人造美少女と恋人になるだけで魔王が倒せる簡単なお仕事です 作:青ヤギ
毎朝、軍服に袖を通す生活を始めて、かれこれ半年になるが……やはり、いつまでたっても着慣れる気がしないとディードは思う。
藍色の詰襟の軍服。身につければ確かに気が引き締まるような心地になるが、首元までボタンを留める服はどうしても窮屈に感じてしまう。
こういうとき、ディードは自分を根っからの平民種族なのだと思い知らされた。
せめて所作だけでも軍人らしくしようと矯正は試みたものの、姿見に映る姿はどうしても服に着られているような印象になってしまう。
母譲りの童顔も相まって、軍人ゴッコをしているようにしか見えない。
昔から、この女っぽい顔がディードのコンプレックスだった。
アッシュブラウンの髪を長く伸ばしたら、間違いなく女性と見間違われるだろう。そのため髪が少しでも伸びてきたら、短くカットするよう心がけている。
父譲りの鳶色の瞳が、鏡越しの自分を冷ややかに見ている。
「本当に、サマにならないな」
思わず、そう愚痴る。
こういうことをノルンの前で言うと彼女は不服とばかりに頬を膨らませて、
『何をおっしゃいますか! これほど『貴公子』という称号にふさわしい出で立ちが他にありましょうか! ディードは何を着ても素敵なのです! ディードかっこいい! 愛してます!』
と持ち上げるが、過剰に褒められると、かえって虚しい気持ちになるのは何故だろうか。
ともあれ、格好に釣り合いが取れていなかろうが、この軍服を着る以上、ディードは厳格な入隊試験を乗り越えた魔導機関の一員であり、立場にふさわしい振る舞いが求められる。
いま一度、鏡を見て気を引き締める。
せめて気迫だけでも幼さが滲み出ないように。
お前は何のために此処にいる?
無論、復讐のためだ。
毎朝のルーティンをこなすと、ディードの童顔にあどけなさは消え、冷血な復讐者としての顔つきとなる。
あの夜のことを思い出すだけで、ディードの心は黒い憎しみに染まる。
憎しみは、この場においてはディードをより飛躍させるための武器となる。
家族を奪った【魔王】を滅ぼす。その目的のためだけに、平民のディードはここまでのし上がってきた。
心に灯る憎悪の炎こそ、いまやディードの生きる原動力である。決して、この炎を絶やしはしない。
身嗜みと気構えを整え、ディードは部屋を出る。
途中、枯草色の軍服を着た魔導師たちが、ディードとすれ違うなり恐る恐る敬礼をする。
藍色の軍服は上位魔導師の証……即ち【
彼らの目には、ディードに対する畏敬と同時に得体の知れないものを見るような色が含まれている。
平民出身の少年が異様なスピードで上位魔導師に昇り詰めたことが、彼らには異質に映るのだ。
ディードは内心で満足する。
これでいい。小僧が調子にのりやがってと因縁をつけられるよりはずっといい。入隊直後には、そういった輩もいたが、ディードの尋常ならざる執念を知るや、ひっそりと距離を取るようになった。
確かに彼らは魔王討伐を目指す同志だ。
だがディードは馴れ合うつもりなどない。
交流に浮かれて覚悟が鈍るくらいなら、このまま一匹狼でいたほうが自分にとっては都合が良い。
目的を達成するその日まで、自分は鬼にも悪魔にもなろう。
甘えも安息も、いまの自分には無用だ。
【
「まあまあ~♪ ディードじゃないの~♪ 朝から会えるだなんてお姉さん嬉しいわ~♪」
おおよそ戦線基地に似つかわしくない、甘ったるい声がかけられる。
ディードは思わず天を仰ぎたい気持ちになった。
すぐさま身体強化の魔術を施し、この場を颯爽と去ろうとする。
「うふふ♪ 逃がさないわよ~?」
しかし魔術を使用しても、残念ながら逃走は敵わなかった。
回り込まれて、瞬く間に抱擁されてしまう。
信じがたいほどに柔らかなものに全身が包み込まれる。
やはり今回もダメだったか、とディードは気が滅入った。
無理もない。
相手は人間を超越した存在であるのだから。
「おはようディード♪ まあまあ~♪ 今日も相変わらず可愛らしいお顔ね~♪ ぎゅってしたくなっちゃうわ~♪」
すでに充分なほどに抱きしめているというのに、相手はさらにディードを胸元に引き寄せる。
ディードは必死に口元を横に向け、胸の隙間から何とか言葉を紡ぎ出す。
「離せ、エイル。ただちにだ。これは命令だぞ」
「いーやーよー。なぜならディードはわたくしのマスターではないから~。命令は無効で~す」
屁理屈を言って、金髪碧眼の美女がディードの頭を撫でる。
第七十九番【
この西方基地における、ディードの最大の天敵と呼べる存在だった。
身長175cmのディードを優に越える190cmの巨体。
シスターのような衣装を身に包み、慈悲深い笑顔が特徴的な【
「まあまあ~♪ そんな仏頂面をしないでディード。あなたにそんな顔は似合わないわ~。さあ、どうかお姉さんに愛らしい笑顔を見せて♪ ほ~ら、ニコーって♪」
「ひゃめろ(やめろ)。頬をちゅねるな(つねるな)」
「ああ~っ! なんて愛らしいの! 大人みたいに振る舞おうとしてもその可愛さは誤魔化せないわ! お姉さん我慢できない! もっとよしよしさせて~!」
興奮状態になったエイルはさらに深くディードを抱擁する。
ディードの顔が柔らかな肉鞠に埋没していく。
片乳だけでも頭部よりも巨大な信じがたいほどのサイズは、ディードの視界と呼吸方法を容易く奪う。
ディードは内心で嘆く。
なぜだ? なぜこの【
「こら、エイル。その辺にしないか。またディードが呼吸困難になっているぞ」
「あ~ん、マスターのケチ~」
ある意味で男にとって夢のようで、地獄なような拘束から辛うじて解放される。
エイルのマスター、クリスによって。
水色の長髪を後ろにひとつ結びにした、麗人という言葉が似合う美女だった。
平民出のディードと異なり、生粋の貴族出身の令嬢である彼女は、佇まいの時点で気高いオーラのようなものが感じられる。
ディードと同じ藍色の軍服も、高貴な生まれの彼女には恐ろしいほどに似合っている。
氷のように透き通る青色の瞳が、申し訳なさそうにディードに向けられる。
「すまいなディード。エイルは昨夜の任務からちょうど帰還したところでな」
「……《褒美》ですか」
「ああ。ちょうど発散に向かっていたところで、君と鉢合わせてしまったわけだ」
クリスは「本当に申し訳ない」とばかりに溜め息を吐く。
【
第七十九番【
……児童? とディードは疑問符を浮かべる。
「そういうことなのディード! わたくしはいま子どもに愛を与えないといけないの! さあ、大人しくわたくしのお胸に抱かれなさい!」
再びエイルの巨体がディードに飛びかかる。
あたかも愛犬を撫でるかのごとく「よ~しよし」とディードを抱きしめる。
「……エイル。俺は児童っていう年齢ではない。《褒美》を求めるなら、ただちに孤児院に向かえ」
西方基地には、戦場で保護した孤児を匿う施設がある。
エイルが向かう先はそこだとディードは強く主張するが……。
「何を言うの! 十五歳であるディードも、わたくしにとっては充分に幼子よ!! ディードだって愛に飢えているでしょ!? わたくしの目は誤魔化せないわ! だから存分に甘えていいのよ!?」
「俺は飢えていないし、甘えるつもりもない」
「……嘘が下手ね。あなたは、ただ強がっているだけ。そのままじゃ、いつか壊れてしまうわよ」
ディードだけに聞こえるように、エイルは耳元に囁く。
その声にはどこまでも慈しみが込められており、微かな憂いも混ざっていた。
ディードの表情に翳りが差し、身が硬直を起こす。
「あなたはとても立派だわ。その幼さでここまで頑張って。……でも、わたくしはそんなあなたがとても心配。『強く在る』ことと『強がり』はまったく別ものよ? あなたには支えてくれる存在が必要だわ」
エイルがディードの背を優しく撫でる。
母が子にそうするように。
「ね? わたくしの前だけでは素直になっていいのよ?」
「……やめろ」
「ディード?」
ディードの心がささくれ立つ。
必死に纏っていたものが、このシスターまがいの【
何を。いったい何を知ったように。
「俺に説法するな。お前が、お前らみたいな……」
道具ごときが。
衝動的な言葉が口から吐き出されようとしたときだった。
「ああああ~っ!!? エイル姉さま! またディードをそのように抱きしめたりして! ズルイです! ディードは私のマスターなんですよ~!!」
銀髪赤眼の【
「んもう~! 離れてくださ~い! エイル姉さまの豊満ボディは男性個体にとって危険なんです! ディードの性癖が歪んでしまったらどうするんですか~!!」
「ああん、ざんね~ん。もう、ノルンったら、相変わらずのヤキモチ焼きさんなのね~♪」
無理やり引き剥がされても、エイルは微笑ましそうに末の妹を見つめる。
「心配しなくても大丈夫よノルン~。ノルンだって充分おっぱい大きいじゃな~い♪」
「ぐぬぬ。エイル姉さまと比べられたら虚しくなるだけです~! ディード!? 私の程良いサイズのほうが好きですよね!? よもや理想値が更新されてなどおりませんよね!? ね!?」
「下らない話をするな。そして離れろ」
乳房を押しつけるように引っ付いてくるノルンをディードは無理やり押しのける。
「──ふふ。ディード、君は相変わらず【
ディードと【
仲が良い? どう見れば、そんな風に思えるのだろうか?
「クリス殿。これは俺が一方的に弄ばれていると言うべきです」
「こら、敬語は良いと言っているだろう。同じマスター同士、私たちは対等だ。そして──君ほど【
クリスは眩しいものを見るように、目を細める。
「君とノルンを見ていると、彼女たちが戦うための存在であることを忘れそうになるよ。それくらい、君の前では【
屈託のない、心からの賛辞をクリスはディードに向ける。
……優しいだと?
彼女たちを兵器として日々利用している人間が?
すぐさま反論したい気持ちになったが、しかし相応しい言葉が見つからなかった。
「私は君が羨ましいよ、ディード。【
「……戦績はあくまで数字でしかありませんよ、クリス殿」
「それでも、君とノルンの功績は計り知れないよ。ここ西方基地だけじゃない。すべての基地を含めても、君たちほど【魔王】の眷属を滅しているパートナーはいない」
クリスの言うように、ノルンの討伐数は他の【
西方基地が激戦区ということもあるが、【
クリスの瞳には、ディードに対する憧憬と同時に、引け目のようなものが垣間見える。
「……私はまだまだ未熟なマスターだ。私も君のようにできれば、もっと救える命があるはずだというのに……」
「まあまあ♪ 落ち込まないでクリス♪ 心配しないで~♪ わたくしは、もちろんクリスのことも愛しているわよ~♪ ふたりで一緒に強くなりましょうね~♪ よ~しよし~♪」
「なっ!? こらエイル! 彼の前ではよせ!! あ、頭を撫でるな!」
「うふふ♪ わたくしのマスターは本当に凜々しくて可愛いわね~♪ 大丈夫よ、あなたが日々頑張っているのをわたくしは知っているから」
「う、うぅ……み、見ないでくれディード。こんな私の姿を……」
エイルに抱きしめられたクリスが顔をリンゴのように赤くする。
成人したクリスでは《褒美》の対象にはならないはずだが、エイルの表情は至福に満ちていた。
「こ、こほん! も、もう充分に魔力は回復したなエイル! 長官に報告しに行くぞ!」
「は~い♪ それじゃあまたね、ディード、ノルン♪ 喧嘩せず仲良くするのよ? わたくしの愛しい子たち♪」
気まずそうに咳払いしながら先を急ぐクリスに続いて、エイルもウインクをしながら去っていく。
「……ディード? 本当に、遠慮しないでね? 誰かに甘えたくなったときは素直にわたくしを頼って? ──たとえ道具でも、寂しさを埋めることはできるのだから」
すれ違いざま、エイルはそうディードに囁いた。
まるで、ディードが何を口にしようとしていたのか、わかっていたように。
「……」
嵐が過ぎ去ったかのような静けさの中、ディードは顔を俯かせる。
やはり、エイルは天敵だ。
彼女を前にしていると、本当に……年相応の少年に戻ってしまいそうになる。
「ディード」
クイクイ、とノルンに軍服の袖を引っ張られる。
何事かと彼女のほうを見ると、ノルンは「んっ」と唸って腕を大きく広げた。
そのまま「さあ、いらっしゃい」とばかりに身動きしない。
「……何のつもりだ?」
「私だってディードを甘やかすことはできます! エイル姉さまの膨らみには負けますが、至福の瞬間をお約束します! さあ! このお胸に飛び込んできてください! さあ、さあ!」
「……」
「ああ! そんな! 無言で去らないでくださいディード! んもう、イケズ~! やはりエイル姉さまの特大サイズでないと満足できない体になってしまったのですか~!?」
ノルンの悲鳴を無視して、ディードは歩を進める。
深い溜め息を吐く。
クリスは『【
これは『いらぬ苦労に振り回されている』と言うのだ。