31
ロドゴクからの手紙を握りしめ、走った。
分かっている、大きな流れは変えられない。
梟では間に合わない。このために、こっそりと姿あらわしを先に習得したのだ。
「フィグ先生!」
「君か!どうした、授業に出ていないと聞いているが」
今は午後の授業中だ。本来であれば、魔法薬学を受けているべき時間だろう。
先日のフェルドクロフトの一件から数日経つ。休暇期間も終わっていたが、今まで学校には戻らなかった。
「先生、一緒についてきて欲しいんです。ホグワーツが、危ないんです。ランロクが」
息が切れ、喉も膝も痛いが、そんなものかまっていられない。ロドゴクの元に向かう前に大急ぎでこちらに来たのだ。
急がないと。急がないと。
手紙には、ランロクを止めに行く、そう書いてあった。このままでは、間に合わなければ、ロドゴクが死んでしまう。
(ここから先は、1ピースだって落とせない)
お願いします、と顔を上げて目を合わせると、フィグ先生は少しも迷うことなく頷いてくれた。
「分かった。君がそこまで言うのなら、信じよう」
「――っありがとう、ございます」
こっちだ、と初めて知るホグワーツの抜け道へと案内してくれたフィグ先生に続き、城の外へ出る。
胸が痛かった。先生に嘘と秘密を持つことが。それでもやると、自分で決めた。
「ランロクはドリルを造っています。最後の保管所はホグワーツの地下にあって、たぶんランロクはそれを狙っています」
「どうしてそれを」
「ロドゴクに聞きました。ロドゴクとランロクは、保管所を造ったゴブリンの子孫でした。彼らは兄弟です」
脅して、とは勿論言わない。
ロドゴクから聞いたブラグボールが書いた日記の内容、ランロクの狙う物、守護者の名前、そしてミリアムさんについてフィグ先生に伝える。
ロドゴクは、ランロクを止めたがっている。
身をもって、古代魔術の恐ろしさを見たからだ。ランロクと この力がぶつかれば、兄弟が大変なことになる、手紙の内容から今回はそう考えたようだった。
ああ、そう。そういう風に、流れるのなら、仕方ない。と投げやりな気持ちになりながらも、城から出てフィグ先生に姿あらわしが出来ることを告げ、目的の鉱山まで移動した。
「……姿あらわしは、まだ誰からも教わっていないはずだ。教わらずに出来るような魔法ではない。君は一体何者だ」
「僕は」
あなたの生徒です?
いいや、答えられない。
守護者が守る力を結局自分勝手に使っている点で、イシドーラと同じなのだ。
一瞬訝しむ視線を投げたが、まずはランロクを止めるのが先だと状況を判断した先生は、まるでいつものように、先へ行こうと声をかけた。
壊れていく絆。
壊していく絆。
ああ、そう。いらないよ。
はじめから、全てを騙している ”僕” には、誰とも絆なんてなかったんだから。
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32
ランロクを止めるためにドリルを製造している鉱山の最深部まで辿り着くが、そこでは既に、あの魔法使いの少年と年老いた魔法使いが、鎧をまとったゴブリンと対峙していた。
間に合わなかったと、膝から崩れ落ちそうになったとき、後ろから首元に杖を突きつけられる。
振り返ると、冷たい瞳をしたルックウッドに見下ろされていた。
「何をこそこそしている?ああ、お前、ロドゴクか」
ちらっと魔法使い達とランロクが向かい合う先を見て、やつは状況を値踏みした。
来い、と私の腕を掴み、悠々と歩き出す。
「ロドゴク?何をしに来た。謝りに来たのか?」
「違う。私は、お前を、止めに……」
優しかったとは言わない。気性の激しい兄だった。
けれど、ドラゴンを美しいと思い、魔法族に歩み寄ろうとすることが出来る兄だった。
ゴブリンのために、その方法が間違っていたとしても、声を上げ、立ち上がることが出来る兄だった。
(魔法族と争うことが、どれほど愚かなことか)
多くの血を流すのはどちらか。死んでしまうのは誰か。私は分かっている。
私の持つブラグボールの日記を取り上げたランロクは、激怒した。
あのルックウッド城の保管所から奪った力が、兄の周りに揺らめいているのが見える。
「あの魔女と、本気で、対等だったと思うのか?」
「そうだよ。ミリアムさんは、きっと対等だと思っていた」
憎々しい、と地を這うような声ですごんだランロクに、きっぱりと返事をしたのは魔法使いの少年だった。
「……ミリ、アム」
年老いた魔法使いが、呟く。
ああ、彼がエリエザー・フィグか。何処か彼女と同じような雰囲気を纏う姿に納得した。
「お前は、私を裏切った!」
「プロテゴ!」
私に向かって放たれたランロクの魔法は、けれど私を庇った少年の防御呪文に防がれる。
その背中越しに兄弟の目を見て、もう手遅れなんだと気が付いた。
私の兄はもういない。
あそこにいるのは、兄の体を乗っ取った、『力』だ。
ルックウッドも交え三つ巴の魔法の応戦が続く中、力の抜けた私を抱え守り切ったのは、一番恐ろしく底が見えない魔法使いだった。
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33
何とか鉱山から出ると、彼は二本の箒をとり出し、一つを私に手渡した。
怯えているゴブリンを一瞥する瞳は、冷たい。私の知っている穏やかな生徒ではなく、まるで別人のようだった。
「ここは危険です。でも、ロドゴクまで連れて僕は姿あらわしは出来ません。先生もロドゴクに聞きたいことがありますよね。もう一箇所、付き合ってください」
「良かろう」
有無をも言わせぬ、強い意志のこもった言葉だった。
(彼に、何があったのだろうか)
明らかに様子がおかしかった。それは、今日、学校で泥だらけになった服を纏い話しかけてきたときからだった。
否。おそらく、真面目な彼が数日間、全ての授業を欠席したときからか。
疑う気持ちもあった。怪しむ気持ちもあった。けれどそれ以上に、心配だった。
彼はロドゴクを自分の箒に乗せ、なんの不安定さも見せず私の前を飛ぶ。
上手いものだ。優秀だ、優秀だとは思っていたが、彼には秘密があるのだろう。
外はすっかり暗くなっていた。
途中ベインバラで彼は降り立ち、私たちは店主からいくつか食べ物を買った。
「あなたのおかげで、ロココとは今も仲良しよ。あのときは助けてくれてありがとう」
「ちゃんとお散歩の時は紐をつけてますか?」
「もちろん。ロココに似合う、可愛い赤いリボンをつけているわ」
また寄ってねと親しげな様子に、彼の噂を思い出す。
近くの村でいろいろな問題ごとを解決している、強く優しいホグワーツ生。
人好きのする明るい微笑みを浮かべていた彼は、店から離れると、すっとその表情を無くした。
どちらが本性か。私にはその無表情の方が、取り繕っているように思えてならなかった。
それからまた少し、箒で辿り着いた場所は大きな像にふさがれた崖であった。
蔦が這っていてよく見えないなと思い私が払う前に、彼が手慣れたように蔦を焼いた。
現れたその像は、グラップホーンをかたどっていた。
「さて。ここは?」
「最後の試練の場所です。先生」
あっさりと彼が告げた言葉に、私は驚く。
自分の箒をしまった彼は、今度は捕獲袋を取り出した。
まさかと思い先を促すと、頷いた彼が呼び出したのは、像と同じ威厳のある魔法生物であった。
「彼は、湖畔の主か」
「さすがフィグ先生。この辺りに詳しいんですね。ここ数日学校から離れていたのは、彼に力を貸して欲しいと頼んでいたからです」
「頼んで、貸してくれたのか?」
「試練と同じです。認めてもらえるだけの力を示せばいいんです」
彼が手を出すと、まるで恭しくお辞儀をするように、グラップホーンがすり寄る。
その姿を眺め、酷く汚れているが怪我の跡一つも無い彼の服に目を留めた。
「お前は、保管所の力が欲しいのか?」
今まで一言も喋らなかったゴブリンが、声を震わせながら、それでも聞かなければならないという使命感を持って尋ねた。
違うだろうなと、私は彼を信じた。
その問いに、きょとんと不思議そうにした彼は、私のよく知る少年だった。
魔法が使えるだけで、十分特殊です。そう笑った、少年だった。
「前にも言ったけど。僕は呪いを解きたいだけだよ、ロドゴク。君の力がいる、だから協力した」
「私も言っただろう、ゴブリンの呪いではないと」
(――呪い?)
突然始まった彼らの会話。
しかし私には、そのワードに思い当たる人物がいた。
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34
はたしてアンにかけられた呪いはなんだったのか。
どうして、誰にも解けず、それが何かすら分からなかったのか。
何故、アンは殺されるのではなく呪いにかけられたのか。
推察できたこともあれば、まだ解けていないこともある。
今のこの状況は、望んでつくった舞台だ。
フィグ先生は、きっとセバスチャンとアンを思い浮かべているだろう。
湖畔の主を撫でながら、さあ、これからだ、と気合いを入れた。
――騙したまま、信用してもらい、全てを手に入れる。そのための『試練』が始まる。
「ゴブリンの呪いではないけれど、君たちの身に起こったことは、僕が解きたい呪いにとても近い」
「別人のようになったということか?」
「そうだよ。それも、負の感情に大きく振れて、別人のようになる」
あの雪山でさんざん脅して、ロドゴクが語ったゴブリンの魔法から、やはり彼らがアンに呪いをかけたのではないということは確実となった。
ロドゴクが言ったように、呪いはやはり魔法族の専売特許。
ゴブリンが得意なのは、あくまでも呪いを組み込んだり、反対に跳ね返す仕組みを持った金属加工。
「アン・サロウのことか」
「そうです。先生」
「別人のよう、とは?」
「彼女の双子の兄がそう言いました。魔法族でも、双子の結びつきは特別なんでしょう?」
古今東西。双子には特別な関係性と、不吉な凶兆を見て取るものは多い。
出産の問題か、栄養の問題か。両方の子供、あるいは片方のみであっても、生き残ることが難しかったという歴史が、きっと根幹にはあるのだと思う。
そこから一部の、けれど思ったより多くの地域で、どちらかしか生き残らせないという風習すら生まれたほどだ。非魔法族ですら、そうなのだ。
占いや呪術に絡む魔法族が、双子の結びつきを信じないはずがない。そして、本当にあるのかもしれない。
別人のようになったと言ったのはセバスチャンだけだったが、彼がそう感じたのならきっとそれは間違っていない。
「ゴブリンの呪いではないというなら、誰がかけた呪いだ」
「ビクトール・ルックウッドです。彼がその場にいたことは、間違いありません。アンがその声を聞いています」
「――彼女は、そんなことは言わなかったと思うが」
実際、ゴブリンがいたとしか、アンは証言していない。
ねえ、ロドゴク、とフィグ先生の隣に立つゴブリンに尋ねる。
「『子供は、単なる、未熟な生き物だ』。そんな思想がゴブリンにはあるの?」
「なんだそれは。そんなものはない」
まず言葉の意味が不可解だ、という様子のロドゴクに頷いた。
「アンは呪いにかけられる直前、その言葉を聞いたんです」
「――貴族の慣習か」
「そうです。ゴブリンが荒らすフェルドクロフトに訪れる貴族。ランロクと手を組んでいる貴族。そんなの一人しかいません」
アッシュワインダーズの多くも、密猟者も、右腕シオフィルス・ハーロウも、貴族ではなくただのごろつきだ。
ふむ、と唸った先生は、顎に手を当て考えている。
話を聞いてもらえていることに満足して、言葉を続けた。
「それに、ルックウッド家は呪いに詳しいんじゃないですか?先生はフェルドクロフトの地下墓地をご存知ですね」
「喋ったか」
「まさか。状況証拠です。アッシュワインダーズが蔓延っていなければ、怪しいなんて思いもしませんでしたよ」
先生が言ったのはサロウさんのことだろう。それは彼の名誉のために否定しておいた。
流石にサラザール・スリザリンの書斎のことまでは告げる必要が無かったため、そこは口を噤む。知られると危ない橋を、結構渡っている。
「呪いを払う一族なのか、呪いを扱う一族なのか、それは分かりません。でも、ペンシーブでは、フェルドクロフトに あの時代の守護者達がわざわざ集結して呪いを払っていました。あの場所は、強い呪いを引き寄せやすい場所なんでしょう。今は魔法省が見張っているのでしょうが、あの墓地の監視を元々担っていたのはルックウッド家のはずです」
だから、ホグワーツを除いて、唯一保管所があった。ルックウッド家が呪いに詳しく、呪いを押さえ込めるからだ。
「それでは、君のいうとおり、ビクトール・ルックウッドが呪いをかけたとしよう。ゴブリンの異変とはどう繋がる?」
「ゴブリンの銀ですよ」
ビクトール・ルックウッドは、何故ルックウッド城を掘らせたのか。
保管所を開ける前のランロクは、ただのゴブリンだ。武装していたとしても、軍隊を組んでいたとしても、ルックウッドにもアッシュワインダーズという私兵がいる。暴力には屈さないだろう。
つまり、取引をした。アッシュワインダーズどころか、密猟者達にも行き渡るほどのゴブリンの武器。それと引き替えた。
だが、手駒としか思っていない手下達に武器を配るだけで、ルックウッドが自分の城を掘らせるだろうか。
答えは、否。当然彼にも差し出されたものがある。
「ルックウッドの杖の飾り。あれは、ランロクがルックウッドに贈った物だよね、ロドゴク」
「そうだ、が……」
「ランロクが造り、保管所を開けたランロクが、ルックウッドに手渡した物。そうだね?」
呪いを専売特許とするルックウッド。
呪いを増幅する金属加工を贈ったランロク。
アンが殺されず、呪いにかけられた理由。"殺す価値もない"、"未熟な生き物"に、高貴な貴族が行ったことは。
(――新しいおもちゃの、試し打ち)
反吐が出る。と、怒りに震える拳を強く握った。
「グリンゴッツでのゴブリンに始まり、ランロクの手下がつけている銀には、きっと古代魔術の『力』が移っています」
ランロクの銀には、ランロクの手に入れた古代魔術の力が移る。あの力が呪いじゃなければ、一体何だというのだ。それでも"ルックウッド"には、耐性があった。
「それが君に見えたと?」
「いえ、アンの周りには。感じ取れないほど微かなのか、ルックウッドの呪いに混ざったのか、でも可能性はあります」
「だが、ゴブリン達と違い、アン・サロウは凶暴になったわけではない」
そう。そこも違う。けれど。
「イシドーラが取り出した感情は、”痛み”と”苦しみ”です」
だからその力が与えるものも、痛みと、苦しみだ。
ゴブリン達には、魔法族から受けた苦しみを増長させ、それに付随する恨みを煽り。
そして、おそらく腹部に呪いが当たり傷つけられたアンには、痛みを与え続けている。
その呪いが、どんなものか分かること。今必要なのは、まず必要なのは、セバスチャンが言っていたとおりそれだ。
「切り分けて考えるべきだったんです。"痛み"に支配され精神が削れていく古代魔術の呪いと、アン自身を傷つけ続けている闇の魔術の呪い、これは二つの別の呪いです」
アンは、『内側』からも、『外側』からも弱っていく。いつかのセバスチャンが伝えてくれたことは、正しかったんだ。
一つの呪いだと思ったから、誰にも解けなかった。闇の魔術に似ているけど、根本的に違うもの。つまり、闇の魔術と、全く別の古代魔術の二つの呪い。
「……君は、古代魔術の力で、アン・サロウの痛みを取り除くつもりか?」
「その手段は最悪な結果を生むでしょう」
絶対に犯してはいけない禁忌だ。全てを知っている自分は、頼まれたってそんなことしない。アンを、抜けながらになんて、出来ない。
あくまで古代魔術は鍛えなければただの『増強装置』。それは自分自身が一番よく分かっている。
だったら優先して解くべきは一つ。
ルックウッドによる呪いの方だ。
「ルックウッドを捕まえるのは困難です。さらにゴブリンの銀まで使われている。でも今だったら解明できるかもしれない」
「ルックウッド家の呪いに詳しいチャールズ・ルックウッドと、銀を造ったゴブリンの兄弟ロドゴクか」
「それに、フィグ先生もいます」
ともに古代魔術の冒険を続けてきたのは、魔法の仕組みを解き明かす、魔法理論の教授だった。
「――僕はホグワーツを救います。だから、アンを救ってください」
そう言った後で、行ってきますといつも通り別れの挨拶をし、グラップホーンにまたがってサン・バカーの試練の扉をくぐった。