ベアトリーチェ(ゲマトリア)、キヴォトスにて 作:ふぁっしょん
ベアトリーチェはそのことを認知したとき、驚きのあまり頭が破裂したかのように開いた。
なにがあったのか。
白洲アズサの成績が悲惨なことになっていたのだ。
彼女が落第点を下回っているなど、ベアトリーチェからすれば、白洲アズサになにかあったに違いないと確信するほどの異常だった。
白洲アズサはもとより優秀な生徒だった。
あらゆる戦闘技術および知識に習熟を示しており、集団戦への適正はそれなり程度ではあるが、個人戦と工作活動に関していえばアリウスでも最高クラスの成績を持っていた。
また古語で書かれた史書を己の身一つで読破できるほどの語学能力を持ち、アリウス派の教義に関する理解は非常に深い。単に覚えているのではなく、それの伝えようとする意図を解釈するだけの造詣を持つ。
そんな生徒が、特に難しくもないテストで落第点を、しかも何度も取っているなどとは……
定期報告を確認しても問題が見当たらないので、ベアトリーチェは困惑した。
だがやがて……読み返して気づく。
彼女の日程は埋まりすぎている。
ほとんどが知者との交流と、戦闘技術を落とさないための鍛錬にあてられており……
トリニティの公式予定と照らし合わせると、いくつもの必須科目を無視していることは明白だった。
さらに模試や行事などといったやらなければならない日程であろうと、予定が被っている場合は無視しており……
このままでは落第直行といえる。
トリニティの留年制度などはかなり優しい仕様になっているが、まずい。
ベアトリーチェは心底困った。
もし先生と会う前なら、ひとまず勉学に励むよういっただろう。
だが先生は言っていた。
“彼女たちがどうなるか。それは、彼女たちが選ぶものだから”
ここでベアトリーチェが口を出してしまうのは、彼女のためにならないのではないか?
白洲アズサ自身が問題を認識し、それを解決するため動くこと。
それは単なる学びに留まらず、たとえばベアトリーチェの指示内容に忠実に従うのではなく、ある程度自分の考えを確立したうえで、行動を決定するようになる可能性もある。
これまでのベアトリーチェの指導方針は、生徒のやるべき行動を示すことを基礎として、そのうえでやるべきではないことに対し注意を払わせることで、矯正を行っていた。
だが先生の示した理論によると、生徒が自ら問題を理解し、それに対応しようとする、その行動過程にこそ、成長の余地が生まれるらしい……
すべてにおいて、これが適応されるわけではないだろうが……
白洲アズサに関していえば、どうなのだろうか?
ベアトリーチェは苦悩した。これは非常に珍しいことだった。
先生に聞くべきだろうか……
しかし先生はいま、シャーレで悲惨な書類業務に追われていた。
寝る暇もなく、家に帰ることもなく、書類とともに泊まっている。
間違いなく暇ではないだろう。
ではゲマトリアの同僚に聞くべきだろうか……
しかし、ゲマトリアにおいて教導に最も詳しいのは、ベアトリーチェ自身だ。
ベアトリーチェは考え……
ふと、思いついた。
聖園ミカを通して、トリニティに先生を招待してもらい、白洲アズサを指導してもらおう。
ティーパーティーのホストであった百合園セイアが行方不明になってから、同じくティーパーティーの桐藤ナギサは、友人であり同じ席に座る聖園ミカの制止も聞かず、ひたすらトリニティ内部を探りまわっている。
白洲アズサと、彼女を庇う聖園ミカが訝しまれており、その背後になにかいるのではないかと桐藤ナギサが疑心暗鬼になっていることも、ベアトリーチェは把握していた。
きっと聖園ミカが先生を招待するよういえば、桐藤ナギサは疑い、そして利用しようとするだろう。
おそらく政治的手段で接触を試みるはずだ
なにか探ろうとするか……排除しようとするか……
もしそうなれば、先生は何も知らないがゆえになにも伝えることもなく……
結局なにも起こらないまま、ただ時間が過ぎていく可能性が高い。
もし先生を排除しようとしても、先生は連邦生徒会の組織であるシャーレに所属している。
ただでさえエデン条約が迫っているのだから、危害を加えるなどした結果、干渉されたくはないだろう。
先生は書類から解放され、白洲アズサは先生から教導を受ける。
そしてやがて桐藤ナギサの理解が深まり、ひとまず先生は黒幕ではないとわかる。
先生が彼女にも指導を施して、疑心暗鬼を解き、聖園ミカの言葉を信じるようにしてくれれば……
ここまでは希望的予測だ。
では絶望的な予測はどうだろうか。
桐藤ナギサはエデン条約を締結させようとしていることが明白だった。
だが聖園ミカを排除しようとしていないこともまた、明白だ。
先生を排除するにしても、強硬手段をとれば、エデン条約締結に支障が入る。
となれば白洲アズサに影響が及ぶか……?
しかしトリニティの停学や退学手続きは凄まじい迂遠さと面倒を湛えている。
彼女を特例扱いして、なにかしらの処分を行うことは、まずできないだろう。
ベアトリーチェはひとまずそこまで考えて、聖園ミカに伝言を伝えるよう、手隙の生徒に頼むことにした。
ベアトリーチェらしからぬ、拙速を重んじた行動だった。
それだけ危機的な成績だったのである。
もっと投げれるかな……