ベアトリーチェ(ゲマトリア)、キヴォトスにて 作:ふぁっしょん
ベアトリーチェ(ゲマトリア)による、サオリとの面談です。
呼び出したアリウスの生徒、錠前サオリは、非常に緊張している様子だった。
なるべく平静を装おうとしているものの、全身の筋肉が緊張していることは、簡単に見て取れた。
なぜ緊張しているのか。ベアトリーチェは少し思索を巡らせる。
唐突な呼び出しだったからだろうか?
理由も言わず呼び出したからからだろうか?
自分になにか起きると思っているのだろうか?
あるいは、部下になにか起きると思っているのだろうか?
はたまた、なにか隠していることを知られたのではと思って……
錠前サオリを呼び出したのは、彼女の成績が優秀だからではない。
彼女が教官として担当するチーム全体の成績が優秀だからだ。
ベアトリーチェが求めるような、想定以上の成長、あるいはそのための努力は見受けられないが……
もし、それに最も近い生徒を選ぶとしたら、彼女がそうだった。
ベアトリーチェは思索をやめ、言葉を発した。
「錠前サオリ。あなたを呼び出したのは、ただひとつのことを聞くためです」
もともと考えていた内容を浴びせても、求める答えが返ってくるかわからないので、ベアトリーチェは前置きを設けることにした。
サオリはさらに怯えた様子で口を開いた。
「マ、マダム、それは……なんで、しょうか」
「ふむ……」
緊張を解こうと思ったのだが、逆効果だったらしい。
「ですが、その前に少し話しましょう。
たとえば……あなたの部下について」
「!」
サオリはさらに緊張した様子になった。
ベアトリーチェは困惑した。
(おかしい……緊張をとくには、身近な話題がいいはずなのに)
しかしそれを表に出さず、続ける。
「あなたの部下は実に優秀です。ですから、私は期待していました。
なにをか、わかりますか?」
サオリの顔色が悪い。
「わ、わかりません、マダム。
申し訳ありません……!」
「あなたたちが、私の求めるある基準まで至ることをです。
ですが、そこに至ることはなかった」
サオリは震え出した。冷や汗が滲んでいる。
ベアトリーチェは困惑した。
「なぜ?
私はそれを疑問に思い、そして解決するため、あなたを呼び出したのです。
ですが……ふむ。
あなたは今、それを答えられなそうですね」
サオリはおののき、叫ぶように言った。
「そのようなことは……!
そのようなことは、ありません、マダム!
私は必ず、あなたの期待に応えてみせます!
ですから、どうか……どうか、慈悲を……!」
ベアトリーチェは改めて困惑した。
慈悲を願う必要がないからだ。また改めて、答えられるときに答えてもらえればいい。
だが、本人が答えようとしているのだから、その意思にあわせるべきだろう……
「では質問しましょう。錠前サオリ教官。
あなたがたは、なぜ私に逆らわないのですか?」
「……は?」
サオリは驚愕の表情を浮かべた。
「より正確にいうと、なぜ私が課している課業に不満を抱き、改変しようとしたり、あるいは直訴しようとしたりしないのですか?」
「マ、マダム……
私には、おっしゃられていることの意味が、うまく、理解できません」
「私はあなたがたのカリキュラムを作るにあたって、いくつか不満を抱くであろう点を認識していました。しかし、あなたがたは私にそれを訴えることなく、ただ耐えている。
なぜ?私には理解できません」
サオリは目を瞬かせた。
「マダム、私は……私たちは、マダムの考案したカリキュラムに不満など抱いておりません。
決して、耐えているなどということもありません」
ベアトリーチェは困惑した。
「ふむ……
ですが、日々の課業は苦しいはずです。
これまで机に座ったこともなかった子供が、机上演習を毎日数時間こなす。これは非常に難しいことであると、私は認識しています。
戦闘訓練は肉体的苦痛を伴います。行軍訓練は精神的苦痛も伴います。工作訓練は非常に高度なものとなっています。
であれば、苦しいと思うはずです。より楽をしたい……そのような傾向があって当然です。
そして、私はその楽をするための行動を妨げてきました。
であれば、私に逆らおうとして当然ではないでしょうか」
サオリは叫ぶように言う。
「マダム!決して、決して我々がそのようなことを、考えるはずもありません!」
「ふむ……」
ベアトリーチェは困惑のあまり、なにを言えばいいのかわからなくなってきた。
「あなたがたは、不満に思わないのですか」
「はい、そのようなことは、決して」
「……なるほど」
(道理でユスティナ聖徒会が、ああいう方向で維持させようとするわけです)
ベアトリーチェの見解からみて、アリウス自治区の生徒は、これまでにない存在だった。
あまりにも外れ値にみえた。
方針が崩れていく。
「なるほど。錠前サオリ、あなたの答えを聞いて、私は新たな知見を得ました。ありがとうございます。
しかし、それに伴い疑問が生まれました。
あなたがたはどうすれば、私の手を離れるのか」
その言葉に、サオリの顔色が変わった。
「わ、私どもになにか……至らないことがあったでしょうか……!」
蒼白を通り越して白い。
「至らないところですか……そうですね。では正確に答えましょう。
これは哲学的で高度な話になるので、あとで細かく説明します。
あなたがたには、力への意思を抱いてほしいのです」
サオリの顔色が戻っていく。
「力への意思、ですか。
それはいったいなんでしょうか」
ベアトリーチェはわかりやすいように、端的に答えた。
「新たなものを齎すために、より良い自分になろうとする、その精神的姿勢のことを指します。
そうですね、簡単にまとめましょう。
あなたたちが、自らの意思に基づいて、世界に新たなものを齎そうとして、努力する。それこそが私の望みなのです。
些細なものでも構いません。善悪も問いません。荒唐無稽でも構いません。
ただ、自分が本当に望むものであればいい」
「自分の……本当に望むもの」
サオリは考え込んでいる様子だった。
ベアトリーチェはそれを見て、遮るように言った。
「今考える必要はありませんよ。いずれわかれば、それでいいのです。
ただ、覚えておいてください。
たとえば私に逆らおうとすることであっても、それは私の求めることであると」
「……わかりました、マダム」
サオリは真剣な表情で答えた。
「では、これにて面談を終わります。
錠前サオリ、寮へ戻ってください」
サオリは扉へ向かい、ベアトリーチェに一礼して、挨拶した。
「では、失礼しました」
ベアトリーチェは閉じられる扉を見ていた。
なんだかマトモに見えますね。
言ってることを要約すると、とんでもない内容ですが。