なんてことはない、初夏の普通の日常。
ベッドの上で惰眠を貪っている、黒髪の青年がいた。
『どんどろ〜!!!!』
「おぶあっ」
突如として内臓が口から飛び出てきそうな衝撃を腹に覚え、くの字に飛び跳ねるように起きた青年――夏油傑は、自身の腹に乗っかる炊飯器を見た。
炊飯器の蓋には“封”と一文字書かれた札がつけられ、ふと、それがひらりと浮き上がり、蓋から軋んだ音が鳴る。
そして、黒くのっぺりした指のない手が蓋を押し上げ、中から赤い瞳が顔を覗かせた。
「……おはよう」
『どんどろ〜』
眉をひくつかせながらそう呟いた夏油に、黒い泥のような身体を炊飯器からせりださせた――どんどろは、手を振って歯を剥き出しにし笑った。
____ある時の深夜、
『……んん……』
『どおっ!??』
寝相の問題で足元に置かれていたどんどろが収まっている炊飯器を思い切り蹴飛ばしてからというもの、毎朝起こることである。
制御できない癖して呪霊操術による呪力の繋がりだけはある故、いくら早起きしようとも確実にどんどろに察知されるため、彼の炊飯器プレスは不可避であった。
おかげで頭がぼうっとすることもなく、朝からイライラさせられてベッドからフローリングに足を着けた夏油は、布団を畳んで立ち上がる。そして、最低限の身なりを整え、彼は部屋の外に出た。
◇◇◇
____夏油の1万4千円の炊飯器と腐りかけの白米を
どんどろを知り、それゆえに過剰に怖がる上層部のことであるから、大幅に弱体化するとはいえどんどろが分身体を作れると知れば、いよいよ夏油傑ごとどんどろを全力で封印ないし討伐にかかると思われたが、意外にも、彼等は夏油の処遇に
果たして、どんどろの抑え込みについて万策が尽き、匙を投げたが故の投げやりなのか。
あるいは、
同級生にして親友、唯一の呪術界御三家の出身である五条悟は、その普段の横柄な行動ゆえに上層でのやり取りから切り離されているし、悩みの種たる夏油に上層部と繋がりができるはずもなく、その他の人間は言わずもがな。
真相は闇の中だが、ともかく夏油は普段通り、術式の研究に身体訓練、後輩や友人とのつるみにたまに任務。と、いたって充実した学校生活を謳歌している。
「おう」
「お…… おはよう悟」
____扉を開くと同時に、隣の部屋の扉も開き、中から出てきたのは、白いTシャツ姿の丸縁サングラスをかけた白髪の青年。夏油は彼――五条悟へいつも通りに挨拶をした。
五条もまた、首を鳴らしながら返すと、ふと、夏油の後ろをパタパタついてきた炊飯器を視界にとらえる。
『どんどろ!』
「……もう誰も疑問に思わなくなったけどよ、すげえよなこれ」
「はは……」
五条の呆れた声色に、夏油も手を体の左右にやって、困ったように笑んだ。
話題の中心にいる、細長い足を生やした炊飯器は、ぴょんぴょんその場で跳ねた。
炊飯器に身を納めたどんどろが呪術高専内を徘徊するのは、もはや日常として溶け込んでいたのである。
それは、ある意味でどんどろを徹底的に忘れさせようとした先人の苦労が報われているとも言えるし、どんどろの潜在的危険性を肌見で感じている呪術界上層部、五条、夏油、そして家入硝子からしてみれば、ただの異常事態に見えて仕方がなかった。
しかし、いざどんどろが暴れ出して止められるかと言われれば、少なくとも夏油達にその術はないので、こうして放置せざるを得ないのが現状であった。
そうして数週間、その姿形の珍妙さから、高専の癒し的存在になるのに時間は要らなかったのである。
____寮内の食堂へ赴いた二人と一匹は、閑散とした狭めの室内の真ん中に席を取り、彼らの目前に炊飯器が鎮座した。
「悟はこれから任務かい?」
「ま、そんなとこ。2日前に冥さんと歌姫のヤツが任務に出たっしょ? それっきり音信不通だから助けに行けーって。硝子と一緒にね。……ぜってー歌姫がやらかしてんでしょ」
「彼女も彼女なりに頑張ってるはずさ…… それに、時間操作系の結界が張られてるなんてこともザラだろ?」
朝限定の定食の食券を振り、行儀悪く机に肘ついて嘲るように語る友人に、同じように机に肘をつき、頬をその手に乗せた夏油は楽しげに相槌を打つ。
それを、黒いヘドロの身体を炊飯器からはみ出させ、どんどろが見つめている。
いつも通りの日常。どんどろが足されただけで、うつろうことのない青春。
◇◇◇
「もしもし? よう爺さん、俺だ。久しぶりだな」
『____』
「なぁに、大した用事じゃねえよ。少なくともお前らを
『____』
「利点はあるさ。お前らには特大の利点がな」
「天元と五条悟が
天与の暴君の足音が、平穏を破壊するかのように、薄汚れた路地裏に響き渡る。
終わりの始まり
懐玉・玉折編が終わったあとの話 ※得票数が多い順に全部書きます
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ぐ〜るぐる
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がっしゃぁーん!!
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イカがなものかと!!