35
ゴブリンだらけの鉱山を突破するのは困難だったが、蜘蛛だらけの洞窟を踏破するのも大変だ。
(目の見えない人間が来るところじゃないな、全く)
トロールの棍棒がかすった腕にセバスチャンがかけてくれたウィゲンウェルド薬が染みる。
「ごめんな、オミニス。もう少し僕が注意を引いた方が良かった」
「いや。骨が折れるような怪我を負っていないのは、セバスチャンのおかげだ」
親友は強い。
俺だって、足を引っ張っているわけではない。
危なげなくとは言えないが、学生が二人で乗り込んだにしてはよくやっている方のはずだ。少なくとも、大怪我は負っていない。
(ちょっと前まで、俺が一番セバスチャンと上手く組めたんだけどな)
次にどう動くか、手に取るように分かる。だから呼吸を合わせられる。今でもそれは変わらない。
ただ、”合わせる”必要も無く、セバスチャンと呼吸が”合う”彼には、流石に勝てない。
他には痛いところは無いか?と自分の怪我をそっちのけで俺の治療を優先するセバスチャンに苦笑する。
「君は本当に、スリザリンの割に”いい人”だな」
セバスチャンはいい人だね。彼はよくそう言って笑っていた。
「――なあ、オミニス。僕たち、前にも一緒にトロールを倒したこと、あったか?」
「は?いやないだろう。トロールを倒す機会なんて基本的にはない」
ここ数ヶ月、やたらと、トロール、トロールと野犬のような軽さでその名を聞くが、遭遇することすら本来珍しい。
普通は、トロールの巣の周辺は避けて通るからだ。
不思議なことを聞いたセバスチャンに首を捻るが、彼は、そうだよな、と納得しているような していないような、曖昧な返事を返した。
三枚絵を集める。
言い出したのは俺だが、残念ながら、彼は三枚絵のある場所には訪れていないようだった。
(古代魔術関連の場所には、出現すると思っていたんだがな)
不要。そう判断したのだろうか。けれど何故。
代わりに、イシドーラ・モーガナークの残した不気味な日記は数枚見つかった。
それはまるで、力に魅入られていく過程のようだった。
人を救いたかった。世界を救いたかった。そんな純粋な思いから、自分の無力と、手を出してはいけない魔術に翻弄され、壊れていく。
俺にそれを読み上げてくれる友人は、はたしてなんと思っているのだろうか。
部屋の奥にはガラスの壁。
彼がいれば、ここから一足飛びに地下聖堂に帰れるんだけどな、と帰路に思いをはせ溜息をつくセバスチャンに、諦めろと俺は肩をすくめた。
最後の三枚絵。
地下聖堂に戻りそれを額縁に飾ると、背後に何かが現れた。
「……ペンシーブだ」
呟いたセバスチャンに、そうか、これが、と思った。
何か記憶の元になっている物が浮かんでいるそうだが、セバスチャンが触れても水盆には記憶が張られない。
あれだけ苦労して、嘘だろう、とがっかりして力を感じる空中に俺も触れてみる。
すっと何かが溶けた感触がして、あ、というセバスチャンの声が聞こえた。
「流石、”ゴーント”」
「まあ、そういうことだな、これは。古い血なだけあって、使えなくとも適性はあるのか」
創設者のサラザール・スリザリンが古代魔術を使えたのだから、別に不可思議な現象ではない。
初めて自分のろくでもない血が役に立ったと思った。
「さて。十中八九、イシドーラ・モーガナークの記憶なわけだが、セバスチャン、魅入られるなよ」
「オミニスは見ないのか?」
「見ない。見ても仕方がない。他の守護者の記憶を一つも見ていないんだから」
そもそも彼と喧嘩をしたのは君だろう?
そう言うと、セバスチャンは、分かったと真剣な眼差しで頷き、ペンシーブの記憶へ潜った。
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36
グラップホーンと試練の間へ行くと、サン・バカー先生の肖像が驚いたようにこちらを見ていた。
(そりゃあ、そうだよね)
まだ告げていない試練について、その場所も、内容も知っていたなんてあり得ない。
ロドゴクを連れているフィグ先生は、箒でホグワーツに向かうと言っていたから、まだ辿り着くには時間がかかるだろう。
「何故……」
「先生と、お話ししたいなあと思いまして」
評判のいい笑顔で語りかけてみるが、肖像画には通じないようだった。
そもそもバカー先生は、人の表面と内面は違うと思っているため、通用しにくい相手でもある。
じゃあ意味ないかと笑みを引っ込めると、肖像画は眉を寄せた。
「君を信用していいのか、分からない」
「信用したら駄目ですよ」
ホグワーツの先生って、なんだかんだいっても生徒に甘いなあと思う。
この状況でも、信用すべきか悩んでくれるんだから。
「信用してなくても、守護者の先生方はもう選択肢がないところまで追い込まれています」
「何かあったのか?」
「ランロクが、ホグワーツの地下保管庫について知りました。おまけに巨大なドリルを造っています」
なんと、と絶句しているバカー先生には悪いが、喫緊の問題って何度も言ったのに、対策も練らずに半年も試練にかけるからこうなったんじゃないか。
僕らは何度も忠告したでしょう?と他人事のように告げる。
動いてくれない魔法省も流石は政府組織だと思うが、ことの重大さが分かるはずなのに何もしなかった守護者達は、数世紀も肖像画の中にいて時間の感覚がおかしくなっているんじゃないだろうか。
だから、こちらに託さざるを得なくなる。
「どうします?信用できない相手に古代魔術の禁忌を教えるか、ゴブリンに古代魔術を奪われるか」
「それが君の、表面か?」
「え?」
よく分からなかったバカー先生の問いに首を傾げると、彼はグラップホーンとこちらの手元を順番に指さした。
「君は、グラップホーンに試された時でさえ、古代魔術を使っていないね」
「――はい」
発散させていないから、溢れそうな古代魔術の力は杖に溜まったままだ。
使わなくてもかまわないほど強くなったわけじゃない。ただ、使わないと決めているだけだ。
強くなっていたら、最初の試練で大怪我を負う失敗なんてしない。
「私は"君"を信用しよう」
にこりと笑ったバカー先生は、ペンシーブを記憶で満たした。
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37
私が地図の間へと辿り着いたのと、彼が試練から地図の間へ戻ってきたのはほぼ同時だった。
どういうことだ、と騒ぎ立てる肖像画達など意に返さないようで、彼は淡々とランロクについてのみ報告した。
「サン」
「私は彼を信じる」
パーシバル・ラッカムの呼んだ声に、最後の試練を与えた守護者、サン・バカーは意外な返事をした。
一体どんなやりとりをしたのやら。おそらくは、尋ねても もう彼は教えてくれないだろうが。
けれど、サン・バカーの反応は彼の意図したところではなかったようで、彼も不思議そうな顔をしていた。
「バカー先生、絶対グリフィンドールだ」
「よく分かったな、彼は熱きグリフィンドールの寮監だった」
「当たりですか?うーん。フィッツジェラルド先生は校長先生だし、ルックウッド先生がスリザリンなら、ラッカム先生がハッフルパフで、イシドーラ・モーガナークがレイブンクロー?ああ、でも、校長先生の出身もレイブンクローっぽいですね」
「君は、組み分け帽子なのか?」
正解だ、と肖像画達は楽しそうに笑った。
上手くはぐらかしたなと思った私の視線に気付いた彼は、ばつが悪そうにすっと目線をそらす。
この集めたペンシーブの遺物は、どうしたらいいでしょうか?と尋ねた彼に、特別な杖を造るようにと守護者達は指示を出した。
「ところでルックウッド先生、お聞きしたいことがあるんですが」
「私にか?なんだ?」
「傷跡に留まり続ける強い呪いで、ルックウッド家に伝わる特別なものってありますか?」
「……それは、教えられないが」
顔を曇らせ口を引き結んだチャールズ・ルックウッドに、今度は彼がこちらに困ったような視線を向けた。
「あなたの子孫の、ビクトール・ルックウッドに呪いをかけられたと思われる生徒がいるのです」
「なんだと?」
彼に代わり私が説明する。
信じられない、と言う肖像画に詳しく状況を話した。
呪いをかけられたのは、第二の試練に割り込んだ生徒の双子の妹だというと、ああそれで、とチャールズ・ルックウッドは何か納得したようだった。
「大人も権威も、何も信用していないような目をしていたわけだな。あれは、不治の病や呪いを患った患者の家族に多い目だ」
「そうですか」
「それで私か。確かに、呪いはかけた者、あるいは仕組みが分かる者しか解けない場合が多い。仕組みを知るしかないな。だが、かけるのは呪文を唱えるだけでも、その仕組みを理解することは困難だ」
そういうことであれば幾つか心当たりがあるが、多くの呪いの仕組みにまつわる本はホグワーツともルックウッド城とも別の場所に保管してある。そう言ったチャールズ・ルックウッドに、ああ、彼の読みは恐ろしいなと思った。
「フェルドクロフトの地下墓地、最奥の扉の向こうですか」
「……まさか、行ったのか?」
「扉の前までは」
開きませんでしたけれど。と言ってのける彼。本当に用意周到だ。
(準備できるものは、全部準備して挑んでいるということか)
淡々としているがその姿は必死だった。
「だが、君にはあの扉は開けないだろう」
「フィグ先生なら?」
「う、ううむ」
おっと、こちらに飛び火した。
どうやらチャールズ・ルックウッドの反応を見るに、私なら可能性がありそうだ。
だとすれば、考えることもない。救える生徒は必ず救う。ホグワーツの教師ならば、誰だってそうするだろう。
「では、私が行こう」
「お願いします。僕はビクトール・ルックウッドと対峙してきます」
肖像画から彼へと向き直ると、強い意志を持った視線と交差した。
「使われたゴブリンの銀が必要ですよね?こちらからは仕掛けませんが、どうせあちらから仕掛けてきます」
その通りだった。今は私の部屋で待たせているロドゴクと、ホグワーツまでの道中いろいろ話をした。
ミリアムのことも、ランロクのことも、彼のことも、ゴブリンの銀のことも。
やはり、実物を見なければ、銀にどんな力がこめられているか分からないということだった。ただし、見れば分かるだろうとも言っていた。
「呪いにかけられたのは、一体彼にとってどんな人物なんだ?」
「アン・サロウは、彼の友人の双子の妹だ」
問うたロドゴクにそう返せば、そうか双子の呪いを、と彼は言いよどんだ。
(ロドゴクとランロクは、もしや)
力という呪いにかけられたランロクを見たやるせないロドゴクの瞳が、セバスチャン・サロウの瞳と被って見えた。
※バカー先生の寮は公式設定と違います