病葉アマヒコはキヴォトス人。   作:ザントマン

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「――以前から、気になっていたのですけれど」

 

 アマヒコが見つけた憩いの場所であるしだれ桜の下、石のテーブルと椅子に敷物を広げながら昼食を取っている最中、ミモリがおもむろに口を開いた。ツバキはその隣で、もそもそと両手で持ったおにぎりを頬張っている。

 アマヒコが百鬼夜行連合学院の生徒となってから、ひと月ばかり過ぎていた。日々の授業についても、放課後の過ごし方についても特別大きな出来事はなく――偶にシズコに呼び出されてはストレス発散に付き合ったり、ミモリやツバキと共に修行部発足のための実績作りに奔走したりと――それなりに充実した日々を過ごしていた。

 昼食の時間にこうして三人で食事を取ることは、もはや日常の一部となりつつある。

 ミモリの視線はアマヒコの手元に注がれており、いままさに箸でブロッコリーを摘まんでいるところだった。

 誰かに見られることもまた日常であるアマヒコにとっては、視線の一つや二つさほど気になるようなものでもなく、そのまま口元へ運んだ。茹でただけのそれを咀嚼し、嚥下し終えて、ついでに水筒に入れておいた水を一杯飲み干した。

 

「どうかされました?」

 

 ミモリが奥歯に物が挟まったかのような表情で逡巡していると、おにぎりを食べ終えたツバキがアマヒコに訊いた。

 

「なんでずーっと同じもの食べてるのかなーってミモリは気になってるんだよ。私も思ってたよ、一ヶ月お弁当の中身変わらないから」

「ありがとうございます、ツバキちゃん。はい、それが気になってて」

 

 親友からの助け船に、これ幸いとばかりに身を乗り出すミモリのお弁当の中身は、大和撫子を目指す彼女らしく、栄養バランスと見た目の彩りに気を配られたものだった。

 ツバキの場合は日によって、おにぎりとサンドイッチのローテーションで回しているようだった。購買で買うこともあるし、ミモリがツバキの分のお弁当を持って来ることもある。

 

「そんなに気になります?」

 

 鶏胸肉、ミニトマト、ブロッコリーのみが適当な量詰め込まれた弁当箱に、ゆで卵を二つ添えたものが、アマヒコの――入学式の日の昼食を除いて――ここ一ヶ月の昼食だ。

 それほど珍しいものでもないだろう、と首を捻るアマヒコにミモリは曖昧な笑みを、ツバキはジト目を向けた。

 

「好んで食べていらっしゃるのでしたらなにも云いません。ただ、こう……えーっと、おかずいりますか?」

「一緒にご飯食べる立場になって考えて欲しいかなあ。悪いことなにもしてないのに、なんか申し訳ないというか……修行? してる?」

「いや、修行部は君たちでしょ」

「栄養足りているのか、心配になってしまって」

「栄養は取れていると思いますけどねえ」

「最低限の栄養だけは取れている、って印象を私は受けました。お肉に味つけしてますか?」

「え? してないですよ」

「なんで当たり前みたいな顔で云うのこの人……」

 

 プレーンです、プレーン。

 

 そう云って、事も無げに鶏胸肉を食べるアマヒコに、二人は揃ってため息を吐くのだった。

 

 アマヒコの朝食は卵かけご飯に納豆、オリーブオイルを少々垂らし、キムチを乗せたものがベースだ。時間に余裕があれば、バナナにヨーグルトを食べる日もあるが、朝の準備に時間が掛かるのでそこまで食べる日は休日に限られる。

 昼食は鶏胸肉とブロッコリー、ミニトマトをその日の気分で弁当箱に好きな量を詰め込む。ゆで卵二つは剥かずに、そのまま持っていき、食べるときに剥いている。

 夕食は日によるが、基本的に豆腐を一丁とバナナとヨーグルトを摂っている。

 

「意外とちゃんとしてる」

「思ったより健康的な食事してるんですね」

「もう七年ぐらいはこんな感じですね」

 

 小中学生の頃は給食があったため、それらを除けば朝、夕食の内容は殆ど変えていない。

 飲み物に関しても、基本的には水だ。一日に飲む量もある程度決まっていて、一リットル以上二リットル未満である。

 

「ダイエットというわけでもないですよね。食事制限が必要なようにも思えませんし」

 

 アマヒコの体躯は容姿に違わず、華奢である。

 訝しむミモリに、アマヒコは微苦笑を零した。

 

「や、だから本当に意味なんてないですって」

 

 お弁当の準備に手間暇を掛けていないだけで、栄養面から見ても問題はないのだから、それほど気にするようなことでもないとアマヒコは主張した。

 しかし、一ヶ月という長くもなく、されど短いとも云えない期間をアマヒコと過ごした二人は、彼の言葉を額面通りに受け取ることを良しとはしなかった。

 表面的な言葉で煙に巻いているときの彼は、理論立てて喋っているように見えて、その実、感情的な部分で動いていることが殆どだ。

 

「それはそれで、意味もなく味つけしてない鶏胸肉を七年近く食べている人に思うところはありますが」

「栄養さえ摂れればご飯なんて不味くてもいいやってタイプの人……? うわあ〜それっぽい〜」

「好き勝手云ってるなあ、君ら! むしろ朝食に関しては理想的だろうが! ……美味しいじゃないか、納豆ご飯」

「朝食だけ拘ってるのが、ますますそれっぽい」

「もうなに云ってもだめじゃん僕」

「まあまあ。ともかく、アマヒコさんが好んで食べているだけで、生活に困窮しているわけではなさそうで安心しました。私も好きですよ、納豆ご飯」

 

 いざというときは、お金を貸すつもりでいたミモリがほっと胸を撫で下ろした。

 ツバキはなんとなく親友がダメンズウォーカー(不穏)な気配を発していたことに気づいていたが、下手に突くのはこわかったのでやめた。

 

「健康に気を遣ってるのはわかったけど、なんで味つけしないの? 野菜も茹でただけで、ドレッシングもかけてないし」

「味しますよ、ちゃんと」

「素材本来の味でしょうね。あと、話の焦点をわかっていて惚けるのは感心できません」

 

 駄々っ子を見る目を向けるミモリと、視線を明後日の方向にやるアマヒコを尻目に、ツバキは質問を重ねる。

 

「それも理由ないの? 自然派なの?」

「いや、添加物盛り盛りのコンビニ弁当を食べるときもありますよ」

「でも自分が作るときは?」

「オリーブオイルとキムチと納豆のタレは調味料に入りますかね」

「それは料理とは云わない……あっ。話聞いてて思ったけど、料理してないよねそういえば」

 

 頷くツバキに倣ってミモリもよくよく思い返してみれば、アマヒコが口に入れるものは基本的に茹でるか、シンプルにそのまま食べられるものばかりである。

 もしかして――。

 

「お料理、苦手なんですか?」

 

 食材をほぼ素のまま食べるのは健康に関する観点とは別に、料理が苦手であるか、面倒だと感じているか、食事そのものに興味がないかに分けられる。

 食事が面倒というよりは、調理する過程が面倒なのだろうと、容易に想像がついた。

 食事に興味がないのならば、食生活について問われたときにすらすらと答えられないだろう。選択肢が少ないが故に回答が容易であった可能性もあり得るが、アマヒコは普段から飲む水の量にまで注意を払っているのだから、食事には拘りを持っているタイプであると仮定して問題ないだろう。

 つけ加えて、アマヒコが百鬼夜行に来てから感動した事柄に挙げているものの一つに、「とにかく豆腐が美味しい」と、しきりに零していたことも拍車を掛けている。

 料理が苦手――つまるところ、自身の手を加えたそれが、彼の中で設けられた基準に満たない場合、彼にとって酷く腹立たしく思えるのではないだろうか。

 ミモリが推論を交えつつ話すと、アマヒコはいつも通り微苦笑を浮かべ……いや、やや唇の端が引き攣っているように映った。

 どうやら、図星のようだった。

 

「えーと、簡単に云うと……自分が料理して食材が台無しになるのが嫌だから、ほぼそのまま食べてるってこと?」

「それもありますが、この場合は『僕が作ってこの程度の味になるなら料理しない方がいいし、失敗して不味いものを食べて微妙な気分になるよりもそのまま食べる方が楽だし』って感じだと思います。調味料をつけないのは、その過程すら面倒で省略した結果、食べ続けて舌が慣れただけだと思います」

「あの、水羽さん?」

「なるほど、嘘は吐いてないね。うん、意味なんてない。ただ、プライド高くて面倒くさがりなだけだった」

「あ、いや。春日さん?」

「苦手に感じられているのでしたら、私も未だ精進している身ではありますが、お休みの日にご一緒にお勉強しませんか?」

「ふぁ……誰も困ってないし、どうでもいい理由だったし、私たちが気にしなきゃ済む話だったよね。貴重なお昼寝の時間少なくなっちゃったなあ〜」

「ここまで掘り下げといて酷くないですかね……」

 

 根も葉もないツバキの言葉にますます頬を引き攣らせるアマヒコを見かねてか、ミモリが苦笑しつつ、提案を一つ。

 

「では、アマヒコさんの修行のサポートに私たちが付くというのはどうでしょう? 修行の内容は、アマヒコさんご自身が納得できるお料理を一つ作れるようになること、ということで。ふふっ、これまではアマヒコさんにお手伝いを頼んでしまっていましたが、やっと恩返しできそうです」

 

 ツバキは既に船を漕いでいた。見事に寝入っており、ちょっとやそっとでは起きないだろう。

 妙案とばかりに頷くミモリに、アマヒコは抗議じみた声を上げる。

 

「いや、必要な――」

「アマヒコさん。お料理を作れるようになりたいですよね?」

「僕は現状のまま満足して――」

「アマヒコさん。修行部の実績作りのお手伝いをしてくれるんでしたよね? これも立派な実績作りの一貫と云えるのではないでしょうか」

「あ、じゃあさっさとそれらしく書いておくので――」

「アマヒコさん?」

 

 アマヒコの発言は、片っ端からミモリに制された。

 

「……はい」

「うふふ」

 

 相手の会話を遮って調子を崩したあとに、理を用いて畳みかける。

 何処かの誰かから学んだのであろうそれを、アマヒコへ躊躇いなく使ったミモリは、小首を傾げてみせた。

 古来より、笑顔とは牙を隠すための威嚇であるとされている。

 ミモリが浮かべたそれは、やはり何処かの誰かによく似ていた。

 

 

 

 自分の性格が他人に好まれるものではない自覚があるアマヒコは、純粋な善意を持つタイプの人種が酷く苦手だった。

 類は友を呼ぶもので、性格に問題のある者の周りには、それ相応の人種しか集まらないのだと半ば信仰にも似た考えを抱いている。

 アマヒコに対して、少なからず利用価値を見出した者、興味がない者、好奇心を抱いた者。

 それらは全て等しく見慣れたものであり、相手取ることは得意なことに含まれる範疇であったから。

 苦手なことは後回しにして、得意なことだけをひたすらこなして来たツケとも云うべきか。

 苦手なのだ、水羽ミモリ(こういう人)は。

 真摯に他者に気を遣えて、他者のために言葉を吐くような存在は。

 言葉の裏側に何もないとわかってしまうからこそ、受け止め難く思ってしまう。

 さも当たり前のように他者を丸め込もうとする自分と比較するような卑屈さは持ち併せてはいないが、純粋な善意から成る行為に報いることができないような気がしてならない。

 

 だからこそ、遠ざけようとしたのだけれど。

 

「早速、今日の放課後から始めちゃいましょう。まずは材料を買いに行かないと、ですね」

 

 携帯端末の液晶に指を滑らせながら、百鬼夜行のスーパーのチラシ情報を続々と収集するミモリは、楽しげだった。

 河和シズコのように、あからさまに利用してやろうという態度であれば、気まずくはなかった。

 春日ツバキのように、無関心と警戒が入り混じった態度であれば、納得できた。

 桑上カホのように、公的な理由と本音をぶつけられれば、悪い気はしなかった。

 天地ニヤのように、遊びを遊びと割り切る気軽さがあれば、端役程度はこなしてもよかった。

 

「アマヒコさん、貴方の好きなお料理はなんですか?」

「好きな――」

「やはり食事は栄養だけじゃなく、楽しく食べるのも大事だと思うんです。せっかくお料理を覚えるのでしたら、自分が食べていて幸せな気分になれるようなものを作りましょう」

 

 だから教えてください、と。

 

「……実は、さ」

「――はい」

「こんなナリしててさ、僕――」

 

 アマヒコは、そっと――まるで悪戯がバレた子供がおそるおそる謝罪をするように、小さく、呟いた。

 ツバキは眠っていて、それを聞いていたのは、ミモリだけで。

 アマヒコはそれが聞こえなければいいなと思った。

 

 そしてミモリは、優しい表情で、手を合わせて云うのだ。

 

「――買い物、一緒に行きましょう?」

 




まずは、更新遅れて申し訳ございません。

そして百鬼夜行のメインストーリー実装おめでとうございます。

文化部の情報ありがてえ! モブ可愛い! シズコ! シズコ可愛いよシズコ!
陰陽部のグループストーリーうおおおおお。チセ様、ニヤ様、カホ尊い……。
ニヤの口調、先生の前じゃなくてもあんな感じなんか修正しないと……とか。
フィーナはやっぱり元トリニティ生っぽいな、想像で書こうと思ってたけどストーリーの更新待った方がいいのかな……とか考えてました。

そしてなによりも。

百花繚乱の委員長たちがいなくなったのが十ヶ月前と明言されたので頭抱えてました。
正直、書き直そうとか、これから百鬼夜行メインで誰か二次創作書く人出てくるだろうしその人たちに任せようかな、とか考えたりで全然指が動かない日々でした。

けれど元々、自分の読みたいもの誰も書いてないなーから始めた作品ですし、このまま進めていこうと思います。

これからもよろしくお願いいたします。
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