病葉アマヒコはキヴォトス人。 作:ザントマン
「ふぅん、むぅ……」
「…………」
「ふむふむ」
「…………」
「うん。――顔は好みじゃない」
「…………はぁ」
「とはいえ、まあ……面白そうではあるね」
「――ニヤ様、失礼ですよ」
切り揃えられた黒髪の下で、チェシャ猫めいた笑みを浮かべる彼女を、桑上先輩が諫めた。
陰陽部本館最上階に位置する、執務室。来賓用のテーブルを挟んで、僕と彼女は座っていた。
冊子窓は開けられており、向こう側には綺麗な青空が広がっている。
桑上先輩手ずから淹れてくれた茶を受け取りつつ、曖昧な笑みを浮かべているだろうなと自覚する。
「にゃはは、カホは固いなあ。さ、あ、て――」
彼女は一拍おいたあと、口を開いた。
「私の名前は天地ニヤ、陰陽部の部長をしとる。態度がでかく見えたらそれはそう。実際、君よりかは偉い立場にある。入学式のとき以来だねえ、新入生」
飄々とした態度で扇子を広げ、口元を覆い隠す。
「既にご存知かと思われますが、名乗られたからにはこちらも名乗り返すのが礼儀でしょう。病葉アマヒコです――まさか、百鬼夜行のトップに呼ばれるとは思っていませんでした」
「うん、知っとる。君も固い固い。もっと楽にして。それに百鬼夜行のトップだなんて。陰陽部はあくまでも、連合間の橋渡し的な存在で、他所のところみたいに権限なんて持ってないの。飾りみたいもん。私は器が小さいから、せめて態度だけは大きくしようかなあ、て」
独特のイントネーションによる語り口は軽妙で、聞き心地が良かった。
「けども君をここまで案内してきたカホが、生徒たちになんて呼ばれてるか知ってる? 『部長より、部長らしい』だって……はぁ、もうカホに全部任せて、隠居しよかなあ」
そう云って、秘書然とした佇まいの桑上先輩に流し目をくれると、よよよ、と泣き真似をし始めた。
「ニヤ様……困ったことを云わないでください」
生徒たちに慕われていることを暴露されたからか、気恥ずかしげに眉根を寄せている桑上先輩はとても愛らしかった。クールな容貌とは裏腹に、表情がころころと変わるものだから、見ていて飽きない。
「あらあらあら。ほんと、うちのカホは可愛いなあ。君もそう思わん?」
「正直、ドストライクなのでお付き合いを申し込みたいですね」
ガチで。
「えぇっ!」
「あら、好感触。カホ、返事してあげないと」
「そ、そんなニヤ様まで……。え、えぇと……病葉アマヒコくん? その――いいえ、こういったことは、ちゃんとお応えしなくては」
頬を赤らめてあたふたとしていた桑上先輩は、一転して真面目な顔を作ると、腰を折った。
「……ごめんなさい、貴方とはお付き合いできません。いまは、私が愛している百鬼夜行のために、尽くしたいんです」
顔を上げた彼女は、穏やかな笑みを浮かべていた。
それがあんまりに綺麗だったものだから、思わず見惚れてしまった。
「あーあ、振られちゃったねえ」
「……けしかけた本人がなにを仰っているのやら。おかげで失恋する羽目になりましたよ」
「私はただ、カホが可愛いかどうか訊いただけなのに、先走ったのは君やし。ま、カホは私のものだから誰にもあげませんけども」
「別にニヤ様のものではありませんからね」
「そんなこと云わないで。私悲しくて、本当に隠居してしまうかも」
「僕も……しばらくは立ち直れないかも知れません。些か性急ではありましたが、本心ではあったので」
「まあまあまあ。それなら、傷心した者同士でランデブーと洒落込む?」
「いいですね。同じ相手を想った者同士でもあります。存分に語り合うとしますか」
「うんうん。なんか、君とは気が合いそうやわ」
「奇遇ですね、僕も不思議と心地よく感じています」
「いやあ、カホの次は私? 節操ないなあ」
「会話が弾むと口が滑ってしまうのが、僕の悪い癖ですね。お話上手って人から云われたりしませんか?」
「どうかなあ。シャイだし、およばれしても人前出ないようにしてるから」
「ミステリアスな魅力も兼ね備えているとは」
「出不精なだけ。でも流行るかなあ、黒幕系彼女」
「手玉に取られたい男は、沢山いそうですよ」
「ほーん、なら君は?」
「答えないとだめですかね」
「なんでなんで。おねえさんに云ってみなさいって」
「恥ずかしいじゃないですか」
「君もシャイな子ねえ。そんな風には見えないのに」
「見ただけで全部わかってしまう人に魅力感じますか?」
「ぜーんぜん」
「でしょうね」
「あの……そろそろ、本題に入りませんか……というかお二人ともほぼ初対面? ですよね」
風船のように会話を膨らませていると、桑上先輩からおそるおそるといった様子で声がかけられた。
天地先輩と顔を見合わせる。
「会話したのは、今日が初めてですよね」
「うん」
「だそうです」
「なんで他人事のように……。ニヤ様、彼を呼んだ理由について説明をしなくてもよろしいのですか」
「真面目な子ねえ、ほんと。そこのところ、私の云いたいことわかる? 新入生」
「ええ――」
『遊びが足りない』
「本当に初対面なんですか!?」
声を揃えた僕たちに対して、桑上先輩は目を剥いて叫んだ。
「君――陰陽部に入部しない?」
お茶を啜ったあと、天地先輩は切り出した。
「単刀直入ですね」
「部長直々に呼び出しておいて、ただ、お茶しましょうって?」
「どちらにせよ、光栄なことではあります」
陰陽部に入部、か。
「理由を訊いても?」
「面白そうだから」
「ニヤ様」
「……冗談はさておき」
そこで一拍おいて、再び口を開く。
「新しい風吹かせてみようかなあって」
「風、ですか」
「そお。風」
扇子が閉じられる。
弧を描いていた口元が、真一文字に引き結ばれた。
「君、百鬼夜行来てみてどお思った?」
「また、脈絡のない問いですね」
「減るもんじゃないでしょ? なんでもいい、思ったこと云ってみなさい」
口調は気軽なものだったが、有無を云わせない圧力を伴っていた。
僕は温くなったお茶で唇を湿らせたあと、舌を動かしつつ思考を整理することにした。
「良いところだと思いますよ、趣があって。貴重なむかし暮らしができる自治区です。町の装いが季節によってがらっと変わるし、暖簾の色なんかもそれに合わせてたりもしますし。文明より、文化という面が強く出ているので多少の不便はありますが、だからこそ味わい深くもある――」
通常、新しく住居を探す際に、余程のこだわりがなければ利便性を取って、駅の近くや、コンビニ、スーパーに近いことを条件に挙げるだろう。
僕の場合は、安いの一点でもって部屋を借りたので、そこそこ不便ではあるが、町屋を歩くだけでも様々な発見があって面白いため、いまのところは不満には感じていない。
そう、ミレニアムに比べて家賃は比較的安い。
安いが、近くに有名な建物や、観光スポットがあるマンションなんかはそれなりに値が張って、外観も豪華なものになっている。
しかし、これが立派な外観に比例するのは部屋の広さだけで、内装はホテルの宴会場のような寒々しさを感じるのだ。
同じ家賃でも、ミレニアムは立地もさることながら全体的にシックなつくりで、カジュアルなものになれば、それぞれのウリがあったりするのだけれど――競争率が激しいので、差別化を図らないと人が入って来ない――百鬼夜行は驚くほど、貸し手市場だ。
また、家賃のシステムも他の自治区とは異なる。契約更新の度に家賃が上がったり、敷金、礼金システムを採用せずに保証金をごっそり取るシステムがあったり。
百鬼夜行の住宅事情というのは、両極端で真ん中がない。
加えて、観光客で賑わう中心区からほんの少し離れると、うつくしい景観のイメージがある百鬼夜行にそぐわない汚いところが散見される。
建物の高さ、デザインが調和の言葉からは程遠い代物に成り下がっている区域が多々あるのだ。アーケードで隠されてはいるが、高い建物から見下ろせば、醜悪さが浮き彫りになる。
和のうつくしさは誇れるところだが、反面、洋モノに関してはセンスがない。
ミレニアムであれば違和感もなく映えるだろう建築物の数々は、古くからの百鬼夜行を愛するものにとっては、邪魔者以外の何者でもない。
かつての大戦のあと、様々な文化を取り入れた結果なのであろうが……。
「――公開されている観光収入のデータ読んだんですけど、観光売上高が二年連続で伸びてますよね。キヴォトス全域で見ても、この数字は中々お目に掛かれない。観光客による混雑の影響やゴミのポイ捨て増加等、必要経費というには中々頭を悩ませる問題もありますが」
「ああ……あれは、大変でした」
「業者だけじゃ手が足らんから、有志を募ってゴミ拾いやったなあ」
「観光事業に関しては概ね問題はなさそうに思えます。ただ、百鬼夜行の区内を簡単に見てみましたが、思ったより空き家が多いですね。地価高騰や、住民がより便利な自治区に移り住んだのもあるんでしょうが、中心区から遠ざかるにつれて、若干の過疎化が見られます。話を聞いてみるとマンションなんかはガラガラだとか」
つらつらと百鬼夜行に住み始めてから思ったことを、吐き出していく。
ゴミ出しのときに、可燃ゴミでまとめて出せる範囲が広くて感動したやら、井戸水が美味しいやら、その井戸水で作られた豆腐が絶品だとか。
「――うん。そゆこと」
一通り聞き終えたあと、天地先輩は頷いた。
「新入生が入る度に、外様の意見が聞きたくてなあ。住めば都と云うし、慣れる前にそういった意見をくれそう子から話を聞いて、あわよくば百鬼夜行のために役立てて貰おうかなあて」
「適役は僕以外にもいたと思いますし、そもそも観光事業を展開してる以上、僕が云った内容なんて周知の事実では?」
「事実を事実として述べる。意見を求められたときに、きちんと口にできるって、簡単なようでやれんのが大半。まあ、土地柄もあるだろうけども。ほら、奥ゆかしいのが多いから」
私みたいに。
視界の端で桑上先輩が何かを云いたげに目を伏せていたが、気にせずに天地先輩は続ける。
「もう一つは、ここらで百鬼夜行をまとめておきたい」
「百鬼夜行は烏合の衆――とまでいかんけど、我の強い連中が仰山集まってできた連合。いまでこそ落ち着いとるけど、昔は各自治区で争いが絶えなかった。それを百花繚乱が調停したことで――歴史はこのぐらいでいいか。けど、いま百花繚乱は委員長、副委員長が行方不明になっとる影響で活動停止。連合のきっかけを作った部活の存続について生徒たちも気になってるのか噂しとる」
「謂わば、抑止力がないんです。我々、陰陽部の存在意義は、連合間のバランスを保つこと。故に争いが起こった際に、どちらかに肩入れして禍根を残すような真似はできません」
「小競り合いならまだいい。好きにしたらええ。ただ、でかい争いごとが起きたら。権力もない、武力による介入もできないお飾りの部活。そんでも百鬼夜行の顔としては名がそれなりに売れとる陰陽部が、実質的にお上としてやっていく状況下で考えたのが――」
「――なるほど、飾りを更に立派なものにしてしまおうということですか」
正解、と扇子を広げた天地先輩は、流れるように言葉を紡ぐ。
「百鬼夜行はイベントが盛り沢山で、祭りに命を懸けとるような連中もいる。カホは百鬼夜行観光文化産業広報支援部の……あかん、舌噛みそう。まあ、顔が広い子だから。イベントにかこつけて、立派なお飾りを宣伝して、その飾りを大事にして貰えたら、御の字ってところ。いがみ合って争って焼け野原になるより、祭りでおてて繋いで仲良くやるのが健全。仲良くするための象徴となるお飾り用意しよ、て話。ついでにメディア露出なんかして、観光で利益出せたらなあって」
「僕が選ばれたのは、容姿ですか」
頭髪が光る、なんてシンボルとしては上々だろう。
余談ではあるが、人との待ち合わせでは僕は専ら目印扱いだ。
「うん。最初はそう。けど、それに関しては丁度いい子をカホが見つけてきた」
「はいっ! チセちゃんであれば、まったくもって問題ありません! 本人もやる気でしたから!」
広報担当の桑上先輩が太鼓判を押しているということは、相当な逸材なのだろう。恍惚な笑みを浮かべている彼女からは、何処か怪しげな雰囲気を感じる。
「最初は、ですか」
「そっ。話が変わるけど、百鬼夜行は成り立ちから、色々あった関係で争いの種だとか、トラブルメーカーだとかには大体目星をつけとる。手出すか別として。『災厄の狐』って、名前は聞いたことある?」
「ええ、まあ。各地で破壊活動を行っている正体不明の生徒だとか」
「そそっ。正体不明の、な。こわいこわい」
「はい。正体不明です」
閑話休題。
「うちに嘆願書出した生徒のプロフィールは私も簡単にだけど、目を通しとる。その中に稀少な男子生徒がおったら、目に入るのは当然」
「まるで珍獣扱いですね」
軽口を叩く僕に取り合わずに、剃刀のように目を細めた彼女は、
「病葉アマヒコ。誕生日は七月十日。山家育ちで、小学校の頃に歌のコンクールで最優秀賞を取った。趣味は読書と、時々釣り。九鵙第三中学校卒業」
僕のプロフィールを口にしていく。
「中一のとき――学校に忍び込んで、当時在籍している生徒の名簿を盗んだことがあった。警報が鳴り響く中、駆けつけた警備ロボットたちをたった一人で全て退ける。盗んだものが大したことなかったのもあって、大きな騒ぎにならなかったけど、当時の新聞にはこう書かれている――」
扇子が閉じられて、真っ直ぐ僕に向けられる。刃物を突きつけられているかのような錯覚を覚えた。
「『凶賊』病葉アマヒコ。なんでそんなことしたのか、私に教えて欲しいなあ」
鼠をいたぶる猫のように、天地先輩は口元を歪ませた。
オリ主、告白して振られたあとに過去を詮索されるの巻。
ニヤ様の言葉遣いは難しかったです。いっそのこと振り切ってコテコテの方言が良かったかも。後々修正するかも知れません。
あとチセちゃんをホームに置いたときの、名古屋めし発言に目を剥いてます。
百鬼夜行はNGYだった……?