕の何を気に入ったのか。天真爛漫なアンではなく、何故彼が僕に心を開いたのか。男とか、女とか、そんなことではない。彼自身は知らないだろうけれど、僕にはその理由が分かる気がする。

僕は、オミニスの罪悪感に寄り添えた。

子供だったから仕方がないと正論を口にしながらも、彼が闇の魔術を使ったのだという事実も、それを後悔「したい」という葛藤も、おそらく正しく理解している。

オミニスとの出会いは、互いの両親の繋がりからだ。学年が上がるにつれ彼は、その潔癖性で自分の家を敬遠し嫌ったが、未だ縁を切ることは出来ていない。

 

(ああ。アンの見舞いに行きたい)

叔父が近寄るなと言ったあの日から、僕の手紙すらあの子に届いているのかどうか。

 

そんなことを考えてページをめくる手を止めると、いつものようにこれ以上ないタイミングで地下聖堂にやってきた彼女が、するりと隣に寄り添った。

 

「私と一緒に行こうよ」

「君も、警戒されているだろ」

「そうだね。お見舞いは難しいかもしれない。でも、"フェルドクロフト"は私の来訪を拒めない」

 

立ち上がるように手を差し伸べてくれる彼女。

そうだ。彼女はフェルドクロフトにとっておきの噛み噛み白菜を届けてくれた。それも、ゴブリン達の手から奪い返して。みんな感謝している。叔父の家には行けなくても、彼女はフェルドクロフトで歓迎されるべき存在だ。

いつだって迷いのない彼女の掌は、希望に満ちているように僕には見えた。

 

 

 

21

 

「リアンダー」と城の入り口で名を呼ばれて振り返ると、未だに沢山の噂の中心にいるスリザリン生が、冬の寒さもお構いなしに元気よく駆け寄ってきた。

仕方ないから開けた扉を閉めずに待っていると、ありがとうと軽く雪を払い優雅に礼を言って微笑む。しかし、その仕草とは裏腹に、一体なにをしていたのかローブの端にまだ乾いていない泥が見えた。

不衛生だし、湿った土は乾きにくいから風邪を引くだろうと清掃呪文を唱え泥を飛ばすと、楽しそうな顔で城の入り口だというのに呪文のレクチャーをさせられる。そうだった、彼女はこういった生活の中で使う呪文をほとんど知らないんだった。

 

「便利だね」

「僕は幼少期から身近な呪文だから、そうは別に思わないけどな」

 

アクシオも、レヴィオーサも、唱え方を習うより前に見たことがあるのが普通で、授業を受けて、なるほどこういうものだったのかと理解したが、これらの呪文が便利かなど考えたこともない。

だから、戦闘で役に立つと言ったヘキャット先生の使い道は、僕には正直予想外だった。

あの授業の後、杖十字会でもその戦法は大いに流行ったが、誰よりも上手く素早く使いこなしているのは、魔法使いの常識を知らない目の前の同級生だった。

 

「ところで何のようなんだ」

「え?見かけたから声をかけただけだよ」

 

新しく覚えた呪文と杖の振り方を復唱しながらしれっと嘘を付く彼女に、呆れて大きな溜息をつく。

(君が僕に用事もないのに声をかけるだって?)

少し嬉しいと思ってしまう自分が嫌で、「いいから何のようだ」と先を促せば、困ったように笑いながら彼女はやっと本題へと入った。

 

「……実は調べてもよく分からないことがあって。プルウェットって由緒ある魔法族なんでしょ?ちょっと教えて欲しいんだけど」

「ほらな。それで?何が聞きたいんだ?」

 

肩をすくめて自分よりも背の低い彼女を見下ろすと、少し苦いものを噛んだような顔をしていた。

最近分かってきたが、彼女は自分が思うとおりに会話を誘導しようとする癖があり、それが失敗すると悔しそうにするのだ。

 

「もう。声をかけただけってのは本当だったんだけどなあ。いいや。――あのね、サラザール・スリザリンって、どうして闇の魔術に詳しかったのか知ってる?」

 

は?と声に出してしまいそうになるのを飲み込んで、彼女の言った言葉を考える。

好奇心かもしれないが、中々危険な問いかけだ。自分の寮の創設者、または闇の魔術そのもの、果たしてどちらへの興味なのか。

わざわざ僕に聞いてきたのだ。スリザリン寮のセバスチャンやゴーントに聞きたくなかったということだろうけれど。言いたくはないが、彼ら以上に闇の魔術に詳しそうな同級生などいないだろうに。

(もちろん、僕も残念ながら中途半端にしか知らない)

どう答えたものかと悩んでいると、いつの間にか側にやってきていた僕と同じく古い血筋の同級生が口を挟んだ。

 

「別に、スリザリンが詳しかったのは闇の魔術だけじゃないよ」

「やあ。ギャレス」

 

柔らかい声は、昔から穏やかで無邪気に聞こえるが、どこか飄々としている。

 

確かに、この話題はギャレスの方が詳しい。

創設者のうち、ハッフルパフ以外は自寮の生徒を選別した。スリザリンやレイブンクローだけではない。それは我が寮を創設したグリフィンドールもだった。

純血の一族達から、ウィーズリーがわざわざ「血を裏切る者」などと呼ばれるのには理由がある。ウィーズリー家は本来、"血を裏切ってはいけない"一族だと思われているからだ。

ゴドリック・グリフィンドールが自寮に最も相応しいと決めた生徒の子孫。ウィーズリーの本家の子らの寮は、組み分け帽子の判定が介在せず、"初めから決まっている"。

(まあ。組み分け帽子はもともとグリフィンドールの所有物なのだから、その主の意志には逆らえないよな)

例えそこに、スリザリン的な気質の強いブラックの血が入ろうとも、マルフォイの血が入ろうともだ。

そしてウィーズリー家の当主はそれを知っているからこそ、マグルと隔てなく接しつつも――純血を保っている。

 

「杖に蛇。これが現わすのは死と再生だ。スリザリン寮出身者には、魔法薬学者や癒者として、抜きんでた才を持つ者が多いんだよ」

 

それを君が言うか。

そう思ってしまうのは、この同級生が誰よりも真剣に、暇さえあれば、いや無くても、魔法薬学に打ち込んでいるからだ。

 

「スリザリンが死と再生?――でも、同級生どころか上級生も含めて、ギャレスが一番魔法薬学が得意だし、オミニスはからっきしなのに」

 

ギャレスは最初の質問に明確には回答していないが、彼女にとっては悪くない答えだったようだ。話を戻さず会話をそのまま続けた彼女は、僕だったら絶対に言わないことを簡単に口にする。

彼女は、魔法使いの常識を知らないから。

 

「そうだね。――でも。僕には、グリフィンドールの思いを振りほどいてスリザリンに選ばれるほどの魔法薬学の才は、なかったんだろうな」

 

一年生の時、彼の家名がウィーズリーと知った僕が、グリフィンドールに入ると思っていたかと問うたとき、ギャレスは柔らかく飄々とした今よりもっと幼い声で「スリザリンに入れると思ってた」と告げたのだった。

 

 

 

22

 

セバスチャンとフェルドクロフトにやってきた。

雪が舞う寒い中でも露店を開いている店主に最近はどうかと尋ねると、良くも悪くも変わりはないと朗らかに笑っていた。

 

「外は寒いだろう?」

「……ありがとうございます」

 

気のいい人だ。セバスチャンを見ると困ったように眉を下げ、二人分の温かいコーヒーをくれた。

叔父と彼の関係が少し悪いのを知っているのだ。ソロモンの家には立ち寄れない私たちには、体を温める貴重な飲物だった。

ちらりと叔父の家を窺ったセバスチャンは、飲み終わったコーヒーカップを返すのと一緒に、ハニーデュークスの最新のお菓子とメッセージカードを店主に預けた。

――『メリー・クリスマス』

ちらりと見たカードは、質素ながらも可愛らしい柊の絵の入った物だった。

今はもう年が明けてしまっている。もしかして手紙すら届かないのかなと、私も彼の叔父の家を見やり、不愉快さと反感を抱いた。

 

店主と別れ、櫓に昇って数十分フェルドクロフトを眺め、寒さと寂しさに耐えられなくなってきた頃、私とセバスチャンは帰路についた。

もちろん箒じゃない。煙突飛行粉でもない。私と彼の、秘密の通路。

(また、たった一時間の帰郷か)

以前もそうしたように、セバスチャンと高台へ駆ける。しかし以前とは違い、イシドーラの家の近くからは、もうすっかりゴブリン達は撤退していた。

 

「昔から陰気な家だとは思っていたけど、こんなにボロボロにされるとより悲壮感が増すな」

「そっか。この家がこうなったのは、例の夜なんだよね」

 

呼吸を整えるように、一度大きく真っ白な息を吐く。

改めて見ると随分激しい爆発だ。外壁すら崩れてしまっている。石造りの家を吹き飛ばすのは、そんなに簡単じゃない。彼らがよく用意している火薬樽程度では無理だろう。

 

「時々考えるんだ。もしもあの時、アンが飛び出していくのを止めていたらって」

 

そうだろうなと思う。

しかし、彼に共感する一方で、別の考え方が頭をよぎる。もしもというのなら、アンが呪われなかった場合、もっと不幸なことになっていた可能性もあったのではないかと。

(……今が最低だと思うとき、実は、より最低な選択肢が残されているものだから)

ナティは止まない雨はないと言ったけれど、セバスチャンの頭上の雨は降り続けている。

彼の雨が止むのはアンが治ったときか。それとも、アンが死んでしまったときか。

 

――彼の悲しみを消し去ることが出来たら。

地下へ下りる階段の松明に灯りをつけながらその下の木箱に目を留め、ここで見つけたイシドーラの日記と、近隣で見つけたゴブリン達の置き手紙の内容を思い出した。

 

「……この場所に、"もっとある"?」

「どうした?」

 

この間から不思議だった。イシドーラの肖像画を燃やした人は、何故イシドーラの日記を燃やさなかったのか。その理由がふと閃いた。

思い至ってみれば簡単な話である。今でこそあらわになっているが、この地下室は隠されていたのだから、日記があることを知らなかったんだ。

 

「そうだよ、セバスチャン。この場所にも古代魔術の力は密かに保管されていたんだ。だから、それを見つけたゴブリン達は必死で痕跡を隠そうとした」

 

話しながら、新しい疑問が湧き上がる。

では、ゴブリンが未だにフェルドクロフト近辺に留まり続ける理由はなんだ。どうしてランロクは、この辺りにまだ秘密があると考えているのか。

 

「でも君、アンを呪ったのは古代魔術じゃないって言ったろ?」

「⋯⋯そう、だね」

 

事実がどこかで噛み合わない。

考え方は間違っていないはずなのに、見落としてるものがある。そう思えてならなかったが、今はこれ以上の答えは見つからない。

 

苦しくなって軽く息を吐き出すと、行こうと優しく声をかけたセバスチャンは私の手をとり、秘密の通路へと歩き始めた。

 

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