人造美少女と恋人になるだけで魔王が倒せる簡単なお仕事です   作:青ヤギ

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人間じゃないのは、いったいどちらだ?



 地獄の光景だった。

 炎の中を異形の群れが闊歩し、武装をした少女たちがソレを蹴散らす。

 只人では到底割り込むことなどできない。

 その場にいれば、瞬く間に消し炭になることがわかる戦地に、今日も魔導師たちは、決戦兵器である戦乙女(ヴァルキュリー)を送り込む。

 

「ノルン。砲撃開始。敵を一掃しろ」

『了解! ──焼き払え! 閃焔砲(メテオライト)!』

 

 紅色の大剣の切っ先に魔力の塊が精製される。

 ノルンの掛け声と同時に塊が弾け、一方向に向かって射出される。

 高圧に編まれた魔力の砲撃。

 爆音が轟き、異形の眷属たちが光に呑まれ、消失していく。

 凄まじい威力の砲撃は、衝撃の余波だけでも、数百という眷属を滅してしまう。

 相も変わらず、とんでもない殲滅力であった。

 その様子を、今日もディードは安全な管制室で、知覚同調の魔術を通して見ている。

 無論、ただ安穏と観戦しているワケではない。戦乙女(ヴァルキュリー)を使役する上で必要なことだから、しているのである。

 魔導師が戦乙女(ヴァルキュリー)と共有するのは視覚、聴覚、そして魔力の流れを感じ取る感覚。

 それ以上の感覚を共有すると魔導師の脳と肉体に負荷が起こり、危険とされている。逆を言えば、それ以上は必要ないとも言える。

 

「……ノルン、一旦引け。魔力の消耗が激しい。それ以上は危険だ」

 

 知覚同調を通して、ディードはノルンにそう命令する。

 いかに戦乙女(ヴァルキュリー)が優れた戦闘力を持つとはいえ、その原動力は魔力だ。

 魔術が退化した現代魔導師と比較すれば、彼女たちの保有する魔力は甚大なものだが、決して無尽蔵ではない。

 消耗すれば当然、彼女たちの出力は低下する。

 ヘタをすれば最悪……機能停止()に陥る。

 

 戦乙女(ヴァルキュリー)は人類に残された希望である。ここでノルンを消耗させ、貴重な戦力を失うわけにはいかない。

 そのため撤退命令だったが……。

 

『待ってくださいディード! 私はまだ戦えます! せめて……せめてあと三百は倒せます!』

 

 ノルンは戦闘の続行を望んだ。まるで、そうしなければならないと強迫観念に駆られるように。

 確かに、まだノルンの余力は残っている。戦えないワケではない。しかし……。

 

『ディード! あなたの役に立たせてください! あなたのためなら、たとえ壊れてでも……』

「命令だノルン! 引け! それ以上の魔力の消耗は許さない!」

 

 ディードは思わず怒鳴った。

 これだ。これが戦乙女(ヴァルキュリー)の厄介なところだった。

 彼女たちは人類のために無条件で戦う。それどころか、まるで自己犠牲のように身を捧げようとする。

 人間たちの役に立つ。ただそれだけのために。

 戦乙女(ヴァルキュリー)と感覚を共有するのは、彼女たちの指揮と補佐をすると同時に、戦況を把握するためでもあるが……一番の理由は彼女たちのストッパーになるためだった。

 戦乙女(ヴァルキュリー)は戦うことを厭わない。

 己の身がどれだけ消耗しようと頓着しない。

 それこそ……限界になるまで戦おうとする。

 過剰な行動を抑制する存在がどうしても必要だった。

 それゆえに、戦乙女(ヴァルキュリー)一騎に、魔導師であるマスターがあてがわれることとなった。

 

「俺の役に立ちたいというのなら、機能停止するような真似は許さない。ここは他の姉妹に任せろ。お前は俺を失望させる気か?」

『っ!? ……はい。申し訳ございません、マスター・ディード』

 

 失望、という言葉を聞くと、途端にノルンは大人しくなり、素直に命令に従った。

 戦場には、他の戦乙女(ヴァルキュリー)もいる。

 残存した敵の処理は彼女たちに任せ、ディードはノルンを基地へと撤退させた。

 ノルンが無事に戦線を離脱し、後方から追撃してくる敵がいないことを確認してディードはようやく、ひと息吐いた。

 

(まったく……これだから戦乙女(ヴァルキュリー)ってのは……)

 

 いけ好かないんだ。とディードは目を伏せる。

 どうして、どいつもこいつも安易に身を犠牲にするような真似をするのか。

 ……そう造られたからだ。人間たちの、勝手な都合で。

 ディードからすれば、理不尽極まりない非業な仕打ちだ。

 もしも同じ立場になったら、己の生まれを嘆くだろう。

 だが、戦乙女(ヴァルキュリー)たちは決して己の生まれを悲観したりしない。

 ただの一騎も。

 それがディードは気に食わなかった。

 そして……こんな感情をいだく自分が、一番嫌いだった。

 自分は彼女たちを使い潰そうとしている。そんな人間が、こんな感情をいだく権利などないというのに。

 

 

   * * *

 

 

 ディードは長官のもとに赴き、戦果の報告とついでに、定期報告を済ませる。

 主に担当する戦乙女(ヴァルキュリー)との関係性、成長性に関する報告だ。

 

「バイタル、メンタル、共に良好。目立った機能障害は確認されません。戦闘力に関しても順調に強化されており、さらなる成長が見込めます。関係性についても……客観的に見て、支障のない程度に友好を維持できていると思われます」

「報告ご苦労、ディード」

 

 魔導機関・西方基地最高長官ベイムダル。

 燃えるように赤い髪と、赤銅の瞳が特徴的な男だった。

 【魔王】が復活する以前から、軍に所属していた生粋の豪傑である。

 魔術が廃れて久しく、平和ボケした人間によって構成された軍は、もはや形だけの存在と化していたが……この男に限っては違った。

 生まれる時代を間違えた男。と周囲は称する。

 知力、武力ともに優れ、先見の明もある彼は、【魔王】の復活時に実に冷静な動きを見せたという。

 彼の判断と指揮がなければ、より犠牲は大きくなっていたと言われるほどだ。

 戦乙女(ヴァルキュリー)とは、また異なる意味での英雄的存在だった。

 

「さて堅苦しい話はこの辺にしておこう。どうか楽にしてくれディード」

 

 ベイムダルは穏やかな声でディードに椅子に座るように勧める。

 ディードは一度頭を下げてから椅子に座る。

 

「珈琲はいかがかな? 今朝ちょうど新しい豆が入ったところだ」

「はい。ありがたくいただきます」

 

 人類の生存圏が着々と奪われていく中、珈琲といった嗜好品ですら、いまや貴重品だ。

 その一杯を与えられることが、どれだけ栄誉なことか、ディードは重々承知しながらカップを持った。

 

「君とノルンの戦果は、私でも驚愕に値するものだ。素晴らしいぞディード。君をマスターとして選んだのは間違いではなかった」

「わたしのほうこそ、長官には感謝いたします。平民出身のこの身に、活躍の機会を与えてくださったこと、どれだけ感謝しても足りません」

「この異常事態の中で、貴族も平民もない。私はただ、実力を持った者に相応しい立場を与えているに過ぎない。君は私の期待以上の働きを見せてくれる。実際、戦乙女(ヴァルキュリー)との関係も良好のようだ」

 

 赤い瞳がディードを射貫く。

 その瞳はディードの挙動のひとつひとつを見ている。

 

「……安心したよ。本当に、君は優秀だ」

 

 ディードの言葉が決して偽りでないことを理解して、赤髪の男は満足そうに笑った。

 彼の前では、虚偽を一切誤魔化せない。

 定期報告を文章ではなく、面談で済ませるのは、ひとえに不正や誤魔化しを防ぐためだ。

 こうして椅子に座らせ温かい飲み物を勧めるのも、リラックスして無警戒になったこちらの様子をうかがうためだと、ディードは理解している。

 恐ろしい人だ、ディードは改めて思う。

 

「君とノルンを引き合わせたのはやはり正解だった。なかなかノルンと魔力の波長が合う魔導師が見つからなかったのは、散々話していると思うが……本当に君がいてくれて良かった。危うく、せっかくの戦乙女(ヴァルキュリー)の末娘を持て余すところだったからな」

 

 戦乙女(ヴァルキュリー)のマスターとして選ばれる基準は、もちろん優れた魔術技能も要されるが、一番の条件は『知覚同調の際、戦乙女(ヴァルキュリー)と魔力の波長が合うか』どうかである。

 それぞれの戦乙女(ヴァルキュリー)には魔力の相性が存在し、これがうまく噛み合わないと知覚同調の魔術がうまく働かず、彼女たちのポテンシャルを著しく下げてしまう。

 戦乙女(ヴァルキュリー)に独断行動は許されない。

 三年前、最初に目覚めた三十九体の『第一世代』が軒並み決死の突貫を起こし、貴重な戦力を繰り返し失ったのが良い例だ。

 戦乙女(ヴァルキュリー)を戦場に立たせるには、どうしても彼女たちを補佐するマスターが必要だ。

 つまり相応しいマスターが見つからない限り、その戦乙女(ヴァルキュリー)は存在意義を全うすることができず、飼い潰される。

 ノルンは、危うくそうなりかけた戦乙女(ヴァルキュリー)だった。

 

 ディードはいまでも、覚えている。

 書庫に引きこもり、いくつもの本を読んでいた彼女の姿を。

 私は何のためにここにいるんだろう? そんな虚ろな感情が聞こえてきそうな横顔だった。

 

『……お前がノルンか?』

 

 長官の手引きによってノルンと対面したディードは、開口一番にそう彼女に声をかけた。

 ノルンはディードの顔を見るなり、手に持っていた本を床に落とした。

 見る見るうちに白い頬が紅潮し、赤い瞳が夢見るように潤んでいった。

 

『……見つけた』

 

 ノルンは感極まった声で言って、ディードの手を両手で握った。

 見た目が美しい少女に触れられ、ディードは思わず動揺した。

 そのときは当然まだ、ノルンの距離感の近さに慣れなかった。

 

『お願いがあります』

 

 そんなディードの動揺も知らず、ノルンは艶やかな笑みを浮かべながらお願い事を口にした。

 

『どうか──あなたと、恋をさせてください』

 

 それが、ノルンとの出会い。

 彼女は、出会ったそのときから、ディードを恋人として求めた。

 

戦乙女(ヴァルキュリー)には、己にとって相性の良い魔導師を感じ取れる機能があるそうだが……ノルンにとって、君はまさに運命の相手だったということだろう。それで……彼女との『恋人ゴッコ』はまだ続けているのか?」

「はい。それが、ノルンの《褒美》ですから」

「ふむ。興味深い習性だな。戦乙女(ヴァルキュリー)のお気に入りは千差万別だが、特定の個人を限定にして《褒美》を求めるのは、現状ノルンだけだ。ラブロマンスの本を好んで読んでいたことが影響しているのかもしれないが……やはり戦乙女(ヴァルキュリー)の中でもノルンは変わり者だな」

 

 それにはディードも同感だった。

 ときどき、ノルンが造られた存在であることを忘れそうになるほど、彼女は人間くさいところを見せることがある。

 だが……。

 

「やはり──最後に造り出されたノルンには、他の戦乙女(ヴァルキュリー)にはない、特別な機能が宿っているのかもしれないな。ディード、引き続き彼女の行動をよく観察しろ。異例な事象が発生した場合はすぐに報告したまえ。私は──ノルンこそ【魔王】との戦いに終止符を打つ切り札になるのではないかと睨んでいる」

 

 ここで交わされる内容は、決して世間話ではない。

 あくまで、ノルンという兵器を、いかに効率よく運用するか。

 それを考えるための時間でしかない。

 

「繰り返し言うが、戦乙女(ヴァルキュリー)は我々に残された最後の希望だ。彼女たちをぞんざいに扱うことは断じて許さない。そして、それと同じくらいに……必要以上に私情を挟むことを許さない。わかっているな、ディード?」

「──重々承知しております、長官」

 

 豪傑にして、英傑のベイムダル。

 彼ほど戦乙女(ヴァルキュリー)の存在を重要視し、保全に尽力している者もいない。

 それと同じくらいに……。

 

「彼女たちは──道具だ。それを忘れないことだ」

 

 彼ほど、徹底して戦乙女(ヴァルキュリー)を道具扱いしている人間はいない。

 

「近頃はクリスのように、些か戦乙女(ヴァルキュリー)に対して、あたかも人間と同じように親愛を向けている者が多いが……嘆かわしいことだ。使い潰されることを本望としている彼女たちの誇りを穢す行為だ。そうは思わないか?」

「……おっしゃる通りです」

「君はそうではないと信じているよ、ディード? 道具に愛着を湧きすぎると、ろくなことがないからな」

「……ご忠告、痛み入ります」

「では期待しているぞディード。あの変わり者の戦乙女(ヴァルキュリー)を、新たな【勇者】として育て上げてくれ」

 

 ディードは敬礼を返し、長官室を後にした。

 

 

   * * *

 

 

 長官の言葉はすべて正しい。

 いずれは使い果たされる乙女たち。

 そんな存在に必要以上の愛着を持つ必要はない。

 自分たちは、兵器である彼女たちを利用する。ただ、それだけでいい。

 そう理解しているのに……この胸のモヤモヤは何なのか?

 

「ディード! ただいま戻りました!」

 

 向こう側から、帰還したらしきノルンが駆けてくる。

 顔を喜悦でいっぱいにして、ディードに抱きついてくる。

 

「ごめんなさい! 昨晩はお役に立てなくて! でも、次からはきっともっと上手に戦ってみせます! だから、どうか……私を見捨てないでくださいね!?」

 

 ウルウルと瞳に涙を滲ませて、ノルンは不安げにディードを見つめる。

 こんなにも、人間らしい感情を見せつけるのに……それでも彼女たちは道具だ。長官はそう断言する。

 ディードも、そう思っている。

 ……そう思っているはずだ。

 だからこそ、彼女に向ける言葉は決まりきっている。

 

「……見捨てなどしない。俺の目的のためにお前は必要だ。これからも俺の役に立て。お前が機能停止するそのときまで」

「っ!? ディード……はい! 私、これからも頑張ります! あなたのために!」

 

 ディードの言葉に、ノルンは心底嬉しそうに頷いた。

 これでいい。

 自分はマスターとして最善の言葉をかけた。

 

 ──どうして、そんなことしか言えない?

 

 心の内で、ディードを責め立てる声がする。

 

 うるさい。他にどう言えばいいうというのだ?

 

 ──なぜ『ありがとう』と言えない? なぜ『よく頑張った』と労ってやらない? そう言えば、きっと彼女は……。

 

 

 もっと、笑ってくれたかもしれないのに。

 

 

「ディード? どうされました?」

「……いや、何でもない。部屋に行くぞ。《褒美》を与える」

「はう!? はわわ、楽しみです。この前に読んだ甘いラブロマンスのように、やりたいシチュエーションがたくさんあるんです! やんやん。どれにするか悩んでしまいます~♪」

 

 感情豊かにクネクネと悶えるノルンと異なり、ディードの表情は鉄のように硬い。

 心のノイズが、今もなお、ディードを責め立てる。

 

 

 

 

 ──人間じゃないのは、いったいどちらだ? と。





 本作は『欠落杯』という企画で参加させていただいた作品です。
 企画自体は期間終了しましたが、こちらは引き続き進めていく予定です。
 こちらの青色の『( 人 )』から評価を頂けますと、とても励みになります!
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