目を覚ました時、世界は灰色に染まっていた。
「……」
「なんだ、これ……?」
辺りを見回し、思わず疑念を吐き出した少年の肩から手を離し、五条は碧い瞳で周囲を見渡した。
彼の目――六眼は、サーモグラフィーのように呪力を可視化することが可能である。結果、彼の目が映し出した世界は____
(……これ
建築物、地面に空、自分自身ですら、全てが呪力によって構成されていた。自分自身も、というのは想定外としても、こんな芸当を可能とするのは、もはや一つだけと言って良かった。
____“領域展開”。呪霊、人間、双方に存在する心象風景というべき生得領域、それを現世に表出させる術式の極地。
しかし、五条はこの状況が領域展開によるものと断定したものの、そうとするなら
(なんで
彼がそう即断したのは、彼が滞在しているコンビニの駐車場には、補助監督が運転してくれる黒塗りの高級車が停まっていて、その車内に人影が無く、さらに言えば、コンビニのガラス窓の奥もがらんどうとなっていたからである。
領域展開とは、その生得領域の大小に関わらず、周辺の物体全てを基本的に見境なく包み、閉じ込める。故に、彼と少年をのぞいて人影が見当たらないというのはありえない筈。
異常な点はそこにとどまらない。もう一つは、少年と
(そう言う特性……か? くっそ、いまいち全容が見えねえ……)
「なぁにいちゃん…… これ、俺たちどうなったんだよ……?」
サングラスをかけ直した五条は、不意に引っ張られるような感覚を覚えた。視線を隣へ落とすと、制服の裾を手に持っている少年がいた。
非力で、まだまだ大人の庇護下にいるべき年齢の彼が、灰色に染まった世界の異常な雰囲気に耐え切れるはずもなかった。
しかし、五条の内心は少年に優しく無い。無論、いたずらにそうなれるほど、彼は冷血ではないが……
(こっから北西か…… なんだあの
ただでさえ拾う情報が多すぎる(推定)領域、その中でも、かつて無いほど大きな呪いの塊から放たれる圧が五条の肌に突き刺さる。
それに、少年だけをどこかに逃がそうにも、目にうるさい呪力の景色を見通す六眼は、閑散とした住宅街に散らばり、移動をしている無数の呪力の塊を捉えている。単独行動をさせて安全なわけが無い。
(……ま、こんだけの規模、要素盛りだくさんなら、その分縛りによる綻びも強烈な筈か)
「……おいガキ、死にたくねーならついてきな」
白髪の頭を掻いた五条は、住宅街の中へ足を進め始めた。その後ろを、少年の駆け足が続いた。
◇◇◇
しんと静まり返り、色が抜け落ちた虚しい住宅街に二つの足音が響く。一つは大ぶりで、一つは速足な音である。
彼ら――五条悟と少年の二人組以外、この寂しい街には誰もいない。
代わりに彷徨うのは____
「……! 止まれ」
さっと手を伸ばし、少年の前進を止めた五条は、辻道の住宅の壁に背をつける。
そして、いくばくもしないうちに、彼が睨む道角から現れたもの。
それは、紫色の丸い体躯を宙に浮かせ、巨大な一つ目で周囲を見回しながら徘徊するバケモノであった。
音もなく現れたそれに、五条は躊躇なく、青い呪力を纏った拳を振り下ろした。
断末魔を上げる暇すら与えなかった。
____ゴッ。
『____』
どちゃ、と、落ち窪んだ肉体を地面に落下させ、即座に紫煙となって崩壊する一つ目のバケモノ。それらこそ、六眼が捉えた無数の呪力の塊であった。
これで6体目である。
「……さっきから思ってたけどさ、にいちゃん本当に何者? こいつらなんなの?」
「バケモンをぶっ殺す仕事してんの。コイツらは知らねー」
____先ほどまでは、この空間に流れる厳かな雰囲気に気圧されていた少年も、五条という他人がいるおかげか、いつのまにか前を行く五条へ話しかけられるほどには気分を回復させていた。
その分視野が広がり、未知の空間への興味が少年を躍らせた。
「……あ!!」
「……っおい!」
目を離した隙に、脇道に逸れていく少年。好奇心に則って動く子供の感性に、五条という青年は振り回されっぱなしである。
「ロケットパンチ!」
「……」
少年が自慢げにこちらに向けるは、まばらに車の停まった有料駐車場に落ちていたなんとも簡単な作りの手。後方にはノズルらしき構造が施され、なるほど、確かにロケットパンチであった。
眉をびくつかせ、五条は差し出されたロケットパンチに手を伸ばした。なぜなら、すでに
____しかし。
「あーーー!!!」
「あ……?」
瞬間、彼の白い指先が触れた面から、金属質なそれは色を失い、崩れ、悲痛な声を上げた少年の指の隙間から砂となって消滅する。
ばっと顔を上げ、恨みが増しそうな視線を突き刺してくる少年を無視し、五条はロケットパンチに触れた手を眺めた。
彼の脳内には、道中で少年があっちこっちに向かって見つけたものが浮かんでいた。
(
あるいは、この領域の術者が利用するのか。であるならば、なぜ巻き込まれた少年が手に取り、使用することができるのか。そう考えれば、術者が利用する可能性はあれど、こちら側に
つまり____
(これは縛り……?)
しかし、今起こってしまった現象は明らかにこちらの不利に当たる現象。であるならば縛りは成立し得ない。
あるいは、
(そもそも、俺が
文句を垂れる子供を置いて歩き始めた五条の長考はとどまることを知らなかった。口元に指を当て、深く息を吐いた彼の脳内に浮かぶは、行きの車での補助監督との会話からの今日の記憶。
『____この一週間で7件ねぇ、1日おきじゃん』
『えぇ、年齢層は小学生で固まっていて____』
「……」
1日おき。1日に1人。
____瞬間、五条の冴え渡る頭脳が、今この状況の
(俺たち2人じゃん)
本来この領域に閉じ込める存在を1人だけとしているのに、五条が無理矢理
(術者への対抗手段が領域内にあるってことは、外から持ち込みの対抗手段は
本来対抗手段を削って領域内の対抗手段を使わせるはずが、五条のみ、領域外の対抗手段、つまり、術式を扱える代わりに、領域内の対抗手段は一切扱えない。1人しか入場を許さない領域に無理やり入り込んだ五条に対して歪に機能してしまった縛り。
それがメリットかデメリットか、それは、
(やってみねえとわかんねぇな)
後ろを振り返ると、いつのまにか3発目のロケットパンチを調達してきた少年がいた。
「……死にたいの?」
「見つかんなかったからいーだろ」
五条はため息を禁じ得なかった。
____ドクンッ……!!!
「……っ!!!」
一瞬の出来事。脳内に電流が走ったような衝撃が2人に走る。
「喜べガキ、
彼らの脳裏に映し出された映像。それは、雲の模様が描かれた金色のふすまが、家々の連なる道端に立っている、異様な光景であった。
懐玉・玉折編が終わったあとの話 ※得票数が多い順に全部書きます
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ぐ〜るぐる
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がっしゃぁーん!!
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イカがなものかと!!