病葉アマヒコはキヴォトス人。 作:ザントマン
頭の上に輪っかが浮かんでいる。
輪っかは僕が意識を保っている間は常に浮かび続けているが、僕が死ぬとどうなるのだろうか。
僕個人としては、あの店が営業を終えるまで居ても良かったのだけれど、河和さんに「あんたがいると欲が出ちゃって、こっちのペース配分が狂うわね。休憩終わったら帰っていいわ」と云われてしまったので、致し方ない。
店を出る間際に河和さんにモモトークの交換を申し入れたところ、なんと成立してしまった。
将来の百夜堂看板娘に悪い虫がついていいんですか、と思わず口にすると、鼻で笑われた。
「常日頃から一緒に働くのはともかく、ヘルプ要員としては欲しいのよ。だから、困ったときはあんたを使わせて貰うわ」
当たり前のように告げて店の中へ消えていこうとする河和さんの後ろ姿は、とても格好が良かった。
……まいったなあ。本当に良い女だなあ、あの人。惚れてしまいそうだ。
だから、お節介を焼くことにした。
呼び止められた河和さんは僕が告げた内容に怪訝な顔をしていたが、「頭には入れておく」と、とりあえず頷いてくれた。
兎にも角にも、可愛い女の子の連絡先を手に入れられたのだから、今日は良しとしよう。
僕の灰色の青春も、ここからきっと色づくに違いない。これは、その第一歩だ。
河和さんのお手伝いを終えて手持ち無沙汰になった僕は、商店街を歩いていた。
露店では、焼きそばやチョコバナナ、わたあめ、型抜き、水風船といったお馴染みの代物から、豚まんに、フカヒレまん、角煮コロッケや、カツサンド、水あずきとバラエティに富んだラインナップが立ち並んでいた。
型抜きの前では、スケバンの格好をした生徒たちが店主に食って掛かっている。
「ああん? どっからどう見ても、型取れてんだろうが!」
「取れてんだろうがおめー!」
「ひっ……! は、端っこが欠けてますのでぇ」
「おいおいおい! あーしを舐めてんのか!? 型抜きをさせたら右に出るものはいねえ、『千枚抜き』と呼ばれたこのあたしが! そんなミスするわきゃねえ!」
「そうだそうだ! よく見ろ!」
「う、うわあ! 型抜きヤクザだあ!」
軒を連ねるレトロな建物、露店の飴細工が陽光を受けて輝く、祭囃子に混じって、罵声と銃弾が飛び交っている。喧嘩も祭の花とは、よく云ったものだ。常日頃からそんな感じじゃないかって? ははは、此処はキヴォトスだ。世は並べて事もなしってね。
誰かが通報したのか、スケバンたちが鎮圧されて引き摺られ行く様を横目に、あてもなく歩く。
途中に見つけた店で、和傘を一本買った。
和装を身に纏った生徒、生徒、ロボット、犬、猫、鶏、また生徒と。
見渡す限り、人の波は途切れない。
人の流れに逆らわずにただ、流されるままに進んでいく。
大海原を揺蕩う小舟になった気分だった。
肩と肩とがぶつかるのは当たり前で、その度に会釈を返し、また流されていく。
しばらく進むと、祭りの喧騒から外れた場所に行き当たった。
丁度、繁華街と商店街の中間に位置する自然公園のようだ。
露店で買った食べ物をベンチに座って食べる者や、恋人同士だろうか、それぞれ作務衣と振袖を着込んだ犬が連れ添い合いながら、手元の端末を覗き込んで談笑している。
空いていたベンチに座りながら、先ほどの光景を思い返す。
キヴォトスは、複数の学園がそれぞれの自治区を治めることで成り立っている巨大な学園都市だ。
大人、と呼ばれる存在はいるが、学園に所属する生徒の割合が多く占める以上、不良と呼ばれる生徒たちが一定数生まれることもまた、事実だ。
成績が振るわずに学園を中退した者。
人間関係が原因で不登校になった者。
ただ、周囲が気に食わず噛み付いてる者。
周りに流されて、気付けば落ちるところまで落ちていた者。
思春期を迎えた多感なお年頃の子供たちが集まって生活をしているのだから、然もありなん。
そうやって零れ落ちた生徒たちは等しく鬱屈した感情を抱えていて、居場所を求めていて、そうした生徒同士で徒党を組む。
やがて鬱屈した感情の矛先は自分たちを受け入れなかったものへと向かっていく。
当たり前のように子供たちが銃火器を所有できてしまうこの世界では、それを訴える手段として容易に用いることができる。
トップである連邦生徒会ですら、子供の集まりなのだ。
真面目な人間が馬鹿を見ることだって、少なくない。
キヴォトスの外へ、僕は行ったことがない。
そこにはどんな光景が繰り広げられているのかについても、あまり興味はない。
けれど、もしかしたらそういった生徒たちは、外の世界の方が生き易いのかも知れないな。
あの頃は大人になりたくて仕方が無かった。
自分が何者であるかが分からなかった自分にとって、大人たちは自らの手で道を切り拓いて進んでいってるように思えたからだ。
けれど、自分が何者でなくとも生きていけることに、大人になってから気付いた。
大人自身、自分が何を為して、どう生きたいのかわからないまま、生きているのだ。
なんの因果か、再び子供となった僕はそれなりに今生を謳歌している。
ベンチに座ったまま、買った和傘を広げる。
淡い光が止めどなく漏れる髪を手で摘んで、傘の中へ押しやった。
雨が降る。
ベンチに座って食事をしていた者も、肩を寄せ合っていたカップルも駆け出して行く。
カップルの片割れが叫んだ。
「今日の天気予報は1日中晴れじゃなかったの!? もう最悪なんだけど!」
石畳と和傘を雨が叩く音をBGMに、じっと座る。
カツ、カツと革靴が擦れるような音がこちらへと近づいて来る。
足音が、僕の前で止まった。
「クックック……こんにちは、病葉アマヒコさん」
全身を人型の黒で塗り固めたような存在がそこには居た。
「こんにちは、黒服さん」
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