病葉アマヒコはキヴォトス人。   作:ザントマン

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 買い物を終えてスーパーから出た途端、肌の水分が失われていくような気がした。

 直射日光によって炙られているからか、気分は網焼きにされた魚である。

 もしくは、焦がれるような蝉のラブソングも相まって、煮えた油でこんがり揚げられる白身魚か。色白だし。

 

 両手に持った袋が指に食い込んだ。湿った熱気が身体にまとわりつくと、衣服もこぞって手を伸ばして来るものだから、踵を返し、日が暮れるまでスーパーで過ごすのも悪くないのではなかろうか――半ば本気で思いながら、出入口の看板を見る。

 

 デフォルメされたタヌキと共に、ポップなフォントで「ぽんぽこ」と描かれている。

 

 ぽんぽこは、百鬼夜行でも有数の大型スーパーだ。

 食料品は勿論のこと、日用品や雑貨に至るまで取り揃えてある。店内には、レストラン棟やおもちゃ売り場、映画館に加え、本屋なんかもある。競合相手に、狐火百貨店が挙げられる。

 

 表情を大きく崩すことはしないけれど、暑いものは、暑い。涼しげに振る舞っていても、首を覆い隠すように伸びた髪の内側に籠る熱は、堪ったものではない。手入れは面倒でも、その分、綺麗になっていく髪を見るのは楽しい。しかし、こういった場面では恨めしく思うこともある。

 毎年、夏が訪れる度に思うのだ。

 

 せめて、肩口ぐらいまでばっさり散髪できればなあ。

 

 両の手が塞がっている状況だ。髪を結ぼうにも、食料が入った袋を地べたに直接置くのは気が咎める。自身のものだけなら、特に気にせずに済むのだが。

 

 買い物の同行者――水羽さんを横目で確認する。彼女は日傘を差そうしていた。僕と目が合った。

 

「アマヒコさん、こちらに」

 

 出入口から邪魔にならない、離れた位置に呼ばれる。

 素直に従うと、水羽さんは僕の背後に回り込んだ。

 

「失礼しますね」

 

 おずおずといった様子が微塵も感じられない声色は、気安さがあった。

 彼女は僕の髪を手櫛で梳きながら、一つにまとめ始めた。髪を触られる度に、背筋にこそばゆい感覚が走る。

 髪が切れないことがわかってから、染髪やパーマをしない限り、美容院に行く機会など、ある筈もない。

 つまるところ、僕は他人に髪を触られるという行為に、酷く不慣れだった。

 触らせることはあっても、触られることはなかったから、何度やられてもそわそわしてしまう。

 首回りの開放感を覚えた頃、ヘアクリップでまとめ終えた水羽さんが頷く。

 

「これで、多少は涼しくなったと思います」

「ありがとうございます。すみませんね」

「いえいえ」

「いま、髪はどんな感じです?」

「夜会巻き風で、毛先を出さないようにまとめてみました。出しても可愛いんですけど、出さない方が上品で、よりお似合いだと思ったので」

「お墨付きなら問題ないですね。毎度ありがとうございます」

 

 水羽さんは、ご満悦といった雰囲気で歩き出す。

 

「では、行きましょうか」

 

 

 

 キヴォトス各地で、統計史上最も早い梅雨明けが確認された。百鬼夜行では六日連続の猛暑日を記録している。

 

 町屋は夏に入ってから、様変わりをする。

 建具替えが行われたのは、夏至が過ぎて幾ばくか経った頃だった。

 

 気温が三十七、八度を越えることも珍しくないのだから、涼しいわけもなく。少しでも涼を呼べるように――それが無理なら、せめて目では涼をと――夏のしつらえをする。障子や襖といった建具を外し、代わりに葦戸(よしど)を入れたり、御簾(みす)を吊るしたり、軒下には(すだれ)を垂らす。

 

 この夏のしつらえをされたときの、百鬼夜行の町屋はうつくしい。淡さや、透けが生かされるというか。

 

 日差しの色の鮮やかな時期は、やはり夏至の頃だろう。その日差しを御簾や簾で遮ってやると、室内はとても薄暗くなる。だが、簾の隙間から差し込む日の光は、光の糸のように入り込んで来るし、格子戸によって短冊状になった日差しが作り出す陰影は、思わず感嘆の息を漏らすほどだ。

 

 暑くない空間よりも、暑さをついつい忘れてしまえるような空間作り。

 

 そんな工夫に、贅沢だと思える瞬間がある。

 

 町屋を眺めつつ、老舗の暖簾の色が茶から白へと変わったことや、打ち水は意外と馬鹿にならないなどと他愛のない話をしながら、学生食堂へ向かう。

 

 水羽さんとの料理修行は、二週間に一度の頻度で行われている。

 

 修行といっても、僕が一方的に彼女から料理を教わるだけの時間だ。

 きっかけは些か強引なものではあったけれど、料理そのものは嫌いではない。

 放課後にお互い空いていて、気分が乗ったらスーパーに赴いて、その場で作る料理を決める。材料費は折半。

 この間は、親子丼を作った。その前は、卵焼きだ。

 

 そして今日は――盛り上がった手提げ袋に視線を送る。

 

 ずっしりとした重量感。中には、瓢箪型のかぼちゃがニ、三個ほど入っている。

 僕も水羽さんも物珍しさから手に取ったが、ネットで簡単に調べてみれば、あっさりとした味わいで、水気を多く含んでいるとのこと。

 元は菊かぼちゃだったものが、突然変異していまの形になったとされるこのかぼちゃは、おかぼと呼ばれ、百鬼夜行の一部地域で栽培されているそうだ。いまが旬らしく、青果コーナーに並んでいたところを購入して来た。

 

 今回はこれで、色々と作ってみようと思い至ったわけである。

 

「来週、アマヒコさんのお誕生日ですよね」

 

 学区に続く小道へ入る階段に差し掛かった辺りで、水羽さんが口を開く。

 道幅は狭い。日傘を閉じた彼女は目を細め、手を翳した。

 誕生日について、水羽さんに喋った覚えはない。

 答え合わせは直ぐにできた。

 

「シズコちゃんから聞きました」

「そういうのって、サプライズで黙っておくのでは?」

「アマヒコさんはそういったサプライズは嫌う、とシズコちゃんが」

「流石、河和さんですね」

 

 僕はサプライズの類が苦手だ。

 

 隠れて準備程度ならともかく、祝う相手に計画が露呈しないよう、立ち回ることに躍起になれば不自然に映るし、誤魔化すために強引な手を打ってくることも少なくない。こちらに違和感を抱かせるような真似は、極力控えるべきである。

 が、往々にして、そうした秘め事に積極的に加担する人種は、素直な人が多い気がする。

 準備する側は楽しいかも知れないが、逆の立場になれば、当日まで疎外感を味わう場合がある。

 

 仲の良い友人たちが自分を抜きにして、という部分で、もう嫌な人は嫌だろう。

 

 あとは、気づいていても、気づかない素振りで居続けることを強いられるのも不快である。

 それこそ、サプライズとやらの内容が気に食わないものであっても、謝意を示すことを強要せざるを得ない状況を作られている。

 

 フラッシュモブでプロポーズだなんて、本当に最悪だ。

 選択肢など、あってないようなものである。

 

 準備期間とやらが長ければ長いほど、相手も費やした手間暇があるわけで。

 

 地獄への道は善意で舗装されている。

 

 そんなリスク抱えるぐらいなら、素直に祝いたいと伝えて、当日の段取りを組む方がお互い楽しいだろう、と僕は思ってしまうのだ。

 

 おそらく、河和さんもサプライズされるのは得意ではないだろう。

 

 河和さんは仕切り屋で、完璧主義者である。

 故に、サプライズ一つ取っても、主役にバレるような――粗が目立つ真似は我慢ならないのだ。

 河和さんは無粋なことはしないので、その場では笑って受け入れるのだろうが。

 

「ま、僕より先に河和さんの誕生日がありますけどね。そういえば、水羽さんと春日さんの誕生日はいつです?」

「三月一五日です。ツバキちゃんは、二月三日になります」

 

 とっくに誕生日は過ぎていた。入学後に知り合ったのだから、仕方のないことではあるが……。

 

「今度、お二人に何か贈らせてくださいよ。ずいぶんと遅れた誕生日プレゼントになってしまいますけど」

「そんな、お気になさらなくても。私のことは気にしないでください。ツバキちゃんには、是非」

「春日さんだけに贈ったら、僕が怒られちゃいますよ」

 

 表情を変えないままに、声色だけ氷のようにして詰められる未来がありありと想像できる。

 ここ最近は本当に手心を加えるということを知らないからなあ、あの子。

 河和さんから何を聞いているのかはわからないが、僕の肩身は狭くなる一方である。

 

「水羽さん大好きですからね、春日さん」

「私もツバキちゃんのことは大好きです」

「ご馳走様です」

 

 頭を軽く下げると、水羽さんは口元に手を当てて笑う。

 

「でも、ツバキちゃんはアマヒコさんのことも大好きだと思いますよ」

「僕も春日さんのことは好きなので、水羽さんとはライバルですね」

「うふふ、ではどちらがツバキちゃんに相応しいか勝負しますか?」

「勝負の内容はなんでしょう」

「そうですね……どちらがツバキちゃんのことをよく知っているか」

「参りました」

「潔すぎませんかアマヒコさん」

「春日さんは諦めます。けれど、河和さんは渡しませんよ」

「前々から思っていたのですが、シズコちゃんのこと好き過ぎませんか」

「――大好きですけど?」

「アマヒコさん、目が若干怖いです」

 

 際限なく湧き出る河和さんへの思いは、どうやら僕の器程度に収まるものではないようだ。

 そんな自分が悔しくもあり、何処か誇らしくもある。

 

「プレゼントは用意されていますか?」

「――そんな当たり前のこと、訊かないで貰えますか」

「アマヒコさん……?」

 

 この僕が、河和さんへ贈る誕生日プレゼントを失念する?

 舐めて貰っては、困る。

 それはもはや、僕ではない。別の誰かだ。

 

 常識的に考えて欲しい、と僕は前置きをしつつ、持論を展開した。

 

 河和シズコという存在の可愛さについて、わざわざ語るべくもないことであるので割愛するとして、だ。

 河和さんが、この世に生を受けたことそのものを、キヴォトス全土で祝うべき事柄の一つとして語られることに疑いの余地はない。会ったことはないが、連邦生徒会長も僕と同じように自制しているだけで、本心では、きっと河和シズコ生誕祭なる祝日を作りたくて仕方がない筈なのだ。やらないのは、もしそんなことになってしまえば、彼女が迷惑を被ってしまうことが明白であるからだ。百夜堂の客相手ならともかく、母数が増えることで、拗らせた厄介な輩を呼び寄せることに繋がる可能性もある。いまだって、案外、河和さんの直ぐ近くに居るのかも知れない。

 だからこそ、近しい者だけで祝っている。そして、その近しい者の一人に数えられる幸運を奇跡と同列に捉えてしまっても、例えトリニティのシスターであっても、きっと笑顔で頷くに違いない。主もきっとお許しになるだろう。他意はないけれど、シスター服の河和さんが見てみたい。

 ああ、今年も河和さんの誕生日を祝う誉れにあやかれることを許される容姿に生まれついたことに、ただただ感謝の念を抱く他ない。

 僕があの日、百鬼夜行に訪れていなければ、というもしもを想像してみるが、そんな仮定は考慮に値しない塵芥であり、むしろ河和さんに会っていない病葉アマヒコに対して、いまの僕は憐憫を隠し切れない。

 安易な言葉を用いて河和さんへの思いを形容してしまうこと恥じ入るばかりであるが、彼女は僕にとって友人であり、心の底から幸せになって欲しい人である。

 そんな僕が。

 

「河和さんの誕生日プレゼントを用意していない、と?」

「どうしてシズコちゃん絡みは、おかしい人になってしまうのでしょう」

「自分の気持ちに正直でありたいだけなんです」

 

 僕と彼女の間を生温い風が通り過ぎて行く。

 

「……シズコちゃんが、アマヒコさんと誕生日も近いので、まとめてお祝いはどうかと仰ってました」

 

 水羽さんは諦めたように呟いたあと、ほんの僅かに唇を尖らせた。

 とりあえず、気づかない振りをしながら会話を続けることにした。

 校舎はもう目の前だった。

 

「是非やりましょう」

「つーん」

 

 つーん、て。口で云ってしまっているし。

 なんだろうね、この可愛い生き物は。

 云い慣れていないからか、声が上擦っている。

 

 給食部でもない一般の生徒が、学生食堂の調理室に踏み入ることは、基本的に禁止されている。

 給食部の生徒の立ち合い、もしくは給食部部長の許可があれば可能であり、僕たちは後者だ。水羽ミモリという生徒への厚い信頼を、ひしひしと感じる。

 職員室から第三学生食堂の鍵を借りて廊下を進んでいる間も、水羽さんの「私は拗ねています」という態度は続いていた。

 学生食堂の鍵を開けて、調理室で手を洗い、エプロンや三角巾を巻いた辺りで、袋から材料を取り出す。

 ごつごつとした皮が何処か威圧的に感じられる瓢箪型のかぼちゃ――おかぼ。三つあるが、今回使うのは一つだけで、残りは水羽さんと分ける。

 小さめの煮干しと、かぼちゃの鶏そぼろ煮の素。無塩バターに砂糖、料理酒、淡口醤油。調理器具を洗い、準備を整えたところで、水羽さんが口を開く。

 

「今日はかぼちゃを炊くのと、バターで炒めてみようと思います」

「おお」

「炊くときは煮干しのみの出汁と、そぼろ煮の素を使った鰹と昆布の合わせ出汁をそれぞれ作って、食べ比べをしましょうか」

「いいですね」

「工程はシンプルなので、これまでのような注意事項は特にありません。アマヒコさんは、かぼちゃの種とワタを取り出したあと、食べ易い形に切ってください」

「はい」

「それから――」

「水羽さん」

 

 てきぱきと指示を出す水羽さんを遮って、問いを一つ。

 

「はい?」

「もう、いいんですか? 拗ねた振りしなくて」

 

 殿方の前で拗ねるシチュエーションがやってみたかったんです。

 学生食堂に響く声量で叫んだ彼女の耳は、赤かった。

 

 

 

 おかぼの瓢箪部分の下を任された僕は、四等分にしたのち、スプーンを使って種とワタを取り出す。取り出したものはあとで一緒に炊くので、捨てずに取っておく。

 小さく切る前にラップで包み、電子レンジで加熱するともっと切り易いが、今回はそのまま切ることにした。手を抜けるところは、抜く所存である。

 

「アマヒコさん、食べてみてください」

 

 表面が岩肌のような皮を削ぎ落としていると、おかぼの上の部分の果肉を薄くスライスしたものが差し出された。

 手に取って口に含むと、栗かぼちゃのでんぷんを含んだそれとは違う味が広がった。

 

「これは、瓜ですね」

 

 この淡白な味わいは、まさしく瓜である。

 試しに、いま切っている果肉の端を同じようにして食べてみると、こちらはやや味が濃いように思える。

 共通して云えるのは、普段口にしているかぼちゃに比べると、やはり瓜の要素が強いように感じた。

 鍋に皮があった部分を下にして並べ、水、煮干し、取っておいた種とワタを入れて火にかけて、煮立てる。

 水羽さんは、瓢箪の上の部分をスライスしたものを炒めていた。バターの香りが胃を刺激する。

 

「思ったよりも、火の通りが早い気がします」

「でんぷん少ないからですかね」

 

 綺麗に焼き目のついたおかぼが、皿に移された。

 鍋のおかぼが煮立つまで、まだ時間は掛かりそうだった。

 

「食べてみません?」

「火傷しないように気をつけてくださいね」

「はい。それでは、いただきます。……あ、美味しいですね」

「私もいただきます」

 

 しゃっきりしていた食感が加熱によって、少し柔らかくなっている。それでいて瑞々しさも残っており、絶妙な歯触り。果肉は一見するとかぼちゃそのものであり、仄かに瓜らしい香りがする。

 素朴な味ではあるが、バターの香ばしさで充分に食べられる。

 ただ――。

 

「普通のバターだと、塩気が丁度良くなる気がします」

「確かに。今回は無塩バターですからね」

 

 水羽さんの言葉に深く頷いた。

 此処に来るまでに、多少なりとも汗をかいている。

 身体は塩分を強く欲していた。

 

 煮干しの香りが立ち込めて来た頃、おかぼの柔らかさを確かめてから、酒、醤油、砂糖で味つけをしていく。

 器におかぼ、煮干しをそれらしく並べて完成だ。

 水羽さんが作った、合わせ出汁のおかぼ炊きも隣に置かれる。

 

「まずは、煮干しから」

 

 おかぼの一切れを口に運ぶ。水気を多く含んだそれの表面から歯を入れていくと、抵抗もないままに通っていく。ほぐれた繊維が千切れていき、染みこんだ煮干しの出汁と醤油の塩気、香りが口いっぱいに広がった。

 

「美味しい……」

 

 素直に、そう思った。

 煮干しを噛み締めつつ、おかぼの歯触りを楽しむ。

 鰹と昆布の合わせ出汁で炊いたものも食べてみた。美味しかった。塩気はこちらが濃いため、舌は喜んでいる。

 だが、不思議と心が満たされるのは、煮干しの方だった。

 どうしてだろう、と考えてみれば、自ずと答えが出た。

 

 合わせ出汁は、美味し過ぎるのだ。

 

 贅沢煮、という郷土料理がある。

 たくあん――おこうこ、と百鬼夜行では呼ばれている――を一晩か二晩、水に浸けて塩抜きしたものを、ちりめんじゃこ、醤油、鷹の爪と一緒に入れて煮るのだ。わざわざ漬けたたくわんの塩気を抜いてまでやるのだから、さぞ美味しいのだろうと思われるかも知れないが、調理工程から察する通り、味は薄い。新しい大根を使えば、一時間と掛けず、似たようなものは作れるだろう。

 あえてそれをやって、贅沢煮だなんて、斜に構えている。

 それほど美味しいものではないのに、妙に惹かれる僕が居るのだ。

 贅沢煮ほど手間暇を掛けているわけではないが、煮干しと醤油で炊いたおかぼ。

 ひもじさを感じない、美味しく作り過ぎない美学とも云うべきか。

 これもまた、百鬼夜行の数ある贅沢の一つではなかろうか。

 

 食べ進めていく。

 会話はない。箸と食器が擦れる音が微かに響く。気まずさは感じない。

 水羽さんが、実は食事の際はあまり喋らない質だと知ったのは、二人で料理修行を始めて直ぐだった。

 廊下の奥からたまに誰かの足音がしても、じきに静寂が戻って来る。

 

「贅沢してるって感じがしませんか、水羽さん」

 

 思わず、言葉が零れていた。

 

「仰りたいこと、なんとなくわかります。とても満たされた気分です、いま」

 

 絞り出すように口にした水羽さんは、箸を置くと、胸に手を当てた。

 

「この料理って、もしかしたら水羽さんの目指す、大和撫子の境地に近しいものなんじゃないですか」

「云われてみれば、そうかも知れません。大和撫子の目指すべき料理とは、まずは上品であること。必要以上に飾らず、食べ終えた人が、物足りなくないもの」

「今回のこれは、物足りないって人は居るでしょうね」

 

 口を開けば、舌は回る。

 そうして、探るように会話を重ねていく。

 彼女は頷いて――頷いて、いなかった。

 

「これまで、鉄板の家庭料理にばかり手を出していましたが、きっと、これは私だけでは思い至らない修行でした」

「お役に立てたようで、なによりです」

「アマヒコさん……」

 

 名前を、呼ばれた。

 視線が絡み合う。彼女は、酷く真剣な表情をしていた。

 

「私、は――っ」

 

 間抜けな光景だった。

 

 僕たちはエプロンと三角巾を身につけて、椅子に座ってかぼちゃを食べていただけなのに。

 どうして、こんな雰囲気になるのかな。

 必死な、可憐なその唇から零れる言葉を留めるように、僕は動こうとして。

 

 突如、大きな縦揺れが僕たちを襲った。

 

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