病葉アマヒコはキヴォトス人。   作:ザントマン

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 市街地から一歩、その道に足を踏み入れると、そこは郊外ではなく、山になっていた。

 鬱蒼と繁る樹木に直射日光は遮られて、町の騒音も届かない。舗装されていない土が剥き出しの山道は、苔むした岩や群生したきのこ、野草の類が植物図鑑のように並んでいた。ところどころにある湧き水の傍に、鍋とコップが置かれている。鍋に溜めたそれで手を洗おうとした生徒が、冷たさに悲鳴を上げているのを尻目に、緩い傾斜を進む。

 

 生徒たちは二つのグループに別れ、時間差で登る運びとなっていた。

 定められた目標タイムは、往復で三十分。標高は四八〇メートル弱。桑上先輩曰く、地元の生徒は初等部の頃に、遠足で一度は登っているとのこと。麓に近づくにつれて、懐かしい、という声が幾つも上がっていたことを思い出した。

 

 勾配の数はそう多くないが、平地と同じように脚を使い続ければ、あっという間に疲労は溜まる。踵から下ろし、靴裏の接地面を広く取るように意識した。重心を後ろから前へと動かして、一歩ずつ。着実に。一定のペースを維持したまま登る。

 

 針葉樹の香りを胸いっぱいに満たしながら、単純作業を繰り返していると、意識が自分の内側に潜るような感覚を覚えた。それは、肺に取り込まれた酸素が血管を走る血液の流れに乗って、全身に行き渡る様であったり。足裏の汗腺を通して伝わった大地の力強さが、体内の細胞を打つ様であったり。

 

 額を濡らす汗にすら、心地良さを感じた。

 

 山から音が途絶えるということはない。その包容力を以ってしても、あらゆる動植物の気配は、ふとした拍子に見え隠れする。尤も、いまは生徒が発した声や足音のみならず、風をかき混ぜる音――遭難防止の目印代わりであるドローンだ――がするために、ひっそりと息を潜めている。

 

 けれど、そんなものは知らないとばかりに。声高々に。

 叫んでいるものが、此処には居る。

 

 暦では、八月の半ばを過ぎた。

 まだ、ひぐらしは鳴いていた。

 

 

 

 豊かな双丘が、悩ましげに揺れている。

 

 上下にただ揺れているだけにもかかわらず、視線が惹きつけられるのは、なるほど己の性を顧みれば当然であると思うのと同時に、無遠慮に過ぎる――礼を欠いてやしないかと自問する。

 

 視線、というものに一家言ある身としては、盗み見られるよりも堂々と見られる方が、わりかし気分は楽である。

 その行いの結果が自身に帰結するのであれば、存分に堪能するのもまた一興だろう。下手に隠す素振りを見せたとて、視線を注いでいた事実は変わらないのだから、という開き直りもあった。

 もとより、硬派な自覚は微塵もない。

 

 つまるところ、眼福だった。

 

「……アマヒコ、見過ぎ」

 

 隣を走っていた春日さんから、非難の声が上がった。

 膨張色――体操服の白さによって際立った胸元は、春日さんが動く度に主張を繰り返す。

 

「ありがとうございます」

「うわあ。謝らないんだ」

「謝るぐらいなら、最初から見るなって話ですよね」

「その開き直り方は、さいて〜」

 

 呆れたように口にした春日さんは、こちらをちらりと見遣り、続けた。

 

「慣れてるね。やっぱり」

「ま、駆け回ってましたからね」

 

 山家育ちの面目躍如、と云ったところだろうか。

 春日さんは、呼吸を少しばかり乱していた。

 

 傾斜は登るにつれ、厳しくなっていた。狭くなる一方の道幅に加えて、粘土質の地道の折り返しが何度もあった。網の目のような脇道も多い。目印のドローンがなければ、もっと歩かされていたに違いない。正直なところ、春日さんに驚いていた。少し息が乱れているだけで済んでいる。山に慣れた人間であっても、楽とは決して口にできない道中だ。見栄を張る輩とて――僕のような人種を指す――ちょっときつめ、程度は云う。

 

 しかし、よくよく思い返せば、大げさに驚くことではないのかも知れない。なにせ、身の丈ほどもある盾を振り回しながら動くのが、春日さんにとっての日常だ。むしろ、納得が先に立つべきだろう。

 

「少し、休みますか?」

「うん」

 

 中腹に差し掛かった辺りで、切り株や大きな石に座る生徒たちが見えた。木々の隙間にある、ちょっとした広場のようだ。日に照らされたその場所には、透明のビニールシートに覆われた木材が積まれ、群れをなしていた。

 赤い布を着付けられたお地蔵さんの前を失礼して、切り株に腰を下ろす。

 

 水筒を傾けて、渇いた喉を潤した。身体に染み込ませるように飲んでいると、春日さんが目を瞑っていないことに気づいた。暇を見つけては、ところ構わずに眠る人間が起きている。ある種の異常事態と云えた。

 春日さんは水筒を持ったまま、やや顔を上向かせている。

 

 視線の先にあるのは、木だ。無数の爪楊枝が、幹に突き刺さっている。そのうちの何本かは、プラスチック製だった。ビニール紐でくくられた紙に、番号が書かれている。

 おそらく、識別番号だろう。

 

「これ……なに? 呪い?」

 

 苦笑が洩れた。確かに、そう見えなくもない。

 そして、合点が入った。

 春日さんにしてみれば、突如、呪術めいた何かが視界に現れたようなものだ。

 

「感染木でしょう。これ以上広がらないように、爪楊枝で塞ぐんです」

「感染……」

「此処が明るいのは、見ての通り、伐採しているからなんですが。そもそもの原因は、これでしょうね。カシナガという虫が運ぶ菌で、木は急速に衰えてしまいますから」

「じゃあ、この爪楊枝って」

「棺桶の釘打ちみたいなものです。爪楊枝は白樺が使われることが多いんですが、まあ、中から食い破られることもありまして。そうなったら、プラスチックに変えたり」

「そうなんだ。詳しいね」

「うちの地元でも、ナラ枯れの被害がなあ……」

 

 このところ、雨が降っていない影響も大きい。ぬかるんだ地面を歩かずに済んだことは喜ばしいが、片やこうした問題も起こる。暑さによって広葉樹の給水機能が低下し、ナラ枯れの進みは早まっているのだろう。

 僕は足元にあった葉を拾って、春日さんに見せた。

 

「あぁ……」

 

 曖昧に頷かれた。

 蝕まれた葉は赤茶けていて、鮮やかさとは程遠かった。

 

 登頂を再開すると、登山者――こう表現すると、実に仰々しい――とすれ違った。登ることが日課となっているのだろう、軽々とした格好のご年配や、翻って、本格的な装備を整えた獣人女性の集団。

 先発グループの幾人かは、既に下山を始めていた。

 

 ジャージ姿の集団の中に、水羽さんの姿があった。談笑しながら下っていた彼女は、こちらに気づくと、控えめに手を振った。

 春日さんはだらりと片手を挙げて、僕は軽い会釈を返した。水羽さんは少しだけ、不満そうだった。

 一人が、意味ありげに水羽さんの顔を見た。

 

「どっちが本命?」

「そういうのじゃありません」

「あ、僕は浮気相手ですよ」

「私が本命だよ」

「お二人ともなにをっ!?」

 

 すれ違いざまに僕が火種を、次いで春日さんが酸素を放ると、悲鳴が燃え上がった。

 話題の中心は、あっという間に水羽さんになったようだ。記者会見さながらの質問攻めに遭っている。恨めしそうな視線が遠ざかってゆく。

 春日さんと顔を見合わせて、笑った。

 仕返しは、考えないことにした。

 

 資材を運び上げる用のロープウェイがあった。

 頭上を通るケーブルを見ながら道を曲がり、折り返すと石段があった。幅は一メートルほど。段差が高く、先は見えない。百段以上はありそうだ。見えている範囲だと、石段の途中で座り、息を整えている生徒が居た。

 背後の春日さんは、それを見たのだろうか。帰り道のことを考えて、億劫になったのか。

 けれど、立ち往生するには、石段は窮屈だった。

 やがて、長い、細い息が聞こえた。

 

「行こっか」

 

 此処が、最後の難所だろう。肉体的にも、精神的にも。

 石段の半ばで、またケーブルが頭上を通っていることを確認した。二箇所目だ。一段ごとに、春日さんが呼吸を整えている。

 僕はなんとなく、段数をカウントしていた。

 見立ての通り、百は登り切る前に越えていた。

 もう重ねて五十を加えたのち、緩やかな坂と石畳に出迎えられた。併せて階段もあった。石段に比べれば、なんてことはない。

 

 生徒のはしゃぐ声が耳に届く。一気に眺望が広がった。

 

 吹きつける山の風は、濡れた肌を冷たく撫でる。

 神木展望台からの景色とは趣が異なった。どちらも百鬼夜行の町並みを確認できるが、こちらは木立の青々としたうつくしさや、遠くにある駅やビルまでもが俯瞰できた。

 

 だからこそ、と云うべきか。

 

「ナラ枯れ、だよね。結構、広がってる」

「ですねえ……」

 

 秋が深まるどころか、夏真っ盛りの最中に、赤や黄に染まる木々たち。

 それが酷く目立った。

 やはり、紅葉とは程遠い。

 一見すると、そう、見えなくもない。

 だが、違うのだ。確実に。

 青い葉に囲まれている中、その葉は朽ちてゆく我が身を眺めることしかできない。

 カシナガに罪はない。

 自然の営みであると云われたら、否定できないし、するつもりもない。

 だが――。

 

「あっちの方は、木が明らかに少ない」

「管理されてる山でも、これですからね。よくやってる方だと思いますよ」

「……アマヒコの地元は、どうだったの」

「僕のところは、爪楊枝は勿論やっていたし、あとは……そうか。あれをやってたな」

「あれ?」

「カシナガの天敵の線虫を、カシナガの幼虫に寄生させるんだ。木に穴を開けて、何千万匹もの線虫を水に混ぜて注入。線虫は水を吸い上げる木の中の管を通って移動し、全体に広がったら、幼虫に総攻撃って寸法。薬よりは効率がいいけれど、どうしたって一本ずつ、人の手でやらないといけないからね。木が生えてる場所によっては、手が出せないし。手間も掛かる。そういや、兄貴たちは危ないって云ってんのに、わざわざ高いところに……って、ごめん。虫、大丈夫だった?」

「大丈夫だけど。お兄さん、居たんだ」

「……ええ、まあ。蛍が平気なら、いけるか。弁当があれば、此処で食べたりもできたんですけどね」

「虫からの、それ?」

「すみませんね、ほんと」

「別にいいけど。もう少し、涼しくなったら。景色は、いい感じになるね」

「本当に思いますよ。こんな、病葉じゃなくてさ」

「……妙に詳しかったのって、それが関係あったりするの?」

 

 今日はよく、口が滑る日だった。

 

「興味を持ったきっかけは、違いますよ。帰りはまた、広場に寄りますか。丁度いいので」

 

 誤魔化す意図はないけれど、妙な勘繰りをされてもやり辛い。素直に答えることにした。

 一度、通った道とは云え、下るペースは早かった。ほぼ駆け足に近い速度。

 春日さんは山での身体の使い方を、この短い間に理解しているようだった。

 中腹に辿り着いて、お地蔵さんの前を再び通り過ぎる。

 

「なんて云うのか、知っていますか。これ」

 

 切り株の根元、目立たないその箇所に、若芽が生えていた。

 樹齢の正確な判断はできないが、十やそこらの若いコナラではないだろう。長い年月を此処で過ごしたことが、素人目に見てもわかる。五十を越えてしまうと、萌芽することは難しくなると云われているが、目の前にあるこれは、確かに芽を出していた。

 

 こうして発見されなくとも。

 人知れず、誰に見られなかったとしても。

 

 そんな植物の逞しさに、自然と目尻が下がった。

 

「……芽?」

「そこで律儀に答えようとする春日さんを、僕は好ましく思いますよ」

「も〜。知らないっ」

 

 目の前の生き物の可愛さにひとしきり笑って、告げた。

 

「ひこばえ、ですって」

 

 日が差していない場所では、苗は育ち難い。

 けれど、ひこばえは元の木を栄養にし、すくすく育つ。

 萌芽更新――知ったのは偶然であったけれど、被害木の再生には欠かせない働きだ。

 ひこばえ。

 僕の名前はアマヒコだ。

 孫のように可愛がってくれた人に、云われたのだ。

 お前もこれから大きくなれ、と。

 そのとき、簡単に教えて貰った。

 調べたきっかけなんて、そんな程度のものだ。

 

「ひこ?」

「ひこ」

「アマ、ヒコ?」

「はい、アマヒコですよ」

「きっかけが、それ?」

「ですねえ」

 

 指で順繰りに示しながら、繰り返す。

 春日さんは、肩を震わせた。

 

「ふふっ、あはは。くっだらな〜い」

「でしょう?」

「うん。ぷっ、ははは」

「病葉に、ひこばえ。それらを経て、天に向かって伸びていく。ジャンプだって、お手のもので」

「だから、いつも飛び跳ねてるの?」

「そうですとも」

 

 大真面目に頷いてやった。

 ますます可笑しそうに、春日さんは笑った。

 

 

 

 アマヒコの住む寮に荷物が届いたのは、八月二十日の夕方だった。

 

 入り組んだ迷路のような道のりを越えた先にある寮は、辿り着くまで乗用車はおろか自転車ですら分かれ道や行き止まりに足を取られる。

 郵便物が届けられることは、極めて稀だった。郵便局に赴いて、受け取る方が確実である。好き好んで足を運び、チラシの類をポストに投函するような者も居ない。

 

 ツバキと共に帰宅した彼の目が真っ先にそれを捉える。

 数は四つ。段ボールだった。ロビーの広々とした空間にぽつんと置かれていることもあって、まるで退去を命じられた住民が残していったもののように寒々しく映る。

 宛名がそれぞれ記されていた。

 

「おかえりなさい」

 

 三つある客室のうちの一つから、私服姿のミモリが顔を覗かせた。

 

「ミモリ、ただいま〜」

「戻りました。荷物、これだけで足りるんですか?」

「アマヒコさんが入院されている間、少しずつ運んでいましたから。私とツバキちゃんの部屋に段ボールがもう二個あります」

「なるほど」

「その一言で済ませていいんだ……」

「鍵預けたのは、僕ですし」

「そういう問題かなあ」

「他人事みたいな顔してますね、修行部部長」

「……ぐぅ」

「ヘイロー消えてないから」

「すぅ……」

「消えた……!」

「さ、手を洗って来てください。お夕飯の準備は、できていますから」

「はい」

 

 寮の人口が三人に増えたのは、先週のことだ。

 元々、この物件は相場よりも安い家賃と引き換えに、とある条件が提示されている。

 はじめに管理費が引かれていることから、建物の基本的な管理は住んでいる者の負担となる点だ。ロビーやラウンジといった共用スペースの清掃、修繕を含めた人件費は、アマヒコの入居が決まった時点で、その一切が打ち切られている。貸し手市場である百鬼夜行の中にあって、条件とすら呼べないそれは破格と云えた。

 

 そして――これが最も重要ではあるのだが――新設された部活動の部室として、客室が間借りされることだった。

 

「今日は蓮根の挟み焼きです」

 

 甘辛いたれの香りが鼻をくすぐる。

 主菜として、鶏挽肉を挟んで焼いた蓮根。サラダは、刻んだキャベツにとまと。油揚げや豆腐、わかめとシンプルながらも具材たっぷりの味噌汁。茶碗に盛られた白米と漬物に加えて、おばんざい――きゅうりとわかめの酢和え、ひじき、茄子の炊いたん――が数種類。

 アマヒコは配膳を手伝っている間、腹の虫が大きいがなり声を立てやしないかと心配になった。

 エプロンを外したミモリが食卓に着いたところで、手を合わせる。

 

「いただきます」

 

 アマヒコはまず、味噌汁をひと口啜り、ほっと息を吐いた。続けて、もうひと口。わかめを食んで、更にひと口。それから、白米を頬張る。よく噛んで嚥下したのちに、味噌汁を再び啜る。おばんざいに箸を伸ばす。茄子の炊いたん。醤油と茄子の素朴な味いっぱいに、口内が浸される。溺れたのは瞬く間のことで、次はメインに取り掛かった。

 

 蓮根で箸が滑らないよう、慎重に掴み、白米に乗せた。純白の輝きが粘度の高いたれでコーティングされる。蓮根ごと、挽肉にかぶりついた。歯の表面を繊維が滑ってゆく感触を楽しみながら、顎に力を込めずともほつれる肉を味わう。溢れる肉汁が堪らない。蓮根の食感は、骨伝導から耳でも楽しめる。気持ち濃いめの味付けのたれと鼻腔を抜ける生姜の清涼感は、食欲を交互に刺激した。たれの絡んだ白米が、これ以上ないほどに進む。合間に漬物を摘み、味噌汁をまた……その繰り返しだ。

 

 急いでいたつもりは、まったくなかった。

 ただ、箸を止める気にならないだけであって。

 

 レモンの輪切りが入った冷や水を喉に潜らせる。明日は井戸水を汲みに行かなければ。

 

「おかわりはどうされますか?」

 

 茶碗は、とうに空だった。

 アマヒコは視線を僅かに落とした。考える素振りを見せたあと、茶碗を持ち上げる。

 

「では、もう一杯」

「はい」

 

 ミモリの後ろ姿を見送る。

 

 日々の営みは、着々と進んでいった。

 ミモリもツバキも、必要に駆られたが故の妥協などではなく、選んで此処に来たことは、誰の目から見ても明らかだった。

 奇妙なまとまりが、できつつある。

 それは、いままで築いた関係値の延長とは違い、ほどよい新鮮味を与えるものだった。

 環境の変化への戸惑いとも取れるが、概ね好意的に受け入れていた。

 

「あの、水羽さん。量が」

「いっぱい、でしたよね」

「山でのあれ、怒ってます?」

「いっぱい、食べてくださいね。沢山ありますので」

 

 舌だけでなく身体が肥えるのも、そう遠いことではないかも知れない。

 

「えー、いただきます」

「ツバキちゃんも。おかわり遠慮しないでください」

「えっ」

 

 

 

 百鬼夜行連合学院の自治区には、学生寮が幾つか建てられている。入居者は当然のことながら、年若い女性たちである。

 うら若き女の園だ。多少の緩みもあって、然るべきだろう。同性のみで過ごす気安さから、外では目にすることのなかった一面に触れる機会が、自然と増える。それによる摩擦も生じるだろう。だが、生活を共にするうちに生まれた連帯感が、かつては隔たりのあった者たちを繋ぎ、より強固な関係を築くことさえある。群れの維持こそ、即ち外敵から己を守ることに等しいと、彼女たちは本能的に知っているのだ。

 

 しかし、群れの中にあったとしても、彼女らは個を埋没させることは決してない。

 

 女三人、寄れば姦しい。

 一たび話題が提供されてしまえば、それが例え他愛のないものであったとしても、一人、また一人と、会話に花を咲かせてゆく。姦しさに際限など、ありはしなかった。

 

「ねえ、ちょっと。私のブラ知らない?」

「知らん。誰か使ってるんじゃない」

「勘弁してよ、あれお気に入りなのに」

「え、なに。ってことは、今日ノーブラだったの」

「そんなわけないじゃん。遅刻ぎりぎりで仕方ないから、別の着けて行った」

「どんなんどんなん、お姉さんに見せてみ? うわ……スポブラかよ、つまんな。下は……はっ、えっろ! あんな澄まし顔でこんなどエロいの履いて演習受けてたの?」

「うっさいなあ! 今日は先輩たちとの合同だから気合い入れてたの」

「なんで、そんな気合い入れる必要あんの……はーん? ねえねえ、そういえば、あの身長高くてクールな先輩と妙に距離近いよね」

「な、なに? 別に先輩は関係ないけど」

「へえ〜?」

「その顔と手はなに!?」

「いやあ……身体に聞こうかなあってねえ!」

「いやああああ! 意味わかんない! 馬鹿馬鹿! 何処触って、ちょ、やめてったら!」

「この辺かなあ〜?」

「ひゃっ」

「ういーす。邪魔しまっす。うわ、また乳繰り合ってる」

「こんにちは。お邪魔します……わあ」

「おいっす〜」

「見てないで助けなさいよ! ひっ、下は駄目っ! まだ先輩にも……」

「良いではないか、良いではないか〜」

「どうどう。その辺にしといてあげよ」

「まだあたしの指は満足していない」

「仕方ないなあ。私が一肌脱ごう。文字通り」

「自分から脱ぎ始めるのは違うじゃん。そんな、さあ、みたいな顔されても……あっ」

「や、やっと抜け出せた……」

「お水飲む?」

「ちょ、ちょうだい……。なんか顔色悪いけど、生理?」

「うん、昨日来ちゃって」

「大丈夫? 薬まだある? ほら、クッション使って」

「ありがとう」

「んで? 何処までいったのよ、例の先輩と」

「云いたくない」

「そりゃないって! 友達の恋路を見守り隊、此処に発足しました。きりきり吐けい!」

「なんの話?」

「ほら、あの身長高くてきゃーきゃー云われてるクールな先輩居るじゃん? 周りに女の子侍らせてる」

「はいはい」

「その先輩とこの子がなんか距離近いなって話になって……ほら、見て。このどエロいの」

「どエロいね」

「どエロい」

「連呼やめてくれる?」

「こんなどエロいの履いて、ナニをするつもりなのか」

「そりゃ、ナニでしょ」

『ぶわっはっはっは!』

「もう、嫌ぁ……」

「二人ともその辺にしといてあげよ? お水どうぞ」

「ありがと……」

「ちぇー、わかりましたあ。ごめん。でもさあ、正直興味あるでしょ? 浮いた話とか、あたしらの周りないし」

「……興味ないって云ったら、嘘になっちゃうかなあ」

「ねー」

「あ、そういえばさ。こんなんがあるよ」

「うん? なになに、『キヴォトスの男子生徒イケメンランキング』って、これ。うわ、写真付き」

「有志によって集められた顔写真が載ってる掲示板。プライベートショットなんかは、ほぼ盗撮だね」

「へえ。やっぱ興味あるんだ、みんな。コメントすっご」

「この手の話題には飢えてるからね。美辞麗句だけでなくて、悪口なんかも書かれてるよ」

「多分、何個かは牽制だよねこれ。狙ってるから、わざと悪く書いといてさあ」

「男子生徒の数って何人だっけ。倍率エグいでしょ」

「えっと……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あと――」

 

「百鬼夜行に一人」

 

「――ああ。そーだね、うん。ランキング、ちなみに何位?」

「三位」

「……まあ、イケメンというよりはねえ」

「美人」

「半端ないよね。化粧もばちっと決まってるしさあ」

「全体的に眩しいよね。少し前から羽織も派手だし。髪のキラキラエフェクトって仕込み?」

「コメントで『加工?』って云われてんの、ウケる」

「なんか生まれつきらしい」

「ふーん。すれ違うことあるけど、やばくない? 髪サラッサラだし、すんげーいい匂いすんの」

「めっちゃわかる。何処のやつ使ってんだろ」

「サミュエラじゃない? 香水は間違いないと思う」

「セレブかよお!」

「贅沢してるようには、見えないよ。水筒持ち歩いてるし、基本お弁当じゃなかったっけ。しかも中身がブロッコリーとかゆで卵」

「聞きたくない! あの顔面偏差値の奴が努力してる? それに引き換え、あたしらは……!」

「勝手に一括りにしないで。……私、あの人苦手」

「そうなの? 眺めてる分には、目の保養だと思うけど」

「私も……こう、遠くから眺めたいというか。私みたいなのが近づくのは、おこがましいというか」

「はいはい、ネガ禁止。あんた、ああいうの大好きだもんね。なんていうの、あれ」

「えーっと、なんだったかな。鬱系? 違うな、綺麗系でもなくて」

「耽美」

「それだっ!」

「調べてみよう。耽美……すっごく簡単に云うと、美の世界に入り浸って酔いしれるとか、うつくしさ至上主義みたいな感じ」

「ナルシストってこと?」

「うーん。多分違うけど、外れてるわけじゃないと思う」

「まあ、個人的にはなしかなー。やっぱ、ガタイが欲しいわけよ。カイザーPMCの理事くらいがベスト」

「二位の人がワイルド系だけど、流石にあのレベルを求めるのは酷じゃない?」

「付き合うってなったら、気後れしちゃうだろうなあ」

「そうだね。一人だけ、世界が違うって感じ? あの人が居るのと居ないとじゃ、雰囲気だいぶ違うもん」

「絶対無理」

「あの先輩と系統似てない?」

「全然違うっ。先輩は優しいし、かっこいいし」

「でも女ったらしじゃん」

「夢見せてくれるからいいの。手を伸ばしたら、ちゃんと掴んでくれるから」

「……あの人に手伸ばしたら、鼻で笑われそう」

「うわ。なんか想像できた。崖下に落ちそうになっても、手出さずに見てそう」

「シチュが特殊過ぎる」

「いい人だと思うけど。鼻血出したとき、とか……」

「それは、さあ」

「様式美というか」

「女殴って鼻血を出させてるって噂あったね、一時期」

「流血した女見下ろして、酷薄な笑みを浮かべているっていう」

「鼻血出したこの子、介抱してただけなのにね」

「うう……本当に申し訳なかった……」

「あたしらは見慣れたけど、他の人からしたらね。そう見えなくもない」

「本人まったく気にしてなさそう」

「むしろ、楽しそうだったかも」

「だから、余計に噂が加速してるんじゃないの。本当にわけわかんない」

「噂には事欠かない」

「『眠り姫』と仲良さそうだし」

「ああー。あの、おっぱいがすごい」

「流石のあいつも、見てたよね。気持ちはわかる。あれは見ちゃうよ」

「不潔」

「そうかなー。あたしは逆に好感度上がったけどね」

「『眠り姫』もそうだけど、その幼馴染とも一緒に歩いてるところ見かける」

「清楚な感じの?」

「そうそう。あと、百夜堂の子のところでも働いてたかな」

「お祭り運営委員会に最近入ったんだっけ。よくやるわ」

「陰陽部のカホ先輩に告白した件とか聞いた?」

「あのHPに載ってたのでしょ!」

「公開処刑過ぎて、流石に同情した」

「でも陰陽部には顔出してるらしいし」

「先月、山鉾蹴っ飛ばしたって聞いたけど。それのお叱りとかっしょ」

「輩じゃん」

「部活何処入ってるの?」

「知らん」

「無所属なんじゃない」

「『眠り姫』と幼馴染の子が立ち上げた部活は?」

「なにそれ」

「えーっとね。確か……修行部」

「修行?」

「修行」

「なんの修行するの?」

「さあ?」

「申請通ったんだ」

「クロレラ観察部が通るんだから、通るでしょ」

「確かに」

「はっ」

「どうしたの。ナプキンから漏れた?」

「まだ来てないわ! そうじゃなくてさ。あたし、気づいちゃったわ」

「……一応、訊くけど。気づいたって?」

 

 

 

「修行部って――男囲うために作ったんじゃね」

 

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