特級呪霊 どんどろ   作:にわとり肉

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虹龍を捕まえに行こう 終

 虹龍が自我と呼べるものを獲得した時。それは、現代から500年も前、乱世が顔を覗かせる室町時代末期のことであった。

 その頃の人間は、食料を生産する技術も乏しく、医学も、科学技術も発展途上の貧弱な存在。故に、彼らは自身を脅かすもの、自然災害、そして呪霊に恐れを抱き、そして畏れた。

 人は勝手きままに姿を現す虹龍の存在を恐れる。故に、彼の実力は現代に近い強さとなり、周辺に住まう有象無象の呪霊、術師では到底歯が立たない存在となっていた。

 驕っていた。慢心していた。自由に外へ飛び出し、人を殺したい時に殺し、気に入らない同胞も手にかける。そんな愉快な生活がいつまでも続くと思っていた。

 

 自我を持ってしばらくしないうちに、後の世で平釜平原と呼ばれることとなる山中にて、原因不明の呪霊同士の大戦争が勃発した。虹龍は嬉々としてその戦争に参加し、多くの呪霊の死骸を積み上げた。

 そして____

 

 

 

 

 

 

 

 

 『シブァァァア……!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い災害が誕生する様を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自慢の鱗を引き剥がされ、角をへし折られ、髭をむしられた。

 天から降り注ぐ無数の雷が呪霊達を焼き払い、赤黒い呪力の奔流が山肌を抉って平にし、漆黒の泥に開いた巨大な口が全てを喰らった。

 その者の口から吐き出された瘴気に当てられた者は、弱者であればその場で弾け飛び、強者であっても膝をつき、その者の細腕に振り下ろされた張り手で水風船のように弾けた。

 もはや戦争ではなく、その者の見境ない蹂躙と化していた。

 

 命からがら逃げ延び、鍾乳洞の奥に潜んだ虹龍の負傷は、回復に数年を要した。

 しかし、それ以降彼が外を出るのは、向こう100年かかることとなる。その者、――どんどろと名付けられた化け物への恐怖が、彼の身動きを縛っていたのである。

 意を決して外へ飛び出し、まず最初にしたのは“どんどろがどうなったのか”の確認であった。あの悍ましき呪力を知る者を訪ねて回ったのである。

 たった100年たったうちに、人、呪霊共にどんどろの存在は嘘のように忘れられていたために難航を極めたが、半年ほど日本を飛び回り、ようやく見つけた古参の呪霊を締め上げ話を聞き、

 

 どんどろ封印の報を聞き、虹龍は狂喜乱舞したのだった。

 

 不安の種は消えた。

 

 しかし、それからというもの、虹龍は鍾乳洞の奥から姿を現すことは滅多になくなってしまうのだった。

 たとえ封印されたとしても、どんどろが虹龍に与えた“傷”は、永遠に消えることのない傷痕として刻まれてしまったからである。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 「ふー……」

 

 (戦い方は大体見えてきたな)

 

 土埃が静かに形を変えゆく。薙ぎ倒された木々が散乱する山林の真ん中で、一定の距離を空けて対峙する虹色の古龍を注視しつつ、夏油は一房垂れた乱れた前髪を手ですく。

 

 (奴の体表、特に鱗の硬度は間違いなく今まで出会った呪霊の中で最強…… それに、目で追えないほどの移動速度が相まって強烈な破壊力を生んでいる……)

 

 『小童、今スグソノ得物ヲ捨テテ額ヲ地面ニツケロ。サスレバ苦シマセズ潰シテヤル』

 

 嘲笑う呪霊の声は、夏油の福耳には届かなかった。

 

 (反面、奴に飛び道具は無いみたいだし、攻撃自体も大振りで雑だ。なら……)

 

 地面に半分沈んだ二体の魚の呪霊の上に立つ夏油の身体が、頭のすぐ横で刀身を虹龍へ向けて構える。それはまさしく、継戦の意を伝えるには十分な合図。

 虹龍は心底残念そうにため息を吐いた。

 

 『ヤハリ人トハ身ノ程ヲ知ラヌ生物ヨ……!』

 

 瞬間、夏油の肌に殺気が突き刺さる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ナラ、イイ加減死ネ……!!』

 「……っ!」

 

 夏油と虹龍との間にあった10数メートルの差、それは、まるで初めから無かったかのように縮まっていた。

 虹龍は、すでに夏油のお団子髪の頭へ鉤爪を振り翳していた。

 空気を断ち切る風切音が夏油の耳に響く。

 

 しかし、彼の顔に冷や汗の一つも滴ってはいない。

 

 『……ア?』

 

 ____虹龍は困惑した。本来ならば、目の前には血で化粧をした土塊が広がるはずである。

 だというのに、現実はただ土埃が波状に広がっていっただけ。

 そして、愚か者と罵っていた者の呪力が、何故()()()()感じるのか。

 

 ____単純なことである。

 夏油が乗っていた魚の呪霊に下された命令は単純、“地面への潜航”である。

 そうすれば、呪力によりくっついていた夏油の体も地面へ引き摺り込まれ、ある程度の範囲の地面であれば魚の呪霊により液状化しているため身動きも取れる。

 それにより、彼は膝下まで体を地面に埋め、虹龍の攻撃を簡単に避けていた。

 

 それに虹龍が気づいた頃には、すでに夏油の身体は攻撃態勢に移っていた。

 

 「シッ……!!!!」

 

 ドシュッッッ……!!!!

 

 『ウブォッ……!!?』

 

 短く吐かれた息の音の後、虹龍は数百年ぶりの冷たい()()を覚えた。

 長い腹側の鱗と鱗の境目。そこへ正確に刀を振り上げる時間は十分にあった。

 即座に刀を持ち変え、呆気に取られた頭部に向けて正面へ振り抜けるように構えた夏油は、ようやく刃が通った喜びからか。

 歯を剥き出しにした笑顔であった。

 

 「そらっ……!!」

 

 ぐっと両腕に力を込めれば、虹龍の呪力を受け強化された蛍丸の刀身は期待通りに応えた。

 

 ____ズリュリュリュ……!!!!

 

 『うお、オオオ……!!?』

 

 腹を進む冷たい感覚に焼けるような熱い痛みに喘ぎ、虹龍の目が蠢く。しかし、筋繊維を断ち割り鱗の隙間を縫って進む蛍丸は、まるで刀身を破壊された恨みを込めているかのように容赦を見せない。

 魚の呪霊が盛んに土砂に波を立て、夏油の体を前へ押し進める。蛍丸の刀身から夏油の呪力が発され、臓腑を、骨を侵食し、再生され強度が上がった刀身が断ち切って進む。

 

 ____そして。

 

 「ふんっ……!!」

 『カッ……!!!?』

 

 完全に振り抜かれた刀。遅れて、虹龍の腹から胸にかけ、縦一文字に刻まれた斬り傷から、紅の血潮が迸った。

 痩せた大地を彩ったのは、夏油の血ではなく虹龍の血であった。

 

 (キ、ッ……貴様ァ……!!)

 

 虹龍の大きな眼球に映し出されている夏油は、赤く汚れた刀を振り、刀身の表面に這わせた呪力で浮かせた血に脂を振り落とし、再び刀を構え、

 

 「どうした? 戦闘中に腹でも痛めたか?」

 『……!!!』 

 

 と、溢れそうな肉を両腕で押さえている虹龍へ軽口を叩く。

 

 ____瞬間、夏油の背後に烈風が吹き荒れる。その正体は言わずもがな。

 

 「底がみえたな」

 

 確信を持って、夏油は、何もいなくなり、血化粧をした大地を見据えながら蛍丸を後ろへ持っていき、

 

 『____何……!?』

 

 背後からの奇襲。虹龍の凶爪を簡単に受け止めた。

 蛍丸の刀身は、工芸品のように一点の曇りも、こぼれもなかった。

 

 「超スピードで撹乱してフィジカルで押しつぶす……」

 

 鉤爪と触れ合って拮抗する刀身の面を支点とし、夏油はバク転の要領で飛び上がる。そして、虹龍の細腕に足を乗せた彼は、嘲るように言葉を続けた。

 

 「芸が無いんだよ」

 

 反論をしようとしたら虹龍は、ふと、視界が欠けたことに気づいた。

 遅れて、右の顔面全てを覆う稲光のような激痛____

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ヴ……ゴアアアア!!!!?!?』

 

 虹龍の右目には、夏油の手にある蛍丸が深々と突き立てられていた。

 涙を流すように、玉のような血がこんこんと溢れ始めた。

 

 「反撃も遅いし、痛みにも慣れていない」

 『ウグブォ……!!』

 

 夏油は蛍丸を抜き取り、噴水のように噴き出た鮮血を避けながら、くしゃくしゃになった目を蹴飛ばし、苦悶の声をあげて仰反る虹龍から飛び降りる。

 確かな充足感。特級クラスの呪霊相手に戦えているという高揚。それが、夏油の毒舌を加速させる。

 

 「君さぁ、今まで雑魚狩りしかしてこなかっただろ。同格相手の立ち回りを知らなさすぎるよ」

 

 そして、ふと比較に出したのは、直近で戦い、ボロ雑巾のようにのされた怪物の名前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その名を聞いた途端、痛みを通り越して蘇る虹龍のトラウマ。

 

 『____何ィ……! 何ダト!?!?』

 

 瞬間、痛みに悶えて修復に力を注いでいた虹龍の顔面が、一瞬にして夏油へ寄った。風圧に揺れる前髪を押さえ、彼は虹龍を睨み返した。

 

 『どんどろ!? どんどろダト!?!?』

 

 未成熟な眼球が蠢き再生していくのも構わず、虹龍は夏油の眼前で吠えた。夏油が顔を顰めたのはいうまでも無かった。

 

 『……アリエナイ、マヤカシダ! どんどろハ____』

 「封印が解けていたんだ。だから、私ともう一人で倒しに向かった。恐ろしく強かったよ」

 

 夏油は、虹龍の雰囲気があからさまに変わったことを見逃さなかった。

 

 『クダラン嘘ヲ言ウ……!! アレト対峙シテ生キ残ル奴ナゾ……』

  

 両手を小刻みに震わせ、煙を上げて再生する右目すら四方八方に睨みを聴かせている様は、まるで____

 

 (こいつ…… どんどろを怖がってるのか?)

 

 ____その時であった。

 

 「……っ」

 

 夏油の心臓が、急に大きく跳ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『どんどろ〜』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『モガッ……!?』

 

 悩み抜いていた虹龍の首に、何かが取りつき、締め上げる。

 骨が軋む音が聞こえるほどの凄まじい力に、虹龍の身体が持ち上げられていく。

 一体何が、と、彼が両目を下に向けると、ゆらめく髭の隙間から、真っ黒な平べったい手が見えた。

 そして、二度と感じたく無かった、あらゆる悲鳴を煮詰めたかのような焦燥を与える瘴気。

 

 手が伸びている方向に目をやると、そこには黒い大穴が開かれていた。

 そこから覗いているのは、鈍く光る赤い目玉。

 

 そのつぶらな瞳に睨まれ、虹龍の脳内に駆け巡ったのは、過去の大戦争の記憶であった。

 

 『どんどろぉ』

 

 空中にぽっかり開いた穴から這い出てきたのは、巨大な釜。蓋に3枚の封印の蓋を貼られ、泥のような本体に赤い目玉と巨大な口を携えたナニカ。

 

 『ひゅっ』

 

 ぐんと視界がぶれ、最後に一瞬映ったのは、大釜の化け物――醜悪に破顔させたどんどろ。

 次に、真っ暗な地面であった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 しゅるしゅると音を立て、()()()虹龍の身体が一つの球体に収束されていく。

 網目状に広がった地割れの中心で、土埃で汚れた夏油は黙々と呪霊操術による調伏を行っていた。

 

 「……」

 

 虹龍の虫の息に耳を傾けながら、周囲の惨状を見回した彼は、傍でじっとしている巨大な釜へ目を向ける。釜――どんどろのきらめく瞳と視線が重なる。

 

 (呼び出しをかけていないにも関わらず、か。なら……)

 

 何故、どんどろは今の今まで調伏されたようなそぶりを見せているのか。呪霊操術での繋がりのような、呪力の繋がりがあるのか。

 

 しかし、夏油はまず、目の前の呪霊を飲み込むことにした。

 正直、あまり考えたく無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 “(推定)特級呪霊 虹龍”

 特級呪術師夏油傑の手により祓除(調伏)。




 どんどろにトラウマを植え付けられ、現代でまたどんどろに半殺しにされ、尚且つ呪霊操術で自我も飛ぶ虹龍さん

懐玉・玉折編が終わったあとの話 ※得票数が多い順に全部書きます

  • ぐ〜るぐる
  • がっしゃぁーん!!
  • イカがなものかと!!
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