27
故郷の近くの地下墓地は、当然と言えば当然だが気味が悪かった。
蜘蛛は出るし、友人が以前別の墓地で遭遇したという先祖の遺骨を使った罰当たりな仕掛けはあるし、迷路みたいに複雑になっているし。
けれど、勿論収穫はあった。
僕たちは、過去の生徒が残したレポートと目当ての遺物を発見した。手にとって眺めるが、ああ、闇の魔術の遺物だなという感じだった。
しかし、ここに来たいと言った当の本人は、遺物そっちのけで生徒が残したレポートをひっくり返したり透かしたりとそちらに夢中だった。
その反応に困惑しているのはオミニスも同じなようで、彼に問いかける。
「どうした、そのレポートがそんなに気になるのか?」
「遺物を持ち出したいって書いてあるな」
「そうだね。なんて無謀な生徒だろう。これ、セバスチャンが書いたんじゃないよね」
「おい」
しょうもない軽口を叩きつつも、彼の視線はそのレポートから離れない。
「このレポート、創設者時代の生徒の物ってことだよね。保管もされていないし蜘蛛まではびこってるような場所なのに、こんなに状態が良く残ってるなんて、やっぱりここは何かあるんだよ」
闇の遺物の近くにあったからじゃない。広間にあったレポートも同様の状態だった。と言う彼に続き、遺物を持ったまま僕らは広間へと移動する。
入り口から見て、右と左に分かれる道。しかし彼はおもむろに杖を取り出し、真っ直ぐ正面へ爆発の呪文を放った。
気付かなかったが、石でふさがれていた道が現われる。衝撃にごうんごうんと地響きがあがるが、地下墓地そのものはびくともしていないようだった。
「今ので少しも落石が起きないってことは、この道は意図的に塞がれてたんだ。本当に隠されていたのは、こっちみたいだね」
「遺物じゃなくてか」
「どうかな。遺物もセットだとは思うけど」
暗い道に灯りをつけながらさらに地下へと下る。
不気味、不吉。そんな言葉しか出ないような空気がどんどん濃くなっていく。もう、蜘蛛すら出てこなかった。
揺らめく炎に彼をちらりと見ると、珍しく緊張した面持ちをしていた。
道の先には、さらに広い空間があった。
「くるよ」
杖を構えた彼に続くように暗い声を上げて現れたのは亡者達。
無数に湧き続けるんじゃないかと嫌にはなったが、オミニスと彼と僕、絶対に大丈夫だという確信があった。
コンフリンゴ、ボンバーダ、インセンディオ
三者三様の炎の呪文を唱える。性格が出るなと思うとともに、近くの敵を一掃するように円形に広がる彼の特殊なインセンディオに僕は少々面食らった。
「君たちといれば、どんな敵にも絶対に負けないだろうな」
危なげなこともなく倒しきった部屋で、軽く息を整えながら、僕と同じことを思ったオミニスは苦笑した。
さてと辺りを見回すが、何にもない部屋だった。
(ここがなんだって言うんだ?)
一通り棚を壊したり壺をのぞき込んだりしてみるが、ぞわぞわする悪寒のような気配以外、変な物は何もなかった。
しかし、彼はさらにその奥へと歩みを進める。
よく見れば、それは扉のようだった。けれど、僕たちがどんな呪文をかけてもその扉はびくともしない。
行き詰まりか、と首を捻り悩む僕に、彼は手を差し出す。
「なに?」
「サラザール・スリザリンの本、持ってきてるでしょ?墓地より本が書かれた方が後だとは思うけど、ここを閉じたのがサラザールなら、鍵になってるんじゃないかと思って」
流石、探索慣れしてる。
感心する僕は本を彼に渡して様子を窺ったが、やはり扉は開かなくて、彼はつまらなさそうに ちえっと口をとがらせた。
「手詰まり!」
「満足か?」
「仕方ないね。でも、古代魔術に関する場所じゃないってのは肌で感じたから、今は用事もないよ」
気にはなるけどね!と子供が駄々を捏ねるようにうーうー唸っているが、興味本位でそれ以上立ち入るべきではないと言うオミニスの言葉に彼は頷いた。
先ほどまでの近寄りがたいぴりぴりした様子と変わり、ちょっと悔しそうな、それでいていつも通り穏やかな様子に僕はほっとする。
不気味だから早く戻ろう、遺物はとりあえず元の場所に戻そう。そういうことになった。
「……持って行くのは?」
「駄目に決まってるだろ」
「ていうか、たぶん持ち出しても意味ないよ。ずっと持ってたんだからセバスチャンも分かってるでしょ」
一応聞いてみたが、友人二人は反対したし、持ち出しても意味がなさそうなのは僕も気付いていた。
最後に訪れた部屋。あるいはその奥。特に特別だったあの場所でのみ、手に持った遺物は怪しく存在を主張していたのだから。
「遺物の形にも意味があるんだろうね」
「四角錐?」
「君たちに馴染み深い吟遊詩人の物語に出てくる蘇りの石も同じような形だし、大きな物で言えばピラミッドとかもそう。あの遺跡の中も不思議と物が腐りにくいって聞くしね」
いつかみんなで行ってみようね、なんて、彼は楽しそうに笑っていた。
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28
気付けば僕は、アンと共に叔父の背に庇われていた。
ばちんばちんと、今までに見たことがない暴力的な魔力が目の前にあった。
「二度と私たちに近寄るな。セバスチャンにも、アンにも、フェルドクロフトにもだ!」
もうだいぶ身長も追いついたと思っていた叔父の背は、思っていたよりもまだ大きくて、元闇祓いなだけあり唖然とするだけの僕らよりも的確に動いていた。
杖を構え、睨み付け、魔法を練る叔父とは対照的に、向かい合う彼は杖も構えず無表情にこちらを見ていた。
「……アンを、助けただけですよ」
「何の魔術を使ってだ。私はあんな魔術は知らない」
その通りだ。彼は、アンを助けてくれただけだ。そう思うのに。
(あれが、きっと古代魔術)
使えないと思っていた古代魔術を使った彼に、裏切られたという思いと、その強大な力に畏怖する思いで僕は動けなかった。
地下墓地から出ると、故郷の方から嫌な黒い煙が上がっているのが見えた。
――フェルドクロフトが襲撃されている!
開けっ放しにするわけにはいかなかった地下墓地の後始末をオミニスに頼み、僕と彼は走り出す。
一番最初以外、今まで直接的に襲ってくることはなかったのにと焦る僕に、イシドーラの家の調査が完了したか、ランロクが次の何かに移行しようとしてるんだよ、と彼は冷静に返した。
到着したフェルドクロフトは、火の手が上がっている箇所はあるが、まだ最悪の状況ではなかった。
住民はいざというときのために訓練していた。その成果が出ていたし、以前彼が届けてくれたという噛み噛み白菜も活躍していた。
辺りを見回すが、住民の死体は見当たらない。
その多くは避難に成功したようだったが、叔父の家からは閃光が放たれた。
見れば、無数のゴブリンが群がる中、アンを庇いながら叔父は戦っていた。
走る速度を上げた彼は、僕よりも早く、何の躊躇もなく、その中へ飛び込んでいく。
彼と二人なら大丈夫。
それは確信だったが、守る者がいないときに限られていた、と僕が気付くのは、呪いの発作に崩れたアンに向かって、ゴブリンの剣が振り下ろされる瞬間がスローモーションで目に飛び込んできた時だった。
(っ!汚いゴブリンめ、許さない!)
とっさに杖を構え、まるで遺物を手にしていたときのような胸に沸き上がる黒い感情のまま呪文を唱えようとした刹那。
目の前で、白い稲妻が天から降り注ぎ、ゴブリンは木っ端微塵に四散した。
「お前は、セバスチャンの友達などではない!」
――君は、叔父さんに愛されているからね。
叫ぶ叔父の声と、柔らかく笑っていた彼の声が重なった。
何のために、彼は今まで使わなかった古代魔術をこんなところで使ったんだ。
(アンのためじゃない)
彼ならきっと、古代魔術じゃない普通の呪文でも間に合った。
(何のためだ)
あの瞬間、彼が遮ったものは。
(……僕の、ため)
――君に闇の魔術は使わせない。
ああ、そうだ。君は、いつだってそう言っていた。
ぐるぐると回る思考が、大事なところでいつも空回る僕の思考が、ようやく受け入れがたい事実を受け入れた。
叔父とオミニスに、アンを諦めさせたのも。彼に古代魔術を使わせたのも。
顔を上げると、彼とぱちりと目が合った。
すると、どうしてと思うほど、彼は優しく満足そうに微笑み、叔父へ分かりましたと頷いて。
そうして、まだ習っていないはずの『姿くらまし』で僕たちの前から姿を消した。
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29
一応、目的は達成だなあと、星見台の横で寝っ転がり満天の星空を見上げた。
雪積もる夜の山は、本当に寒い。
たくさん持っているローブの中でも、特に暖かそうな物を何枚か出して、敷いたり被ったりすれば少しマシになった。
サラザール・スリザリンの書斎へ行かせるつもりなんて無かったから、オミニスから相談を持ちかけられたときには本当に困った。
ええ、そっちから来るの?嘘でしょ。そんな気持ちを思い出してクスクス笑う。
同時に、変えられないんだな、とも思った。
占い学は得意じゃないけれど、運命とか、直感とか、そんな大きなものに巻き込まれているという自覚はあるから、割と信じている。
セバスチャンに磔の呪文を使った感想は、『最悪』だった。
他に手がなかったとはいえ、理性的な何かを削り取られる感覚はおぞましかった。
幸いなことに、あるいは不幸なことに、自分の理性は既にがっつり削られていて、影響は雀の涙程度だったけれど。
「君は僕の友達だって、言ってくれたのにな」
ルックウッド城でのセバスチャンの飛び入りは、本当に嬉しかった。
それは、呆れ咎めるようなフィグ先生の視線を浴びても、笑顔が引っ込まなかったほど。
フィグ先生と無法者達を蹴散らした後とは言え、彼は単身であの場へやってきてくれたのだ。
優しいところは、いつだって変わらない。そう思った。
最後、サロウさんに庇われていたセバスチャンは、受け入れた様だった。
彼は愛されている。その事実を。
その上で、強大な力へ人が向ける畏怖を知ったはずだ。
アンを諦めることはきっと無い。それはそれでいい。でもこの後、彼が一人で暴走することもきっと無い。
友人が成長するところを、目の当たりにしてしまった、なんて嬉しく思うとともに、もう友人じゃないかと悲しくなった。
古代魔術を使ったのは、これで二回。
一回目は、ロドゴクを堕とすため。これが本当に必要だったのかは、まだ分からない。
そうして、先ほどのが二回目だ。
とっさだった。セバスチャンのことをもう咎められない。彼より早く呪文を撃つにはあれしかなかったと思うが、もっと注意深くアンの側にいれば良かったとも思う。
ただ、自分がアンの側に行くのを、この間の行いが祟ったせいかサロウさんが阻止してきたのは手痛い誤算だった。
失敗したような、成功したような。けれど、セバスチャンのことだけ考えれば成功だったと思わないと、立ち直れそうになかった。
――次は、フィグ先生を救うんだ。
――それに、アンを呪いから開放してあげたい。
――ロドゴクも、あんなに脅しておいてあれだけれど、せめて家族に殺されるなんて結末は避けてあげたい。
ランロクを、止めなければ。
一度出来たことだ、大丈夫、大丈夫。古代魔術はもう使わない、それでもきっと、大丈夫。
誰にも預けることが出来なくなった背中が、まるで真冬の山の地面の温度と一体化したかのように、冷たく痛かった。
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30
「それで君は彼を見失ってしまったと、おまけにこうやってぐじぐじ悩んで探そうともしないと、そういうわけか?」
「……動揺するだろ、普通」
ぴしゃりと叱りつけた俺の言葉に、図星を指されたセバスチャンは項垂れたまま言い訳を述べた。
俺の目ではフェルドクロフトの襲撃に間に合わない。
そう判断して、セバスチャン達を先に行かせ、地下墓地の入り口を元に戻してから俺も急いで向かった。
辿り着いたとき、焦げた匂いと荒んだ気配はしたが、怒声も破壊音も聞こえず、ああ終わったんだなと、疑ってもいなかった友人達の安否を確認しにセバスチャンの叔父の家へ向かった。
異変を感じたのは、その時だった。
小さな静電気に包まれたような、覚えのない魔法の気配。とげとげしい攻撃の意志の塊を感じる暴力的なそれ。なのに、どこにも嫌な感じはせず、なんとも不思議な空気が漂っていた。
「オミニス」
「ああ、アン。良かった、無事だったか。セバスチャンは?それに」
「オミニス!」
気の強い彼女が震えていた。
なにかあったんだ、と俺の血の気が引いたとき、彼女の家の戸が開く音が聞こえた。
「今度は、”ゴーント”か」
「ソロモン・サロウ」
忌々しげに呟かれた俺の家の名には、強い拒否感がこもっていた。
彼と俺は相容れない。
人間的にではない。彼は、俺の中に流れる血に生理的な嫌悪感を抱いている。
(でも、別にかまわない)
そんなことより、俺はセバスチャン達の安否の方がずっとずっと気にかかった。
「オミニス」
「セバスチャン!……おい、彼は?」
「あいつは姿くらましで消えた」
「は?」
俺の問いに切り捨てるように答えたのは彼の叔父だった。
何があった!そうセバスチャンに詰め寄るが、彼もまた動揺しているようで、その視線は困惑に揺らいでいた。
(……理由は分からないが、姿くらましで消えたなら、彼は無事ということか)
判断できたのはそれだけで、決していい状況じゃないことくらい分かっていたが、俺は大きく息を吐き出してセバスチャンに向き直る。
襲われた直後のフェルドクロフトは今、復旧に人手がいる。優秀な親友は、きっと力になるだろう。
「地下聖堂で、待っているからな」
いろんな感情を噛み殺して冷静に声をかけたが、あの時やっぱり一発殴ってやれば良かったと、俺はことの顛末を聞いて思っていた。
闇の魔術ではないにしろ、彼が使った古代魔術は危険な魔術かも知れない。
その是非は、正直俺には分からない。
闇の魔術は駄目だが、古代魔術なら良い。そういう話でもない。それを判断できるとしたら、それは彼が言っていた古代魔術の守護者達だけだろう。
しかし、分からないのなら、俺がすることは一つだ。
「いいのか、失って」
君が、自分の手の中にある大切な物を投げ出そうとするところなんて、見たくなかった。
そう発破をかけてようやく、セバスチャンは顔を上げる。
(もう、失っているかもしれない。いいや、最初から手になどしていなかったのかもしれない)
俺の直感は、大体正しいが、そんな思いには蓋をする。
その視線にはまだ迷いがあったが、セバスチャンの気持ちは、彼に向いたようだった。
「……どこを探す?オミニス」
「俺たちに残された、古代魔術の足跡は一つさ」
こん、と俺には見えない三枚絵の額縁を叩いた。
はたして蛇が出るか、鬼が出るか。
「さあ。どこを探そうか、セバスチャン」
それでも、俺たちは一人じゃない。