病葉アマヒコはキヴォトス人。   作:ザントマン

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 天地ニヤは退屈を嫌う。

 己に求められた役割は理解しているが、生まれ持った性質は容易に変えられるものではなかったし、ニヤ自身、変わるつもりもなかった。

 百鬼夜行の看板を背負う気概は彼女になかったが、現在の地位に就くことで発生する面倒ごとや、懐に転がりこんで来る手足の数を天秤にかけたとき、比重が後者に置かれただけのことだった。

 

「君は、この世で一番おそろしいもんはなんだと思う?」

 

 目の前にいる男子生徒に、問う。

 

 生まれてから一度も散髪をしたことがないのか、というほどに長い黒髪から淡い光を止めどなく発し続けている。よくよく見てみれば、眉やまつ毛までもが輝いていた。華奢な体躯や、抜けるような肌の白さは、異性を感じさせなかった。

 

 やはり、好みではない。

 異性として興味は欠片も抱けないが、ニヤの中の好奇心は鎌首をもたげている。

 

「それは、未知――得体の知れないもんを私たちはおそれてきた。例えば、暗闇をおそれ、その中に魑魅魍魎が蠢いては私たちに害を加えるなんてな。魑魅魍魎、全部の字に『鬼』が入ってるのなんて、まさにそう。見えんもん、不確かなもんはこわい」

 

 鬼――おには古くから、(おん)、あるいは(おぬ)を由来とする説が有名だ。

 即ち、目に見えないおそろしいものはおしなべて鬼であり、それらを総称した呼び名だった。

 

「大昔は地震や雷さん、洪水、暴風雨、飢饉、疫病の前にひれ伏して祈ることしかできんかった。科学の発展によってそれらは解き明かされて、既知へと成り下がった。いま、疫病が流行ったところで、それをご先祖さんの祟りなんて騒ぐやつはおらん」

 

 不可解なものを目の当たりにしたとき、人はどうするのか。

 排斥するのか。管理下に置くのか。

 あるいは、見なかったことにして、放置するのか。

 

 ニヤにとって、百鬼夜行そのものに大した思い入れはないが、自身を慕う者たちへはそれなりに目を掛けてやりたくなるのが人情というもので。カホをはじめとした部下たちが思い思いのままに過ごせる程度には、居場所を確保してやりたいと考えている。

 

「私はわからんもんがあると、ほっとけばいいのにちょっかいかけたくなる質でなあ。最悪それでなんか起こっても、まあ楽しかったしええかで済ませられるけれど、カホとか他のもんは違う。不安に思うもんも、余計なこと考えるもんもおる。百鬼夜行に抱え込む以上、わからんもんを見定める義務が生じとる」

 

 陰陽部部長としての建前は、伝えた。

 それでこの男には、充分な筈だ。

 故に――ここから先は、ニヤの個人的な興味を満たすための時間だ。

 

 当時の新聞には、こう書き記されている。

 

 ××日、深夜に正当な理由なく九鵙第三中学校に忍び込み、生徒名簿を盗んだとして同校在籍の男子生徒(13)を建造物不法侵入と窃盗の罪で逮捕した。

 警備システムの作動により、駆けつけた警備員と男子生徒は交戦。その後、学校周辺の森へと姿を消した。××日午前に交番へ出頭。

 取り調べに対し、男子生徒は「度胸試しのつもりだった」と話したという。

 また、同校の生徒名簿を持ち出したことについては「咄嗟に手に取ってしまった。交戦中に紛失すると問題になると思い、持ったまま逃げた」と供述している。

 

 同年発行の週刊誌では、このときの事件を面白おかしく書き連ねてあり、近隣住民の証言をまとめたものもあった。

 

 主婦曰く――人形のように綺麗で、礼儀正しい子だった。

 漁師曰く――釣りをしている姿をよく見かける子だった。

 

 殆どの内容が男子生徒は品行方正な子で、とてもそんなことをするようには思えなかった、と。

 だが、つまらない情報しか載っていないと落胆したニヤの目を惹いた文があった。

 男子生徒と交戦したという警備ロボットへのインタビューだった。

 そもそもが信憑性の薄い三流雑誌の一つであるため、当時警備にあたっていた者であるかは定かではない。

 ニヤにとって、関心を寄せる理由があるとするならば、やはりそれは未知である。

 

 曰く――笑っていた。笑いながら、警備ロボットを蹂躙したと。凶賊のようだった、と。

 

「学校に忍び込んで大騒ぎまでさせて、なんで生徒名簿盗んだん?」

「調べたなら、わかるでしょう。単なる度胸試しですよ」

「誤魔化すならもう少し、やる気見せたらどう? 君、そんな無駄なことせん主義でしょ」

 

 どういった理由があったかは知らないが、きっと、彼にとっては必要なことだったのだ。

 何かしらの意図があって、わざわざ生徒名簿を見る必要があった。

 おそらく彼はそこで何かを確認した、あるいは知ったのだろう。

 知って、それで、彼の中で何が起こったのかはわからない。

 わからないが、思わず笑ってしまいそうな何かがあった筈なのだ。

 それが、知りたい。

 

「無駄だなんて、外野が好き勝手云ってくれますね」

 

 口調に反して、アマヒコの表情は穏やかだった。

 微苦笑を浮かべて、手元の湯呑を覗き込んでいる。

 

「君は会話のテンポも合うし、遊び心も理解しとる。頭も悪くない。陰陽部に入ってくれたら、退屈せずに済みそう。……いま珍しく、本音で云うとるよ?」

「犯罪歴があるし、よくわからないから遠ざけようって当然の心理では? 尊重してあげましょうよ」

「誤解を与えてしまったのなら、申し訳ないです。私たちは、何も貴方を犯罪者として糾弾したいわけでも、監視したいわけでもありません――いえ、それはこれからの問答次第になってしまうのですが――ただ、貴方の立ち位置を知りたいんです」

「立ち位置、ね」

「いま、百鬼夜行を支える土台は欠けている状態です。そんな中で現れた男子生徒に、我々は期待しています。伝統と文化を重んじる百鬼夜行で、男子生徒が陰陽部に所属する。はじめは受け入れられないでしょう。しかし、どんなに優れた改革も最初は前例がないものですから」

 

 病葉アマヒコ。百鬼夜行に訪れた、キヴォトスに十人といない男子生徒の内の一人。

 他の自治区で確認されている男子生徒の数は、ゲヘナが五人、ミレニアムで三人、山海経に一人。

 キヴォトスにおける男子生徒は非常に稀少だ。そもそもが、神秘を身に宿し、ヘイローを浮かべているものは基本的に生徒のみで、その生徒はみな、女児だった。長い歴史の中でキヴォトスの外から来訪するもの――百鬼夜行では稀人(まれびと)と呼称している――も中にはいたが、その身に神秘を宿した者は記録されていない。

 

 しかし、十五年前に突如、神秘を宿した男児が現れた。程なくして、男子生徒が――数はやはり少ないものの――続々と生まれ落ちるようになる。

 

 始まりの世代の内の、一人。

 

 それが、彼だった。

 

「新しい風を求めています。きっと、これからのキヴォトスでは、当たり前のように男子生徒を目にするようになる筈です。新しい歴史を私たちと一緒に作ってみませんか?」

 

 カホの赤裸々なほどに感情の籠った言葉は、傍で聞いていたニヤですら心動かされるものだった。

 

(ほんと、可愛い子)

 

「要は君と仲良くしたいけど、君が百鬼夜行に不利益与える存在でないか教えてくれってこと。陰陽部に入れた結果、うちの大事な情報全部ぶっこ抜いて他所に流すなんてされたら、敵わんから」

「歴史、歴史ね……」

 

 噛み締めるように、アマヒコはその言葉を繰り返した。口元は綻び、眦は緩んでいた。

 ニヤの瞳に映ったアマヒコの姿は、何処か嬉しそうだった。

 意外だった。ニヤの見立てでは、そんな風に感情を顕わにするような、可愛げのある男に思えなかったからだ。てっきり、またあの薄い笑みを浮かべて、表面をなぞるだけの言葉を吐くのだと。

 いまなら、いけるかも知れない。

 

「なんで、やったん?」

 

 再度、ニヤが問うとアマヒコは静かに湯呑に残ったお茶を飲み干した。

 ゆっくりと、飲み終えたそれをテーブルの上に置くと、意を決したように、叫んだ。

 

「実は! 好きな女の子の、住所が知りたかったんです! もうすぐ誕生日だって聞いていたので、こっそりプレゼントを渡しに行こうと考えていたんですよ! ほら、学校で渡すと冷やかされそうですし! だけど、面と向かって聞くのって恥ずかしいじゃないですか……その子の周りの子に訊こうものなら……ねえ!? 結局捕まってしまったから、その子の誕生日にはプレゼント渡せませんでしたよ、ええ! もういいですか!?」

 

「――へ?」

 

 カホの呆気にとられた様子を尻目に立ち上がったアマヒコは、折り目正しく頭を下げた。

 

「ごめんなさい――僕はまだ、百鬼夜行を心の拠り所にはできない。此処は好きです。気に入ってます。それでもまだ、愛せてはいない。自分の時間を削ってまで、尽くそうとは思えない。熱量の差だって、生まれてしまう」

 

 扉へと向かいながら、アマヒコは目配せを一つ、ニヤに寄越した。

 それが意味するところを正しく受け取ったニヤだったが、それどころではなかった。

 

「失礼いたしました」

 

 アマヒコは去っていった。

 室内に痛いほどの静寂が満ちた。

 ニヤは、もう堪えるのが限界だった。痙攣する身体は、これ以上は無理だと訴えていた。

 

「ぶわっははははっははははは! ははっはひ、あかん、無理ぃ! くふふ、はははははは!」

 

 あんな大真面目な空気の中で、深夜に生徒名簿を盗んだ理由が、好きな女の子の住所を知りたかった?

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 そんな取るに足らない、下らない理由で? あの男が?

 ああ、しかし、認めざるを得ない。

 笑ってしまった。面白かった。

 腹を抱えてしまう程度には、腹筋が攣りそうな程度には、面白かったから。

 だから、此処での話はこれでおしまい。

 生意気な後輩のセンスに免じて、今回は、そういうことにしておいてあげようじゃないか。

 これから先も、まだまだ遊ぶ機会はあるのだから。

 あらためて歓迎しよう、病葉アマヒコ。

 

 本当に、この世界は――退屈しない。

 

「くははは、ひゃっ、あかんカホ、た、ははははは、笑い止まらん、し、死ぬふひひひひひひ!」

「に、ニヤ様ぁ!? 落ち着いて下さいぃ……ああ、もうっ!」

 

 

 

 陰陽部本館をあとにしたアマヒコは、通りを歩いていた。

 なんとはなしに携帯端末を取り出せば、モモトークにミモリからのメッセージが届いていた。

 

『ハンカチ、洗って返しますね』

『ありがとうございます』

 

 律儀だなあ、と思いながらメッセージを返すと既読がついて、スタンプが送られる。

 やり取りを終えて、懐に端末をしまっている最中に、向こうの通りに人だかりがあることに気づいた。趣のある、庭付きの家から生えた桜が見えた。街道に面しているためか、観光タクシーが停まっている。降りた観光客が写真を撮り始めた。口々に感想を述べては、ほうっと見入っている。

 

 桜には、当然のごとく寿命がある。樹齢何百年とされる神木を除いて、桜の寿命はさほど長くない。桜の名所とされる場所では、花が枯れる前に逆算して、後継を育てておくのだ。およそ二十年で花をつけるようになる桜だが、人々を魅了するような花をつけるには、三十年を過ぎてからだという。

 

 人にもそれがあるように思える。早咲き、遅咲きとはよく云ったもので、時間があるように思えても、きちんと咲くかどうかはそのときになってみないとわからない。早くに咲いて、後悔する花も、中にはあるだろう。

 

 自分はどうだろうか。

 

 自らを花に喩えるなど、美化し過ぎてはいないだろうか。少なくとも、自身を花と評する輩が居たするならば、あまり仲良くはなれなさそうだ。いや、逆に面白いか?

 しかし、花……花か。

 自身を花と形容できるほど厚かましくはないつもりだが、些か咲く時期が早過ぎたなあ、と苦笑する。

 

 生まれたその瞬間から、咲いている花など、いつ枯れてもおかしくはないだろう。

 

 ただ、そういうものなのだろうと自分の中で折り合いはとっくについている。

 いずれ訪れる終わりが、早かっただけであって。

 人より短いことを嘆くのか、受け入れて粛々と過ごすのか。

 あとは野となれ山となれ。足掻くよりも流されるままを好む質だったから。

 あの夜のことは、ただの確認作業だった。どうにもならない現実を再確認するための、すり合わせでしかなかった。

 確認をすることで区切りをつけたかったんだろうな、と半ば他人事のように思う。

 そのあとのことは、八つ当たりもあったが、手向けのつもりだった。

 八つ当たりすることすら叶わずに消えた兄弟たちへの、手向けだ。

 

 もう誰も覚えていない、彼らへの鎮魂歌だ。

 

 その程度は、許されるだろう。

 その程度の義理は、果たしてもいいだろう。

 誰も悼むものが、居ないのだから。

 

 去年、この百鬼夜行の地で、黒服と交わした会話を思い返した。

 

『貴方は既に、恐怖を知っている』

 

『実に惜しい。凶賊アマゼ、天響(アマビコ)、様々な姿へ形を変えながらも、ただ一心に恐怖へと抗う神秘を宿す貴方が、男子生徒であることが悔やまれます。もし、貴方がこの世界における普遍的な生徒であったなら、崇高に近づく礎となれたでしょうに』

 

『いえ、貴方だからこそ、かも知れませんね』

 

『クックックック……病葉アマヒコさん、貴方の残りの時間が幸福であることを祈っていますよ』

 

 淡い輝きを放つ髪を無造作に見て取る。

 神秘的な燐光が、零れ続けていた。

 それがまるで血のように見えて――。

 

「歴史なんて、ね。作れませんよ」

 

 恨めしそうに、アマヒコは笑った。

 

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