特級呪霊 どんどろ   作:にわとり肉

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天上の蜘蛛の糸で編まれしは

 乾いた銃声が鳴り響いた途端、天内理子を包み込むように、空間を割って漆黒の巨大な手が伸びてきたのを、夏油は目撃していた。

 そして、どんどろの手を簡単に貫通した鉛玉が、天内のこめかみ辺りに捩じ込まれ、反動で吹き飛び、倒れたところを。

 倒れた天内の頭を覆い隠すようにして破れた白いヘアバンドを、じわじわ侵食していく赤色を。

 

 「あぁ? ()り損ねたか?」

 

 男の軽薄な物言いが、表情を無くした夏油の耳に入る。ゆっくりと振り向くと、そこにいたのは、先程まで親友が足止めをしていた筈の、口元に傷跡をつけた、黒いシャツにニッカポッカ調の白いズボンを履いた男。

 彼の手に無造作に握られている拳銃を視界に入れた途端、夏油は額に力が篭っていくのを感じた。

 

 「なんで、お前がここにいる?」

 

 思わずこぼれた疑問。それを聞いた男は、

 

 「なんで、って…… あぁ、そういう意味ね」

 

 心底おかしいことを思い出したかのように目を伏せ、歯を剥き出しにして口角を吊り上げた。

 

 「五条悟は、俺が殺した」

 

 あぁ、あとついでにお前のペットも殺っといたぞ。

 

 瞬間、夏油の脳内を駆け巡る激情。親友が負けたことが信じられない自分、親友が殺された怒り、天内を守りきれなかった自分への失意、天内を殺した男への殺意。

 

 「そうか」

 

 制御できない感情に任せ、夏油は己の術式を解放した。

 

 彼の足元から広がる黒い影。そこから這い出てくるは、人の頭大の様々な動物を模した低級呪霊に、鉤爪を煉瓦ばりの地面にひっかけ、顔を出した巨大な龍。

 虹色の鱗を激らせ、長い鼻先から伸びる髭を靡かせ、渦巻いた虚な瞳を男へ定めた、夏油の制御下にある呪霊の中では最強――特級呪霊“虹龍(こうりゅう)”。

 

 そして、夏油の眼前の空間を叩き割り、まるで世界が産み落とすかのように現れるは、三枚のお札を貼られた巨大な釜。

 

 『ぶわぁぁぁぁぁあ』

 

 地響きを立てて落着した釜の蓋がずれ、まっくろな黒い手が蓋を押し上げ、赤い瞳が瞬きをする。

 

 それは、500年前に生きていた全ての生物に原始的な本能を思い出させた狂気の眼。

 

 『どんどろ〜』

 

 夏油の心とは裏腹に、明るく楽しげな声が、薨星宮の結界を身震いさせた。

 ____かくして、夏油は思うままに、捻り出すように言葉を発した。

 

 「死ね____!!」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 (出るもんが出てきやがった)

 

 銃弾を夏油へ差し向け牽制し、それを乗り越え迫る虹龍の体当たりを簡単に避け、薨星宮の古びた建屋に不遜にも足をつけた男は、目測で13mはあろうかという幅の釜だけを警戒していた。

 特級呪霊どんどろ。彼――“伏黒甚爾(ふしぐろ とうじ)”が、かつて、生家である呪術界御三家――禪院(ぜんいん)家で暮らしていた時、自身の特性を活かし、禁書や呪具の保管庫に忍び込んでは読み耽っていた、禪院の史書の記憶が蘇る。

 

 (500年前、禪院と五条が手を組んで封じた化け物…… なるほどね)

 

 どんどろと目が合った途端、甚爾の天与の肉体は震えた。六眼と無下限呪術の抱き合わせという、最強に限りなく近い存在を前にし、むしろ血湧き肉踊った肉体が臆した。

 

 「っ……!!!」

 

 初めての感覚。それを感じさせたどんどろの巨大な口が、突如として固く閉ざされた。

 

 『おぐっ』

 

 瞬間、甚爾の小脳が、大脳の判断を超越して、彼をその場から飛び退かせた。

 

 ____同時に、どんどろの頬に当たる部分が膨張。

 

 『____ゔぉあああああ』

 

 まるで嘔吐するかのように吐き出されたのは、赤黒い稲妻を伴った瘴気。

 甚爾へ虹龍を突撃させようとしていた夏油が、本能的に虹龍を引かせた理由。それは、地を這うように急速に広がり、空中にあって降下する甚爾へ迫る。

 

 天与呪縛により呪力の一切を捨て去った彼は、呪霊や呪力による事象を見ることはできない。しかし、異常に発達した五感がそのデメリットを帳消しにし、実質的に知覚できるようになっている。

 

 (……()()()

 

 故に、己へ迫る瘴気の性質を感じ取った彼の頬が引き攣る。

 

 瞬時に己の口に指を突っ込み、腹の奥にしまっていた武器を収納する呪霊と()()()()を無理矢理()()()()()甚爾の身体に、津波のような()()()()()()()が押し寄せた。

 

 「……」

 

 ____虹龍の背に片膝立ちとなり、薨星宮の床面を満たす黒い霞を唖然と眺めていた夏油は、脇に抱えるより他ならなかった少女に目を向ける。

 両手足を重力に任せ、光の消えた瞳で虚空を見つめる天内。彼女の頭に引っかかっていた血まみれのヘアバンドが、無情にも揺らめいていた。

 片腕にかかる重みには、今にも止まりそうな鼓動と温かさが感じられた。

 

 『君の未来は私たちが保障する』

 

 (……)

 

 あの宣言はなんだったというのだ。

 その言葉に希望を、未来を見出してくれた少女は、頭に銃弾を埋め込まれ、ゆっくりとその生涯に幕を閉じようとしている。

 あの宣言を共にしていた親友は、見ず知らずの男に殺されたらしい。

 

 その男も、眼下の災厄を前に散ったのだろう。

 

 「……」

 

 夏油は、よくわからなくなった。

 天内を揺らさぬよう、ゆっくりと降下していく虹龍の上で、青年はぼうっと項垂れる。

 

 こんなにもあっけなく、終わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 「一級呪具――“祓針(はらいばり)”。こいつで呪力を()()()しなきゃ、()()()()()()()

 

 咄嗟に飛び退き、背中に()()()()()()()が走りながらも、夏油は後方を見やった。

 ____そこにいたのは、紅の宝石のような球がついた銀色の針を二の腕に刺した黒髪の暴君が、輪切りにされて落下する虹龍を踏みつける姿。

 

 並の呪霊ならば触れただけで全身が弾け、特級呪霊であろうとも三日三晩動けなくなるほどの強烈などんどろの呪力。しかし、彼――伏黒甚爾の肉体は、そんな強毒に直撃してなお、生にしがみつき、簡単な行動を可能としていた。

 そこに、咄嗟に武器庫呪霊から引っ張り出した、あらゆる呪力の毒性を中和する呪具――“祓針”の術式効果が相乗し、完全な相殺を実現させた。

 天与呪縛と祓針、そのどちらが欠けていても、伏黒甚爾の今はなかった。

 

 そして、彼が吐き出したのは、武器庫呪霊()()()()()()()()()

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 禪院家、そして()()()()()伝わる、どんどろ封印の顛末を記した禁書。

 それを目に通していた甚爾は、どんどろを一時的であっても()()()()()を知っていた。

 無論、それが眉唾物である可能性は否めない。しかし、実際に確認してみる価値はある。

 故に、彼は近寄ることすら憚っていた生家に舞い戻ったのである。

 

 そして、彼は確信を得た。

 

 (どんどろは今でも()()()()()()()。封印と()()していると言って良い)

 

 つまり、ある種の縛り。

 封印を()()()()()()()()ことを逆手に取り、強力な反転術式による封印により常に死の危険に自らを置くことにより、むしろ呪力の底上げを図る。自壊を抑えるための呪力をそれで賄い、弱体化せずにこの世に留まり続けている。

 これはあくまでも仮説に過ぎない。

 

 「なら、()()()()貼られたら、オマエはどうなるんだろうな?」

 

 空中を()()、どんどろの釜の縁にたった甚爾。

 彼の右手には、()()()()()()()()()()()が握られていた。

 

 ()()に気づいたところで、()()()()()()どんどろの行動は、全てにおいて遅れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特級呪() “阿弥陀ノ御札(あみだのおふだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____バシィっ……!!!

 

 『グゴアアッ……!!!!』

 

 狂笑と共に貼り付けられた、極楽より授けられし阿弥陀ノ御札。それが釜の蓋に貼り付けられた途端、掌ほどの大きさだった札が急激に拡大、元来貼られていた三枚と同じ大きさとなる。

 地の底を這いずり回る魂の成れの果てを封じていた封の文字、それがまるで()()()()()()()()()赤く輝く____




 特級呪物 “阿弥陀ノ御札”

 仏教文化が渡来した際、菅原氏に与えられたという封印札。
 “阿弥陀極楽”と呼ばれる天上の世界に住まう、巨大な蜘蛛の糸で編まれているという。

懐玉・玉折編が終わったあとの話 ※得票数が多い順に全部書きます

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  • がっしゃぁーん!!
  • イカがなものかと!!
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