病葉アマヒコはキヴォトス人。   作:ザントマン

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 古着屋を出たシズコとアマヒコは、一定の距離を保ったまま、百夜堂に向かっていた。

 

 ――恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。

 

 気取られないように努めてはいるが、足早になることを止められなかった。

 これから開店準備をするために、急いで店に着かなくてはならない。

 シズコは、それが建前であることを自覚していた。

 イレギュラーが発生しない限り、お祭り当日の朝に、慌てて準備に取り掛からなければいけない段取りなど組むはずもない。

 自覚してなお、歩を進めるスピードを緩めることはしない。

 

 後ろから遅れてついてくるアマヒコに、いまは顔を見られたくなかった。

 

 顔馴染みが店を畳むなんてことは、実にありふれている。

 駄菓子屋も、花屋も、定食屋も、みんなみんないなくなってしまった。

 察してはいたのだ。

 百夜堂で働けるようになったと、報告したときだろうか。

 今回の注文を持ち込んだときだろうか。

 顔を出す機会は昔に比べて減ったとはいえ、シズコを孫のように可愛がり、夢を応援してくれた彼女だ。尚更のことだった。

 衣装をもう一着注文したのは、お世話になったのだから、この程度はさせて欲しいという感謝の表れだった。

 そう――だった、のだ。

 あのとき、脳裏によぎったもの。

 

 それは紛れもない、打算だった。

 

 病葉アマヒコという存在の有用性を、シズコは去年の桜花祭で既に知っている。

 即ち、自分が見立てた衣装を着たアマヒコを使って、百夜堂に客を呼び込むことを考えた。

 

 呆れた話だった。感謝の気持ちを示す注文の裏で、そろばんを弾いていたのだから。

 

 アマヒコを上手く使えば、かねてからの夢であった百夜堂の看板娘になるための実現に近づき、ひいては彼女との約束を守ることにも繋がるのだと。

 違和感もなく、理論武装すら携えていた。

 

 損得勘定で考えることを厭うわけではないが、自分が薄情な人間になってしまったのではないかと自問した。

 答えを見出せないまま、日々は過ぎていく。いっそのこと、露悪的に振る舞うことにした。

 

 アマヒコの好意を利用して、横柄とも云える態度で呼び出した。

 元々、百夜堂に直接呼び出すつもりであったが、古着屋までついて来させることに決めた。アマヒコを近くに置いておけば、彼女の前でも利益に忠実な、欲深い人間を演じることができると思ったからだ。

 

 けれど、堪えきれなかった。

 

 言葉にされると駄目だった。思い出は決して、色褪せてなんかいない。懐かしんで、ああ、そんなこともあったね、と達観できたら良かった。

 

 シズコの夢は、もうシズコだけのものではなくなっていた。

 

 火が点いた。胸に熱が生まれた。

 熱は瞬く間に全身に伝播して、シズコを突き動かしていた。

 

 そして、その一部始終を余すところなく、アマヒコに見られていた。

 他ならぬ、シズコ自身の采配によって。

 

 ――恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。

 

 約束をあらためて宣言した場面を見られたことが。

 ……いや、それはまだ良い。自分がこれからも頑張れる原動力となる出来事だ。

 問題は、次だ。

 

 今朝からずっと、アマヒコの前で取っていた態度が恥ずかしい。

 

 急に昔話を始めたり、アンニュイな雰囲気を醸し出したり、質問にすげなくしたり。

 まるで情緒不安定な女が、男が何も云わないことを良いことに甘えているようではないか。

 客観的に見てみれば、事実その通りではあるのだけれど。

 

 そこで、気づいた。

 

 早歩きで歩くシズコを追いかけるアマヒコの構図はまさしく、男女のそれではないか――。

 

「おや、河和さん。急に立ち止まってどうしたんです」

「あんたに謝んないといけないと思って」

 

 後ろに立っているアマヒコに、顔は見せられなかった。

 礼儀を欠いていることは重々承知しているが、シズコの主観では、既に数えきれないほど無様な姿を見せている。もう、ここから先は失礼な女として軽蔑されようと構わない。逆に貫いてしまおう。

 

 そういった考えが、アマヒコに甘えている証左であることを自覚していないシズコだった。

 

「謝る理由なんかありましたっけ」

「まず、モモトークの件」

 

 日時だけ書いて送りつけた自分の所業に、いまさらながら眩暈がした。

 

「あんな……何様よこいつって内容でスケジュール取り付けて、あんたの時間奪うような真似してごめんなさい」

「いえいえ、河和さんの晴れ姿を一足早く見れて嬉しかったですよ」

 

 アマヒコの返答は、半ば予想通りだった。

 

「次は、古着屋での私の態度。あんたの分の衣装用意してたら、気になって当然よね。話をちゃんとしとくべきだった。ごめんなさい」

「せっかくの客寄せパンダですし、飾り立ててこそ、でしょう? こちらの察しも悪かった。お互い様ということで」

 

 凪いだ声色で、気楽にシズコの行動は肯定されていく。

 シズコの謝罪は、アマヒコに微塵も影響を及ぼさない。

 当然だ。彼はシズコに怒りなど抱いていないからこそ、謝意を受け取らない。

 故にこのやり取りが、シズコの自己満足であると浮き彫りになっていた。

 

「こんな素晴らしい衣装も着ることができて、感謝してますよ。似合ってます? さっきは、ほら、接客モード入ってたじゃないですか。あらためて感想訊きたいですね」

 

 というか、歩きませんか。開店準備もあるでしょう?

 

 背後でブーツが石畳を引っ掻く音がした。その場で足踏みをしたのか、片脚に預けていた体重を動かしたのか。

 しかし、歩き出すことも、回り込んでシズコの顔を覗き込むような真似も、アマヒコはしない。

 

 シズコが、それを望んでいるから。

 

「なんで」

「なんで?」

 

 わかっていて訊く自分は、酷く滑稽だなと思う。

 

「怒ってないの、あんた」

「怒りませんよ。報酬もありますし――」

 

 ほら、見たことか。

 働いて貰う代価として、当人にとって価値のあるもの――シズコとのデートをあらかじめ提示しているのだ。

 それ以外の答えが返ってくるわけもない。

 なのに、落胆している自分がいることにシズコは困惑を覚え。

 

「――それに友人ですし」

 

 次いで放たれた言葉に、息を詰まらせた。

 

「……そう」

「そうですよ。僕、河和さんのこと好きですからね」

 

 シズコは、なんとなく髪を整えた。

 先ほどまで急いで歩いていたからか、汗もかいている。

 

「……私は普通だけど」

「そこは私も、って返すところじゃないんですか河和さん。僕の好感度稼ぐチャンスですよ」

「うっわ。気持ち悪い。店に着くまで、離れて歩いてくれる?」

 

 シズコは再び歩き出した。

 

 ――しばらくの間、顔は見られたくない。

 シズコは強く、そう思った。

 

 

 

 魑魅一座、という集団がいる。

 

 彼女らは、普段は百鬼夜行の生徒としてそれぞれ生活をしているが、祭りの時期になると、各々がお面を被って活動を始める。

 

 活動の内容は、出店で銃を突き付けながら祭りの商品券を要求する。伝統的な祭り以外を認めず、妨害工作に勤しむといった、主に祭りに関連する事柄に絡んだものが多い。

 

 百鬼夜行自治区にて、祭りが荒らされていると報告が上がった際に、大抵その集団の名前が挙げられる。

 派閥があるらしく、いまのところ、路上流と気まぐれ流の二つが確認されている。

 

 自治区内で重要文化財に指定されている建物に被害が出ていない点は僥倖であり、彼女らも暴れる区域は選んでいる節がある。

 

 キヴォトス特有の倫理観と、住まう人々が護身用に手榴弾を携帯しても問題ない耐久性を有しているからこその大らかさ、あるいは歪みか。

 僕個人としても、完全に取り締まるのは悪手な気がしてならない。

 

 何故なら、祭りに不満を持つ者が彼女らだけの筈がないのだから。

 

 彼女らを表立って支援する人は居ないだろうが、内心では魑魅一座が暴れることによって溜飲を下げている人だって、少なからずいるだろう。

 

 例えば、自分の店よりも売上が大きい店が被害に遭えば、客が自分のところに流れ込んで来るかも知れないと考える輩が居ても不思議じゃない。

 仲良しこよしでご飯が食えるならばそれに越したことはないが、結局、商売でやっているわけで。

 

 必要悪、とはまた違うが、自覚があるなしに関わらず、彼女らも役割を担っている。

 被害を被ったお店や建物の補填に関しては、頭が痛いところではあるが……。

 

 そんな魑魅一座が、百夜堂の店先で暴れている。

 

 開店の準備を整えて、身嗜みを確認し、あとは客を迎え入れるだけの状態で――表には行列ができていた――軽い雑談をしていたタイミングだった。

 突如として、爆発音が鳴り響いた。

 建物が軋み、音と衝撃に驚いて転びかけた河和さんが、アクロバティックな動きでそれを回避する様を見届ける。

 窓から外へ視線を移した。

 

 天狗の面を着けた生徒が、ロケットランチャーを構えた姿勢で佇んでいた。

 

 僕は、とりあえず見なかったことにした。

 街中でロケットランチャーを躊躇いもなく撃つような隣人がいるという事実を、一秒でも早く忘れるために。

 続けざまに銃声が聞こえて来たかと思うと、それを皮切りに銃撃戦が始まった。

 念のため、行列を作っていた客も確認した。

 大多数の客は百鬼夜行の住民らしく、何事もなかったかのように知り合いと談笑している。慌てていた客も周囲の落ち着きように感化されたのか、列を飛び出すような様子も見られない。

 

「河和さん、笑顔、笑顔ですよ」

 

 口元をひくつかせて、肩をわなわなと震わせている河和さんに呼び掛ける。

 

「いや〜ん、シズコこわーい……じゃなくて! 陰陽部に連絡!」

「動かないですって。入学式のときに云ってたじゃないですか」

「そういえばそうだった! なんでよりによって店の前で! ……なんであんたは呑気にしてるのよ」

「慌てるようなことかなあ、と」

「寝惚けてるなら、グーで行くわよ、グーで」

 

 袖をまくり、腕を回し始めた河和さんの目は据わっていた。

 

 洒落にならない雰囲気だったので、僕なりに根拠を伝えることにした。

 

「落ち着きましょう。質問なんですが、まず――此処は何処ですか?」

「はあ? あのね、いまはそんな問答してる場合じゃ」

「百夜堂の看板娘はいつでも可愛く、でしょう?」

 

 じっと、大きな瞳で河和さんは僕を見た。

 やがて小さく息を吐くと、こめかみに指を当てて目を閉じた。

 

「そうね……此処は、百夜堂……」

「はい」

「……中心区?」

「その通りです。百鬼夜行の中心区、観光名所が至るところにある、謂わば――自治区の心臓です」

 

 末端であれば話は変わったかも知れないが、物事には優先順位がある。

 此処は百夜堂がある百鬼夜行中心区の商店街。陰陽部本館が建てられている、自治区の中では重要な区域である。お偉いさんのお膝元で、監視の目が行き届いていないなんてことは、流石にないわけで。

 

「ある程度好きに暴れさせたあとは、なんのかんの丁度いいタイミングで、いい感じに騒ぎは収まると思うんですよね」

 

 表向きは手出さないだけで、裏なら幾らでも手の回しようはあるのだから。

 黒幕ポジションとか好きそうだし、天地先輩。

 現に会話している間も、外では警備会社の人員によって、スムーズに観光客の避難誘導がされている。

 他所の自治区の住民に被害出ると、面倒なのだろうなあ。

 

 彼女たちだって、不満を訴えたい相手は限られているだろう。

 今年の桜花祭は、例年よりも遅れての開催だった。その発表があったときに、最後まで不満を訴えていたのは、魑魅一座だったそうだし。

 加えて、お祭り運営委員会の現委員長が定めた本部の建物も中心区にある。

 なんと、商店街会長であるニャン天丸氏も拠点は中心区だ。

 陰陽部、お祭り運営委員会、商店街会長と不満を述べたい相手が揃っているわけだから、石を投げたら一鳥ぐらいはと期待するんじゃなかろうか。

 

「陰陽部はー! 公演会のチケットをもっと配れー! 五分もしないうちに完売とかふざけんなあ! チセ様の初公演うううううううううう!」

 

 暴れている生徒が、血の涙を流しながら叫んでいる。

 

「座席限られているし、厳しいでしょうねえ」

「陰陽部に直談判しなさいよ……!」

「本館の守りは堅牢と聞きますからね。まあ、門前払い食らったんでしょう」

「仕事しろ陰険部!」

 

 吼えた河和さんは、更衣室へ向かい、直ぐに戻って来た。

 手には、ショットガンを持っている。

 汗腺が急に太くなったような気がした。空調が効いてないのかも知れない。

 屋外では、銃火が咲き乱れている。しばらくは止みそうにない。

 

 開店の時間まで、十五分を切っていた。

 

「あの、河和さん。さっきも云ったと思うんですけど、このまま放っておいても、問題ないと――」

「私はね、お祭りを邪魔する奴らが一番嫌いなのよ」

「はい」

 

 一も二もなく頷いた。

 被雇用者の悲しい性である。雇い主が是と云えば、是なのである。決して河和さんがこわかったからではない……決して。

 

 河和さんは、唇を粗野に歪めて笑った。

 

「――やるわよ」

 

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