ベアトリーチェ(ゲマトリア)、キヴォトスにて 作:ふぁっしょん
時系列をはっきりさせるためのシーンです。
白洲アズサは、誰にも尾行されていないことを確認したうえで、指定の場所に到達した。
そこには、奇妙な赤い紐が浮かんでいた。
アズサはそれに触れた。
するとその紐はより太く、より赤くなってゆき、やがてひとつの人型を形成した。
ベアトリーチェだ。
「白洲アズサ、あなたにこうして接触したのは、あなたに任せた任務において、ある問題が発生したからです。申し訳ありません、これは私とその同僚のミスによるもので、あなたのせいではありませんが……
しかし、あなたに共有する必要がありました」
アズサは平静を保ったまま答えた。
その姿勢は直立不動だ。
「マダム、その問題とはいったい、なんでしょうか」
「あなたには、トリニティ総合学園に転入し生活することで、アリウス派とトリニティ主要教派の融和の象徴になってもらう予定でしたね。
しかし……いえ、端的に話しましょう。
ティーパーティーの百合園セイアが、知ってはならない情報を知ってしまったのです。
そのため、彼女は排除されざるをえない状況に陥ってしまいました」
ベアトリーチェの開かれた頭の断面が収縮した。
まるで内心を表すかのように。
「それでは……」
「ですが、白洲アズサ。
あなたの任務は続行してもらいます」
「!」
アズサは驚愕した様子だった。
ベアトリーチェは穏やかな声で語る。
「あなたの定期報告書は確認しています。あなたはいま、アリウス派に伝わる教義と、それが齎す生きる指針を公のものとしたいと、本心から感じている……私はそう考えています。
その意思は尊ぶべきものです。そしてそれに伴う行動もまた、尊い。
そもそもこれは、あなたたちのミスではありません。私たち大人が解決すべきもの……
とはいえ、ただ放置することはできません。
白洲アズサ、あなたにお願いがあります。これは命令ではないとも、あらかじめ言っておきましょう」
「それは、いったい……」
「私はこれから、百合園セイア襲撃事件という偽装を仕掛けます。
そして彼女を隠します。アリウスに連れていく予定です。
そしてあなたには、これまでのように暮らしていていただきたい。
なるべく聖園ミカを刺激しないようにしつつ、トリニティの知者と交流を深めるのです。
無論、可能ならで構わないのですが……」
「了解しました、マダム」
アズサはただちに返事をした。
ひとかけらも迷った様子はなかった。
「よろしいのですか?」
ベアトリーチェのいくつもの瞳が瞬きした。
「マダム、あなたの教えを広めたいという私の意思は、間違いのないものです。
無論マダムがおっしゃるのであれば、私は……」
「いいえ、白洲アズサ。
あなたのその自ら確立した意思は、素晴らしいものです。私がかき消すなどということはありえません。その努力を妨げる意味を私は持たない。
ですから……ああ、あなたには伝わっていないことがあります。
それをいま、伝えましょう」
アズサは姿勢を改めて正した。もとより直立不動だったが、それでも正した。
「なんでしょうか、マダム」
「私は先日、自主性……あるいは自発的意思の齎すものを知り、それが素晴らしいものであると感じました。ですから、あなたの自ら定めた意思を尊びます。
白洲アズサ、あなたに私が求めることは、その意思に基づいてなにかを齎そうとする努力そのものです。あなたがなにかを生み出すために試みるその姿勢こそ、私の求めるもの。
覚えておいてください。
たとえば私に逆らおうとすることであっても、それは私の求めることであると」
その言葉にアズサは驚いた様子だった。
なにかを話そうと、口を開く。
「マダム、私は……」
しかしそれをベアトリーチェは遮った。
「今はただ、覚えておくだけでよいのです。
いずれわかれば、それでいい。
……話すことはこれで終わりです。そろそろ別れるといたしましょう」
その言葉を聞いて、アズサは敬礼を返した。
「わかりました、マダム。
それでは、失礼いたします」
「ええ、それでは……」
ベアトリーチェのからだがほつれ、ほどけてゆく。
やがて赤色は失せ、なにもなかったかのような虚空だけが残った。
風が吹いている。
アズサはそこまで見送ったあと、周囲を警戒し、見つからないよう慎重に寮へ戻った。
語られた言葉を咀嚼しながら。
要は、まだVol.3 Ch.1の前ということです。
ここから始まります。