今日は休日、呪術高専の校舎に生徒や教師の数は少ない。その中、とある教室の中で、2人と一匹が対峙していた。
「傑…… もういい加減にしてくれ……」
「いや私じゃないです。全部どんどろのせいです」
「わかっている……!!!!」
頭を丸め、側面に2本の剃り込みを入れた強面の男――夜蛾は、教壇の上に項垂れ、こめかみをぐりぐり揉んでいた。
理由は、目の前の座席に座っている、ラフなTシャツ姿の夏油に、彼の目の前の机に置かれた、蓋に一枚の札がついた炊飯器。
その炊飯器からは、幼児のような足に下駄を履かせたようなものが生え、中からはまっくろな泥に目と口をつけたような怪物――どんどろが顔を覗かせていた。
「だがな、この短期間でこれだけ問題起こされてみろ……!! 報告しに行って監督不行届で叱咤されるのは俺だぞ……!!」
「その後私もされますけどね」
「わかってるなら、少しはどんどろを抑えろ……!!!」
「できたら苦労しないですね」
夏油の淡々とした返しは全て正論で、八つ当たりをしている自覚のある夜蛾は峭刻な表情をますます深めた。大男が間抜け面の泥に掻き乱されている様は、正直言って夏油の笑いを誘っていた。
「……まぁいい、それよりも、そのどんどろはどういうものなんだ?」
今度は眉間を指で揉みながら、夜蛾は疲れた声で言った。
「こいつは、どんどろの本体から千切れた肉片に、さらに魂の一部が移ってるようなものなんだと思います。要はワイヤレスコントローラーみたいなものですよ」
炊飯器をもちあげると、底から伸びる足を重力に任せてだらけさせ、蓋を押し開けてどんどろの顔が出てくる。
「一部なだけあって、呪力は本体には遠く及ばない。それでも虹龍に匹敵する程には感じられますね。……あ、あと、米の甘い匂いがします」
「……そうか」
「細かいのは悟に頼まないとわからないですけど」
ヒヨドリの鳴き声が窓の奥から入ってくる教室に、夜蛾の長い息が溶けた。
「わかった。上には伝えさせてもらう…… 今日のところは大人しくしておいてくれよ? いいな?」
「善処します」
脇に炊飯器を抱え、教室の戸を引いた夏油は、ふと隣に人影を感じた。
彼の隣、引き戸のすぐそばの柱に寄りかかっていたのは、黒地の制服に身を包む、前髪を左へ流した疲れ目の女性。
彼女の口に咥えられたタバコが動いた。
「よっ、夏油。
「胃の痛そうな顔してた」
夏油の言葉に、うわーと声を出しつつ、彼女――家入硝子は声を殺して笑うのだった。
◇◇◇
鬱屈とした曇り空の下、木々に囲まれたグラウンドの外縁に設置された休憩スペースに、2人の男女、一匹の呪霊が姿を現していた。
『どんどろ〜』
「こいつがどんどろかぁ、結構可愛いじゃん」
いかに貴重な反転術式使いであっても人間で、学生であり、休日がなければやれることもやれなくなってしまうものである。というわけで短い休日を謳歌していた彼女は、友人である夏油が一ヶ月前に手に入れたという化け物と初対面を果たしたのであった。
特級呪霊どんどろ。今や一般家庭に無い方が珍しい炊飯器の蓋を両手で持ち上げ、不釣り合い過ぎる細い足で炊飯器の身体を支えるまっくろな泥のような呪霊。
この存在が、クズで最強で友人の五条悟、優しい顔していてクズな夏油傑、共に特級呪術師という呪術師の高みにいる2人をボロ雑巾にして彼女へ届けた張本人というのである。
(そうは見えねーなー)
あるいは、そう思わせないほど強いという、少年漫画でよくありがちな奴なのかもしれない。
『どろろ〜』
とてとてと器用に歩いて近寄ってきたどんどろの表面へ、家入は徐に人差し指を伸ばした。
「おっ……」
指先が触れた瞬間、彼女の端正に整った美貌に驚きが乗る。くすぐったそうにつぶらな目を細めるどんどろの頬に当たった指先は、すべすべな彼の身体に簡単にめり込んだのである。
そして、その感触は、例えるならば、表面張力が100倍増しされた水、もしくは粒子が極限まで細かい泥を触っているような感覚。
「これは……」
グイグイ押すと、たゆんたゆんと波打って確かな物体感というべきものが返ってくる。
『どろぉ』
それに、どんどろの風貌は、ともすれば小動物的愛らしさを感じることもできる絶妙なバランス。彼の鳴き声も間抜けさと愛嬌があって、他の呪霊が出すような不快な鳴き声は無い。
「ほぉー……」
『ゔー』
指圧を続け、ヘンテコな声を上げる家入は、誰が見てもかつて無い機嫌の良さを見せていた。隣の夏油が信じられないものを見るような、普通に引いているような表情で見下ろすほどには。
と、その時であった。
____ぶちゅ
「あっ」
家入は、指先に生暖かく水っぽい感覚を覚えた。顔を顰め、どんどろへ伸ばした手の方を見ると、やはり、その人差し指は、第一関節までをどんどろへ埋めていた。
どんどろはというと、さして痛がる様子も見せず、赤い目で家入を見つめていた。
「おうおう、ごめんなさいよ……」
軽く謝罪して指を引き抜く。それで解決する事案だと家入は思っていた。
しかし、そう思って瞬きをした途端____
「へ?」
彼女は、
見渡せど見渡せど、死体、死体、死体。人であろうものや、呪霊であろうものの残骸が折り重なって積み上げられた山の連なる場所に、彼女はしゃがみ込んでいた。
当然、彼女の真下の地面にあるのも、腐りかけの死肉の大地。
「……っ!?」
突如、彼女を襲う地震。それが、死骸の山を最も容易く崩し、腐肉の大地に地割れを起こさせる。
地割れより沸き出るは漆黒の汚泥。あぶくを弾けさせ、こんこんと沸き出るそれが大地を埋め尽くし、
全てを沈み込ませていく。
「へ、ちょちょ」
汚泥は、逃げようとした家入の足首を絡め取っていた。思い切り駆け出そうとし、盛大に顔面から死体へ突っ込んだ彼女は、腐臭に喘いで顔を上げた。
「おえ…… うえっ!?」
ずるり、と、引き摺り込まれる感覚があった。
振り返ると、漆黒の汚泥は彼女の両腿を飲み込むまで水嵩を増し、なおも勢いを強めていた。
隠しきれない死の匂いが、普段の達観した彼女の雰囲気を崩した。
「____!!!!!」
もがく、必死に死体の大地に手を伸ばし、前へ進もうとする。しかし、泥に包まれた下半身の感覚は
「____子!!!!」
潤んだ視界が引かれていく。手を伸ばそうとし、絡みついた泥に触れた部分が
ボトボトと溢れた赤い鮮血が、冷たい肉を温めた。
「硝____!!!」
『どんどろ〜』
「硝子!」
「かっ…… はぁっ」
驚いた猫のように後ろへ飛び退いた家入は、周囲が見飽きた光景に戻っていることに気づいた。
どくどく跳ねる心臓、両手足でコンクリートに触れている感覚、呼吸を忘れていた肉体が酸素を求める苦しみ。
全て現実の感覚であった。
「らしくないな、君がそんな顔してるなんて」
前を見ると、心配した夏油の顔が見えた。
そして、その下にいる、炊飯器に詰められたまっくろな泥。
赤いつぶらな瞳が瞬きして、青い瞳に変わる。
瞬間、彼女は全てをフラッシュバックさせた。
それが見せたものが何なのかはわからない。しかし、術師として一つ言えることは、彼女が触れたものは、どんどろの呪力そのものであった。
「……」
ふらつきながら立ち上がった家入は、黙って口を押さえ、静かにグラウンドの出入り口へ向かった。
「硝子?」
「……トイレ」
絶対に友人に顔を見られないようにして、すぐそこまできて、口の中に苦くて酸っぱいものが溜まっていくような不快感に押し潰されそうになりながら、背中を丸めて出口へ向かった。
「アイツらが負けるわけだわ」
トイレの傍で吸ったタバコの味は、むせ返ってしまうほど不味かった。
すまん、あと1話くれ
活動報告にて相談したいことがあるので、読んでから気軽に意見書いてって欲しいのだ
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=303868&uid=361195
懐玉・玉折編が終わったあとの話 ※得票数が多い順に全部書きます
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ぐ〜るぐる
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がっしゃぁーん!!
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イカがなものかと!!