病葉アマヒコはキヴォトス人。   作:ザントマン

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 冬も過ぎ、うららかな日差しが降り注いでいる。桜の花弁で舗装された並木道を進む生徒のスカートを風が悪戯に巻き上げると、きゃあきゃあと黄色い悲鳴がそこかしこで響いた。着崩れた制服で友人たちと歩く賑やかな生徒とは対照的に、仕立てられたばかりの制服に初々しさを貼り付けた生徒たちが浮かべる表情は、期待と不安が入り混じっていた。

 

 その中に一つ、黒光りするレースアップブーツでゆったりと歩を進める着物姿があった。周囲の生徒から頭一つ抜ける程度の身長の頂から背中にかけて伸びた美しい黒髪は、日差しを受けて――否、髪だけではなく眉毛やまつ毛からも漏れ出た燐光によって――ほのかな光を辺りに振りまいている。次いで、生徒の視線は立ち姿や色素が薄い肌、尖るような顎先へと惹かれていく。細い首筋と着物の襟から覗く陰影に、えも云われぬ色気があった。

 

 着物姿の人物――病葉(わくらば)アマヒコは、今日も視線を釘付けにしていた。

 

 中等部に通い始めた頃と似た空気を肌に感じて思わず忍び笑いを洩らしていると、隣を歩いていた生徒が陶然と息を吐いて頬に手をあてた。彼女に流し目をくれてやれば、硬直したように表情が固まった。笑いかければ、鼻を抑えてよろける素振りを見せる。儚さと妖しさをここぞとばかりに――自分の容姿が人からどう見られるかを熟知している者が全力で――醸し出すと、放物線を描いて地面に落ちたそれが赤い花を咲かせた。空を仰いだまま、後頭部から倒れかけた彼女をそっと抱き抱えたアマヒコは、懐からポケットティッシュを取り出すと介抱を始める。

 

「しゅ、しゅみません……!」

 

 年頃の乙女が、初対面の相手の顔を見て鼻血を噴き出し介抱されるというシチュエーションと、遠巻きにこちらの様子を伺う生徒たちの視線に羞恥を覚えない筈もなく、受け取ったティッシュを機敏な動きで鼻に詰め込むと駆け出していく。そんな後ろ姿を何処か満足げな様子で見送るアマヒコの背後から、声がかかった。

 

「あんたは入学初日からなにしてんの」

 

 聞き覚えのある特徴的な声色に振り返れば、河和シズコが目を細めて立っていた。

 

「おはようございます、河和さん。今日もきゃわわですね」

「おはよう。はいはいどーも。で、さっきのはなんなの」

 

 シズコと連れ立って歩く。

 ふわふわと揺れる二つにくくった茶色の髪が、活動的な彼女の性格を物語っていた。

 

「ただ揶揄ってただけですよ。そういうのが、お好きそうだったので」

「あんたねえ……変に悪目立ちすると面倒なことに巻き込まれちゃうわよ」

「ははは、目立たないなんてどうやったらいいんですか」

 

 淡い燐光を散らしている髪の毛を摘まみながら、アマヒコは真顔で告げた。

 

「えっ」

 

 濁点混じりの「うぇっ」に限りなく近い声が出たシズコと、表情を真顔に固定したアマヒコは見つめ合った。

 

「……ほ、ほら悪目立ち、だから。さっきのは明らかに、やってたじゃないのよ」

「…………」

「て、てへぺろっ?」

「もう、河和さんは可愛いんだから~」

「やだあ、もっと! もっと云って!」

 

 通学路でそんな会話を繰り広げる二人は、この上なく悪目立ちしていた。

 

 

 

 百鬼夜行商店街を抜けて中央広場に辿り着くと、新入生でごった返していた。

 見渡す限りの人の波は、大庭園や博物館前、しまいには神木展望台にまで及んでいたため、腰を落ち着ける場所を見つけるまでに、それなりの時間を要した。

 アマヒコとシズコは、空いたスペースに身体を潜り込ませるとほっと一息ついた。

 

「いやあ、壮観ですね」

 

 百鬼夜行の制服は長着や羽織、袴といった和服を基としたデザインのものが多い。セーラー服や、法被等を組み合わせた着こなしも見られ、生徒ごとに個性が光っている。特筆すべきは、肌の露出が過多な点が挙げられるだろうか。こればかりはいつまで経っても慣れないな、とアマヒコは内心ごちる。生徒自身の個性も際立っていて、隈取のように化粧を施していたり、額から伸びた硬質な突起――角を有する者、頭頂部に獣耳を生やし、尻尾を揺らす者と多様な種族が一堂に会していた。

 

「そう? いつものことじゃないの」

 

 生粋のキヴォトス人であるシズコにとってみれば、それほど珍しい光景ではないのだろう。

 小首を傾げるシズコに、曖昧な笑みで応じたアマヒコは建物を見上げた。

 百鬼夜行陰陽部本館――城郭からは垂れ幕が下がっており、達筆な文字で「祝 第×××回 百鬼夜行連合学院入学式」と記されていた。

 

 学生による学生のための自治が為される学園都市(キヴォトス)で、今日、新たな学生を迎える式典が執り行われようとしていた。

 

 陰陽部本館の受付で本人確認と必要事項の記入を済ませたアマヒコたちが学生証を受け取ると、本館内部へと案内された。途中で下履きを脱いで、階段を上がると広々とした空間に出た。

 座布団がところ狭しと並べられており、学生証に記載された学生番号のシールが貼られている。

 シズコと別れ、自身の学生番号が記されたシールが貼ってある座布団に正座したアマヒコは、式が始まるまで目をつむった。

 やがて周囲の座布団に誰かが一人、また一人座っていく気配がした。

 喧騒が徐々に静寂になっていった辺りで、アマヒコは目を開いた。

 

 百鬼夜行連合学院には他校における生徒会と呼ばれる自治区を統括する役割を担う部活動は存在しないが、実質的に陰陽部が百鬼夜行の代表として呼ばれることが多い。

 陰陽部は各勢力のバランスを保つ調停役としての立場を表明しており、実際に自治区内で起きたトラブルに関しては百花繚乱紛争調停委員会――通称、百花繚乱が対処を行うことで秩序を守っていた。

 しかし、いま現在は百花繚乱の委員長、副委員長とも行方不明のため事実上活動停止に陥っており、現在は機能していない。

 

「――そのため、自治区内で起こった諍いについて、陰陽部へ持ち込む場合、正式な書面による申請を通していただくようお願い申し上げます。また、早期の解決を望まれる場合は、是非当事者同士での解決を――」

「――また、正式に部活動を行いたい場合、陰陽部への申請が必要となります。申請に必要な書類については公式HPにて記載しておりますので、申請の前に必ずご確認ください」

「続いて――陰陽部部長から新入生の皆様へご挨拶がございます」

 

 式は滞りなく進んでいった。

 壇上で挨拶を交わしたあとに喋り始めた生徒を尻目に、アマヒコは式が進行する間、いやそれよりも前から一定のリズムで刻まれる息遣いが妙に気になった。息遣いの主は右隣にいる。横目で窺うように確認すると、まず目に飛び込んだものがあった。

 

 ――横乳だった。

 

 零れんばかりの迫力を伴う豊かな乳房を前に、布面積の少なさに、アマヒコの思考が停止した。

 思わず、声が漏れた。

 

「は? 狂ってるのか……?」

 

「――そこの新入生、私語は慎むように。隣の君も寝ないように」

 

「むにゃ……」

 

 髪から光を垂れ流す病葉アマヒコと、口からよだれを垂れ流す春日ツバキのファーストコンタクトがこれだった。

 

 当然、悪目立ちした。

 

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