病葉アマヒコはキヴォトス人。 作:ザントマン
頭の上に輪っかが浮かんでいる。
輪っかは僕が意識を保っている間は常に浮かび続けているが、決して触れることはできない。
それに加えて、僕の体毛は髪をはじめ、眉毛も薄っすらと発光している有様だった。
「お帰りなさいませ、ご主人様。お席にご案内いたします。にゃーんにゃん」
僕が出せる精一杯の猫撫で声の気持ち悪さに、僕自身、鳥肌が立ちそうだった。
振袖を基調に、エプロンドレスを組み合わせたような恰好をした僕は、来客したオートマタや獣人たちをテーブル席へと促した。
注文を聞いたのち、キッチンカウンターへ注文内容とテーブル席の番号を走り書きしたメモを順に並べていく。このとき先に注文を行ったテーブル席順になっているかを確認する。
確認が終われば、帰った客のテーブルの食器を回収し、手早く清掃、アルコール消毒を行う。
周囲に気を配りながら、一つの作業に集中し過ぎないように意識を散らす。
視界の端で伝票を掴み、席を立ち上がる客の姿があった。
素知らぬ顔で客を追い越す。このとき急ぎ過ぎると却って不快にさせてしまうので、あくまでさりげなさを限界まで演出する。
レジカウンターに着けば、伝票を差し出されるので両手で包み込むように受け取り、伝票に記載された金額をミスのないように打ち込んでいく。客が財布を取り出すのに時間が掛かっているようなら、気持ち遅めに入力する。
「いやあ、初めて来たけど料理も美味しいし接客も良いし、おじさん大満足だよ」
「ご主人様にそう云っていただけて大変恐縮です。春先とは云え、まだまだ肌寒い日が続きますね」
「確かに。夜は結構冷え込むよなあ。身体が丈夫なのか、風邪引いたことねえのが自慢なんだが、今年は花粉症が酷くてよ」
「花粉症ですか……それはお辛いですよね。病院には行かれましたか?」
なんでオートマタが風邪引いたり、花粉症になったりするのだろうかと思いつつ、話を合わせる。
「ああ……薬は貰ったんだけど、いまいち効きが悪くてなあ」
「お時間は掛かりますが、体質から改善していくというのはいかがでしょうか」
「っていうと?」
「花粉症はアレルギー症状ですので、勿論そのままお医者様へご相談されることが一番です。しかし、日々の食事から花粉症を緩和するものを摂取することで、改善に繋がるかも知れません。ヨーグルト、蓮根、青魚などがお勧めです。民間療法の類で、個人差はありますが……騙されたと思って、ね」
ね、のところで目を細めて口角を吊り上げる。
この世界のオートマタの感情表現は判り易い。
照れれば、赤くオーバーヒートし、蒸気を噴き出すし、怒ったときも赤くなって、蒸気を噴き出す。いや、どっちも同じじゃないか。
オートマタ(おじさん)が赤くなった。なんかプルプル震えているし。
まずい、これはどっちだ。余計なことをしたかも知れない。
「おじさんをからかうんじゃねえよ……ったく! 嬢ちゃんに騙されたと思って、食生活変えてみるわ」
セーフ! お会計二二〇〇円でございます!
「そうだ、嬢ちゃん名前は? また此処に来たときに報告すっからよ」
「
二秒で考えた偽名を名乗っておく。
「アリエちゃんだな! おう、そんじゃいってくらあ」
その頃には、絶対僕いないけどな!
河和シズコは、可愛いと呼ばれることが好きだった。
自身の容姿が客観的に見て、そう受け取られることになんら違和感を抱かなかったし、そう見られるための仕草を日夜研究しているのだから、周りの大人が持て囃すことは当然である、と自負すらしていた。
中等部に上がってからは、かねてからの目標であった百鬼夜行連合学院の自治区にある老舗、百夜堂で看板娘になることを夢見て、様々な店に頭を下げて働かせて貰った。
義務教育の最中であったから、働かせることはおろかバイト代が出ないとも断られたが、構わなかった。
むしろ、こちらから頼み込むのだから月謝を払うことも厭わなかった。
現場の空気を肌で感じながら接客を行い、閉店してからは限られた時間の中で店主から経営についてを学んだ。
無論のこと、学校の勉学についても気を抜くことはしなかった。
はじめは渋っていた彼らも、シズコ自身の努力を間近で見続けたことに加えて、彼女目当てのお客がリピーターとなって店に訪れるようになってからは、諸手を挙げて歓迎するようになった。
彼女が店を辞めて次の店で修行すると聞いた際は、慌てて引き留めるほどに、シズコの愛らしさと才覚は際立っていた。
シズコの活躍は百鬼夜行商店街の会長の耳にまで届くようになり、会長直々に百夜堂への紹介状を書いて貰うまでに至った。
今回の百夜ノ春ノ桜花祭では、とあるコンセプトカフェにて売り上げを例年の1.5倍にすることをノルマに働くこととなった。
商店街会長から、試されている。
そう感じたシズコは、朝早くからバス停前に立ち、積極的な呼びかけを行った。
来て貰った人々に桜花祭を楽しんで貰いながらも、店の売り上げを伸ばす。
この二つは、シズコの中で培ってきた経営理念となんら矛盾しない。
祭りを楽しんで歩き回れば、疲れるだろう。何処か適当な場所で、喫茶店にでも入って休もうと考えることは自然なことだ。
その場所が、シズコが働いているカフェであることが望ましい。もっと云うなら、最高のおもてなしをして、また来たいなと思って貰えればお店への恩返しにもなり得るし、なおのこと良い。
バス停前での整列を呼びかけながら、桜花祭のパンフレットを見ている……特に同年代の女の子には積極的に呼びかけていく。
来店してくれる客に貴賎は無く、等しく有難い存在ではあるが、やはり大人が沢山集まるよりも、ぱっと見は華やかな方が好ましい。
若い女の子ばかりでは気後れする人も居るだろう。
だから、適度に大人のグループにも声をかける。
ベッタベタに甘やかな声色を駆使して、自分の魅力を最大限発揮出来る笑顔で、スカートの丈なんかも計算に入れて。
周囲を虜にしていたシズコがもう何度目かわからない人並みを捌いていたときに、病葉アマヒコは現れた。
長い艶やかな黒髪から淡い光を鱗粉のように振り撒いて駅に降り立った人物に周囲の視線は釘付けになった。幾つもの視線に貫かれながらも気にする様子は見受けられず、ただ、眩しげに目を細める。血色のいい唇が緩く弧を描いた。
睫毛に縁取られた澄み切った瞳は、まつ毛から漏れる輝きを受けて不可思議な色合いを見せていた。
一目見て、敵わないと思わされた。
少なくとも、同じ土俵では戦いにならない、と。
例えるならば、ハンバーグとオムライス。野球とサッカー。科学と魔法。
シズコとはジャンルが違う。アプローチの仕方が違う。故に優劣が存在せず、比べようがない。
同時に、シズコの経営者魂がこいつは使えると囁いた。
洗練された立ち姿、スレンダーな体躯、原理はわからないが神秘的に輝く髪。
こいつさえ居れば、例年の売り上げどころか、商店街会長が設けたノルマなんて軽く越えるだろう。
接客業が未経験であっても、自分がサポートすれば問題ない。
何より、未経験者を育てる経験は今後に活きて来る。
決断してからは、早かった。
近くにいた大人のグループを学院行きのバスへ乗せて見送ったあとに、シズコから声をかけた。
「ご主人様、メイドはお好きですか?」
絶対に、逃がさない。
「あ、はい。大好きです。……お名前を伺っても?」
「河和シズコでーす!」
「河和さんですか……うーん、きゃわわ」
浮世離れした容姿に反して、中身は愉快そうだった。
シズコは唇をそっと舌で湿らせつつ、内心ほくそ笑んだ。
客寄せパンダになって貰うわよ。
シズコが休憩に入ると、先に休んでいたアマヒコが微苦笑を浮かべて出迎えた。
「お疲れ様です、お嬢様」
「だーれがお嬢様よ」
「おや、もう取り繕わないので?」
「どの口が云ってんのかしらね。あんたのその澄まし顔だって似たようなもんでしょ」
悪態を吐きながら椅子に腰かけたシズコは、テーブルに突っ伏した。
「あ~、疲れた」
「忙殺、とはあのことを云うんでしょうね」
「そーね。狙ったとはいえ、上手く行き過ぎたわ」
「お役に立てたようで何より」
「それはもう期待以上だったわ。アルバイトやってたの?」
「いえ、僕はまだ十四ですから。経験はないですよ」
「うっそ、同い年~? 学校は何処受けるの?」
「いまのところは百鬼夜行か、ミレニアムの二択ですね。今日はこっちの自治区の様子を見たくて。って同い年だったんですね、てっきり百鬼夜行の在校生かと」
「特別に修行させて貰ってるのよ。だからバイト代は一円も出ない。その代わり、経験っていう財産を貯めてるところ。百鬼夜行は良いわよ~。桜は綺麗だし、季節ごとにイベントも盛り沢山! 色んな食べ物があって飽きないし、なにより百夜堂がある」
「結構な老舗ですよね。何か思い入れでも?」
他愛のない話を積み重ねていく。
シズコはだらけきった体勢で、アマヒコは背筋を伸ばしていた。
会話は弾む。
冗談を交えつつ、アマヒコが微苦笑を浮かべた。
シズコも笑う。
笑って――不意に一言。
「疲れない? それ」
端的で、抽象的な物言いだった。
黒髪が一度波打ったかと思うと、小さな溜息が零れた。
「不快に思われたのであれば、謝罪します」
「そうは云ってないでしょ。ただ、疲れないのかな〜って思っただけ」
「どうして、と訊くのは無粋ですかね」
「無粋ね。わかってんでしょ。でもあえて乗っかって上げる――あんた、全然変わらないじゃない」
バス停で視線を合わせたときも、忙しく接客をしているときも、こうして雑談をしているときでさえ。
アマヒコは微苦笑のまま、涼やかな表情を崩さないのだ。
看板娘となるために人からどう見られるか。
自分がどういう行動を取れば可愛く見られるか。
それらに注力するシズコだからこそ、アマヒコの神秘的な雰囲気や容貌を構成する一つ一つの要素に意図を感じ取ることが出来た。
シズコの可愛さが能動的なものから生まれるものだとすれば、アマヒコのそれは受動的なものだ。
「類は友を呼ぶってこと、なんでしょうね」
接した時間は短いながら、お互いに感じ入るものがあったからこそ、シズコはいっそ無遠慮な態度で彼を店に呼び、アマヒコもまた彼女相手だったからこそ応え、踏み込まれることを是とした。
「私だって? 接客するときは可愛さを前面に押し出して疲れた顔なんか絶対に見せないけどね。それでもふとした拍子に出ちゃうものなの! それに気づいて反省して、気合いを入れて……この私ですら、完璧にこなせないのよ。特に今日みたいな忙しい日なんかは、ね」
弱み、なんて大げさな話をしたいわけではなかった。
誰だって、何かを演じながら生きている。
シズコにとって、誰かにそうあって欲しいと望まれることは、不幸ではなかったから。
だから頑張れるし、そうありたいと思う。
では、病葉アマヒコにとっては。
彼は肩をすくめる。
「もう、ね。これが当たり前なんですよ。それで困ったことって実はあまり起きていなくて。こんななりをしていますから、得することの方が多いんです。見惚れるぐらいは許してやるのが、持って生まれた者の務めでしょう?」
「っそ。じゃあ、ここから閉店まで働かせてやろうかしら。好きなんでしょ、見られるの」
結局のところ、似たもの同士なのだ。
「あれ、僕って働いてくれって頼まれた側ですよね。よくよく考えてみれば、こんなしょうもない会話よりも、もっとスイートな時間を過ごしてもバチは当たらないと思います。河和さん……きゃわわなサービス頼みます」
「メイドが好きって云ったじゃない。報酬は充分でしょ」
「好きですけど、僕がメイドになりたかったわけじゃあないんだよなあ……」
「随分と好評だったわね。あんた本当に男? いまも疑ってるんだけど」
「れっきとした男です。お嬢様なら……いいですよ。覗きますか、スカートの中」
「ぎゃー! それセクハラだからぁ! メイドパンチするわよ!?」
河和シズコがメイドを勤めたこの店は、桜花祭が開催された期間の売上が例年の二倍以上を記録した。
彼女は、後にこう語る。
「アマ……アリエ? あいつがいれば楽できるけど、楽できないから一緒には働きたくないわ。顎で使ってくれって頼まれたら、考えてやらんでもないけど」