烏間先生に指名され、
徹は動揺を隠しつつも前に立つ。
「君は戦闘の心得があるな?」
(……!)
「……ええ。祖父が道場の師範やってたんで、一通り仕込まれました」
内心
「ナイフは扱った事無いんですけど」
「見ればわかる。振り方に拘らなくていい。動きの見本だ。軽くで良いぞ」
有無を言わさぬ物言い……逃がしてはくれなさそうだ。
(見本というからには、5〜6割くらいか……それにしてもこの意図は……)
徹は意識を切り替え、右を前にしてナイフを構える。
そして、一息に距離を詰めた。
◆◇◆
(……! 低い!)
烏間は間合いに入る直前、まるで獣のように姿勢を低くした徹に、軽く意表を突かれる。
(手で掴まれるのを嫌ってか! 俺から選択肢を奪いに来たな!)
烏間の想像通り、徹が立てた作戦は「選択の余地を無くす事」だ。この模擬戦の前提条件として、『掠ったらアウト』、『烏間からの攻撃は禁止』のルールがある。
その為取れる行動は主に3つ。躱しと捌き。余裕あれば掴んで抑え込む。
一番警戒するのは、掴みだ。これをされてしまうと詰み。だが、言い換えれば唯一の反撃手段であると言える。
そこで徹は対策として、体勢を低くする事で捌きと掴みの2つを
だが、回避した先にも徹は張り付くように追撃を仕掛ける。
掴まれないよう、意識的にはナイフの振りよりも引きを速く。
そうする事で、回避以外の選択を出来る限り減らす。
しかし、これを数度繰り返すも、なお崩せない烏間に対し……徹の頭から加減の2文字が抜け落ちた。
直後、踏込み、徹は空手であった“左”を撃つ。烏間に避けさせる為、威力を捨て、速さと正確さを求めた攻撃。いきなりギアの上がった
瞬間二撃目のナイフが回避先を狙う。
反応した烏間が更に回避を重ねる為、逆に逃れようとして──先程拳と共に踏み込んだ徹の左脚が、移動を阻む。
(対処する隙は与えない! 獲った!!)
徹が勝利を確信した瞬間、
烏間の姿が視界から消えた。
◆◇◆
唐突に始まった、烏間と若木の模擬戦。
皆が必死に目で追いかけるも、初めての経験に脱落者も多い。その中で、磯貝悠馬はなんとか食らい付いていた。
(ど、どんどん速くなってる……! けど、薫が押してる気がする……)
こんな特技が有ったとは知らなかったけど、これならもしかして……
そう思った矢先、動きに変化が見られた。
烏間が回避を妨げられたのだ。
(これなら……入……ッ!!?)
その時信じられない光景が映った。
逃げ道が無くなった筈の烏間は……若木の
若木も含めて呆然とする生徒達。そんな中、烏間は笑みを浮かべて言う。
「惜しかったな。最後のはヒヤリとしたぞ。……さて、皆にも見てもらった通り、人は鍛え方次第でこのような動きも出来るようになる」
若木を手で引き上げ、続ける。
「無論ここまでしろとは言わない。向き不向きも、もちろん有るだろう……だが、仮にクラス全員が俺に当てられる位になれば、少なくとも暗殺の成功率は格段に上がる」
そして生徒全員を見渡し、力強く言い放った。
「ナイフや狙撃、暗殺に必要な基礎の数々……自らが考えた暗殺が出来るよう、今後体育の時間で俺から教えさせてもらう!」
(──とんでもない所に来てしまった)
そう思いつつも、磯貝悠馬の表情には確かな高揚が浮かんでいた。
◆◇◆
(あそこから、間に合わせたのか……生身で? い、イカれてる)
一方徹はというと、先程のショックから立ち直れていなかった。最後の一幕を脳裏に浮かべ、改めてあの教官の化け物度合いを再確認していた。
そんな徹の耳に、チャイムの微かな音が聞こえてきた。
(……さっさと教室戻ろ)
そこに駆け寄って来るのは……磯貝か。
……まあ、今回はやり過ぎた実感はある。ドン引きされても仕方がな「凄かったじゃないか! というか薫、お前あんな事出来たんだな!」……
「どうした? 変な顔して」
「……お前ほんとイケメンだな」
無自覚な性格の良さを見せる根明に、思わず感心が口に出る。そんな二人のやり取りを皮切りに、近くにいる生徒がワラワラ集まってきた。
「そうそう! それならそうと言ってくれれば良かったのにさ〜。シャイボーイかっての!」
そうからかってくるのはお馴染み中村。
「若木がシャイ? ……ブフッ!」
「その目付きでそれは……ちょっとキツいかも」
「意外とかわいいと思うけどなぁ」
岡島、矢田、倉橋……お前もか……
予想反してクラスメイトからの反応があるのに困惑しつつも、徹は不思議と悪い気はしなかった。
──同時に、自身の背中に向けられていた視線が和らぐのを、確かに感じた。
◆◇◆
(やはり考え過ぎか……)
烏間は、目の前で談笑する光景を目にして、自身の中で結論を出した。
そして、すぐに切り替えて授業を振り返る。
(今回の授業で、大まかな全員の能力は把握できた。特に磯貝悠馬、前原陽斗、女子なら岡野ひなたに片岡メグ……彼等は良いものを持っている。磨けば光るだろう)
(──もっとも一人、出来過ぎている者もいるが……)
烏間は、出席簿に挟んでいた一枚の資料に目を落とす。
(若木薫、彼は異常だ。同年代ではあり得ないほど洗練され過ぎている。
しかし素性を洗ってみたが、目を引く点は無かった。……彼自身には)
そして先程彼が口にした祖父は、武術家の中ではそれなりに名の通った人物だったようだ。この事件をきっかけに、教えを施したのだろう。
もっとも、彼以外は全員亡くなってしまったようだが……
これらの情報と今回の反応から察するに、彼は──
◆◇◆
──“戦闘技能を仕込まれただけの、憐れな被害者”
俺は
理由は一つ。
「俺がこれから自由に行動するのに面倒だったから」、という一点に尽きる。
何をするにしても
それなら、いっその事こちらから“自分はこういう人物だ”と、相手にイメージさせてやればいい。
だから、素性を偽造してもらう際に、一つ保険を掛けて貰った。完璧な偽造と、それに紐付く説得力のあるエピソードを、巧妙に盛り込んで。
確か、過去に一族全員呪霊に皆殺しにされた事件があったから、それを再利用したんだったか。凄惨な過去を持ってる人物なら、人間どうしても同情的になり易い。多少の粗には目を瞑ってくれるだろう。
こうする事で普通に見ればスルーされるが、より深く調べれば“偽のゴール”に誘導できる。
確かな目を持つ者が感じた「違和感」を、「納得感」に変えられる。
殺しの舞台となったこの異常なクラスだからこそ、この
あとは周りに怪しまれない程度に、常人レベルに動きをセーブしつつ、真面目に授業へ取り組めば良い。時間が経てば、警戒心もほとんど無くなるだろう。しばらくは様子見だな。
ここまでやって不信感を持たれたなら……その時は……うん。
それにしてもーー
(さっきの指名からの流れは危なかった……アレは多分探りだな。実力の正確な把握と、思考のプロファイル。それに、
第一に、烏間先生が俺を抑えられるかのテスト。
次に、生徒の目がある中で、突発的な事象にどう対処するか。
最後の踏み絵に関しては、模擬戦を一つの目安にしたわけだ。
実力を発揮するなら、裏表無しとして警戒を緩める。
隠すようであれば、下心有りとみなして警戒度を上げる。
……つい力が入ったのも、結果として幸運だったな)
もっとも、これで疑いの目が完全に晴れるわけではないだろうが……まぁなんとかなるだろ。
(……悪く思わないで欲しいね。術師は嘘ついてなんぼなんだから)
──この時徹は知らなかった。
今回の件を踏まえ、割と烏間に目を掛けられるようになったり、彼の授業では他の生徒のサポート係に任命されてしまうことを……
お読み頂き感謝します。
評価、感想、お気に入りして頂いた方、誠にありがとうございます。
大変励みになります。
戦闘描写こんな感じで良かったのだろうか…
説明描写も少しくどいかも?
ここわからんって箇所やこんな表現オススメよってのがあれば、ぜひ教えて頂けると幸いです。
それはそうと脹相戦見てテンションヤバい。
文句無しの100万点でしょ。