病葉アマヒコはキヴォトス人。   作:ザントマン

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 まったく以って、この状況は不本意なものであった。

 

 魑魅(すだま)一座に所属する彼女にはミーハーな気質があり、昔から流行りの服、流行りの曲、流行りの話題に、いち早く食いついた。

 とはいえ、学生の身の上であり、それら全てに私財を投げ打ってしまえば、あっという間に懐が寂しくなることは明白である。金銭的な面から、流行りに乗るにしても、選別する必要があった。

 同時に、彼女は可愛いものに目がなかった。

 可愛いと感じる感性は個々に委ねられるが、ともかく、彼女は流行っているもので可愛いと評される代物には、惜しみなく散財した。

 そんな風に生きて来て、百鬼夜行連合学院に――流行という面では最先端を行くミレニアムは、彼女の学力では厳しいものがあった――籍を置くようになって一ヶ月。

 携帯端末で陰陽部のHPをなんとはなしに眺めているときだった。

 

 和楽チセという、陰陽部に新規加入する生徒の自己紹介動画を開いた。

 なんてことのない、ごくごく平凡な挨拶を間延びした口調で行う姿に、心奪われた。

 これまで沢山の可愛いものを目にした彼女の中で、革命が起きた。

 

 直ぐさま、SNSの反応を漁った。

 自分と同じように彼女に魅了された者たちが思い思いのコメントを残していた。

 和楽チセの初公演が開かれるという発表があったときは、狂喜乱舞した。

 絶対にチケットを買って観に行くという決意を胸に、販売日を迎えて。

 アクセスが集中したことによって販売サイトの挙動が重い中、やっとの思いでページを開いたときには既に完売していた。

 

 その日は、枕を濡らして寝た。

 

 SNSでチケットを確保したという報告をする輩を片っ端からブロックしても、気分は少しも晴れやかにならなかった。

 

 鬱屈した日々を送る彼女とは裏腹に、周囲は桜花祭に向けて、熱気を高めていた。

 

 友人からの誘いが発端で魑魅一座に属することになった彼女は、暇を見つけては魑魅一座の面々が揃う場所に身を寄せた。

 古き良き百鬼夜行の祭りを愛する集まり――という点には、興味はない。

 ただ、集まって不満があったら暴れたり、仲間内で愚痴ったりすることは悪くなかった。

 取り分け、彼女が入った気まぐれ流という派閥は、比較的緩やかだった。各々が好きなことをして、利害が一致すれば集まって騒ぎを起こすといった具合に、規律のようなものは皆無だった。

 

 気まぐれに、なんとなく、ちょっと気に入らないことがあったから、暴れてやろう。

 

 こんなことは誰だってやっている。私たち以外も、誰だって思っている。みんな、やらないだけの良い子ちゃんを演じているだけだ。

 

 所属する者にはそういった暗黙の了解、あるいは同族意識があったように思えるし、単純に居心地も良かった。

 過ごしていくうちに彼女も、周囲に染まっていった。

 

 そうだ、陰陽部の連中を脅かしてやろう。あんなに楽しみにしていたのに、チケットの数が幾らなんでも少な過ぎるのだ。自分以外だって、嘆いている人はいた。お金なら喜んで出すのに。なんで私はチセ様の初公演を観ることができないのだ。私が一番、誰よりも、楽しみにしていたというのに。

 

 陰陽部本館の正門前で声を上げても、無駄だった。

 正門に詰め寄ったら、追い返された。

 腹立たしかった。それはそれはもう、とても。

 

 祭りを楽しむ気なんて、欠片も起きなかった。

 どころか、自分がこんな思いを抱えている裏で、チセ様の公演会を観ている者がいる事実に、どうしようもなく苛立った。

 しかし、公演会場を襲おうものなら。

 もし、それで万が一、チセ様に怪我をさせてしまったらと考えると、苛立ちはみるみるうちにしぼんでいった。

 

 ――もういいや。みんなと駄弁りながら、祭りをぶらつこう。

 

 多少は、気が紛れるだろう。

 そして彼女は友人に連絡を取ろうとして。

 

 大人に、声を掛けられたのだった。

 

 まったく以って、この状況は不本意なものであった。

 チセ様の初公演が観たいだけなのに、自分は何をしているのだろうか、と。

 

 彼女は指示通り、とある往来に沿ってロケットランチャーを撃ち込んだ。

 空気を切り裂くような独特の音。爆発が起きる。衝撃波が周囲の建物を揺らした。

 仲間と共に無作為に破壊を振りまけば、警備服を着たロボットと交戦することになった。

 硝煙の匂いと、聴き慣れた銃声が辺りに響いていた。

 指示された場所で適当に暴れて、適当なタイミングで撤収するだけの簡単な仕事だった。

 既に前金は受け取っているし、小遣い稼ぎには丁度良いと、仲間も無邪気に喜んでいた。

 観光客が警備員の指示に従って避難を始めている姿を尻目に、彼女はお面の下で大きく息を吐いた。

 全然楽しくない。面白くない。つまらない。これっぽっちも、気なんて紛れない。

 

「陰陽部はー! 公演会のチケットをもっと配れー! 五分もしないうちに完売とかふざけんなあ! チセ様の初公演うううううううううう!」

 

 気づけば、彼女は叫んでいた。

 弾丸が彼女の身体を掠めた。咄嗟にロケットランチャーを投げ捨て、拳銃を抜いた。撃たれた方向に向かって、碌に狙いを定めないままに銃爪を絞った。

 

「うっさいうっさいうっさい! 邪魔すんなあ!」

 

 ついでとばかりに手榴弾も投げ込んだ。

 着弾地点から慌てて退避したロボットたちは、背中から爆風を受けて転がっていく。

 すっと、胸が空く思いがした。

 抱いていた心の中のわだかまりが、一瞬ではあるが、確かに消えたのだ。

 銃を撃つ。手榴弾を投げる。銃を撃つ。警備ロボットが倒れていく。薬莢が転がる音。仲間の雄叫び――。

 

 あれ、意外と楽しいかも知れない。

 そんな風に思い始めた頃合いだった。

 

 神秘的な声色(ボーイズソプラノ)が、無遠慮に割り込んだ。

 

「あはははははは――」

 

 哄笑が聞こえて来た瞬間、肌が粟立った。

 

 はじめは自分が上げた声だとばかり、思っていた。

 高揚感に身を任せた結果、思わず漏れてしまったものだと。

 しかし、自分が何故か口元を引き結んでいることに気づいた。

 

 哄笑はどんどんと大きくなり、けたたましく鳴り響く。

 

 いつの間にか、銃声は止んでいた。

 彼女の仲間は、身じろぎせずに、ある一点を見つめている。

 

 丁度、声がする方向だった。

 

 背筋にじっとりと汗をかいていた。着物が肌にまとわりついて気持ち悪い。

 寒気を覚えた。声が耳に届く度に、心臓が嫌な跳ね方をした。

 声は嗤っている。嗤い続けている。いまもなお、続いている。

 まるで人魚姫の声を奪ったかのような、悪辣さに満ちていた。

 

 彼女はそちらを見たくなかった。このまま踵を返して、家に帰りたいと思った。

 途端に、頭が回るようになった。

 この人数で襲い掛かれば、余裕ではないだろうか。

 声は一人だった。こちらは十人。不安を駆り立てるような怖気を感じたものの、数の差は無視できる要因ではない――。

 そこで思考を中断せざるを得なかった。銃声と共に、視界の端にいた仲間が崩れ落ちるのが見えたからだ。

 自身を奮い立たせるために、短く息を吐く。

 素早く拳銃を構えながら、笑い声の主へ向き直った。

 声はもう、聞こえなかった。

 

 大きい黒い影に点々と光を散らした存在が、目の前に居た。

 驚く暇もなく、ふわりと踊るように影が舞い、香りが鼻をくすぐる。

 

 人の髪の毛だった。漆黒の髪がまるで宇宙のように広がっており、淡く散った光は星の瞬きを思わせた。

 

 長い髪の隙間から覗かせた顔は紅潮し、瞳は濡れていて、妖艶に唇を吊り上げている。

 

 ――あ、この匂いはサミュエラの香水だ。

 

 顎に衝撃が走った。

 視界がぐるりと回って、そのまま彼女は崩れ落ちた。

 なんだかわからないうちに、こめかみに硬い感触を押し当てられたような気がした。

 撃鉄を起こす音(シングルアクション)

 

「ごめんね」

 

 そのとき既に、彼女の意識は、ぱっと消えてしまっていた。

 

 

 

 最初に断っておくと、僕はそれほど強くない。

 

 血気盛んに真正面から挑もうとする河和さんに、僕は囮役を務めると伝えた。

 僕が陽動と攪乱、河和さんが各個撃破という役割で動こうという提案だ。

 

「あんた、大丈夫なの?」

 

 素っ気ない物言いながらも、こちらを心配する様子に苦笑しつつ、答える。

 

「だったら、最初から大人しくしててくださいよ」

「うぇっ、それはそう……だけど」

「ま、売り上げ作るために僕も来ましたし、期待されてますからね。今日は存分に僕を使ってください」

 

 やや決まり悪げに唇を尖らせる河和さんは、僕の提案に頷いた。適材適所というやつである。

 河和さんの運動性能は僕より優れているし、ショットガンと拳銃の威力は比べるまでもない。

 攻め手が貧弱で時間を掛けてしまうよりも、短期決戦が望ましい。

 開店の時間が迫っている都合で綿密な打ち合わせをしていないが、基本的に生徒同士の戦いは我慢比べだ。

 保険として、水羽さんや春日さんにモモトークでメッセージを送る。

 あくまで保険なので、僕と河和さんのコンビで何処までやれるか――結局のところ、それに尽きる。

 

 僕には、他人にこれだけは負けないというものが一つある。

 

 それは、目立つことだ。

 

 恵まれた容姿、神秘的に発光する髪――人から注目されることに関しては、エキスパートと云ってもいい。

 兄弟たちとの遊びでも、それは顕著だった。

 かくれんぼでは、真っ先に見つかり。

 鬼ごっこをすれば、ひたすら標的にされて。

 模擬戦を行えば、狙撃の格好の的だった。

 今回のような、平面での戦いは苦手だが、逃げるのは得意だ。

 

 他人に見られて、追い回される半生を過ごして来たわけだから、僕の何処を見るのか、何処を見ているのかなんて、目を閉じていてもわかる。

 逆に人の視線を搔い潜る方法を、僕はまったく知らない。

 

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて朝飯前である。

 

 店の扉を開けて、眼前に広がる光景を余すところなく視界に入れて。

 

 僕は、嗤った。

 とびっきりの悪意を込めて嘲るような声色で、恐怖を煽った。

 身振り手振りで、表情で、声で、視線を誘導する。

 

 ……そうだ、僕を見ろ。

 僕だけを、見ろ。

 河和さん目当てで来た客も。

 倒れている雇われの警備員も。

 魑魅一座も。

 

 段々と興が乗って来たのか、いま自分がどんな表情を浮かべているか曖昧だ。

 唇を舐めて、湿らせる。

 

 要らぬ注目を浴びることは御免だが、いま僕は望んで此処に立っている。

 僕から視線を逸らすことなど、許さない。

 視線が増える度に、歓びを感じた。

 だが、まだ全員ではない。

 一人だけ、こちらを見ていない。

 しかし、確実に意識はしている。僕を努めて見ないようにしている。

 それはもう、見ているのと同義だ。

 見ないように意識すればするほど、僕の存在は無視できなくなる。

 さあ――。

 

 自分(アマビコ)を、(アマビエ)を、身共(アリエ)を、(アマゼ)を、(アマヒコ)を刻み込め。

 目に、心に、魂に。

 そうすれば、決して忘れられぬことはない筈だから。

 悲しいことは、忘却されること。

 それだけが酷く、おそろしくて堪らない。

 

 銃声が、鳴った。

 河和さんがおそらく撃ったのだろう。

 

 僕はそれを何処か遠くに聞いていた。

 

 だが、身体は動いた。

 低く、低く、前傾する。

 垂れ下がった髪が地面に着く寸前。

 

 僕は、(マシラ)の如く駆け出した。

 まだこちらを視界に入れない不届き者へ向かって。

 

 ――勿論、物陰から僕たちを窺う者の存在には気づいていた。

 





身共という一人称が公式からお出しされたときに、とてもびっくりしました。

次回で桜花祭編が終わります。
そのあとは、百鬼夜行で過ごす夏の話になります。
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