ベアトリーチェ(ゲマトリア)、キヴォトスにて 作:ふぁっしょん
昼投げた前話から、ベアトリーチェ(変装中)は、赤崎ヒサゲと名乗ることにしました。見た目は不明。どうしよう……
赤崎ヒサゲ(ベアトリーチェ)は、ぼんやりと空を眺めていた。
青い空に、まばらに白い雲が浮かんでいる。その雲のかたちがゆっくりと変わるのをみていた。
空に浮かぶ輪が、そんな雲たちと交わって、ひび割れのようにもみえた。
特にやることもなく、それで予定はあるし、待つ場所もあるから、彼女は待つことにした。
待ち合わせ場所の、トリニティ総合学園の第3校門前にて。
ただ立って、空を眺めていた。
(スイーツ……
スイーツとは……)
今日受けた言葉と、クレープの刺激を咀嚼しながらのことだった。
久方ぶりの味覚は衝撃的だった。だがそれ以上に不思議なのは、それによって浮ついている自分そのものだった。
なるほど、クレープなる、あのスイーツは……
強い。
大人になってからそう動じることはなくなったと振り返って思うが、しかし動じてしまった……
そして適切な比喩で表すには、あまりにも未知に包まれている。
ヒサゲ(ベアトリーチェ)は決意していた。
スイーツに理解を深め、自らに新たな知見を齎すことを。
だから見学予定地を回ってすぐ、校門前にやってきたのだ。
間食の誘惑を断ち切ることなど、たやすいことだ。
なにせこれから、とっておきのスイーツを知ることになるのだから。
その衝撃は計り知れない。もしかすると、いや間違いなくクレープ以上の衝撃を受けることになるだろう。
しかし、その対策は万全だ。
端末には様々なグルメリポートの比喩表現がまとめてある。
いざとなればこれをみて、今度こそうまく言い表してみせる……!
しかし、あのクレープなる刺激は強烈だった……
そして時が過ぎた。
柚鳥ナツが校門前にたどり着くと、人だかりの中から少女、すなわち赤崎ヒサゲが現れた。
なにやら穏やかな表情を浮かべている。
「こんにちは、ナツ……
さきほどぶりですね」
「ええと、待たせちゃった?」
「いえ、そうでもありません。
思索に耽っていると、時間はあっという間に過ぎていくものですから」
「そおか。それじゃ、私のとっておきのケーキ屋さんのひとつ……
パティスリー・ふぁみぃへ出発!」
少女たちは歩き出す。
先頭に立ったナツは、人混みを抜けると振り返った。
風にのって、ミルクのような香りが漂う。
ナツは語りだす。
「パティスリーっていうのは、ケーキとかパイみたいな、スイーツの中でも洋菓子の王道!ってかんじのやつを扱う店のことだよ。
もちろんおいしい。でもでも、そういうお菓子はあんまりたくさん食べると、お腹がいっぱいになりすぎたり、カロリーとか……ちょっと困ったこともでてきたりする……
だからいろんなおいしさを知るには、時間がかかったりしがちだったり。
そんなときにおすすめなのが、シェアというやり方だね。お友達といっしょに食べれば、いろんなおいしさを一気に味わえるだけでなく、その体験を分かち合うこともできる。
まあ、今回はふたりだから、そんなたくさんは食べれない……ということがないのが、パティスリー・ふぁみぃの特徴!」
ナツは早口で、身振り手振りを加えながら説明していた。
ちらちらと進行方向を警戒しているものの、ちょっと危なっかしい。
ヒサゲはいろいろと集中した。
「ふぁみぃでは、ちょっと小さめの四角いケーキを、いろんな種類でひとまとめにして注文できるんだ。
小さめのケーキっていうのは、そのサイズでも満足できるように味や香りを丁寧にこだわらないといけないから、ちょっとお高めな傾向がある。
でもここではひとりふたりといった少人数でも、まあ許せるくらいのお値段!それでいておいしい……
特にフルーツの扱いは絶品でね!私はここのブルーベリーの扱いには、もぉう脱帽せざるをえないんだ。みずみずしさと濃厚な甘みと、それでいて香高く……
とにかくケチのつけようがないんだよ!だからよく向かうんだ」
「ふむ……
ひとまずおいしいということはわかりました」
「そして、それだけではないからとっておきなのだ!
ここは隣に、店主のお友達がやってる喫茶店があってね。持ち込みおうけいなのさ。
無論飲み物もよく合うやつが揃ってる。
ヒサゲちゃんはどんな飲み物が好き?」
「ふむ……
飲み物……
……
特にこだわりは、いまのところありませんね」
「そか。それじゃ炭酸とか苦い飲み物は苦手だったりする?」
「いいえ、大丈夫ですよ。
たとえどんな衝撃的な飲み物でも、耐えてみせましょう」
「うにゅ、それじゃあひとまずおすすめなのは、なんといってミルクだね。
あそこは産地直送の新鮮な牛乳がキンッキンに冷えてて、私は大好きなんだぁ」
「なるほど……
ミルクとケーキ。なるほど」
話しているうちにやがて、ふたりは目的地にたどり着いた。
ナツがやはり先導する。
「よし、入ろう。ここからは小声でね」
連れられて中をみると、大きなガラス張りのショーケースの中に、色とりどりの様々な洋菓子が並んでいる。ケーキとタルトが中心となっているのだが、どれも色合いが美しい。
そんな中、唯一ショーケースの外に陳列されているものがあった。
瓶詰めのジャムのようなものだ。
「ナツ、これはなんですか?」
「それはコンフィチュールだね。フルーツの水分を抜いて砂糖と煮詰めたやつなんだけど、そうとは思えないほどさらっとした舌触りが特徴なんだ。
果物のぉ、なんというか……素材感みたいな食感が楽しめて、それでいていろんな食べ方があるんだよ。パンとかチーズにつけたり、紅茶とか炭酸水に溶かしてみたり……」
「なるほど……」
ヒサゲはショーケースを真剣に見つめた。
なるほど、果実の透き通ったような質感が特に美しい。
しかしそれは、ほかが劣っているというわけでもないように思えた。
たとえばチーズケーキなるものだ。
チーズクリームの断面を一目見れば、そのきめ細かな質感を察することができるだろう。
そしてその下にあるしっかりとした生地の存在感が……
その様子を眺めながら、ナツは小声で話しかけた。
「ひとまず4つ選ぶといいよ。四つ並べると正方形になってきれいだぞ。
あと、結構お腹に貯まるからね」
ヒサゲはこくりと頷く。
しかしなにを選ぼうか、苦悶した。
悩みながら、それでも特に気になるものを選んだ。
まずブルーベリーと、ショコラなるおすすめされたものと、なにやら緑色のマッチャなるものと、そして白が特徴的なチーズケーキだ。
あとコンフィチュールも買うことにした……
そして隣の喫茶店に入り、座った。
ふたりともミルクを注文した。
ミルクの入ったコップとストローが机に置かれた。
ケーキの入った紙箱を開くと、ふわりと、甘い香りが広まった。
食事の挨拶をして、さっそくフォークを手に取り……
ヒサゲはそのなんともいえぬ妙なる味に驚愕した。
そして、無言で、二口、三口、ミルク……と食べた。
言葉を発する余裕がなかった。
決して大口だったり噛まずに呑み込んだわけではなかった。
ただ、その高次元からの衝撃に揉まれていると、本当に言葉を発する余裕がなかったのだ。
その様子をナツはにこにことみていた。
ちょっとずつ食べながら。
そして皿に載るものがなくなり、ミルクをちゅーっと吸ってから、ヒサゲは重々しく口を開いた。
「おいしいとは……
おいしい……
……言い表すには、私の知見が足りません」
「おいしかったのなら、それでよし!」
ナツは満面の笑みを浮かべた。
そしてミルクを飲んでから、また口を開いた。
「私もヒサゲちゃんの幸せそうな顔がみれて、すっごく幸せになれたよ。
ありがとね、ヒサゲちゃん」
「ふむ……
幸せ……」
ヒサゲは自らの顔を両手で触る。
なるほど、微笑んでいたらしい。
そのままナツをみた。
「スイーツとは、奥深いものですね」
ここからナツによるスイーツ談義が始まるわけですが、それはまた別の話ということで……