病葉アマヒコはキヴォトス人。 作:ザントマン
百鬼夜行メインのssが増えていないことを嘆いていたら、友人に「マイナー厨なんだよw」って煽られてキレました。
例によって捏造設定、独自解釈のオンパレードですが、お楽しみいただければ幸いです。
歴史は古く、その起源は数百年前にまで遡り、百鬼夜行連合学院が連合の名を冠する以前の、百鬼夜行学院の頃より開かれている大変由緒ある催しである。
そんな百夜ノ春ノ桜花祭、通称桜花祭ではあるが、今年は例年よりもやや時期遅れの開催となった。
天地先輩らが口にしていた新しい風――陰陽部へ正式に加入した
陰陽部は百鬼夜行の顔と呼ぶべき部活の一つであり、実質的に自治区の行政を担っている。天地先輩は、権力がないお飾りの部活と揶揄していたが、公的な部活動には最終的に陰陽部の認可が必要であるし、他の自治区とのトラブルが発生した際は、彼女ら陰陽部に真っ先に連絡が行く。
百鬼夜行の連合間――即ち、自治区内での委員会や部活で起こった生徒同士の衝突に関して、陰陽部は積極的な介入を控えるが、裏を返せば、それ以外のトラブルには迅速な対処を執り行っている。
陰陽部本館の建物の大きさや、陰陽部専用の公演会場があることからも、特別な位置づけの部活であることに異を唱える者はいないだろう。
陰陽部公演会場では、俳句バトルロワイヤルや、天地先輩の落語大会をはじめとしたイベントが不定期に開催されており、公演の度にチケットが完売することで有名である。この公演を目当てに百鬼夜行を訪れる者も少なくない。
名実ともに百鬼夜行のトップに立っていると云っても過言ではない部活だが、その陰陽部と対を為す委員会である、百花繚乱紛争調停委員会が活動休止に陥っているという現状に、危機感を覚えていたことは記憶に新しい。
調停者を欠いた状態で、百鬼夜行内で大きな紛争が起こるとも限らない。
仮に争いが起こった場合に、陰陽部は介入することができない。実際に介入が可能だったとしても、それをしてしまえば陰陽部の存在意義に反してしまう。
建前というのは軽視すべきでないし、形式、体裁、大義名分――それらを欠けば、正当な権利があっという間に失われることを天地先輩は理解しているのだろう。
将来起こり得るかも知れない紛争を未然に防ぐための布石の一つとして、陰陽部が打ち出した
一目見ただけでわかった。彼女は、愛されるために生まれて来たような子だった。
所謂、三つのBの法則の体現者――神秘的な容姿、小動物的な仕草、無垢な言動――僕とセットにされなくて良かったと心底安心した。
僕と彼女は、容姿の系統は類似していたし、並んで眺めたときに絵として映えるであろうが、活動を共にしていくうちに、お互いの個性を殺し合ってしまうと安易に予想できた。
飾りとしての役割を全うするために自分を殺す僕と、自分を殺すことなく飾りとして在り続けられる彼女とでは、そもそも根本から異なる。足並み揃えて――見ただけの印象で語るなら、僕が彼女に合わせる形になるのだろうが――やっていくにしても、嚙み合わせの悪さを楽しむよりは、彼女ワントップにした方が、
既に和楽さんにはファンがいるらしく、SNSでの反応も上々だ。公演のチケットも例に漏れず、完売とのことだ。
陰陽部が、桜花祭の開催間近に公演を発表したことは意図したものであろう。
あくまで桜花祭の開催を遅らせたのは、商店街ひいてはお祭り運営委員会の判断であり、陰陽部の公演と合わせての観光収益を見込んだものであろうことは、容易に想像がついた。
事実、不満の声は殆ど聞かない。とある一団は最後まで声を上げて批判していたが、自治区内全体を通して見てみれば、概ねこの判断に好意的であった。
僕はいまのところ部活や委員会に所属していないため、桜花祭の期間は屋台や露店で美味しいものでも食べながら、各所で開かれているイベントを見て回ろうと考えていた。
しかし、当たり前のように
僕のことを奴隷だと思っている節があるな、この子。
まあ、河和さんが呼ぶなら、例え火の中水の中といった具合には、河和さんのことを好ましいと考えている僕でも……ねえ?
去年は河和さんのお誘いに乗った僕だけれど、流石に報酬もなしじゃあ、やる気が出ませんよ、と。
お断りの連絡を入れようと、指を動かした僕を押しとどめるように、続けて文面が送りこまれた。
『手伝ってくれたら、暇な日にデートしてあげる』
『手伝います』
桜花祭初日の朝、まだ早い時間にかかわらず、祭りの準備で慌ただしく人々が行き交う町屋を歩く。
昨夜のうちに準備された出店や露店が立ち並び、部活や委員会に所属する生徒たちが小走りで真横を駆け抜けては、それぞれの持ち場に向かっている。中には徹夜で準備を進めていたのか、看板に絵の具を塗りたくったまま、眠りこけている生徒の姿もあった。
交通整備のために呼ばれた警備会社に勤めるオートマタたちは、一足早く到着して、誘導や案内のためのルートの確認や、立ち入り禁止区域への人員配置の指示を手早く行っていた。
僕が待ち合わせの場所に辿り着くと、河和さんが既に立っていた。
「おはようございます。河和さん」
「おはよう。早速だけど、行くわよ」
「はい」
挨拶もそこそこに、僕と河和さんは歩き始めた。
向かう先は、一軒の古着屋だ。
観光区域を外れた通りは、百鬼夜行に訪れる人がイメージするであろう景観は見る影もなく、マンションや駐車場、ビルの狭間に町会所や旧家がぽつりぽつりと残る有様だ。
高さが揃えられた町屋が連なったうつくしい景観は、もはや此処にはなく。
マンションが瓦を見下ろしながら、木造建築に大きい影を落としている。
人の寄りつかなくなった人工物特有の退廃的な雰囲気が、建物に落とす影をより一層濃いものに仕立て上げていた。
百鬼夜行の人口の減少は、ふとした瞬間に、こうして目に見える形で現れる。
「この辺は、ありふれた地方都市って感じよね」
「ええ、まあ。百鬼夜行のブランドイメージには、そぐわないでしょうね」
「あのビルも、マンションも。私が小学生の頃はなかったわ」
「河和さんは、生まれも育ちも百鬼夜行でしたっけ」
「そっ。いまはなくなっちゃったけど、此処も昔は駄菓子屋さんがあってね――」
シャッターが閉じられた灰色の寒々しいテナントを一つ一つ指しながら、河和さんは過去を振り返るように口にする。
口調は穏やかで、軽快に接客をするときの態度とは打って変わって、物憂げな、大人びた表情だった。
「――百鬼夜行のお祭りが多い理由って、知ってる?」
一通り昔話を終えた辺りで、河和さんは呟いた。
「陰陽部部長の言葉を借りるなら、おてて繋いで仲良くやるため、ですかね」
「あー……そういえば、陰陽部に勧誘されたんですってね。あんた、断ったんだ」
「桑上先輩が僕の告白を受け入れてくれたら、話は違ったんでしょうけどね」
「うぇっ。なに、あんたいきなり手出したの?」
「魅力的な女性がいたら、口説かないのは失礼でしょう」
「誰彼構わず口説くような奴に靡く女なんて、いないわよ」
「失礼な。僕だって、相手は選びますよ」
「じゃあ選り好みしてるってことね、女を」
「悪意のある言葉選びだなあ」
軽蔑の眼差しを向ける河和さんとの、じゃれ合いのような言葉の応酬を堪能しつつ、話を元に戻す。
「まあ、百鬼夜行の自治区に限った話ではないんでしょうけど、我が強い人が多い印象は受けますね。右へ倣えって云ったら、左が性に合ってますんで、って云い返して来そうな雰囲気があるというか」
「そうね。他人と同じものは嫌なの。例えば服なんかは、お金を出したら着物でも洋服でもなんでも良いものは買えるけど、それで他人と被るくらいなら、自分だけの贅沢をしようって考える人が多いわね」
「こだわりが強い人が多いんですね」
「そんな良いものじゃないわよ。へそ曲がりなだけ」
「どうりで。特徴的な着こなしを見かけると思いましたよ」
露出が過多な装いが多いのは、各々のオリジナリティを追求した結果というわけだ。
普段から、天地先輩に振り回されていると思われる桑上先輩ですら、その傾向が窺えるのだから、土地柄なのだろう。
「そんな人たちが集まってるから、ほんっと些細なことで喧嘩が起こったりするわけ。単純に暴れたりするならまだましで、表面上は笑顔でも、言葉の端々に棘が見え隠れしているときなんかもあったりしてね」
「こわいですねえ」
「云っとくけど、あんたはこの上なく
おかしいなあ。僕、そういうのが嫌だから、トリニティのようなギスギスしてそうなところは受験しなかったんだけど。
「ガス抜きも兼ねてるってわけなのよ。それでいて、祭りに対しては、みんな真剣なの。使命感みたいなものを、抱いてるかも。ノブレス・オブリージュなんて大層なものじゃないけど、昔ながらの町屋暮らしや、お祭りをいまも継承していってる――」
そこで、河和さんが言葉を切った。
黒塗りの暖簾を垂らした、ハイカラな雰囲気の店の前に、僕たちは立っていた。
「着いたわ。入りましょ」
河和さんの後に続いて店の中に入ると、真っ先に目に飛び込んで来たのは、着物の群れだった。
織物、染物、更紗といった多種多様の着物がタンスに収められている。着付けも行えるであろうスペースには、畳が敷かれていた。
着物に造詣が深くない僕でもわかる程度には、貴重な――骨董品レベルの品の数々に目を奪われていると、河和さんが店の奥に向かって、声を張り上げていた。
「すみませーん! シズコです~! 衣装を受け取りに来ました~!」
奥から姿を現したのは、背筋が綺麗に伸びた犬の老婆だった。上品でいて嫌味のない笑みを浮かべながら、河和さん、次いで僕へと視線を移す。
「いらっしゃい、シズコちゃん。そちらの方はずいぶんと別嬪さんね、お友達?」
張りのある若々しい声音の彼女は、眩しそうに目を細めている。
「ああ、すみません本当に。自分ではどうにもできないもので」
僕は髪の毛を手で抑えつつ、心の底から謝った。
いや、もう、ね。大変申し訳ない。
「うふふ、構いませんよ。……あら、なるほどね。もう一つは、シズコちゃんには少し大きいと思っていたけど、この子用なのね」
朗らかに笑い、僕を上から下まで眺めたあと、河和さんへ目配せをした。
河和さんが頷くと、彼女は「待ってて」と云い残し、再び店の奥へと消えていった。
待っている間、手持無沙汰になった僕は、河和さんに話を振ることにした。
「今日は、接客手伝う前に河和さんが衣装取りに行くから、ついてきてくれって話でしたよね」
先日、モモトークで手伝いの了承をしたあとに、更にそういった旨のメッセージが届いていた。
てっきり、河和さんの衣装だけだと僕は思っていた。
無論、河和さんを手伝うということは、つまるところ、
それ自体は、僕自身、特に思うところはない。精々、バレないように気をつけないといけないなあ、といった程度だ。
だからこそ、先ほどの老婆の発言が気になったわけで。
「……まあ、いいでしょ。別に」
河和さんは、素っ気なく返事をしたのち、口を閉ざす。
立て掛けてある時計の針が動く音だけが、僕たちの間にまとわりついた沈黙に、横やりを入れていた。
河和さんと僕は、不躾な態度が許されるという甘えを許容できる関係であると、勝手に思っている。
僕たちは、自分の言葉や態度が相手にどう思われるかを自覚的であるが故に、好悪をある程度コントロールするきらいがある。
同類同士での会話は、遠慮や気遣いが無用なものであるし、無自覚な甘えをしたとしても、受け手がそれを察知し、あえて突き放すことで、相手に気づかせることだって可能だ。
自覚的に甘えてみせることと、無自覚に甘えるとでは、大きな隔たりがあるのだ。
特に、僕らのような人種にとっては、それは弱みを晒すようなもので。
だから、僕は此処でいつも通りに言葉を重ねれば良い。
しかし、いまの河和さんは――。
「お待たせしました」
店の奥から、彼女が戻って来る。
手には、着物が二つあった。
一つは、桜色を基調とした、花柄の刺繡があしらわれた振袖だった。
もう一つは、黒と白のレトロな三角形が特徴的な、鱗柄の振袖だ。
袴風のスカートと、ベルトが着物の脇にそっと置かれた。
「サイズは不格好にならないようにきっちりと仕上げたわ。スカートと合わせて、ベルトでまとめるということだったから、カットはしてない。ま、短く着付ければ問題ないでしょう」
「ありがとうございます!」
「早速、着ていく?」
「はい! よろしくお願いします!」
とんとん拍子で進んで行く二人のやり取りに呆気に取られていた僕は、柄にもなく慌てていた。
「あ、いや、あの」
僕が狼狽える様子を見ていた彼女は、声を上げずに笑う。
片目を瞑りながら、茶目っ気たっぷりに、言葉を紡ぐ。
「それじゃあ、
そそくさと、僕は古ぼけた扉を開けた。