無限の収束を司る術式順転“蒼”、その兆候を覚えた途端、男の身体は次の行動に移っていた。
____並の呪霊ならそれだけで潰されてしまう蒼の収束力を
彼が立っていた鳥居が爆ぜたのは、蒼の術式効果によるものではなく、彼の莫大な膂力に耐えきれなかったから。
そして、彼の敏捷性は、六眼という呪力の観測に特化した瞳においても
その異常性に勘付いた五条の汗だくの表情が強張る。
(コイツ、何かおかしいと思ったら、呪力が
天与呪縛。生まれつき科せられた縛りにより、一切の呪力を捨て、代わりに与えられたのは比肩するものなどいない最高の肉体。
その身体に巻き付いた醜悪な見た目の呪霊が口を開き、呻き声を上げる。
「あー、一つ質問良いか?」
呪霊の口からひりだしてくるのは、二振りめの刀の柄。それを掴み、十手のような見た目の短剣を引き抜いた男は、暗い瞳を六眼に定める。
「オマエの隣にいる
その時、五条の足元で間抜けな声が鳴る。
(こいつ……
徹底的な情報封鎖を数百年単位で行い、呪術高専の忌庫においても、どんどろについて二、三言書かれた書物が特級呪物の隣に置かれているような様相。そんな存在の名前を簡単に言ってのけたこの男。
五条の脳裏に、一瞬だけよぎる過去の記憶。
幼き日に付き人と屋敷の周りを歩いていた時のこと。彼は人の気配を覚えた。
振り向くと、そこにいたのは、粗末な着物を着た大柄な男。
呪力を感知できる瞳に反応せず、それが不気味な存在感を放って、感じ取れた男。
彼は____
「____こいつは分体、本体は傑の元にいる。仮に俺らを出し抜いたとしてもそこでおしまいだよ」
手を振り抜き、術式を発動しながらも返答した答えは、半分本当で半分が嘘。
五条は、どんどろをかけらも信用していない。だが、どんどろを知っているならば、あるいはこれで
しかし、男はそれを聞き、むしろ
「そりゃ結構____」
____術式順転“蒼”
瞬間、彼の立っていた瓦屋根が円形に弾け飛ぶ。そこにいた男は影も形もない。
手応えもない。
「……!!」
背後に固い物音を感じ、振り向くもそこには土煙すら上がらず。
さらに後ろに、横に、極限まで抑えられた足音が五条の耳に届く。
(速すぎんだろ……!!)
姿形が見えないのに、風圧すら感じさせない絶妙な体技を持って、かの男は確かに、五条とどんどろの周りを動き、機を窺っている。呪力が感じられないが故に、彼自身の姿を追うことは実質不可能。
久しぶりに感じる、己の“死”に手が届きかけている感覚。彼が過去に感じた死の匂い____鬼達との戦いとは違い、傷付けば血を流し、明確に死ぬ戦い。
「チィ……!」
五条は笑う。天内理子の暗殺を阻止するという目的以上に、強者と相まみえるということに。
(アイツが出した短剣の呪力……!!)
瞬間、瞳孔を縮めた六眼が、反射的に横を向いた。
そこに迫るは、
『どおっ……!?』
ちょうど真隣。どんどろが立っていた場所に感じる、男に縋り付いていた呪霊の呪力。
短剣の発する呪力に注視してしまったが故に、五条の反応は一手
炊飯器に収まったどんどろの
『ぶわぁッ!?!?』
「シイっ……!!」
炊飯器の外殻を破壊しながら、どんどろの真っ黒な身体を
即座に引き抜かれ、傷口から
『ヴァッ』
『ドォっ』
『……』
どんどろの柔肌を裂き、真っ黒な身体を鮮血で彩らせる。
再び引き抜かれ、振り下ろされ。引き抜かれ、振り下ろされ。その度に噴き上がる血霧に炊飯器の破片が混じり。
その間、たったの1秒。
(……は?)
男の足元に短剣が突き刺さる。それを流れるように引き抜いた剛腕が、次の獲物の血を求めて、目を見開いた五条の顔面に迫った。
◇◇◇
「少し、勘が戻ったかな」
どんどろの突然の死、そこから迫る己の死に対し、五条は冷静な判断を下した。“蒼”により男を間合いから遠ざけ、六眼で身体に巻き付いている呪霊の呪力を追えど、位置が把握できたところで意味をなさない程のスピードの男の足場と隠れ場所を破壊し尽くしたのである。
しかし、削り取られたかのような跡が残るのみの境内の真ん中にいる五条に、周囲の森林地帯から大量の蠅頭が殺到。呪力を目で見られるという特性を逆手に取った男の戦術に嵌ってしまう。
視界を潰され、不意打ちを警戒する五条であったが、そもそも男の目的は星漿体の暗殺。ならば____
そこで、五条は大きく隙を晒してしまった。
呪霊を囮に天内理子の元へ向かったのでは、そう思考してしまった隙をつき、男は五条の喉笛目掛け、短剣を差し込んでいた。
無論ただの短剣ではない。その異質な呪力を六眼が捉えていた通り、それにはとある術式効果が付与されていた。
“
短剣は、五条を守っていた無限の距離を容易く乗り越え、彼の皮膚を、筋肉を、食道を貫き、首の後方に鋒を覗かせた。
口から溢れる温かい鉄の味に、五条の全身が粟立つ。
____死ぬ。
明らかな致命傷。しかし、男は油断しなかった。天与の力で無理矢理刃を下に引き、肋骨をたち割って奥の臓腑をズタズタに切り裂き、引き抜いたそれでさらに右大腿に夥しい刺突、崩れ落ちた五条の額にもう一振りの
流石に殺った。男はそう確信した上で、先ほどの台詞を吐いたのである。
しかし、男が背を向ける、血の海に沈んだ五条の肉体。生命の燈が今にも消え、冷えていくばかりの彼の無意識が、この期に及んで
「……っ!? っぶね!!!」
完全な油断を狙われ、しかし、男は咄嗟に身体を捻って、それの刺突を避けた。
五条悟の身体から
その道で長く活躍し、“術師殺し”の名を欲しいままにしている彼であったが、死んだ人間から刀が生えるのは初めての経験であった。
「……どういう最後っ屁?」
金色の鍔に、青白く輝く刀身の刀を拾い上げ、蝿頭が騒いでいる上空に掲げた男は、くつくつと笑いながら、肩に顔を乗せる呪霊に刀の鋒を突きつける。すると、口を開いた呪霊が、呻き声を上げながら進んで刀身を飲み込み始める。
(八岐大蛇倒した須佐之男かっての)
静かになった五条を跨ぎ、呪術高専の屋敷が連なる奥地へ進む男、彼が浮かべる薄ら笑いは、いつになく熱がこもっていた。
終わりが近い。夏油の話がそろそろ書ける……
懐玉・玉折編が終わったあとの話 ※得票数が多い順に全部書きます
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ぐ〜るぐる
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がっしゃぁーん!!
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イカがなものかと!!