特級呪霊 どんどろ   作:にわとり肉

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暴君の足音

 五条悟の対策。それはある意味でわかりやすく単純。

 奴の無下限術式については禪院家にいた時読み漁った歴史書(取説)の知識が生きてくるし、対策のための道具も揃っている。

 後は、星漿体(天内理子)にかけられた賞金に釣られてくる呪詛師(バカ)、呪詛師が襲ってくるかもしれないという疑念で精神的にも肉体的にも削る。六眼に無下限術式の抱き合わせという、限りなく現代最強に近い存在が守っているが故に、星漿体(金づる)を横取りされる心配はない。

 ____だが、それだけじゃあの(ぼん)を相手するにゃリスクが捨てきれない。だからこそ、あえて同化直前で賞金を取り下げさせることで油断を誘った。

 油断し、術式を解いた瞬間の奇襲。これで殺しきればあとに余裕ができる。

 

 ____どんどろ、あれが()()通りの存在なら、俺では殺し切ることができねえだろう。

 だが、()()()()()()()。じゃなきゃ、こんな依頼(星漿体暗殺)受けやしねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女二匹に男二匹、皆、俺の存在を気取ってはいなかった。そこまでは良い。

 だが、星漿体が抱えた炊飯器、その中にいやがる泥野郎、奴の視線は気のせいとは思えなかった。

 

 明確に、俺の方を気にしていた視線。

 

 だが、五条悟を一撃でやれば、どんどろを相手取っても余裕がある。そう踏んで、俺は()()()()()()()()()奇襲をかけた。

 

 ()()()()()()。どんどろは誰かに御されている訳ではねえらしい。

 まあ、()()()()()()()からプラマイゼロか?

 

 「アンタ…… どっかで会ったか?」

 「気にすんな、俺も苦手だ。……男の名前覚えんのは」

 

 ともあれ、()()()()()

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ____ズゥっ……!!

 

 瞬間、五条の背後から刃を突き立てた男の身体が歪む。それを一瞥し、夏油は半ば反射的に男の方向へ手を向けた。

 掌が黒く渦巻き、その中から這い出るは巨大な芋虫のような呪霊。

 空へ投げ出された男へ一直線に向かったそれは、鋭い牙が生え揃った醜い口を開き、糸を引いた唾液を煌めかせた。

 

 ____バクンっ……!!

 

 口が閉じる音と共に、背に冷たい感覚をおぼえた夏油は膝をついた友人へ駆け寄っていた。

 

 「悟!!」

 

 しかし、そんな彼を制止するように、五条の手が伸び、掌を掲げる。

 

 「問題ない。術式は間に合わなかったけど、内臓は避けたし、そのあと呪力で強化してどこにも引かせなかった」

 

 そう気丈に言った五条の端正な顔の額には、じんわりと汗が滲み出ていた。

 

 「ニットのセーターに安全ピン通したようなもんだよ、マジで問題ない」

 

 口を開こうとした夏油を封殺するかのように、五条は言葉を続ける。

 

 「()()()()、アイツの相手は()()()()

 「……!」

 

 彼の宣言に、夏油は険しい表情をさらに強めた。

 五条の言う通り、二級程度とはいえ、無防備なところを喰らわせてやったというのに、異様なほどの手応えの無さ。

 あの謎の男は、呪霊の腹の中でまだ息を続けている。

 

 「傑達は天元様のところへ行ってくれ」

 

 至って平常を装う親友の信頼が、夏油の生真面目な心に突き立てられる。

 一歩引いたところには、お札が一枚貼られた炊飯器を抱えた天内、彼女を守るように前に立つ黒井がいた。

 術式の直接的な攻撃力、護衛を完遂するという観点に目を向ければ、呪霊操術により広範囲をカバーでき、()()()()な夏油が天内達を逃すのは正しい判断。

 この場には残れない。

 

 『どんどろ〜!』

 「あっ……! どんどろ!」

 

 ____その時、夏油の一瞬の迷いを吹き飛ばすかのように、間抜けな、しかし力強い鳴き声が聞こえてきた。

 そして、視界を横切る炊飯器の影。下駄を履いた小さな足を伸ばし、地面に着地したのは、光をも逃さない漆黒の体躯。

 

 五条悟とどんどろ(最凶の呪霊)が、夏油に背を向け並び立つ。

 脳内シナプスが迸り、夏油がすべきことを再認識するには十分な情景。

 

 「……油断するなよ」

 「誰に言ってんだよ」

 

 彼らに背を向け、駆け出した夏油に、冷や汗を伝わせた五条は減らず口を叩く。

 

 そして、

 

 ____バスッ……!!!

 

 呪霊の肥えた腹から、穢れた血が吹き出した。

 

 暴君の凶刃が内側から腑を裂き、黒服に浮き出た天与の肉体に日の光を浴びせたのである。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 腑を溢れさせ、紫の血液で境内を汚した呪霊の肉体が、黒いチリとなって崩壊し、雑木林の騒々しい中へ溶けていく。

 その呪霊の粘膜を足蹴にし、刀から紫の血を振り払う男が一人。

 

 「……あ? なんだ、()()()()()()()()()()()?」

 

 まぁ良いや、と、片側に切り傷の痕が残る口の端を下げ、柄に豊かな毛を蓄えた幅の広い刀身の刀を肩に乗せた男は、ぽりぽりと頭をかきながら気だるげに呟く。その恵体には、夏油の呪霊に飲み込まれる前にはなかった、溺死した赤ん坊のような顔面の呪霊が巻きついていた。

 彼の涅色の瞳が見下ろす先にいるのは、色が抜け落ちたような白色の髪を風に任せ、サングラスを取り、その下の青白い瞳で睨みつける青年。

 青年――五条悟の顔には、先ほどとは打って変わり、冷や汗がいく筋も流れ、いくばくか生気も抜け落ちていた。

 

 「星漿体がいねえな、できればオマエ(五条悟)はさっきので仕留めたかったんだが……鈍ったかな」

 「天内の懸賞金はもう取り下げられたぞ、マヌケ」

 

 五条に突き立てられた刃は、確かに彼が言う通り、内臓を通さず、皮と肉、内膜とを貫通して身体に穴を穿っただけで済んでいる。しかし、呪力で傷口付近を強化していなければ、そこからこんこんと血が湧き出るだろうし、痛みに慣れているとはいえ、身体を貫通されるような傷に耐えられるほど、彼の精神は完成してはいない。

 狡猾を極める男の濁った瞳が、それに気付かぬはずもない。

 

 「俺が取り下げたんだよヤセ我慢____」

 

 と、完全に消え去った呪霊から落ち、鳥居の上に立った男は、五条の()()()()に付き合ってやりつつも、五条の隣で威嚇するようにしている炊飯器――どんどろに目を向けていた。

 

 (二手に別れて同時攻撃を、って訳でもなく、2枚で固まって対応か…… 面倒だな)

 

 あるいは、気づきながらもなんのアクションを起こさなかった、五条への奇襲直前の出来事を鑑みるに、そもそも非協力的なのか。しかし、そうなればここに残った理由が説明できない。

 

 「____オマエみたいに隙が無い奴には、緩急つけて偽のゴールをいくつか作ってやるんだ」

 

 言葉を紡ぎながらも、男の明晰な頭脳はあらゆる可能性に手を伸ばしては捨て、を繰り返す。

 

 (ま、どんどろが五条の坊と組んでると仮定するのが丸いか。となると…… 俺を察知できるどんどろが()()()()()()

 

 薄ら笑いの奥で、男の勝利への道筋が定まっていく。

 

 「____懸賞金の時間制限がなければ、オマエは最後まで術式、解かなかったと思うぜ」

 

 「____あっそっ……!!!!」

 

 瞬間、彼の気だるげな瞳が見開かれた____

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ____呪術高専最下層、薨星宮(こうせいぐう)、参道。

 

 夏油が先導し、高専下層、数多の特級呪物や呪具が保管された忌庫を通り、さらに地の底へ潜った先。

 そこにあるものこそ、日本主要結界の基底にして、天元のお膝元。円形の窪みを飾るように作られた社の中心に聳えるは、荒縄に拘束された巨大な神樹。

 

 ____薨星宮 本殿

 

 かの大樹の元へ天内が赴けば、晴れて夏油、そして五条に課されていた任務、天内理子の護衛、抹消は終わりを告げる。

 神聖で荘厳な雰囲気が辺りを支配するその奥地で、天内理子は天元となり、天内理子という一人の人間はこの世からいなくなる。

 

 しかし、夏油は知っていた。目の前の一人の少女、それも、世界がさらに広がっていく中学三年生という年齢の彼女が、そんなことを本心から容認しているか?

 

 否。ありえない。彼はそう確信していた。

 

 『星漿体のガキが同化を拒んだ時ィ? …… そんときゃ、同化は()()!』

 『くっくっ…… いいのかい?』

 『ァア?』

 『天元様と戦うことになるかもしれないよ?』

 『ビビってんの? 大丈夫、なんとかなるって』

 

 3日前、天内理子と出会う前から、彼女が天元との同化を拒んだ際の、最高にイカした策を立てている。

 故に、夏油は天内に対して二つの選択肢を掲示した。

 天元と同化するか、同化せずに地上へ戻るか。

 

 「____もっとみんなと……一緒にいたい」

 

 二人ならなんだって、世界を相手にしたって立ち回れる。天内が同化を拒んだのなら、その助けになることなど、朝に髪の毛をお団子状にセットするより容易い。

 だって、二人で最強なのだから。

 

 「帰ろう、理子ちゃん」

 

 彼女がそれを選んでくれて良かった。

 ボロボロと宝石のような涙をこぼし、嗚咽しながらも一つの選択をした少女を称え、夏油は手を差し出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うん……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 最強なのだから、負けなどありえない。

 そう、それは正しい。しかし、夏油、そして五条は一つ、この後に及んで理解していない事柄があった。

 

 悪癖。特に夏油は、その傾向が強かった。

 

 

 

 「五条悟は、俺が殺した」

 

 

 

 五条と夏油、二人は最強ではなかった。

 

 乾いた銃声、

 黒い泥、

 崩れ落ちた天内。

 

 それを目の当たりにして、夏油の何かにヒビが入った。

懐玉・玉折編が終わったあとの話 ※得票数が多い順に全部書きます

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  • がっしゃぁーん!!
  • イカがなものかと!!
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