特級呪霊 どんどろ   作:にわとり肉

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鬼時間 with 五条悟 終

 火薬の匂いが辺りに染み渡り、硬直した青鬼の顔面から爆炎が燻っていく。

 

 「おっ前……!!!! どーして逃げてねぇんだァ!!?」

 

 ギリギリまで目を見開き、五条は全身全霊で叫んだ。何故ならば、先ほどまで、彼は()()()()()()()という心持ちで赤鬼との戦いを進めていたからである。

 故に、領域内を半壊させた戦いに巻き込まれてピンピンしている様子の少年に驚いているし、巻き込んで吹き飛ばなくてよかった、という安心とが入り乱れ、彼の心は掻き乱されていた。

 さしもの五条悟といえど、巻き込みとは言え子供が死ぬ原因の一端に自分が絡むのは憚られるものである。

 そんな、五条を揺さぶる元凶は、瓦礫の山に足をかけ、太陽のような輝かしい笑みを湛えた。

 

 「だって! そんなん()()()()()()()()!!!!」

 「アホガキィィ!!!!!!」

 

 五条は叫ぶしかなかった。行動原理が六眼をもってしても解析できなかった。

 

 そして、彼は()()()()()()()()()()()()()

 

 『アァアアアオオオオオオオオン!!!!』

 

 ひび割れたガラス窓をガタガタ揺らす轟音。そこで、五条は戦闘中であったことを思い出した。

 

 「うえっ」

 

 振り返ると、すでに、顔面を真っ黒な煤で化粧し、右目を瞑る青鬼の金棒が振りかぶられていた。

 風切音が、純粋な殺意の圧が迫った。

 

 (避け____)

 

 ____ゴシャッッッ。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 人間、良かれと思ってやったことが最悪の事態を呼び込むことがあるという経験を、人生で経験しないことはない。

 しかし、()()は幼い少年にはあまりにも重たすぎる。

 

 「……」

 

 高揚感が一瞬で消し飛び、手をぶら下げ、脱力し、少年は、目の前の更地と化した場所で起こったことを目の当たりにした。

 

 青鬼は金棒を振り下ろした。振り下ろされた地点から、周辺にはいく筋ものヒビが広がり、その破壊力を表されていた。

 金棒が振り下ろされた場所。鋭い棘が生えたそれの下には____

 

 黒地のズボンを穿いたすらりとした足が伸び、脱力して地面に横たわっていた。

 

 「えっ……」

 

 少年は全てを目の当たりにしていた。金棒が振り下ろされ、直下の五条の白髪の頭へ激突。衝撃波と嫌な音が周囲に響き渡り、瞬きの間もなく地面へ叩きつけられ、金棒の下敷きとなった上半身を支点に下半身が浮き上がり、力なく地面に落ちた瞬間を。

 学のない彼でも、本能的に知っていた。

 

 あんな一撃を受けて、生きて立ち上がれる人間はいない。

 

 「……」

 

 惚けていた表情が、緩やかに変わっていく。

 

 と、その時。青鬼は傷ついた憤怒の表情をそのままに、金棒を引き上げた。

 すると、意外にも原型を保った五条の上半身がひっついて浮き上がり、すぐに離れ、地面に落ちた。

 

 『アアァアアオオオオオオオ!!!!!!!!』

 

 勝鬨の咆哮。あるいは身を突き動かす憤怒の咆哮。それを耳にしながら、少年はうつ伏せになって動かない五条に釘付けとなった。

 

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()、白髪の青年に。

 

 (……おれは)

 

 少年の脚は、まるで瓦礫に張り付いているかのように動かなかった。

 ピクリとも動かない五条の体。唯一、白髪だけがそよいでいるのが遠目でも見えた。

 

 ____ズンッ……!!!!

 

 地震が少年の身体を揺さぶる。肩に金棒を担ぎ、青鬼が次の標的を見定めたのである。

 自ら(青鬼)に攻撃を加え、右眼を潰してくれた不届きものに、冷徹な鉄槌を与える為に、浅黒い青色の巨躯が、一歩一歩全身を始める。

 

 (にいちゃん……!)

 

 ____その時、少年の視界に変化が生じた。

 

 もう喋ることも動くこともないと思われた五条の腕が、まるで立ちあがろうとしているように、覚束なく動き始めたのである。

 それが、冷え切った少年の心をたちどころに溶かした。

 

 「にいちゃん!!!」

 

 ____五条は、ここに及んでなお、意識を失わずに、簡単に大地を切り開く一撃に真正面から向き合っていた。しかし、弱まった呪力による強化など焼け石に水。

 冷徹な金棒の一撃を持って、彼は生まれて初めて限界を超えていた。

 

 「……っ、……ぅあ」

 

 声帯をうまく使えず、喉からは空気が漏れていくだけ。霞む視界には、暴力の塊が小さな呪力へ向かう様子が映し出されている。

 上半身だけを辛うじて起き上がらせた彼は、いうことを聞かない喉の筋肉に呪力を注ぎ込んだ。

 

 「……に、げろ!! 死にたくねえなら!!!」

 

 それは、決して少年を労った言葉では無かった。否、ほんの少し、1ミリ程度はあるかもしれない。しかし、いうことを聞かず自らをここまで追い込んでくれた少年にそんな情が湧くはずが無い。

 ひとえに、かの少年が鬼の餌食となるのが、五条へ決定的に()()を突きつけることになるのが、彼にはどうしても許せなかったのである。

 

 「ここから…… 見えるだろ、ふすま!!! そこに逃げ込め!!!!」

 

 上半身を起こし、ふらふらになりながらも、五条は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

 

 その魂の叫びは、少年の鼓膜を通じて心に叩き込まれた。

 

 「っ……!」

 

 五条と赤鬼が繰り広げた激戦が功を奏し、崩落した住宅街に立つ異質なふすまは、少年から見て高台となっているところに小さく見えた。

 ただし、迫り来る青鬼の背の奥に、である。

 

 「くっそ……!!! 立ち止まらねえで逃げろガキ!!」

 

 ようやく耳が聞こえ始め、平衡感覚を取り戻して立ち上がった五条は、残り少ない呪力を燃やし、無下限呪術の公式を組み上げ始める。

 狙うは、不気味なまでに無防備な背中を晒す青鬼。

 

 (今の俺なら脅威じゃねえってか……!)

 

 五条の逆鱗を不遜にも踏み潰し、少年へ進撃を続ける青鬼へ、彼は呪力の矛先を向ける。

 

 (まずは俺に気を____)

 

 ____しかし、次の瞬間、五条の肌は嫌というほど味わった、燃え上がる呪力を後方より感じた。

 

 それは、一瞬にして上空に移動。

 

 『アァアアアカァァァアンッッッ!!!!』

 

 傷ついた赤き鬼神が、五条の目の前に降り立った。

 

 呪力を練り上げていた五条の目の前に立ち塞がったのは、瀕死の重傷を負わせたはずの赤鬼であった。

 ただ、その右腕はもげたまま、全身の裂傷火傷痕などは痛ましく残され、ただ、左腕の拳は傷ひとつなく再生していた。

 

 五条を足止めするためだけに、最低限度の攻撃力を回復させ、死に体の赤鬼は動いたのである。

 

 『アアアオオオッ!!!!』

 

 刹那、青鬼の咆哮が赤鬼越しに五条の耳に入る。同時に、ドスドスと足を速めて半壊した住宅街へと駆け抜ける青い巨体が視界に入る。

 

 ____分断。死にかけとはいえ、呪力量だけなら五条とタメを張る赤鬼に五条の足止めを任せ、青鬼は少年を追う。そして、少年を潰した後、赤鬼との戦闘で更に消耗した五条を、全快の青鬼でゆっくり叩き潰す。

 

 そんな、単純にして必然の策。それを目前にし、頭を抱えたようにした五条は大きくため息をついた。

 その吐息は、湧き上がる激情に熱せられていた。

 

 「……呪霊が小賢しい真似してんじゃねーよ」

 

 ____鬼は見誤っていた。五条悟という、現代の異能を。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 『アァアアアオオオオオオオオン!!!!!』

 

 2本の金角を天に突きつけた青鬼の咆哮を背に、少年は在らん限りの力を振り絞って走った。走るごとに、少年の周りは、瓦礫と半壊した家に取り囲まれていった。

 すぐそこに迫る濃厚な死の匂い。それが、少年の短い人生を走馬灯として呼び起こす。

 

 ____三人兄弟の真ん中に生まれた少年。

 

 ____何をしても、末っ子か長男につきっきりで心の底から褒められたと感じない日々。実際、勉強においても身体能力的にも兄に劣っているという自覚があるし、絵を描くのが歳の割にあまりにも上手い弟にも、そういった面で負けている自分。

 

 ____満たされない日々。

 

 ____ある時、門限を破ってしまい、夜に沈んだ住宅街を歩いた日。静まり返り、同年代の子供は皆家の中で宿題でもしているのだろうという確信。親に口酸っぱく“夜は怖い人が出る”と言われ続けたが故の恐怖、それと向き合い真っ暗な家路に着くという行動。

 

 ____他の奴らとは違う。僅かに満たされたように感じる心。こんなことをできる自分はすごいのだという、自己愛による承認欲求の補填。

 

 ____危険、悪事に手を染める日々。刺激的な行動をして満たされない自己へ満足を注ぐ作業。

 

 ____五条悟との出会い。()()の頼み事をしていたときに現れた、見たことのない白髪のかっこいい人。

 

 そして、鬼という存在。それと熾烈な戦いを繰り広げる彼。

 

 熱波に目を塞ぎ、飛び交う瓦礫に慄き、しかし、少年は五条の後ろ姿に憧れを抱く。無謀な勇気が湧き上がる。ただでさえ満たされなかった自己という器が、五条悟という常識から外れた異能に押し広げられる。

 

 おれだって。にいちゃんみたいに鬼と戦いたい。

 

 五条悟の危機に、その勇気は暴走する。

 

 ____そして、今。

 

 「ハァ! ハァ! ハァ!!!」

 

 後ろを振り返らず、ただ猛然と走り続ける少年の心に灯った勇気の炎。一歩間違えれば全身を簡単に焼き尽くす危険な輝き。

 それはいまだに尽きてはいなかった。

 

 (にいちゃんは、にいちゃんは赤いやつ相手にしてるんだ、だったら、おれが青いのを止めないと……!!)

 

 少年は感覚的に理解していた。このまま自分が逃げ切ったとして、そして、五条が赤鬼を祓い切れたとして、青鬼と対峙するのはもはや不可能であるということを。

 五条は少年へ逃げろと強く願った。五条にとってもっとも屈辱的な敗北は、自身という強者がいながら、庇護している弱者が敵の手にかかるという状況であるから。

 

 しかし、少年はそんな五条の切望を聞き入れる気は毛頭なかった。

 

 (あのロケットパンチで右目は見えないみたいだし、なら、()()()()()()……!!)

 

 少年は、拙い考え、都合の良い未来に浸って、歯を剥き出しにして笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし____

 

 『……!! ピピーー!!!!!!』

 

 ひび割れたアスファルトの辻道にて、バッタリと出くわした紫色の一つ目。

 その目の色が、青から赤黒く変色、耳障りな叫び声を上げた。

 

 「……!?」

 

 一瞬の驚愕。

 

 「……おわっ!?!?」

 

 それは、少年の脚をもつれさせるには十分であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぶっ……」

 

 ゴツゴツとした濃い灰色のアスファルトに膝小僧を擦り、顎を打って止まり、鐘を鳴らしたように広がっていく痛みに悶える少年の身体を、わざとらしい地響きが揺さぶった。

 咄嗟に振り返ると、紫の一つ目を引き連れ、青鬼が歩いて近寄ってきていた。

 

 「わっ、うわぁっ!」

 

 後悔してももう遅い。少年が考え無しに後ずさった先は、青鬼に追跡された状況ではとても登れない、敷地を隔てる壁が連なった行き止まり。

 術式を使うまでも無い。あとはゆっくり追い込み叩き潰すだけ。

 傲慢に嘲笑するように、隻眼を煌めかせて迫る青鬼から、少年は小刻みに震えながら後ずさる。腰が抜け、それしか行動を選べないでいるのである。

 

 五条は自分とは違う、未知の能力を持っているからこそ、青鬼の金棒を耐えたのだろう。だとすれば、自分は。

 

 少年は後悔した。薄っぺらい蛮勇を掲げず大人しく青鬼を撒けば良かった。心の底から後悔した。

 勇気の炎が一気に鎮静化し、燻るだけになった。

 

 『アアアオオオッ!!!!』

 

 青鬼が吠える。怯えよと嗤う。後悔してももう遅いと冷徹に睨みつける。

 そして、金棒を天井へ向ける。

 

 「ひっ!!!!」

 

 その時、少年は何も考えず、さらに後方へ渾身の力で跳ねた。無駄な足掻きと青鬼は嗤った。

 

 しかし、少年が飛び跳ねた先。そこには、()()()()()()()()()()

 それに、少年の背が触れる。

 

 『アオッッ!?』

 

 瞬間、青鬼は目を疑った。残り一つの左目を擦り、少年がいた場所を凝視した。青鬼についてきていた紫の一つ目も周囲を見回し、目の色を赤黒いものから水色に戻した。

 

 「……」

 

 その場にとどまる少年は、突然きょろきょろと周囲を見回し始めた青い巨軀を見上げ、ふと、自分の両手を見た。

 

 「____」

 

 瞬間、彼の目は飛び出そうなほど見開かれる。

 何故ならば、彼の小さな子供の手は、まるで幽霊かのように()()()となっていたからである。

 

 「なんじゃこりゃあ!?」

 

 両手どころか全身全てが半透明と化し、驚きの声を上げる少年は、しまった、と口を手で押さえ、恐る恐る頭上を見上げた。

 しかし、どうだろう。青鬼は厳しい顔面をさらに険しくし、全く見当違いの方向をくまなく探しているではないか。

 

 「……へへ」

 

 少年はパッと顔を明るくさせ、勢いよく立ち上がった。抜けていた腰はたちどころに治っていた。

 そして、彼の心の勇気も、燻っていたところから火がつき、燃え上がって全身に力を漲らせる。

 

 「待ってろよお前ら!! うえっへへへへへ!!!」

 

 そんな捨て台詞を吐き、少年は青鬼の足元を煽るようにすり抜け、力強い足取りで逃げ出した。

 彼が向かう先。そこはふすまではなく、五条と共に探索していたとある路地裏の一角であった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 灰色の空に響く、死にかけの吐息。

 五条と赤鬼。対峙する両雄は、互いに睨み合い続けるのみで42秒、ぴくりとも動かなかった。

 下手な攻撃を打てば、それで力尽きて返り討ちに遭うのは自分。それをわかっているが故に、双方共に動けないでいたのである。

 

 『ゼェ…… ゼェ……』

 

 呪力は乱れ、術式を使う余裕もなく。全身を蝕むちぎれるような激痛で、立っていられるだけで奇跡のような状態で、ようやく赤鬼は唯一の握り拳を構える。

 目の前に立つは、無傷ながらも、青鬼の一撃を正面から受け、精神的ダメージがピークに達した()の白髪の青年である。

 

 ____今度こそ、潰し切る。

 

 『アァアアアカァァァアンッッ!!!!!!!』

 

 決意の咆哮を天へ放ち、震えの止まった脚を踏み出した赤鬼。対して、五条は大海のように澄んだ瞳で赤鬼を見つめ、しかし、一歩も動かなかった。

 無いはずの苦痛がフラッシュバックし続け、術式の発動に手間取るほど思考も定まらないという現実が、彼の脚を固めているというのもあるが、それは五条の覚悟であった。

 

 (これで絶対に終わらせる。一撃で消し飛ばす)

 

 “蒼”を使う間は無い。“赫”はもってのほか。

 なりふり構っていられない。少年は逃げてくれたとみなす。

 

 「……!!」

 

 肉体を構成する呪力を除き、ほとんどの呪力を右腕に収束。青い呪力が立ち昇る左腕を引き、迎撃の構えを取り、五条は険しい表情を解いた。否、自然に解けた。

 

 極限の集中。顎の力が抜け、僅かに口が開き、涎が滴ることも構わない。

 ただ、迫り来る赤鬼へ拳を叩き込む最適な位置を、タイミングを、六眼をフル活用して炙り出す。

 

 「……すぅ」

 

 瞬間、拳圧が五条の白髪を舞い上がらせた。

 赤い拳が空気を押しのけ、五条の顔面目掛けて迫り来る。

 

 それが、極限の集中により全神経を研ぎ澄ませていた五条に、赤鬼が晒した最大の()となった。

 

 ____スパァンッッ!!!!!

 

 音速を超えたが故に発生した空気が爆ぜる音。赤鬼の拳は、間違いなく五条の意識を一撃で刈り取る鋭さと重さがあった。

 

 しかし、届かなかった。

 

 「ふー……」

 

 深呼吸を吐き、一歩踏み込みながら上体を逸らして拳を避けた五条。風圧で幻想的に靡く白髪をそのままに、彼はさらに一歩、赤鬼の懐へ入り込んだ。

 

 血が滲みそうなほど握りしめられた白い拳をめぐる呪力が、一気に解放される。

 

 そのときになって、五条は微笑んでいた。余裕ではなく、嘲でもない。

 なんの感情もない、穏やかな笑顔。

 

 

 

 

 

 

 

 爛れた赤い腹に、五条の拳が突き刺さる。貯めに貯め、充実した筋力の物理的一撃がめり込む。

 そこに、六眼で原子レベルに制御された呪力の奔流が重なり、ほとんど同時のスピードで赤鬼の肉体へ叩き込まれる。

 

 ____呪力と肉体、双方を完全に同調させ攻撃することは難しい、どころか、六眼という最高の呪力制御機構を兼ね備えた五条でさえ、完全同調は不可能に近い。

 

 しかし、極限まで集中し、極限まで追い込まれた五条の肉体と呪力は、生存本能の波に乗って二度目の奇跡を起こす。

 

 0.000001秒以内。そんな途方もない数字を乗り越え、打撃と呪力が衝突した瞬間_____

 空間は歪み、()()()()()が祝福の号砲を鳴らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒閃(こくせん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハァ……」

 

 まるで全てを手にしたかのような全能感。内から溢れるナルシズムを隠さず、前髪をうざったらしく掻き上げた五条は、嘘のように湧き上がってくる活力に笑うしかなかった。

 黒閃の経験は、術師を大きく成長させる。それは、無下限呪術を扱い、すでに最強に手をかける五条であっても例外ではない。

 

 「ありがとよ、今はとっても気分が良い」

 

 五条が滅多にしない心からの感謝。

 それを向けられた相手は、上半身をなくして、下半身のみで立ち尽くしていた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 「あったあ!!!」

 

 時を同じくし、崩れかかった住宅が反りたつ路地裏にて、少年は()()()()()()を手に取り、歓喜と安堵とが入り混じった声を上げる。

 

 (これでアイツを……!!)

 

 しかし、振り返って大通りへ躍り出た少年は、自らの変化に気づいていなかった。

 彼が偶然手にした透明化の力。それには()()()()()()()()()

 

 だというのに、彼は不用心に紫色の一つ目の前に飛び出した。

 

 『……!! ビビーーーー!!!!!』

 「おわあっ!!? えっ!? なんで!?」

 

 気づいたとてもう遅い。

 一つ目を血走らせて迫る紫の小さな怪物を目前に焦る少年の耳に爆音がこだまする。

 

 『アァァァァァアオオオオオオオオオオン!!!!!!』

 

 瞬間、少年の身体が()()()

 原因はそのすぐ近く。少年の眼前に()()()()、無傷のアスファルトを砕き割って電柱を轢き倒していた。

 

 赤色の髷を怒りで逆立て、青筋を何本も走らせて峭刻な彫をさらに深める青い顔面。口から覗く鋭い牙をガチガチ鳴らさせ、その奥から唸り声を溢す巨大な鬼。

 

 『アァァァァァアオオオオオオオオオオン!!!!!!』

 

 青鬼は隻眼に血管を浮き上がらせ、自らをこけにした()を見定めた。

 

 ____潰す。

 

 にべもなく、冷徹な金棒が振り上げられる。

 

 「……にぃ」

 

 しかし、もう少年は怖がらなかった。

 何故ならば____

 

 「ばぁか! 願ったり叶ったりぃ!!!」

 

 両手で持った、見るからに危険物なオレンジ色の三角錐。その頂点には火花が散って、根元まで火が続いていたからである。

 

 「おりゃー!!」

 『アオッッ!!!』

 

 全くの同時。少年の手から三角錐――爆弾が離れ、青鬼の金棒が振り下ろされる。

 

 「のわぁぁああ!!!!!!!!」

 

 少年、一か八かの後方へ大ジャンプ。

 

 瞬間、タッチの差で残光を引いた金棒が空気を断ち割り、大地を抉った。

 しかし、大地を駆け巡る衝撃のエネルギーがアスファルトを捲り上げ、少年へ殺到。ちょうど着地していた少年の全身に浴びせられる。

 そこで、彼の健康優良不良少年ぶりが作用。咄嗟に体を丸め、頭を防護するようにした彼の背中に降り注いだアスファルトは、水っぽい重い音を奏でながら柔らかい皮膚の上を跳ね、がらがらとあらぬ方向へとびちっていく。

 

 「いっでえええええ!!!!!」

 

 死ぬよりは痛くない。死ぬこと以外擦り傷。そんな精神性が、彼の意識を保った。

 

 

 

 

 

 

 

 ____そして、青鬼の眼前に迫った小さな爆弾が光り輝く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____カッッッ……!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音、そして、青鬼全てを包む巨大な爆炎が一瞬にして立ち上り、周囲のものをオレンジに染め上げて吹き飛ばす。

 

 「うわぁあ!!」

 

 当然、死ぬ気で頭をまもる少年も、ごろごろと転がっていき、

 

 「ぶへっ!!」

 

 ゴミ捨て場のネットに絡まり止まる。

 情けない声をあげてうっすらと目を開けた彼は、痛みを押して上体を起こし、火焔の立ち上る目の前を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 「やった……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ガァァァアグオオオオオオアア!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右半身が吹き飛び、紫色の血が地面を汚す。

 左腕ももげ、抉れた腹から臓腑が溢れ、悪臭を周囲に立ち込めさせる。

 右足首から先は骨を少し残して消し炭となり、左足も小指を残して全ての指が燃え尽きている。

 

 爆炎から這い出てきた鬼は、それでもなお、しぶとく生きていた。

 

 もはや青鬼とは思えないほど黒く焦げた顔面、そこに光る眼光は衰えていなかった。

 

 「……」

 

 これで無理ならどうやって。

 五条とは違い、痛みには慣れていない少年の心がへし折れかける。

 万策尽きた少年は、思わず灰色の空を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空から人が降ってくるのが見えた。

 

 天使が迎えにきたのか? と、最後まで希望的観測に浸って、少年はじっとそれを見つめていた。

 

 しかし、それはだんだん加速して姿を大きく、つまり、近づいてきている気がした。

 

 否、近づいてきている。

 

 「……!!」

 

 絶望で曇った瞳が光り輝く。

 白髪を煌めかせ、離れていてもわかる透き通った水色の瞳を携えた黒衣の青年。それは、天使よりも頼もしき男。

 

 『ガァァッ……!!』

 

 もはや視覚以外全ての機能を喪失した青鬼が気付けるはずもなく____

 

 ____!!!!

 

 瞬間、青鬼の顔面が縦に歪み、漆黒の雷鳴を轟かせて、ほとんど死んでいた肉体が()()()

 上空より飛来した五条の踵落とし。そこに黒閃の破壊力が乗って、青鬼は即座に絶命。

 

 まるでヒーローを見つめるかのような子供らしい表情を浮かべる少年とは対照的に、五条は高揚感すら超える微妙な表情を浮かべていた。

 

 「お前さ、呪術師向いてるよ……」

 

 嘘偽りのない本音だった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ふすまを潜った瞬間、まるで夢から目が覚めるように、五条と少年の肉体は目を開いた。

 

 「……! か、帰ってきたの?」

 

 動揺したように口を開く少年をよそに、五条はサングラスを下げ、六眼を用いて辺りを見回す。

 全てが呪力で全てが構成されたうるさい世界ではなく、ところどころに呪霊や人間の反応がポツポツとあるだけの、見慣れきった世界。

 間違いなく戻ってきている。

 

 オレンジの柵から降り、ぐっと背筋を伸ばし、背骨から空気が抜ける音を楽しんだ五条は、すぐに視線を少年に落とした。

 ごりごりと手を鳴らし、少年のパサついた髪の毛の頭へ手を伸ばした。

 

 「お前さ」

 「ん? ……あ! にいちゃんさ! おれの助けがなきゃあ____」

 「なんで言うこと聞かねんだよこのクソガキィィ!!!!!」

 「いだいだいだ!!!!!」

 

 生意気を言ったガキの頭を呪力を込めた指で握りしめ、せいせいした五条は、不貞腐れたように呟いた。

 

 「……ありがとよ。すげーよお前」

 

 痛みに悶えて頭を抱えていた少年は驚いたように体を跳ねさせ、五条の顔面を見ようとした。しかし、顔を逸らしていたために、どんな表情なのかは知れなかった。

 ただ、表情がどうあれ、彼の言葉から嘘は感じない。それが、少年の心に沁みた。

 

 「……ま、またこんなことになりたくなかったら、みみっちい窃盗なんてしないこったな」

 「わーかってるよお」

 

 ようやく顔を見せてくれた五条は、いつものように、他人を見下すガキっぽい笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「領域に引き込まれてた!? じゃ、じゃあもう呪霊は祓ったということですか……?」

 「いんや、()()()()

 

 少年を自宅へ送り届け、今日のことは誰にも言いふらさないように。と、破られる気しかしない約束を結んだ五条は、補助監督と合流して黒塗りの車の後部座席にいた。

 住宅街の片隅にあるまじきシックな雰囲気の車内で、五条は先ほどまでの記憶、脱出直前のことを思い出す。

 

 (領域内に漂ってた呪力に一切の変化は無かった…… 根源は絶ったと思ったんだが……)

 

 崩壊するそぶりすら見せない空間。五条はこのままでは根治には至らないと確信していた。

 

 「しばらくはここで調査しねえとだな。あんだけのやつだし放置は怖い」

 「行きと言ってること違いますね……」

 「うっせえな」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

『クゥゥゥラアァァァァァアッッッ!!!!!!』

 

 これよりは、五条悟が経験した地獄の16日間の記録である。

 

 ____1日目。

 

 五条悟、単独での“鬼”の領域への侵入。既存の赤、青色の体色の鬼ではなく、全身を漆黒に染め上げ、より太く、より長く、捻れるように発達した金角を生やした鬼――黒鬼と遭遇。

 黒閃を習得し調子に乗っていた五条悟、術式を封じられている故に呪力操作のみで黒鬼と相対。一撃で敗北。

 

 ____2日目。

 

 五条悟、三度目の“鬼”の領域への侵入。領域内に存在したのは変わらず黒鬼。以前ともに領域に侵入した少年が使っていた対抗手段を利用しようとするも、ロケットパンチの使用方法がわからず、訳もわからないうちに潰されて敗北。

 

 ____3日目。

 

 五条悟、自分自身の屈辱、一般人を巻き込むな、年長者としてどうなのだ、というか人としてetc…… との補助監督の苦言を耐えて少年を呼び出す。少年は領域内の対抗手段を、五条は無下限呪術を用いて攻撃を試みるも、無下限の絶対防御を過信した五条へ振り下ろされた金棒が無限を()()。一撃で潰され、少年も後を追う。

 なお、この際黒鬼以外の鬼は確認されなかった。

 また、怖い思いをさせてしまったと反省した五条、カードゲームの拡張パックのボックス12カートンを彼に贈呈する。

 

 ____4日目。

 

 五条悟、五度目の領域への侵入。当たり前のように鎮座していた黒鬼と四度目の相対をする。なお、少年は“黒いのなら絶対やだ。行かない。一人で頑張って”と全力で拒絶した為、単独での侵入となる。

 領域内の対抗手段の扱い方を教えてもらった五条、意気揚々と回収に勤しむが、突如として上空から飛来した黒鬼に踏み潰され、金棒でトドメを刺される。

 

 ____5日目〜15日目。

 

 内容が変わり映えしない為割愛。基本4日目と変わらない。しかし、着実に領域内の構造を把握し、対抗手段の配置場所が変わらないことを看破する。

 

 ____そして、16日目。

 

 「っしゃオラァァア!!!!! かかってきやがれ()()()()!!!!! ()()()()たたっ潰してくらあ!!!」

 

 五条悟、17度目の領域への侵入。

 

 16度の失敗を乗り越え編み出した“痺れ罠→爆弾→痺れ罠→ロケットパンチ”というクソコンボを丁寧に決め、ついに黒鬼を討伐。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで()()()()()()()()のかい? 悟……」

 「うっせえ!! お前行けよじゃあ!!! そうだよどんどろ使えどんどろぉ!!!」




 特級仮想怨霊“鬼”

 ・極最近に発見された特級仮想怨霊。鬼と名のつく通り、広義における“鬼”への恐怖、そして、子供が親に対して抱く負の感情から生まれた。残穢を現世に残さないという特質を持ち、雁字搦めの縛りを施した、一地域を包むほどの生得領域を展開可能。領域内へ引き込んだ子供をいたぶり、その際に発生した負の感情を取り込んで呪力の増強を計っている。

 ・領域内で確認される“赤鬼”、“青鬼”、“黒鬼”は、全てが同一の存在であり、“鬼”という存在を三つに分割して生まれたものである。

 五条悟が祓除にあたるも失敗、肉体的精神的に悪影響を与える存在ではない為、“窓”の監視の下放置されることとなる。







 長い、長すぎます。それに作戦がない(某ドキュメンタリー)

 完結しました(してない)
 どんどろが全然活躍しない話を五話も続けてしまって申し訳ないのです…… ただ、個人的に鬼時間の話結構好きなので、二回目も構想してます。大分先になりそうですが。

 ということで、次回から懐玉・玉折編です。

懐玉・玉折編が終わったあとの話 ※得票数が多い順に全部書きます

  • ぐ〜るぐる
  • がっしゃぁーん!!
  • イカがなものかと!!
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