人造美少女と恋人になるだけで魔王が倒せる簡単なお仕事です   作:青ヤギ

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使い捨ての乙女

 

 幼い頃、木で作られた人形が、たったひとつのオモチャだった。

 家は貧乏だった。新しいオモチャなんて滅多に買ってもらえない。

 唯一のオモチャで何とか遊び方を工夫していたが、やはりいつかは飽きてしまう。

 どうしても新しいオモチャが欲しかった。

 ……壊れれば、新しいオモチャを買ってもらえるかもしれない。そんな悪知恵が働き、ワザと人形を壊してみた。

 父にすぐにバレて、とても叱られた。

 

「いいかい、ディード? 物を大切にしない人間は【楽園(エデン)】に行けないんだよ? お前も【魔王】を倒した【勇者】様のように、清い心を持ちなさい」

 

 父はそう言って修復魔術で人形を直した。父は物を直す魔術に長け、それを仕事にしていたから、人形は瞬く間に元通りになった。

 悲しくて泣いた。

 父に叱られたせいではない。新しいオモチャを買ってもらえなかったせいでもない。

 父は、息子が躊躇いもなくたったひとつの宝物を壊したことにショックを受けていた。そして、息子にそんなことをさせてしまう自分の不甲斐なさを恥じているようだった。

 父にそんな思いをさせてしまったことが情けなくて、悲しくなった。

 

 辛いことがあると、母がベッドの傍で絵本を読み聞かせてくれた。

 もちろん家にひとつしかない貴重な絵本だった。

 恐ろしい【魔王】が地上に現れ、神に選ばれた【勇者】が倒す物語。世界中のあちこちで語り継がれている大昔の話だ。

 何度も読み聞かされたせいで、すっかり内容を覚えてしまった退屈な物語だったが……母の優しい声を聞くと、とても安らげたので、その時間が好きだった。

 

「【魔王】を倒した【勇者】の魂は、神に導かれ【楽園(エデン)】に辿り着きました。過酷で、辛い戦いが続きましたが、清い心を持つ【勇者】は報われ、【楽園(エデン)】でいつまでも幸せに暮らしています。大昔と比べ、私たちの魔術はとても弱くなってしまいましたが、それはもう戦う必要がなくなったからです。これもすべて【勇者】が平和な時代を作ってくれたおかげなのです。()()()()()()()()()()()()で、私たちの生活は成り立っています。この幸運な時代に生まれたことを感謝しましょう。そして私たちも【勇者】と同じ【楽園(エデン)】に行けるように、清い心を持って生きていきましょう」

 

 【勇者】の物語は、書き手によって様々な解釈や語り口があった。

 家にあった絵本は、どこか説教くさかった。

 教会から譲り受けたものだからか、教本としての側面が強かったようだ。

 絵本を読み終えると、母は安眠効果のある魔術をかけてくれながら、いつも同じことを言った。

 

「ディードも、人のために魔術を使うのよ? 決して傷つけることに利用してはいけないわ。優しい魔術で、誰かを笑顔にしていれば──きっとあなたも【楽園(エデン)】に行けるから」

 

 良い子にしていれば【楽園(エデン)】に行ける。

 子どもを躾けるとき、世界中の親が口にする言葉。

 子どもながらに、そんな場所なんて、あるわけがないとわかっていた。

 ……けれど父と母が喜ぶのなら、良い子でいようと思った。

 

 物を大切にすること。父の教え。

 魔術を傷つけるために使わないこと。母の教え。

 

 大切なふたりの教え。

 そのどちらの教えも……ディードは、とうとう守れなかった。

 

(父さん。母さん。ごめん。俺は──ふたりのように【楽園(エデン)】には行けないよ)

 

 そんな場所が本当にあるかはわからない。

 だが、ハッキリしていることはひとつ。

 自分が死んだ後の行き先は……。

 

 間違いなく地獄だと。

 

 

 

 

 

『マスター・ディード』

 

 少女の声が脳内にコダマし、ディードは意識を呼び起こす。

 

『お休みのところ失礼します。敵群を捕捉。間もなく戦闘態勢に入ります』

「わかった」

 

 割り当てられた小さな管制室の椅子の上で、ディードは居住まいを正す。

 ほんの小休憩のつもりだったが、油断して眠りこけてしまったようだ。

 

『よく眠れましたか? 良い夢を見られたのですね。あなたの安らかな感情が伝わってきましたよ?』

 

 少女がくすりと微笑んだのを、知覚同調の魔術を通して伝わってきた。同じように、こちらの精神状態も向こうに伝わってしまったのだろう。意識が落ちたせいで、無防備に心を曝け出してしまった。

 

「……少し、昔の夢を見ていた。子どもの頃のな」

『ディードの子どもの頃! そういえば、まだあなたの昔の話を聞いたことがありません。是非、教えてください。あなたがどのような幼少期を過ごされたのか、私とても気になります』

「……それが、今回の《褒美》ということでいいか?」

『はい! 楽しみにしていますね!』

 

 少女の弾んだ気持ちが、知覚同調の魔術を通して伝わってくる。

 彼女は、本気で楽しみにしている。ディードの昔話が聞けること。それが今回の《褒美》であることを、心の底から……。

 そんな彼女に、ディードは複雑な感情をいだいた。

 

「……お前は」

『はい?』

「……本当に、それでいいのか?」

 

 気づけば、ついそんなことを口にしてしまった。口にしてから、後悔した。

 自分に、そんな言葉をかける資格などないというのに。

 返ってくる言葉など、わかりきっているのに。

 

『何か、問題でも?』

 

 質問の意図がわからないとばかりに、少女は尋ねた。

 小首を傾げているのが、共有した視覚を通してわかった。

 

「……いや、何でもない。忘れてくれ」

 

 ディードは内心で己を叱咤した。

 いい加減に慣れろ、と。

 報酬の価値など、各人によって如何様にも変わるものだ。

 彼女はディードの過去話を《褒美》として求めている。

 本人がそれで納得しているのだから、こちらはその求めに応じればいい。

 

 ……だが、どうしても思ってしまうのだった。

 昔話を聞かせることが《褒美》?

 そんなもの。

 

 戦場で命を賭けるには、あまりにも釣り合いが取れないではないか。

 

 ──彼女たちは『道具』だ。命と思うな。彼女たち自身が、それを望んでいるんだ。

 

 そうだ。彼女たちは望んでなどいない。

 生みだされたそのときから、ヒトと同じように扱われることなど……。

 

『敵群接近。約三分後に接敵するものと思われます』

 

 共有した視界に、おぞましい光景が映る。

 異形の群れだ。

 どんな動物にも該当しない、不定形の群れが迫ってくる。

 長らく続いてきた平和な時代を終わらせた化け物。

 故郷を滅ぼし、両親の命を奪った怨敵。

 ──復活した【魔王】の眷属たち。

 

 異形の群れを視認して、ディードの意識は切り替わった。

 復讐の炎が心に灯る。

 殺す。一匹残らず、ヤツらを殺し尽くしてやる。

 そのために、今日もディードは彼女の力を利用する。

 

「──魔導師ディードが命じる。第百十七【戦乙女(ヴァルキュリー)】ノルン。直ちに魔導兵装を展開せよ」

『了解、マスター』

 

 紅色の魔力の輝きが、少女を覆う。

 高圧に編まれた魔力の結晶が、武装のカタチを取っていく。

 身の丈以上に巨大な剣が両手に形成される。

 背中には翼に似た物質が展開され、切っ先から膨大な魔力が出力される。

 視界の高度が上がる。

 出力された魔力で、少女が空に浮いたのだ。

 いずれも、現代の魔導師では決して実現できない高等魔術。

 だが──旧世紀の遺産である【戦乙女(ヴァルキュリー)】は、それを可能とする。

 魔導師は、いまやそんな彼女たちの戦闘を補佐するポジションに過ぎない。

 

「地形分析開始……マッピング完了。敵性存在位置確認……サーチ完了」

 

 知覚同調の魔術によって視覚と聴覚を共有し、戦況を把握。

 彼女たちの膨大な魔力を利用して、地形の把握と探知を済ませる。

 共有した視界の隅に、俯瞰地図と敵の位置を示す赤印が映し出される。

 

「地形と敵の位置を確認。これより、魔導師の戦闘指揮に従うべし」

『了解。あなたの指揮に従います』

「──戦闘開始だ、ノルン。一匹残らず仕留めてこい」

『はい、マスター・ディード。【戦乙女(ヴァルキュリー)】の誇りにかけて、あなたに勝利を捧げます』

 

 【戦乙女(ヴァルキュリー)】と呼ばれる少女が空を駆ける。

 音速と同等のスピードで敵群に近づき、剣を振り下ろす。

 周囲一帯に凄まじい衝撃波が起こる。

 剣のたった一振りで、群れの数十匹が蹴散らされた。

 

 圧倒的な戦闘力。

 人類の力を遙かに陵駕する存在。

 彼女たちはヒトではない。

 禁忌の魔術によって生み出された人造魔導生命──【魔王】の復活と同時に目覚めることを定められた『生きた兵器』。

 

 ──私たちは使()()()()()()()です。どうか、あなたがたのために存分に役立ててください。

 

 総数、百十七体の【戦乙女(ヴァルキュリー)】。

 例外なく、彼女たちは嬉々とした顔で、人類にそう宣言した。

 

 

   * * *

 

 

 ディードが十二歳の頃、【魔王】の眷属によって故郷は滅ぼされ、両親も失った。

 もう、三年も前のことだ。

 魔導師として、まだ未熟なディードに身を守る(すべ)など当然なかった。

 だが……それは、大人の魔導師も同じであった。

 彼らには、敵と戦うための魔術が無かった。人類の魔術は、それほどまでに衰退していた。

 大昔では、街ひとつを滅ぼす魔術があったそうだが、そんな大規模な現象を引き起こせる魔導師はもはや存在しない。

 【勇者】が【魔王】を滅ぼし、平和な時代が訪れたことを契機に、戦うための魔術がどんどん失われていった。

 まるで争いの記憶を忘却の彼方に追いやるように、争いの火種となるであろう戦闘魔術を発展させることを止めたのだ。

 

 その事態を危惧する、ひとりの魔導師がいた。

 彼は思った。

 

『もしも、再び【魔王】が現れたとき、人類はどうするつもりだ?』

 

 その懸念は現実となった。

 【魔王】は復活し、無数の眷属を送り込み、人類の殺戮を始めた。

 滅びゆく運命と思われた矢先に、彼女たち──【戦乙女(ヴァルキュリー)】が現れた。

 

『ご安心ください。この日のために、我々は造られました。あとは、私たちにお任せを』

 

 空を駆け、圧倒的な戦闘力で異形を薙ぎ払う美しい乙女たち。

 その姿は、神話に登場する女神さながらだった。

 生き残った人々が歓喜の声を上げながら、彼女たちを賞賛する中、幼いディードは思った。

 彼女たちの美しさに見惚れるよりも、強大な力を前に震えるよりも……怒りが滲んだ。

 いったい、何に対して怒りを覚えていたのか。いまとなっては思い出せない。

 故郷を奪われ、両親を失い、ただでさえ感情がぐちゃぐちゃにっていたせいで、自分を客観的に見れる余裕などなかった。

 ただひと言、空を舞う【戦乙女(ヴァルキュリー)】に向かって、こう呟いたことを覚えている。

 

「──……ふざけるなよ」

「はい? 何をふざけるなと?」

 

 ディードは目を開ける。

 こちらを覗き込む、銀髪の少女の顔が見えた。

 ルビーのように赤い瞳をキラキラとさせ、じっーと興味深そうに寝床に横たわるディードを眺めている。

 

「……戻っていたのか、ノルン」

「はい! 三十三分三十九秒前に帰還いたしました!」

「もし眠っていたら、起こせと言っただろ」

「申し訳ありません。気持ちよさそうに眠っていたので、起こすのは悪いと思いまして。それに、ディードの寝顔を眺めるのはとても有意義で時間を忘れてしまいました!」

 

 すると、彼女はかれこれ三十分以上も寝顔を眺めていたというのか。

 ディードは呆れの溜め息を吐きながら、自室のベッドから起き上がった。

 

「それで、ディード。『ふざけるなよ』とはどういう意味ですか? ……もしかして、ノルンはまた何かやらかしてしまったのですか!?」

「気にするな。ただの寝言だ」

 

 ディードがそう言うと、オロオロしていたノルンの表情が「良かった!」とパァッと華やいだ。

 相も変わらず、感情表現が極端なヤツだとディードは思った。

 

「とりあえず……任務ご苦労。次の命令があるまで、待機だ」

「了解しました!」

 

 ノルンの無事の帰還を確認し、ディードは時計を見やる。

 すでに早朝の時間だった。

 

「……随分と帰還に時間がかかったようだな、ノルン」

「エ? ソウデスカ?」

 

 ノルンが片言で目を泳がせる。

 海岸付近に出現した魔族との戦闘。それを終えたのは、確か昨晩のことだ。

 ディードが所属するこの魔導機関・西方基地とはさほど離れていない戦地なので、【戦乙女(ヴァルキュリー)】の航空速度ならば夜のうちに帰還しているはずだった。

 

「……さては、また寄り道していたな?」

「ギクリ」

 

 図星を突かれ、わかりやすぎる反応を見せるノルンにディードは呆れた。

 どうも、このノルンは他の【戦乙女(ヴァルキュリー)】と比べて好奇心が強い。興味のあるものを見つけると時間も忘れて没頭してしまう。

 

「いいか、ノルン。帰還をはたすまでが任務だ。それに、いつ次の出撃命令があるかわからないんだぞ? いざというときに居てくれないと困る」

「はい……申し訳ございません……」

 

 彼女を管理するマスターとして注意を呼びかけると、ノルンはシュンと消沈した。

 その姿は、まるで親に叱られた幼子そのものだった。

 背丈も体つきも、成熟した女のソレでありながら、随分と情緒が幼い。

 彼女が【戦乙女(ヴァルキュリー)】の末娘であることと関係しているのだろうか?

 ディードは肩をすくめると、話題を変えることにした。

 あまり彼女を責めて、モチベーションを下げるワケにもいかない。

 

「それで? 今度はいったい何をしてきたんだ?」

 

 ディードが尋ねると、ノルンは「待ってました!」とばかりに顔を輝かせた。

 やはり感情の移ろいが極端すぎる。

 

「はい! 実は綺麗な花畑を見つけまして! いろいろな種類の花を集めてきたのです!」

「花?」

 

 そういえば、やたらと植物の香りがすると思っていたが、テーブルも見ると山のような量の花が積まれていた。

 ノルンは花束を腕に抱え、ディードに見せつけてくる。

 

「ほら、見てくださいディード! とても綺麗でしょ? きっと喜んでくれると思いまして!」

「……なぜ俺が喜ぶと思った?」

「え? だって──お母様がお花好きだったのでしょ? 昨晩、私にそう話してくれたではないですか!」

「……」

 

 確かに、話した。

 戦闘が終了するなり、ノルンはすぐに『褒美』をねだった。あまりにしつこく「昔話を聞かせてください! いますぐ!」とねだるので、知覚同調の魔術を通して、母の話をしたのだ。

 

「どうですかディード? このお花を見て、お母様のことを思い出せますか?」

 

 ノルンは無垢な笑顔で花を差し出してくる。

 母が育てていた花は……一輪もなかった。

 

「香りも嗅いでみます? 確か人間は匂いの記憶が残りやすいと聞いています! きっとお母様が生きていた頃のことを思い出せて……」

「やめろ」

「え?」

「花は俺にとって無用だ。二度と摘んでくるな」

「ディード? ……怒って、いるのですか?」

 

 ノルンが不安げにディードを見つめる。

 あまりにも冷ややかなディードの態度を前に、ただでさえ白い顔を蒼白にする。

 

「わ、私、またあなたに不快なことをしてしまったのでしょうか?」

 

 体をプルプルと震わせて、ノルンは涙を浮かべる。

 ……涙。【戦乙女(ヴァルキュリー)】も、涙を流す。まるで、人間のように。

 

「い、いやです。ディード、どうか嫌わないで!」

 

 ノルンの情緒が不安定になり始める。

 ……さすがに一線を越えたか、と我に返ったディードは感情を鎮める。

 このままでは、ノルンの『出力』が低下してしまう。

 

「落ち着けノルン。べつに怒っても、嫌ってもいない」

「そう、なのですか?」

「ああ。ただ、俺はそこまで母ほど花に思い入れがないってだけだ」

「そうでしたか……残念です」

 

 良かれと思ったことが空振りに終わり、ノルンは落ち込んだ。

 そんなノルンの頭に手を置くと「ひゃわっ」と声を上げた。

 

「まあ、せっかく摘んできたんだ。その花は、姉妹たちに配ってやれ」

「ディード……はい! そうします!」

 

 姉妹の話題を出すと、ノルンに明るさが戻った。ディードはひと安心した。

 

「花は、フレイア姉さまも好きだったものですから、きっと皆フレイア姉さまを思い出して、笑顔になると思います!」

「……そうか」

 

 フレイアとは、第十二【戦乙女(ヴァルキュリー)】フレイアのことだろう。

 三年前、【魔王】の復活と同時に起動した最初の三十九体の内の一体。

 ディードたち魔導師が《第一世代》と呼ぶ【戦乙女(ヴァルキュリー)】だ。

 百十七体の【戦乙女(ヴァルキュリー)】は、一度に同時に目覚めたワケではない。

 彼女たちは戦況に応じて、段階を踏んで覚醒していく。

 そして、先に目覚めた【戦乙女(ヴァルキュリー)】たちの経験を自動的に継承する。

 ゆえに……ノルンをはじめとした《最後の世代》は、()()()()『第一世代』と『第二世代』の記憶と戦闘経験を持っている。

 

 ──残された【戦乙女(ヴァルキュリー)】は三十九体……我々には、もう後がない。《最後の世代》である彼女たちを失ったときが、人類の終焉だ。

 

 上官の言葉がよぎる。

 そう、もう自分たちには後がない。

 『最後の世代』を託された自分たちが、この戦いに決着をつけなければならない。

 そのための切り札が、目の前にいる。

 

 ハミングを奏でながら、花を小分けしているノルン。

 白を基調としたドレスに身を包み、長い銀髪を揺らしながら、華奢な指先で花を摘まむその姿は、年頃の少女にしか見えない。

 ……それでも、やはり彼女たちはヒトではない。

 禁忌の魔導師──ディオンが生み出した、生きた兵器だ。

 

『もしも、再び【魔王】が現れたとき、人類はどうするつもりだ?』

 

 魔導師ディオンは世界に訴えた。

 あまりにも、危機感を失った国民たちに向けて。

 誰もが彼の訴えを無視した。

 【魔王】は滅んだ。【勇者】の聖なる力が、いまも我々を守ってくれている。もう惨劇が起こることはない。

 自らに言い聞かせるように、人々は平和を謳歌していた。

 平和ボケしていく人類の有り様を見て、魔導師ディオンは決心した。

 

『我々の代わりに戦ってくれる兵器を生み出そう』

 

 遠い未来、人類は恐らく戦うための(すべ)を持っていない。

 ならば、最初から戦闘に特化した存在を生み出してしまえばいい。

 それも、極めて人類にとって都合のいい、使い勝っての良い兵器を。

 

 かくして、魔導師ディオンは人の手で新たな生命を生み出す禁忌を犯した。

 鋼鉄に覆われた巨人を造った。

 様々な武器を持つ竜人を造った。

 戦闘魔術に特化した鉄の塊を造った。

 筋骨隆々なオスの戦士を造った。

 

 数々の試行錯誤の結果──成功したのは、百十七体。

 そのいずれも、見目麗しい少女だった。

 最も高い戦闘力を発揮するのは総じて、自我を持つ若い女性の個体であることに、魔導師ディオンは気づいた。

 原理はわからない。だが法則性がわかってしまえば、あとは量産するだけだった。

 そうして生み出された百十七体の姉妹たち。

 魔導師ディオンはそれらに【戦乙女(ヴァルキュリー)】と名付け、いずれ起こりえるかもしれない戦いに備え、深い眠りにつかせた。

 【魔王】と呼ばれる存在が復活したとき、あるいはそれと同等の脅威が現れたとき……人類を守るために起動するようにと。

 

 【戦乙女(ヴァルキュリー)】と共に保存されていた魔導師ディオンの記録に、そのようなことが書かれていた。

 ──彼女たちこそ、人類の希望だ。と。

 

 ディードは、いまだに実感が湧かなかった。

 花と戯れているこの儚い少女の背中に、世界の命運がかかっているとは。

 だが現実として【戦乙女(ヴァルキュリー)】の存在がなければ、人類はとうに滅亡している。

 そしてディードは、その最後の希望である彼女を管理する立場にある。

 

 あの悪夢の夜から、ディードは誓った。

 必ず【魔王】を滅ぼしてみせると。

 そのために魔術の腕を死に物狂いで磨き、こうして魔導機関へ入隊し……見事に【戦乙女(ヴァルキュリー)】のマスターとなった。

 

 ──ディード、お前には期待している。あの風変わりな【戦乙女(ヴァルキュリー)】を、見事手懐けてみせろ。

 

 自分には期待がかかっている。

 魔導機関は完全な実力主義だ。

 人類の存亡がかかった現在、かつてのような貴族と平民の壁はない。

 功績を立て、ノルンをさらに成長させれば……魔王討伐の筆頭として、選ばれるかもしれない。

 それは、つまり……。

 

 ノルンを、復讐の道具として、利用するということ。

 

「……ノルン」

「はい?」

「やっぱり、一輪だけ花を貰えるか?」

 

 気づけば、そんなことを口にしていた。

 ノルンは一瞬驚いた顔を浮かべると、嬉しそうに目を輝かした。

 

「はい! もちろんです! どうぞ!」

 

 ノルンがにこやかに花を手渡す。

 ……べつにノルンの気持ちを汲み取ろうと思ったわけではない。ただ、彼女の機嫌を取っただけ。ディードは、己にそう言い聞かせた。

 ディードは手渡された花を見つめ、香りを嗅いでみる。

 嗅いだ覚えのない花……だが、それでもディードの脳裏には母の笑顔が蘇った。

 そうすると、連鎖的に暖かな家庭が思い起こされる。

 一番幸せだった時間。それを奪った【魔王】を、ディードは決して許さない。

 

(父さん、母さん……仇は、俺が必ず取るから)

 

 誓いを新たにして、ディードは一輪の花を水を注いだグラスに差した。

 

「あの……ディードぉ?」

 

 ノルンが甘ったるい声色で話しかけてくる。

 恥ずかしそうにモジモジとしながら、上目遣いでディードを見つめる。

 

「そのぉ……ディードの昔話を聞けるだけでも充分幸せだったのですが……やっぱりディードと触れ合える《褒美》が欲しくなってきてしまいました」

 

 色白の顔を真っ赤にして、ノルンはこちらの顔色を窺う。

 

「……何が望みだ?」

「たまには、ディードからしてほしいです。ダメですか?」

「わかった」

 

 復讐のためならば、ディードは何でもする。

 だから──これも必要なことだ。

 ディードはノルンをそっと抱き寄せる。

 

「あっ……」

 

 柔らかな感触が腕の中に広がる。

 こうして抱き寄せると、本当にただの生きた少女としか感じられない。

 サラサラの銀髪も、芳しい肌の香りも、ふくよかな胸の膨らみの感触も、とても作り物とは思えない。

 

「ディード……すぅ……」

 

 蕩けるような声を出して、ノルンはディードの胸に寄りかかり、深く息を吸った。

 あどけなさを消した、恍惚とした表情を浮かべて、ディードを見上げる。

 

「ディード……」

 

 ノルンが瞳を閉じる。

 ディードはそっとノルンの唇に自らの唇を重ねた。

 

 ……ノルンの体内で、魔力が活性化していくのを感じ取る。

 ノルンにとって、満足のいく《褒美》だったようだ。

 

 【戦乙女(ヴァルキュリー)】には、それぞれ個性がある。

 見た目はもちろん、戦闘スタイルや性格まで、千差万別だ。

 だが、いずれの【戦乙女(ヴァルキュリー)】にも共通しているものがある。

 ひとつは、人類の絶対的な味方として戦おうとすること。

 そして、もうひとつは……自らが気に入ったものを《褒美》として強く求めること。

 

 十二番のフレイアは花を愛でることだった。

 四十五番のスカジは入浴だったという。

 七十九番のエイルは童子のお世話。

 九十三番のシフはお洒落。

 百一番のイドゥンはお菓子を食べること。

 

 【戦乙女(ヴァルキュリー)】に《褒美》を与えないとどうなるか?

 簡単に言えば……魔力の出力が極めて低下し、最終的には活動限界となり、死に至る。

 魔導機関の記録によれば、一度《褒美》を与えることを渋った結果、貴重な【戦乙女(ヴァルキュリー)】の一体を失うという失態を犯したそうだ。

 彼女たちにとって、それほど《褒美》とは重要なものだ。

 逆に言うと、《褒美》を与えれば与えるほど【戦乙女(ヴァルキュリー)】の力は向上する。

 

 だからこそ、ディードは躊躇わない。

 ノルンに《褒美》を与え、その力を強めることを。

 それが、復讐の道に近づくのであれば……。

 

 唇が離れる。

 艶やかに頬を紅潮させながら、ノルンは微笑む。

 

「ああ、ディード。好きです。私の、愛おしい人」

 

 いつもの言葉を告げて、ノルンは再び口づけを求めた。

 

 ノルンへの《褒美》。

 それは──『マスターであるディードと恋人として愛し合う』。

 

 もちろん、彼女とは本当の恋人ではない。

 これはあくまで……ゴッコ遊びに過ぎない。

 当然そこに、本物の愛などない。

 芽生えるはずもない。

 なにせ、相手はヒトではないのだから。

 使い捨ての、生きた兵器なのだから。

 それを承知で、ディードは彼女を利用している。

 己の目的を、果たすために。

 

(……父さん。母さん。ごめん。俺はやっぱり、【楽園(エデン)】には行けないよ)

 

 こんな罪人が、両親と同じ場所に行けるわけがない。

 自分がどれだけ惨いことをしているか、ディードは理解していた。

 理解して尚、やめようとは思わない。

 これを外道と呼ばずして、何と呼ぼう。

 

「……いいのですよ、ディード」

 

 二度目の口づけを終えると、まるですべてを見透かしたように、ノルンは笑った。

 

()()でも、構わないのです。私は、あなたに必要とされている。それだけで、幸せなのですから」

 

 一切の曇りもなく、幸福の絶頂を味わうように、ノルンは言った。

 ディードの胸に、突き刺さるような痛みが奔る。

 やめろ。

 そんな顔をするな。

 どうして、そんな顔ができる?

 お前たちは……都合よく利用されているだけだというのに。

 

「それが、私たち【戦乙女(ヴァルキュリー)】の存在意義ですから」

 

 またしても、心を読んだかのように、ノルンは言う。

 

「私は使()()()()()()()です。だからどうか、私の機能が停止するその時まで、私をお使いくださいね?」

 

 満面の笑みで、ノルンは言った。

 

 人類のために【魔王】とその眷属と戦うことを運命づけられた【戦乙女(ヴァルキュリー)】。

 彼女たちは、使い潰されることを厭わない。

 彼女たちは、人類のために戦うことを疑わない。

 彼女たちは──。

 

 機能停止()に対して、一切の恐怖をいだかない。

 

 ヒトと同じ姿でありながら。

 言葉を交わすことができながら。

 彼女たちは決定的に──何かが『欠落』していた。

 

 

 

 

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