14
ホグワーツ生の御用達、ホグズミード。
アンへの手土産を買いに行くといって二度目の同行を依頼されたので、僕は二つ返事で了承した。
何を買う予定か尋ねたところ、ハニーデュークスのお菓子詰め合わせにするという。
「妹さんの好きなお菓子教えてよ」
「もちろん。手ぶらでもよかったのに」
第一印象は大事でしょ、と笑う彼は、いくつか商品を手にとって良さそうか僕に見せた。
定番のお菓子から最近出された新商品まで幅広に選んでいる。でも、どれもアンの好きそうなお菓子だった。
「凄いな、君。アン喜ぶぜ」
「ふふん。そうでしょ?」
あっという間に広がっている人脈のおかげか、はたまた彼の好みとセンスが良いのか。自慢げな彼はさくさく買うものを決めて会計を済ませた。
そのままローブを買いに『グラドラグス魔法ファッション』に寄り、ちゃっかりヒルさんに頼んでお菓子の包装までしてもらっていた。
いつもご贔屓にしてもらってるからお安いご用さ、と請け負ってくれたヒルさんにより整えられたお菓子の詰め合わせはとても可愛らしくて、絶対アンは大喜びだ。
僕必要だったか?そう聞きたくなるほどそつがない彼に舌を巻く。
「凄いな、君。アン喜ぶぜ」
「ふふん。そうでしょ?」
プレゼントってこうやって選ぶんだな。勉強になった。
マグルの都会で生まれ育った彼の、人当たりの良さの裏にあるこういった垢抜けたところを見ると育ちの違いを感じる。
この周りの村って絵本で出てくる村みたい、こじんまりしてるね、と言ってきた彼は全く悪気はなさそうだったが、褒め言葉じゃないな、なんて思ったことを思い出した。
思ったよりあっという間に終わった用事に、この後どうしようかと言う話になった。
三本の箒によってバタービールを飲んでも、まだ時間が有り余る。用事もないのにぶらつくのは趣味じゃないが、わざわざホグズミードまで来たのに、あんまりあっさり帰るのも少しもったいない。
セバスチャンがいいのなら、と前置きした上で、彼は『ドッグウィード・アンド・デスキャップ』に寄ってもいいかと尋ねた。
ホグズミードの一番端にある魔法植物を扱う店だ。あまり行くこともないし、時間つぶしにちょうどいい。
ごそごそとポケットから取り出されたメモは見覚えのある字で、ガーリック先生?と聞くと、彼はそうだと頷いた。次の課題で使うのだそうだ。
(五年生からの新入生も、なかなか大変だな)
噛み噛み白菜、マンドレイク、毒触手草。あの先生は見た目に寄らず過激だ。どんな植物でも愛しているというが、少し危険な植物を偏愛していると僕は思っている。
ドッグウィード・アンド・デスキャップでの買い物も、もちろんすぐに終わった。
変わった女店主が、僕にはガーリック先生とダブって見えた。そう小声で伝えると、彼は小さく吹き出して、先生がここに立ってる想像、簡単にできるね、と肯定した。
店には、僕らの他に一人のホグワーツ生がいた。見覚えのある一つ年上のハッフルパフ生だ。
ぐるっと店内を見渡したが探し物はなかったのか、彼女は何も買わずに店を出て行った。
「何か探し物?」
「え?ええ。あら、あなた噂の新入生ね」
僕らが外に出てもまだ店の前で考え込んでいたその女子生徒に、愛想良く隣の彼が尋ねる。
ああ。なるほど、こうやって”頼まれごと”を拾ってくるのか。となんとも慣れたやりとりに僕は話を聞きながら呆れていた。
「私みたいな高貴な生まれの人間がビジネスなんて、吃驚するわよね。でも、お金を得たいわけじゃないわ。同級生の酷いニキビを治してあげたいの」
そう言って彼女が指定したのは、禁じられた森に生えている腫れ草という植物だった。
それをまあ、あっけらかんと隣の彼は安請け合いして取ってくると言う。
(罰則でも行かないような深いところにある植物だぞ、それ)
そう思って、軽く彼のローブを引っ張ると、不思議そうな顔で見つめ返された。
「え?セバスチャンも行ってくれるの?」
「はあ?」
「あら。オミニスのお友達。あなたも、親切な人なのね」
メッセージを斜め上に受け取った彼と、流石オミニスのお友達だわと嬉しそうに微笑んだ斜め上の思考の女子生徒に、僕は面倒になった。
小さく溜息をついて、さっさと行こうぜ、と急かすと、彼はぱっと笑顔になる。
箒二つあるけど、どっちがいい?と二本の箒を出してきた彼に、同寮の空を愛する魔女の片鱗を見た。そういえばこいつも空飛ぶの大好き派だった。
「どっちでもいいけど、どう違うんだ?」
「安定してる方と、加速しやすい方。安定してる方は扱いやすいんだけど、まだバージョンアップ前だから加速時に少し右に流れるんだ。それに、下降するときは少し風きり音が、」
「ああ、やっぱりいい。右貸して」
喜々として語り出した話を遮ると、珍しく不服そうな顔をした。
(感覚派の天才かと思えば、しっかり理論派なんだよな)
借りた箒にまたがり、既に僕より上手く飛ぶ彼の後ろに付いていきながら、だから何事も興味を持てるし、上達も早いんだろうなと納得した。
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15
セバスチャンが新しい友人を連れて久しぶりに帰って来る。
その友人というのは、珍しい5年生からの新入生なんだそうだ。
以前の友達とは今も時々メッセージのやりとりをしているけれど、やっぱりフェルドクロフトは遠くて、そして今の情勢からも訪れにくくて、少し寂しかったから嬉しかった。
帰ってくる時間までは梟便に書いていなかったが、大体昼過ぎだろうと思い起きて本を読んでいたら「わっ」と暖かい手に肩を捕まれた。
「セバスチャン!」
「アン。久しぶり!」
これ。とセバスチャンが取り出したのは萎び無花果。魔法薬の材料だった。
一瞬、息苦しさを感じて視線を落とす。
次に何をセバスチャンが言おうとしていたのかは分からない。何か、試したいことがあったのだとは思うけれど、それを言う前にソロモン叔父さんがその果実を取り上げた。
(ああ。まただ)
言い合う叔父さんと兄の声に、楽しみだった心がしぼんでいく。
発作を起こした私を支える叔父さんに、出て行け!と言われてしまったセバスチャンは、納得していない目で叔父さんを睨み家を飛び出していった。
ちらっと見えた、同い年くらいの男の子。彼が、セバスチャンが紹介すると言っていた友人だろう。
困った顔をしていた。申し訳ないな、と思う。
いったんセバスチャンについて出て行った彼は、けれど、控えめなノックの後もう一度家へ入ってきた。
先ほどのことを謝ると、君が謝る必要はないよ、と微笑んで可愛らしい袋を取り出す。
「あんなやりとりの後だけど、これ、訪問の手土産。こちらもごめんね、聞かれたくなかったよね」
「わあ、可愛い。ありがとう。とっても嬉しい。……私はいいの。セバスチャンも叔父さんも、悪気がないから。でも」
きっと正しいのは、叔父さんの方。そう言うと、そうだね、と彼は悲しそうな顔をした。
「君たちの叔父さんは、君のことも、セバスチャンのことも大切に思ってる。さっき少し外で話して、そう感じたよ」
「セバスチャンに必要なことは、治らない呪いの治療法を探すことじゃないの。叔父さんと仲良くして欲しい」
彼の言うとおり。叔父さんは、セバスチャンのことも、ちゃんと大事に思っている。
時々、置きっ放しにしていたセバスチャンと私のたわいないやりとりの手紙を眺めて、嬉しそうな顔や心配そうな顔をしていることを、私は知っている。
――治る見込みの低い私とセバスチャンの未来を天秤にかけて、「私」を諦めても、「セバスチャン」を闇の魔術に関わらせないことを選んだことを、私は知っている。
セバスチャンに必要なこと。
じわじわ歩み寄ってくる、その時。
セバスチャンが家族に固執していることは分かっている。両親を失っても、気丈に私を引っ張ってくれた兄は、きっと妹に寄り添うことを支えに生きていた。
叔父と兄が、私と叔父のように、家族のような絆で結ばれてほしい。
このままでは駄目だと思う、一番の理由はそれだった。このままでは二人の道は完全に分かれ、兄はひとりぼっちになってしまう。支え合える人がいなくなってしまう。
「でも、セバスチャンが諦めたら、君のその呪いは本当に希望が無くなるよ?」
「……もう、何が希望か分からないから」
その彼の言葉も、真実だった。
セバスチャンは今も、私を気丈に引っ張ろうとしてくれる大好きな兄だ。
セバスチャンが諦めないでいてくれることは辛くて苦しくて、でも、愛されている実感と、微かな希望をもたらしている。
疲れてしまうと感じるということは、セバスチャンがいるときは諦めに抵抗しているからだ。
「ねえ、アン。僕、また遊びに来てもいいかな?」
少し休みたい、と言った私に慣れたように優しく手を差し出してベッドまで付き添い、コップを片づけてくれた彼は、家を出る前に柔らかい声で尋ねた。
彼は誠実だ。それは今日話してみて分かった。きっと良い人だ。
叔父さんが許してくれれば、また来てね。そう伝えると、ありがとうと嬉しそうに笑って、彼は家の扉を閉めた。
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16
あの夜アンが襲われた場所と、彼と禁書の棚の先で見た記憶の家は、きっと同じ場所だ。
忌々しいゴブリンを相変わらず強い彼と蹴散らしてその場所に立てば、それは確証に変わった。
「イシドーラ・モーガナークか。古代魔術について、ゴブリンどもが何か探しているってことだな」
「アッシュワインダーズや、ルックウッドと協力関係にある密猟者達もね。遺跡や宝物庫、墓地、それに、マーリンが残した仕掛けの近くにも、もれなく無法者の拠点がある」
「ああ。最近、無法者の夜営地がやたらと点在しているよな。墓地や遺跡なんて何のためにと思ってたけど、そういうことか」
「ついでに、貴重なお宝も取られてるみたいだけどね。いくつか見てみたけど、服飾品ぐらいしか残ってなかったよ」
そう言った彼は、アートコッドの兜という宝物を、とある魔女の墓からアッシュワインダーズが盗み、それをさらに奪った話をした。
何のためにそんなことを、と尋ねると、協力関係にあるゴブリンがいるとこともなげに告げられた。
その言葉にぴくりと反応すると、僕の表情をまるで観察するようにこちらへ視線を向ける。
「――信頼できるゴブリンだって?」
「他にも、アーンっていう絵描き兼商人のゴブリンの友達もいるよ。今度、僕とアーン二人の絵を描いてくれるって約束してる」
「へえ。びっくりするほど顔が広いな。屋敷僕もピクシーも友達か?」
「僕、みんな側にいて欲しいタイプみたい」
嘘だな、と思った。
彼は何だかんだ言って、一人で行動するのが好きな個人主義者だ。僕も、オミニスもそうだが、彼はその上をいく。
その比類なき才能のせいなのか、特殊な能力ゆえなのか、生まれ持ってのさがなのか、それは分からない。
でも、完全に心を開いてくれていると感じる僕やオミニスにも、最後の1枚、なにか薄く透明なベールのようなものは捲れないのだ。
彼は、“彼自身”について包み隠さない。尋ねたことも、知って欲しいことも、そんなにオープンでいいのかと思うほど教えてくれる。
それでも、そのベールは無意識ではないはずなのに、決して捲らせてくれない。
「正直、宝物が一緒に埋葬されているような墓地を見たら、人間の悪意も相当だと感じると思うよ」
「先祖の骨を使った仕掛けがあったって言っていたやつか?」
「ううん。それもだけど。……とある墓では、なんの仕掛けでもない骨が、ただ柱の中に無数に埋められてたんだ」
何かのまじないかもしれないけど、ぞっとした、と彼は吐き捨てた。
(……それでも僕は、ゴブリンと協力なんてごめんだ)
アンを呪った奴らで、突然フェルドクロフトを襲ってきて、漏れ聞こえる声は魔法族への敵意に満ちている。
そもそも兜だって、その魔女の善し悪しは別として、何故ゴブリンに渡さないといけないのか。
「そこが争点だよね。永遠にわかり合えない価値観かも。所有権はどちらのものか。造った者か、所持した者か。どちらの視点から見ても、子や孫に引き継ぎたい品はあるもの」
「君の意見は?」
「ゴブリンのものは、最初から”貸借”っていう契約にすればいいのに」
そうすれば万事解決?とおどけてみせるが、そう簡単にはいかないことは双方分かっている。
自分のものだと思うから大切に扱うのだ。ゴブリンの品は、大変忌々しいが、そう扱われるだけの品質であろうことは僕も認める。
“貸借”にすれば、それは、粗雑に扱われるだろう。もちろん、それ以外の争いだって結局は今と同様に起こるはずだ。
「生きてる間は所持者のもの。亡くなったら創造者のもの。非常にややこしいけど、品物からすれば、これが最善っていう考え方も分かるんだよね」
「僕は、遺品は大切にしたいけどな」
「そうだね」
父の品も、母の品も、持ち出したものは少ないけれど。僕もアンも、未だに大事にしているものはある。
(いや、どちらにとっても、遺品になるのか)
創造者が死ねば、それは子孫に引き継がれるのだから。
確かに難しい問題だな、と僕はピンズ先生の魔法史でやたらと出てきて神経を逆なでするだけだった「ゴブリンの反乱」について、少しだけ理解した気がした。
「分かった。君の協力者について、ひとまず口を挟むのは止める。とりあえず今はこの家を調べよう」
「うん。そうしよう」
それは、たいして大きくない家だ。
この場所は昔からなんだか不気味で、探検や冒険が好きなアンもあまり近寄らなかった。
だからあの夜、アンは飛び出して行ってしまったのだ。あまり人がいない場所だから、手助けが必要かも知れないと。父や母のときみたいに手遅れにならないようにと。
(やっぱり、ゴブリンは許せない)
セバスチャン、地下室だ。という彼の声に、深みにはまっていた意識を引上げる。
ああ、この家が不気味だったのは、きっとこの地下室のせいだ、そう思うほどそこは嫌な雰囲気だった。
イシドーラ・モーガナークが残したのだろう手記を読むと黒死病について書かれていた。やはり、彼女は十四世紀の魔女だった。
「地下聖堂が見えるね」
「壁に、君の言う古代魔術のシンボルが刻まれてたから、何かあると思っていたけど。なるほどな。彼女の教えていた教科は?」
「“闇の魔術に対する防衛術”」
「繋がった」
行こう、と頷き、彼は僕の腕を掴んだ。
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17
セバスチャンと共にフェルドクロフトから地下聖堂へ戻り、オミニスを呼び出す。
目の見えないオミニスに、フェルドクロフトでの出来事を伝え、三枚絵のキャンパスを触らせると彼は考え込んでしまった。
「つまりさ、オミニス。地下聖堂は、イシドーラ・モーガナークと繋がっていたというわけだ」
「うん。イシドーラが何かの目的を持って、古代魔術の後継者に残した場所なんだと思う」
「古代魔術関連ってことは分かっていたけど、正直、あそこからここへ一瞬で移動出来るなんて驚きだよな」
どういう原理なんだろうな、と壁をじろじろ眺めるセバスチャン。ぺたぺたと自分も触ってみるが、こちらからあちらへは繋がっていない。
セバスチャンとオミニスとアンの思い出の場所を、こんな陰謀渦巻く秘密に巻き込んでしまって申し訳ないと思う。以前は、それこそまるでアンを救う啓示のように見えたのだが、今思えばとんだミスリードだった。
強大な力は、人を救える。そうセバスチャンに思わせてしまった。
「なぜ、ここなんだ?」
ぽつりとオミニスが呟いた。
(うーん。やっぱり、彼は鋭いな)
嫌な予感、というものを、肌で感じるのだろうか。
「どういうことだ、オミニス」
尋ねたセバスチャンに、オミニスは視線を下に、眉を寄せたまま、問答のように続ける。
「以前君たちが行ったという禁書の棚からの道は、古代魔術の守護者の部屋に続いていたんだよな」
「うん」
「ペンシーブには、彼女が重要人物として記憶されていて、実際、パーシバル・ラッカムと同様に古代魔術の術者だった」
「うん」
「だったら、彼女の家から繋がるのも、古代魔術の守護者の部屋になるべきなんじゃないか?」
(――正解)
サン・バカーの塔がそうだったように。締めくくったオミニスの言葉に、しん、と地下聖堂に静寂が満ちた。