病葉アマヒコはキヴォトス人。 作:ザントマン
やっちゃったなあ。
入学式での不用意な一言から、望まぬ注目を浴びてしまった僕は頭を抱えていた。
生きているだけで四六時中人から見られる容姿をしているというのに。
突き刺さる人の視線、視線、視線――。
そういえば糸目の陰陽部の先輩もニヤニヤしながら、玩具を見つけたような視線を向けて来たなあ。嫌だなあ、河和さんの云う通りになりそうだぞ、これ。
僕の右隣で船を漕いでいる子を見やる。
やっちゃったと云えば、この子にも悪いことしたな。
入学式で快適に眠っていたところを僕のせいで邪魔してしまったみたいだし。とはいえ、あの注意を受けたあとも睡眠優先した辺り、大物だよね。
素敵な肢体と格好に驚いてしまったけれど、のっそりとした動物のような仕草でとても可愛らしい子だ。頭に冠する獣耳と、短めに切り揃えられた黒髪がよく似合っている。
入学式を終えて、続々と退出していく人々の中にそそくさと去っていく河和さんの姿があった。衆目を集めてしまった僕とは行動を共にする気は無い、ということか。薄情者、と非難するつもりはこれっぽっちもないのだが、あとでお店にお邪魔しようと密かに決意を固めた次第である。今朝見かけた眼鏡の子も心配そうにこちらを見やっていたが、友人らしき子に声をかけられてそのまま出て行く。
だいぶ人が捌けてきた辺りで僕も立ち上がろうと腰を浮かせる。
「ツバキちゃん? 入学式は終わりましたよ」
不意にそんな声がかかった。
声の主は、綺麗な桃色の髪をしゃらりと揺らして、黒髪の女の子の肩を優しく揺らす。
「むにゃ……ふぁ……ん……」
「ツバキちゃん、起きてください。長居してしまうと、先輩方のご迷惑になってしまいますから」
「……ミモリ? おはよ〜」
「ふふふ、おはようございます」
欠伸混じりの挨拶に綻ぶように笑みを浮かべたミモリと呼ばれた子は、促すように手を差し出した。その手を取って立ち上がった眠たげな、ツバキと呼ばれた子は目元を擦りながら辺りを見渡すと、眩しげに目を細めた。
「わ……なんか輝いてるね」
「もうツバキちゃん、失礼ですよ。ごめんなさい、悪気は無いんです」
「ああ、いえいえ。お気になさらず。慣れていますので」
「私、水羽ミモリと申します。ツバキちゃん」
「ふぁあ……眠い。えーと、春日ツバキ〜」
「私とツバキちゃんは幼馴染なんです。二人とも、
「よろしく〜……」
「これはこれは、ご丁寧に。病葉アマヒコです。僕は九鵙第三中学校からですね」
「ヒコ……? もしかしてなんですけど……」
「そうなりますよね。はい、お察しの通り。こんなんでも、男子生徒です、一応」
ホルモンバランスとか、どうなってんのかなって僕自身思うところはある。
「やはり、そうなんですね! 初めて見ました、男子生徒……あっ! ごめんなさい無遠慮に眺めてしまって」
「さっきも云いましたが、慣れていますから。お気になさらずに」
「どうやって光ってるの?」
「僕にもわからないんですよね、これ。産まれたときからこうらしいので」
「そうなんだ」
「あの! 少女漫画に出て来るヒロインみたいにキラキラしてて、とてもお綺麗だと思います!」
「え、そ、そうですかね。ありがとうございます」
「はい。実は、ずっと気になっていたんです――」
ずいっ、と距離を詰めてきた水羽さんの好奇の視線を一身に受ける。
この類の視線はこれまで幾度となく経験しているのだけれど、水羽さんのそれは少し、毛色が異なるような気がする。
「――大和撫子のようで」
「……はい?」
「艶めいた髪、すらりと伸びた姿勢、落ち着いた雰囲気に加えて、挙動の一つ一つがとても流麗で。まさに私が目指している大和撫子の理想を体現した方であると!」
「むにゃ……寝てもいい?」
あのあと、なんとなくの流れで春日さん、水羽さんと共に昼食を取ることになった。
商店街に赴いて手頃な喫茶店に入り、学生に優しい手頃な金額のランチセットを食べながら、お互いのことを話していた。
「部活を立ち上げようと考えているんです」
お互いの人となりをある程度把握した辺りで――会話が途切れて、手持無沙汰になったとも云う――水羽さんは切り出した。春日さんはその隣で穏やかに寝息を立てている。よく寝るね、この子。
「私とツバキちゃんには、それぞれ目標にしていることがあります。私は幼い頃に読んだ少女漫画がきっかけで、大和撫子に憧れるようになりました。ツバキちゃんは、気持ちの良い睡眠を求めて、日々研鑽を積んでいます」
昔から一緒に過ごすことの多かった二人は、進学を機に部活動を立ち上げたいと考えていたようだ。
「中等部の頃、私たちはそれぞれ別の部活動に所属していました。私は手芸部に、ツバキちゃんはボランティア部でした。詳細は割愛いたしますが、最終的にツバキちゃんは部活を辞めることになってしまって」
「それは……」
「悪気がなかった、なんて言葉で納得いただけるとは、いまも思っていません。ただ、ツバキちゃん自身は、真面目に取り組んでいたんです。それが周りからどう見えていたとしても」
水羽さんは過去に思いを馳せるかのように目をつむる。
柔和な笑みはそこにはなく、口元は引き結ばれていた。
「ツバキちゃん自身は、気にしていないようでした。ですが、私は」
「――あの、話の腰を折ってすみません。僕にそこまで話していいんですか。部活を立ち上げるって話でしたよね」
水羽さんには悪いが、これ以上は遠慮しておく。
明らかに初対面の僕が聞いていい領域の話じゃあ、ない。
ぴしゃり、と跳ね除けるように調整した声色で告げれば、水羽さんの瞳が揺れていることが見て取れた。罪悪感を掻き立てられそうなそれに、むしろ心持ちは冷えていく。
「そう、でした……申し訳ございません」
「水羽さんが春日さんのことをとても大切に思っているってことは、会って間もない僕にだって充分に伝わってきます。だからこそ、不用意にしていい話ではないのかな、って思った次第です。あまり初対面の相手を信用し過ぎない方がいいです。僕が極悪人で、水羽さんの弱みは春日さんなんだな、じゃあ春日さんに危害を加えると脅せば、何処まで云うことを聞くのかな、なんて考えていたらどうするんですか」
淡々と告げれば、水羽さんはますます委縮していく。
「その、貴方はそんな風な人だと、私は思えなくて」
「悪意があるかどうかもわからない僕なんぞに、お二人だけの大事な物語を共有するのは、春日さんへの冒涜ですよ」
無論のこと、水羽さんが春日さんを軽視しているという話ではない。
理知的でおしとやかな第一印象に反して、浅慮な人物だとは考え辛い。
口を滑らすことは誰にだってある。ましては今日は入学式で、彼女曰く大和撫子を体現したかのような人物、即ち僕に出会ったことで、少々舞い上がっているだけなのだろう。
ではどういった話なのかと云えば、単に僕自身が他人の過去に興味がないというだけである。
目の前で仲睦まじく座る彼女たちにどんなストーリーがあったのかなんて知らなくても、困らないし。
知ってしまったことで拗れる仲だってあるだろう。ここから拗れるほど仲良くなれるのかは、怪しいが。
気まずい沈黙がテーブルの上に鎮座している。
声色を柔らかなものへと変えるように意識を切り替えた。
「で、どんな部活を立ち上げるんです?」
「えっ、あ」
「どんな部活を立ち上げるんです?」
僕だったら、突然あんな風に説教みたいな言葉を宣った相手と会話を続けようとしないのだけれど、会話を振られると生来の生真面目さからか、彼女は答えようとしてしまう。
それに漬け込んで会話を無理やり続ける。
続けていくうちにさっきまでの雰囲気が曖昧なものになり、やがては霧散する。
「修行部、ですか。字面通り受け取れば、よろしいので?」
「はい。何のために修行をするのか、どんな修行をするのかは個人の自由です。とにかく、修行をこなすことを目的とした部活を立ち上げたいと考えているんです」
「なるほど。一見して、部としての活動動機がいまいち不透明に感じられたんですが、修行という名目でこじつければ何でもできそうですね。例えば、社会的な奉仕活動は心身ともに成長を促すための修行の一貫として用いることもできますし、自身の能力や、技術の向上を目指した訓練も修行となり得ますし」
「花嫁修業とも云いますし、私の大和撫子を目指すための活動もツバキちゃんの睡眠への探求も、部活動にしてしまえば、楽しく過ごせると思ったんです」
「良いと思いますよ。それぞれが目標に向かって邁進できる環境はあって損はないでしょうし。個々が困ったときは部としてのサポートも可能なのは手厚い」
「ふふ、ありがとうございます。こうして口に出して人と意見を共有することで、ますますやる気に満ちあふれて来ました」
「それはなによりです。あー、先ほどはおかしな雰囲気にしてしまって、すみません」
「あっ、お気になさらないでください。私の方こそ考えが足りていませんでした」
まったく以って非はないのにもかかわらず、胸を撫で下ろす彼女はどうしようもなく善人だった。
お手洗いと告げて、席を立った水羽さんを見送りながら、温くなった水を流し込む。
「……やってることが、DV男」
耳に届いた抗議の声に、僕は微苦笑を浮かべるのだった。
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やっと、修行部の二人を出すことができました。
とはいえカエデが入学するまで一年ありますし、そもそも修行部は現時点では設立されていないと本作では設定しています。
ここから修行部設立に奔走し、幾つかのイベントを挟んで、学年が上がります。
更新のペースが少し落ちます。
あらすじ詐欺と罵られてもおかしくない拙作ですが、今後ともよろしくお願いいたします。