夏油がどんどろを引き連れて校内を散策している間に、炊飯器に収まった特級呪霊という不思議な光景は、呪術高専内にいた生徒や教師の明るみとなったのだった。
「あ! 夏油さん!! さっき家入さんがすごい顔してトイレに行ってましたよ!!!」
「灰原、デリカシー」
家入硝子が顔を青くして逃げ出したあと、初めて出会ったのは、後輩として良くしていた期待の新人2人――
初手でデリカシーのかけらもないことを言い放った快活青年に草臥れた声で注意を促す金髪の老け顔な青年。よく任務で一緒になることが多かったり、同年代ということもあって共に行動しているのが珍しくないが、2人の思想についてはかなり異なる部分があった。
それは、夏油の後ろをせっせこついて行っていたどんどろを見た時の反応にも現れていた。
「わ! これ呪霊ですね!? 可愛いですね!」
「……高専内で無闇矢鱈と術式を使うな、とは夏油さんの教えでは?」
その後も1人、また1人と知っている顔がどんどろを見て上げた反応は多種多様で、トレーニングか勉強か、ぐらいしかすることのない夏油の心を癒した。
そして、二週間後。
「……悟、遅いな」
どんどろが炊飯器に分裂体を仕込む3日前から任務に出たっきり、五条悟は派遣先から戻ってきていなかった。
「っしゃオラァァア!!!!! かかってきやがれ
北九州某所、満月が天の頂上まで昇り、そよ風がチリゴミを転がす閑静な住宅街のど真ん中で、そんな絶叫をかます、闇に溶ける制服を身に纏い、サングラスをかけた白髪の青年がいた。
近所迷惑を一切顧みない彼の美声は天をつき、住宅街中に響き渡った。
「……」
そうして、しばらく天を仰いでいた彼――五条悟は、ふと、大の字に道路のど真ん中に倒れ込んだ。
しんと静まり返った彼に、そそくさと黒スーツの補助監督の男が近寄ると、ぐったりした彼を担ぎ、近くの黒塗りの高級車へ運んでいくのだった。
◇◇◇
____17日前。
“北九州某所にて、推定特級クラスの強烈な呪力を窓が感知。また、周辺住民のうち、小学生を中心に突如として昏倒してしまうという事案が多発。本件を上記推定特級呪霊が原因と判断、至急対応可能な術師を派遣されたし”
「資料見たけどさぁ、これ本当? こんな呪霊今まで見たことないんだけど」
「恐らく最近発生した呪霊なのでは、とは言われていますね。……まぁ、特級クラスの呪力を放っておいて
車の振動に身体を預け、座席に踏ん反り返っている白髪の青年――五条は、目の前で運転している補助監督の言葉を反芻し、空色の目を難しそうに細めた。
「被害といったらガキがぶっ倒れて1日寝込むぐらい。これ俺いるか? ほっとくか京都高の奴らにやらせとけよ……」
「あの呪力量をほっとくことは上層部が許さないでしょう…… それに、そんなのを相手にできる術師なんて、あなたか夏油さんぐらいしかいないと思いますけどね」
「正論ウザすぎ〜」
生真面目な補助監督の座席を足で蹴飛ばす五条は、ここ一ヶ月程の任務で日本中を駆け回っていて、つまるところ、心労が溜まっていた。
____そして、五条を乗せた黒塗りの高級車は、目的地である海沿いの住宅街にて足を止めた。
日本列島の南に位置する九州なだけあり、まだ乾燥した冷たい北風が吹く東京に比べ、五条の肌に当たる風は柔らかく暖まっていた。
「……じゃ、探しまっか」
早速散策を開始した五条と補助監督であったが、何せ、呪霊や術師が呪力を扱った痕跡、残穢が見つからないとなれば、最初は五条の六眼をもって手当たり次第に探りをかけるしかなかった。
「変な目のにいちゃん何してんのー?」
「んー? バケモノ探してんの」
「バケモン? いるわけねーじゃんそんなの」
「うっせえクソガキ」
はじめに、子供の叫び声で溢れる児童公園を回ったり、
「おう
「ウザ」
商店街で不良に絡まれたり、
「なー兄さん、今俺持ち合わせがなくてさあ……」
「あの、その……」
「はいはいはいそこまでそこまで」
路地裏に潜んでいるのでは、という安直な発想から、ジメジメとして薄暗く、埃臭い路地裏へ足を踏み入れた途端、蜂の巣をぶっ叩いたかのように(主に補助監督が)不良に絡まれたり、
他にも、昼飯の焼きうどんを五条が補助監督に奢ってやったりと、午前9時程から始まった捜索活動は、身を結ぶどころか益々藪の中へ突き進むかの如く。
「本当にまっさらだな」
無断で住宅の屋根へ登り、サングラスを下にずらして辺りを見回した五条は、心底面倒くさそうに頭を掻きむしった。
「二手に分かれても、これでは捜索は無理そうですね……」
「だな、となると……」
子供に指を差されながら屋根から飛び降り、側で待っていた補助監督のもとに降り立った五条は、透き通った水色の瞳をサングラスで隠し、
「
と、制服のポケットに手を突っ込んでぶっきらぼうに言った。
◇◇◇
現在の時刻、17:30。
「……」
茜色と水色がグラデーションしている空の下、五条はコンビニの中で週刊少年誌を読んでいた。無論、彼の瞳は薄く輝き、張り詰めた空気は途切れていない。
しかし、片膝を浮かせて折り曲げた脚は貧乏ゆすりが止まらず、好んで読んでいる漫画が開かれてもそれは止まらないでいた。
「……」
その時、ふと、五条は1人の少年が背後を通ったのを目につけた。その子供は、なんてことのないその辺にいる砂利ん子にしか見えないが、五条は、その挙動に目をつけたのだった。
(キョロキョロしすぎだろ)
徐に少年誌をブースに戻した彼は、あたかも品定めているかのように、寝癖のはねた少年の後ろをつけていく。
「……」
少年がまっすぐ向かったのは、巷で有名なカードゲームの拡張パックがバラ売りされているラック。そこは、店番1人のコンビニに置いて、店員の死角になり得る場所であった。
一歩引いたところで、スナック菓子を物色しながら少年の様子を横目に見ていた五条の脳内は、いやらしい正義感に満ちていた。
「んくっ……」
少年の小さな嚥下音が、その正義感をさらに燃え上がらせる。
(やるのか!?)
少年の手が、拡張パックのかかるフックに伸びた。
(やっちゃうのか!?)
丸みの強い子供の手が、三つほどの拡張パックをしっかりと手に取り、フックから取り外した。
(……!!!)
そして、
「よし……」
思わず安堵の声を漏らした少年、彼がしたことを、隣で同じスナック菓子を取ったり戻したりしていた五条は、六眼という高性能な瞳でしかと捉えていた。
拡張パックをシャカシャカなズボンのポケットにしまった、まさしく決定的瞬間というものを。
少年は颯爽と出口へ足を踏み出し____
「はいお疲れ〜」
「わうっ!?」
誰とも知らない白髪の青年に腕を掴まれ、ガクンと前のめりになった。
◇◇◇
切れかけの電灯がふつふつとまたたく軒下に、2人の男がたむろしていた。
「ちぇー、ここの店員鈍臭いからみんなあそこで
「別にしねーよ。ありがたく思えクソガキ」
タバコが詰まり切ったコンビニの灰皿、その側で、暗がりの中でも目立つ白髪の後頭部で手を組み、オレンジの手摺に腰掛けた五条へ擦り寄り、子供らしい高い声でとんでもないことを口にした少年は、五条の言葉に深くため息をついた。
顰めっ面の五条といえば、ガキ1人に熱くなって虚しくなっている最中である。
「てか、アンタ誰だよ、その髪の毛って地毛?」
「なんでオメーに教える必要があんだよ」
明らかに時間を無駄にしている。その純然たる事実が五条の眉間の皺を濃くする。そこへ子供の容赦なさが追い打ちをかける。
「ここで雑誌なんか読んでてさー、暇なの?」
「……どっかいってろよクソガキ」
そうは言いつつ、その場に留まっているのはむしろ五条の方である。
「俺がいなくなった途端店員に話されたら嫌だからね!」
「も〜……」
何故、この少年をおいて別の場所へ移動しないのか。別に、特級クラスの呪力なら、数キロ離れた場所からでも呪力の揺らぎが感知できるが故に動く必要が無いということでもあるが、実のところ、五条はわざわざ非行に走ろうとした少年が気になって仕方がなかったのである。
「……バケモノ探してんの」
「バケモノ? ……あぁ、最近俺の友達が見たって言ってたよ」
ぁあ? と、五条は胡散臭いものを見るような目で少年を睨む。ムッとした少年は、五条の目の前に躍り出る。
「ガキの妄言なんて聞きたくねーよ」
「本当だって! 俺の友達が一昨日の昼に
「……」
どこかで聞いた話。否、さんざっぱら確認した話であった。児童公園を回っていた時、子ども達へ聞き取りを行った結果、怪物を見たと言った子供は、皆口を揃えて、
“棍棒を担いだ赤い鬼”
に、棍棒で殴り飛ばされて気を取り戻した、と語っていたのである。
期待など1ミリもしてなかったが、繰り返し聞かされた話に、五条はうんざりしたような表情を浮かべた。
そして、結果の見えた質問をしようとした、
その時であった。
____ドクンッ……!!!!
六眼が一際輝く。その瞬間、五条は飛び跳ねるように手すりから降り、表情を固めて周囲を見回した。
まるで、心臓をどんどん叩かれているような重圧。それが、急激に辺りを満たし始めたのである。
「……なん____」
ふと、五条の視界に、目の前に立ち尽くす少年が入る。
顔を真っ青にし、震える瞳を動かして仕切りに辺りを見回す、まるで、五条と同じ気配を
「おい!!」
思わず、五条は少年の小さな肩に手をやった。
そして、伸ばした手が肩を掴んだ途端。
「うっ……」
「あう……」
2人は膝から崩れ、お互いに駐車場のアスファルトに倒れ込んだ。
懐玉・玉折編が終わったあとの話 ※得票数が多い順に全部書きます
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ぐ〜るぐる
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がっしゃぁーん!!
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イカがなものかと!!