病葉アマヒコはキヴォトス人。   作:ザントマン

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「羽織、ですか」

 

 誕生日プレゼントだと手渡された桐箱を開ける。二つ折り大のたとう紙に包まれたそれは、朱色の長羽織だった。

 手に取って確認してみれば、表、裏ともに正絹(しょうけん)縮緬(ちりめん)地に流水文様が一面に染めてあり、その上から満開の桜が密に、あるいは租に散りばめられている。

 実用性よりも、どちらかと云えば趣味性の高い一品だ。

 可憐で華やかな、気分が一気に上がるような羽織だ。

 

「去年は私の誕生日にあんたにしてやられたじゃない。今年は、お婆ちゃんとのタッグよ」

「大したものじゃあ――僕が決めることじゃないか。そんなに喜んでいてくれたとは思いませんでしたよ」

 

 去年、河和さんに誕生日プレゼントとして渡したのは、ハンドクリームだ。サミュエラの試供品が丁度その頃出ていたから、申し込んで届いたものをそのまま、という形になる。高価なものを渡されるのは困るだろうという判断からだったが、問題なかったようだ。使ってくれているだろうな、と察してはいたものの、ほぼ一年越しとなる答え合わせに、思わず苦笑が漏れる。

 

「正直、悔しかったのよ。ハンドクリームって云ってたけど、顔とか腕につけてみても全然問題なかったし。なにより、容器が可愛いから、使う度に気分が上がって。……製品になったあと、結局手を出しちゃったもの。高いけど、それに見合ってるから。でも、簡単には使えない……!」

「ああ、試供品で人気出ちゃったものだから、商品化したけど、品薄で手に入りにくいらしいですね。何ヶ月も待つとかなんとか」

 

 河和さんから着物を貰うのは、二度目になる。

 今年の桜花祭で、河和さんが慕う、古着屋を営んでいた彼女が仕立てた着物を介して、その奥深さに感じ入ったことは記憶に新しい。

 照れ交じりに、愚痴とも褒め言葉とも取れる言葉を吐く河和さんに笑って応じながら、貰ったばかりのそれを羽織ってみる。水羽さんが寄って来て、それとなく手伝ってくれた。お礼を云いつつ、その場でくるりと回ってみる。

 

「どうです?」

 

 自分ではあまり選択しない派手な色合いなだけに、人の目にどう映るのか気になっていると、水羽さんが口を開いた。胸の前で両手を合わせて、頷く。

 

「とっても、お似合いです! ツバキちゃん、見てください」

「ん……ふぁあ……? わ、綺麗だし、いい感じだね〜」

「そうね。似合ってなくちゃ困るけど、あんたにその心配は無用でしょ」

「これも、古着なんですか?」

「殆ど手を加えてないらしいわ。新品でも問題ないぐらい、状態が良かったんですって」

「それはまたなんというか。勿体ないですね」

「着物は、やっぱり着られてこそよ。だから、遠慮なく受け取っておきなさい」

「ありがとうございます」

 

 着物というのは、基本的に値の張る代物だ。新品同然の品と来れば、それ相応に違いない。流石、私の見立て通りと不敵に笑う河和さんにそれを訊くのは、野暮というものだろう。心意気を汲んで、素直に受け取る。

 

「ただ――当たり前のようにレディースなんですね」

「見たところ、サイズも問題なさそうね。別にいいじゃない、私たちが羽織ると大きいのよ、これ。百夜堂の制服散々着てるのに、いまさらなに云ってるの」

「シズコちゃんと一緒に働いてるときのアマヒコさん、本当に女性の方にしか見えませんよね」

「普段も、狙ってやってるの? ってぐらい、仕草が板についてる」

 

 呆れている河和さんに次いで、水羽さんや春日さんも、口々に言葉を零す。

 

「ま、狙ってやってますしね、ぶっちゃけ」

『やっぱり』

 

 綺麗に三人の声が揃った。

 

 私服も女性誌に載っているファッションから、パンツスタイルのものを参考に選んでいる。同年代は基本的に女性で、囲まれて過ごすのだ。自然と振る舞いや仕草も寄っていく。髪が切れるのなら、別の選択肢もあったのだろうが、燐光を零すこの髪を前に、数々の鋏が刃こぼれを起こすものだから、然もありなん。女性的な線の細さを生かす方向にいったのは、必然と云える。

 

「では、僕からも河和さんに。お誕生日、おめでとうございます」

 

 今年はあらかじめ河和さんに釘を刺されていたため、素晴らしいプレゼントと比べると多少、見劣りするであろうが、こういったものは、やはり気持ちが大事だろう。僕の河和さんへの思いは、その程度で量れるわけもないのだから、何を贈ったところで……これは、流石に暴論かも知れない。

 

「なんか細長いわね」

「今年もコスメにしようとはじめは考えていたんですが。予備があっても困らないだろう、と思いまして」

「ゴムベラ?」

「夏の新メニューのために、お菓子作り頑張ってたじゃないですか。本来なら、そのときに渡すのがいいんでしょうけどね。邪魔はしたくなかったので」

 

 ゴムベラ。別名、シリコンスパチュラ。柔らかいものをかき混ぜるのに適している。お菓子作りに欠かせないのは当然として、耐熱性に優れた品を選んだ。

 先端部分が平らで、曲線を描く容器の底や側面にフィットしてくれるから、幅広い用途に使える筈だ。

 

「あんた、外さないわよねー。まだ、家に置いてるのは現役だけど、あって損はしないから嬉しいわ。ありがとう」

 

 河和さんの頰は、緩んでいる。心なしか声も弾んでいるように聞こえて、こっそりと胸を撫で下ろす。

 

「それは良かった」

「なんやかんやで、一年ぐらい経ったのかしら。あんたと出会ってから」

「十四のときですか。そのあと少ししたら、誕生日ですもんね。三日しかずれていないから、去年は河和さんに合わせたんですよねえ、祝うの」

 

 それまでは馬が合うなあ、とは思いつつ、ほどほどの距離感を保っていた僕たちだったが、誕生日が近しいことが直前で発覚し、その場の流れで祝おうという話になった。

 けれど、なにぶん急過ぎた。あっという間に迎えた誕生日。僕は、偶々受け取っていた試供品を。河和さんは、悩みに悩んだ結果、僕に食事を奢ることでプレゼントとした。

 河和さんが悔しがるのも、無理はない。そのときに比べれば、今年は万々歳だ。

 同じように思い出していたのか、はたまた偶然か。

 顔を見合わせた僕たちは、ただ、無言で笑みを交わして――。

 

「仲よきことは美しきかな、とは云ったものですが。私たちのことも忘れないでくださいね」

「ミモリ……その云い方、アマヒコっぽいよ……」

 

 鈴を転がすような声が、割って入る。あとに続く間延びした声に、何故だか責められている気分になるのは、気のせいではないだろう。

「忘れてないから!」と叫ぶ河和さんは、今日も可愛いなあ、うん。

 春日さんに、抗議の意味も込めて話し掛ける。

 

「僕がなんだって?」

「ミモリがアマヒコに似て来た」

「云うほど、似てないって。多かれ少なかれ、一緒に過ごした人の影響受けるさ」

「言動は間違いなく、似て来た。嫌味っぽいのに正論だから、相手がなにも云い返せない」

「うわあ、それは嫌ね。気をつけた方がいいわよ、ミモリ」

「はい、気をつけます」

「共通認識なのやめろや!」

 

 自覚しているけどさあ! 一応、今日の主役なんだけどこっちは。

 水羽さんの唇は弧を描いているが、視線が合うなり、僅かに尖った。

 

「本当に私たちのこと、忘れていませんでしたか? お二人とも」

「ミモリが拗ねちゃった。これはもう、謝らないと~」

「拗ねてません」

 

 誰がどう見たって、拗ねていた。

 腰の裏で手を組んで、顔を明後日の方に向けている。だのに、視線が幾度も交差するのは、しきりにこちらを窺っているからだ。

 河和さんは、両手を前で合わせる。僕もそれに倣った。

 

「ごめんね、ミモリ」

「すみません、水羽さん」

「駄目です。許しません」

 

 謝罪が受け入れられる。そんな予想とは裏腹に、水羽さんはさっと身を翻すと、客室から出て行こうとする。ぎょっと目を見開いた河和さんが慌てたところで、続けて声が届いた。

 

「なので――その場で、目を瞑ってください。そして、決して開けないでください。私がどうぞ、と口にしたら、開けていいです。ツバキちゃん、見張っていてください」

「わかった」

 

 僕も河和さんも、黙って、その場に立っていた。

 数十秒、もしくは数分程度経った頃合い。床板を静かに歩く音が耳に届いた。

 音は、最初に河和さんの方へと近づいた。

 

「失礼します」

「み、ミモリ……?」

「動かないでください。目を開けてはいけませんよ?」

「うん……」

 

 鋭敏になった聴覚に、髪の毛をブラッシングする音が飛び込んで来た。水の入った容器を振る音がしたのち、スプレーを噴き掛ける音も聞こえる。

 十分ほど待っていただろうか。河和さんの傍にあった気配が、こちらへと近づいて来た。

 

「失礼します」

 

 慣れた手つきで、髪に触れられる。

 

「相変わらず、羨ましいです」

「水羽さんの髪だって、綺麗ですよ」

「はい、アマヒコ喋った~」

「僕に厳しい」

 

 それだけ云うと、春日さんの気配も遠ざかる。部屋の隅で何かを漁っているようだ。

 河和さんと同様に、ブラッシングから始まった。慣れた手つきのそれは、軽快であるが故に、眠気を誘う。

 気づけば、頭頂部の辺りで輪のように結い上げられていた。交差部を何かで留められる。細長い形状だ。そのあとは、毛先の一本に至るまで念入りにチェックが入る。

 そうして、ヘアスタイリングが終わった。

 

「どうぞ、目を開けてください。アマヒコさん、シズコちゃん――お誕生日、おめでとうございます」

 

 視界が明るさに慣れるまで、数秒。河和さんの姿をまず認めた。

 認めて、認めて――僕は、思ったそのままを口にしていた。

 

「は? 河和さん、きゃわわ過ぎるだろ」

「はいはい、どうも。あんたは――もう、そうね。凄いわ、とりあえず」

 

 河和さんの格好は見慣れた百夜堂の制服だったが。

 髪型が、ハーフアップだった。

 もう一度、確認してみる。

 ハーフアップだった。

 河和シズコのハーフアップの可愛さ。いまの僕なら、どんな相手もハリーアップとまくし立て、ギブアップと口にさせられるだろう。仮に――いや、事実としてそうだが――河和さんの可愛さに、キヴォトス中がひれ伏す中、真っ先に腰を折るのは僕だという確信があったし、抗う気もなかった。

 いつもの二つ結びも河和さんの魅力を損なわないどころか、鬼に金棒というのは云うに及ばすであるが、ヘアオイルをおそらくは塗ったのだろう、しっとりと濡れた艶髪をハーフアップにすることで、柔らかな清楚さを際立たせつつも、上品な印象を見る者に抱かせる。

 

「水羽さん――ありがとう」

「やっぱりシズコちゃんが絡むと、おかしい人になってしまいます」

「こらっ! ミモリがあんたにも色々やってくれてんだから、ちゃんと見なさい! ほら、鏡!」

 

 しまった。

 河和さんの可愛さに脳が侵されていた。戻れなくなるところだった。そこから、正気にまた引き上げてくれるのも河和さんなのだから、これはもはや永久機関と云えるのではないだろうか。

 

「聞こえなかったみたいね。次はグーで行くわよ、グー」

「すみません」

 

 水羽さんは、苦笑いだ。

 手鏡を覗き込むと、天女染みた髪型の僕が居る。ポニーテールとは違うそれは、淡い光を散らす髪をより一層神秘的な雰囲気へと押し上げていた。

 頭頂部を結ぶ交差部を留めていたのは、簪だった。

 玉簪(ぎょくしん)――装飾は、珊瑚か。

 

「髪は山海経発祥の飛仙髻をヒントに、少々アレンジを加えたものです。簪は、露店で見つけたときに、アマヒコさんがヘアクリップで髪の毛を留めている姿が浮かんで。これしかないって思いました」

 

 滔々と語る水羽さんは、続けて河和さんに視線を遣る。

 

「シズコちゃんには、私のお気に入りのヘアオイルと、個人的に似合うと思ったハーフアップを。うふふ、やっぱり可愛いです! ……アマヒコさんも、あの、とても反応が良かったですし」

「最高の仕事をしてくれました、水羽さん」

「あんたね……」

「簪やヘアアレンジよりも、喜んでいませんか……?」

「ミモリは泣いていい」

「ミモリ、あいつは放っておいて、もう私たちだけで誕生日会しましょう。それとさっきはごめんなさい。もうミモリを除け者になんて、絶対しないから」

「シズコちゃん……」

 

 自業自得とは云え、雲行きが怪しくなって来た。

 しれっと会話に加わっていた春日さんの手にはラッピングされたカップケーキが握られている。

 僕の視線に気づいたのか、珍しく逡巡するような様子を見せる。

 河和さんと僕の手にそれぞれ乗せると、静かに言葉を押し出した。

 

「……はい。お誕生日おめでとう、二人とも。みんなで食べるホールケーキ作ろうかなって思ってたの。でも、この人数だと食べ切れないかなーって。お菓子作りやったことなくて、ミモリに手伝って貰ったんだけど……美味しくなかったら、ごめんね」

 

 ゆっくりと、しかし一息で喋り切った春日さんは、眠ることもせずに何かを待っていた。

 春日さんからは、背後に立つ水羽さんがどんな表情を浮かべているか、見えない。

 だから、それが見えたのは僕と河和さんだけで。

 優しい顔だった。何処かそわそわとした春日さんを見守る水羽さんの慈しみ深い瞳は、緩んだ笑みは、おそらく春日さんにしか向けられないもので。特別なのだろう、と疑いようもなく思った。

 不意に、それと目が合った。

 見る見るうちに、期待に輝くその瞳に映る僕は、ばつが悪そうに微苦笑していた。

 カップケーキのラッピングを外す。もっちりとした、固めな生地とのにらめっこは、数秒と経たずに終わるだろう。

 

 プレゼントは、羽織と、簪と、カップケーキ。

 

 今日は僕の、十六歳の誕生日だ。

 

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