ベアトリーチェ(ゲマトリア)、キヴォトスにて 作:ふぁっしょん
ですから本日も、いくつか投げます。
赤紫色の壁と天井と床、そして黒い円卓が置かれているほかには、なにもない部屋。
そこに四つの、ひとのようなものが立っている。
ひとりは、赤い肌の、咲いた花のような頭と無数の瞳を持つ女性。
ひとりは、黒いスーツを着た、黒い影のような身体と無数の亀裂を持つ男性。
ひとりは、古ぼけたコートを纏う、奇妙な絵画を持った頭のない男性。
ひとりは、タキシードを着こんだ、ふたつの木製の頭部を持つ男性。
彼らは自らの事を、かつてあったある組織になぞらえて、ゲマトリアと称していた。
女性、ベアトリーチェは語っていた。
「つまり崇高のもつ神秘と恐怖という面は、知性と激情のように、対照性を持ちながらも同一である、ということ。
我々は認識し、解釈し、定義することで、神秘を理解しました。
しかしそれは神秘という概念が認識可能な角度から見つめているだけであって、その背後に隠れた恐怖を覗くには、そしてそれらを同時に観測可能な崇高という概念に至るには、より巨視的な視野を持つ必要があるのではないかと……
あるいは、もしこれが崇高ではないことが証明できたならば。
それはつまり、崇高が神秘を含むのか、神秘が崇高を含むのか。
これをより厳密に理解できるはずです」
その頭の内側から覗く無数の瞳は、虚空を見つめている。
「私は以上のことを踏まえ、実験を執り行いたいと思っています。
題するならば、逆説的な崇高の証明実験、といったところでしょう」
それを聞いて、黒いスーツを着た男性、黒服はこう返す。
「なるほど……実に、興味深い実験といえますね。
ただひとつ、考慮するべき点があると私は感じました」
「なんでしょうか?」
「その実験は、あなたの行動規則に、やや反するのではないかと……」
「ええ、ですから、マエストロ。
あなたの力を貸してほしいのです」
タキシードを着こんだ男性、マエストロは驚いた声を出した。
「珍しいことだな。貴下が私に頼もうとは……」
ベアトリーチェはその言葉に応える。
「それだけの価値がある実験だと考えているのです。
もしこれをミメシスを通じて実証することができたならば、それはつまり。
崇高という概念に対する我々の理解が、一段と深まるということに違いありません」
コートを纏う男性の持つ絵画、ゴルコンダが反応する。
「確かにその通りですね。あなたが語った推論は実に、興味深い」
首のない男性が叫ぶ。
「そういうこった!」
ゴルゴンダは謝った。
「……失礼しました。ただ私としては、ややリスクが大きい気もします。
そのためだけに、エデン条約調印式に干渉するというのは……」
ベアトリーチェは言葉を紡ぐ。
「私のもつ生徒ならば、それが可能なはずです。
そしてすでに、布石となるものをトリニティ内部に……
ふむ」
ベアトリーチェは、虚空に手を伸ばした。
するとなにもない空間がほつれ、赤い糸のようにほどけてゆく。
赤く、太い線となって。
「申し訳ありません、どうやらのぞき見をされているようですので……
私は、それに対処させていただきます。お先に失礼しますね」
ゴルコンダは謝った。
「どうやら、私は喋ってはいけなかったようですね、私たちこそ、申し訳ありません……」
男性も呟く。
「そういうこった……」
ベアトリーチェは否定した。
「いいえ。議題の進行において必要な会話でしたよ。仕方のないことです。
ただ黒服にも頼みたいことがありますので、あとで少し接触させてください」
黒服がそれに反応した。
「いえいえ、マダム。あなたの齎すものはいつも、実に興味深いものです。
手助けが必要ならば、いつでもおっしゃってください」
「ありがとうございます、それでは」
ベアトリーチェは、空間の亀裂に身体を滑らせた。
あるものを捕まえたまま。
ある部屋があった。
美しい調度品に彩られた部屋だ。そのひとつであるベッドにて、一人の少女がうなされている。
その首元に、赤い線が滲んでいく。
太く、赤く。
やがてそれは人のかたちに転じた。
ベアトリーチェだ。
すると、少女も目を覚ました。
息ができないのか、必死に首をつかむ手を引きはがそうとする。
「ふむ……あなたはたしか、トリニティ総合学園の、百合園セイア、でしたね。
正直なところ、あまりやりたくはないのですが……仕方ありません。
あなたは知ってはならないことを知ってしまいました」
ベアトリーチェとセイアを包むように、宙に赤い線が滲み出す。
やがてセイアの手が力を失い垂れ、そしてすべての赤が繋がった。
赤色がほどけた後には、なにひとつ残っていなかった。