人造美少女と恋人になるだけで魔王が倒せる簡単なお仕事です   作:青ヤギ

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素直になって

 

 【魔王】の勢力と唯一戦える【戦乙女(ヴァルキュリー)】は人類にとっての要。

 そして、その【戦乙女(ヴァルキュリー)】を使役する魔導師も無くてはならない存在である。

 【戦乙女(ヴァルキュリー)】がそれぞれ《褒美》を通して活力を得るように、魔導師にも憩いの時間は必要である。

 魔導師たちには定期的に嗜好品が支給される。内容としては、酒、煙草、甘味といったところだ。

 ディードは酒は飲まないし、煙草もやらない。そのため支給されるものは主にチョコレートやキャンディーなどの菓子類ばかりだ。

 週に一度の支給品を受け取ると、ディードはそれらを腕に抱えて、戦災孤児たちが住まう部屋に向かった。

 

「あっ! ディードお兄ちゃん!」

「またお菓子持ってきてくれたの!?」

「ああ。皆で仲良く分けるんだよ?」

 

 ディードは渡された菓子の類いは、すべて子どもたちに配るようにしていた。

 甘味の山を見て、子どもたちが、まるで宝物を前にしたように目を輝かせてはしゃぐ。

 

「ディード? いつもお菓子を全部子どもたちに分けていますが、本当にいいのですか? せっかくの貴重品なのに」

 

 一緒にお菓子を運んできたノルンがそう尋ねる。

 平和ではなくなったこの世界において、嗜好品は易々と生産できるものではなく、手に入れることも困難だ。

 いまや、そういった貴重品のほとんどが軍に所属する魔導師に優先して渡される。

 結果、それらを心から求める者たちに行き渡らなくなる。

 この基地で、最も甘い物を必要としているのは、ここにいる子どもたちだというのに。

 

「俺はそこまで菓子を食べたいと思わない。持て余すくらいなら、子どもたちにあげたほうがいいと判断しているだけだ。もともと、口にする機会もなかったしな」

「それなら尚更、食べてみたいと思うものではないのですか?」

「初めて支給されたとき、一度口にした。それで充分だ」

「……ディードはお優しいですね!」

「なに?」

「子どもたちと話すときのディードは、とても穏やかなお顔をされています! そういうときのディードも私は好きです!」

「……子どもの前で無表情でいたら怖がられるだろ。べつに普通だ」

 

 ノルンにそう素っ気なく言うディードだが、この時間は彼にとって憩いの時間だった。

 無垢な子どもたちを見ていると、張り詰めていた心が安らぐ。

 自分が何を守って戦っているのか、ここに来ると改めて思い出すことができる。

 

「ディードお兄ちゃん! ボクにもチョコちょうだい!」

「はいはい。順番だよ」

「いつもありがとう! ディードお兄ちゃん!」

「どういたしまして。大事に食べるんだよ?」

「ディード! 残りのお菓子すべて吾輩に寄こすのだ!」

「はいはい。残りを全部……いや、待て。さり気なくかすめ取ろうとするんじゃない、イドゥン」

「チッ! バレたのだ!」

 

 幼子に交じってお菓子を横取りしようとする【戦乙女(ヴァルキュリー)】がいることに気づき、ディードは慌てて手を引っ込める。

 第百一【戦乙女(ヴァルキュリー)】イドゥン。

 桃色のツーテールと青色の瞳が特徴的な、恐らく全姉妹の中で一番幼い見た目をした【戦乙女(ヴァルキュリー)】だ。

 こうして子どもたちの中に紛れ込んでも違和感がない。

 

「ディード! 吾輩の《褒美》はお菓子を食べることなのだ! 【戦乙女(ヴァルキュリー)】に《褒美》を与えないと上官に叱られるのだろ!? 叱られたくなければ寄こすのだ!」

「そうだな、戦闘の後ならば確かに《褒美》が必要だ。……それで? お前が最後に出撃したのはいつのことだ?」

「……おととい、眷属どもを蹴散らしてやったのだ」

「なら、とっくにマスターから褒美は渡されているはずだな。そのチョコは没収だ」

「あああん! いやなのだ~! 《褒美》でなくともチョコは食べたいのだ~!!」

 

 イドゥンは涙目になって有袋類のようにディードの胸元にしがみつく。

 その様子をノルンは「むっ」とおもしろくなさそうに見た。

 

「イドゥン姉さま! ディードに迷惑をかけてはいけません! そしてそこはノルンの特等席です! は~な~れ~て~くださ~い!!」

「むむ! ノルン! 末っ子のくせに姉に説教とは生意気なのだ! お仕置きなのだ! その無駄に増築された胸部を揉みしだいてやるのだ!」

「きゃああ! やめてください! この膨らみはディードだけのもの……」

 

 極めて教育に悪い場面を隠すようにディードは「さあ、あっちでお菓子を食べようか」と子どもたちを部屋の奥に誘導する。

 

「あらあら~。今日はとっても賑やかね~♪」

 

 児童部屋にまたしても別の【戦乙女(ヴァルキュリー)】が現れた。

 シスター服を身につけた長身の【戦乙女(ヴァルキュリー)】エイルであった。

 エイルが来るなり、子どもたちが一様に喜んだ。

 

「エイルママだ!」

「一緒にお菓子食べよ、エイルお母さん!」

「ディードお兄ちゃんが今日もお菓子をわけてくれたんだよ、お母さん!」

 

 子どもたちは揃いも揃ってエイルを「母」と呼んだ。

 そんな子どもたちを、エイルは本当の母のように慈しみを込めた顔で迎え入れる。

 

「まあ、良かったわね皆~♪ うふふ。ディード、いつもありがとう。おかげでこの子たち、いつも楽しそうに笑っているわ」

「……大したことはしていない。それに……」

 

 ここの子どもたちが笑顔を失わないのは、エイルの存在が大きいことをディードは知っている。

 《褒美》を通して児童のお世話をしているエイル。

 彼女の深い母性と、偽りのない優しさは、故郷を失って孤独となった子どもたちの拠り所となっている。

 

「エイルママ! わたしエイルママの絵を描いたの!」

「まあ! とっても上手ね! ママ嬉しいわ!」

「ねえねえお母さん! またお歌を歌って! お母さんの歌声すごく好き!」

「そうね、それじゃあ皆で歌いましょうか♪」

 

 エイルが児童部屋に設けられたピアノに座ると、子どもたちはその周りに集まる。

 エイルが楽しげな旋律を奏でると、子どもたちが一斉に歌い始める。

 微笑ましい光景がそこにあった。

 ここが、魔導機関の基地であることを忘れてしまいそうになるほどに。

 

「エイル姉さまはやっぱり凄いですね。あんなにも子どもたちに慕われて。まるで本当にあの子たちのお母さんのようです」

 

 ノルンが尊敬の眼差しをエイルに向ける。

 ディードも、子どもたちと戯れるエイルを見ると、不思議な心地になった。

 【戦乙女(ヴァルキュリー)】が児童のお世話をする。そんなもの、ただの人間の真似事だと当初は思い込んでいた。

 ……だが、ただの真似事で、あそこまで子どもたちの信頼を得ることができるだろうか?

 子どもは大人が思うよりも賢く、敏感だ。中身が空っぽの思いやりには聡く気づく。

 それはつまり……エイルが子どもたちに向ける真心が本物だということ。

 

 ──造りものの彼女が、子どもたちと打ち解けている。

 

 その事実に、ディードは何とも言えない感情に囚われた。

 子どもたちも、エイルがヒトではないことを知っているはずなのに……その無垢な眼差しは、人間の大人たちに向けるものよりも、柔らかで、親しみに満ちていた。

 

 

   * * *

 

 

「じゃあ次はイドゥンお姉ちゃんが鬼ね!」

「まかせるのだ! 【戦乙女(ヴァルキュリー)】最速と言われた吾輩のスピードから逃げられると思わないことなのだ!」

「イドゥン姉さま! ちゃんと手加減しないとダメですよ!」

「真剣勝負に大人も子どもないのだ! そら! ノルン捕まえたのだ!」

「きゃあ! だから胸にしがみつかないでください!」

 

 いつのまにかノルンとイドゥンを交えて、子どもたちは鬼ごっこを始めた。

 その様子を、エイルはディードの隣で微笑ましそうに眺めている。

 

「ああ、本当に子どもは可愛らしいわね。ここに来ると、過酷な戦いも忘れて癒されるわ」

「……まるで人間みたいなことを言うな」

「あら? お気に召さなかった? 『道具は道具らしく振る舞え』とおっしゃるの?」

 

 ディードの皮肉に、エイルは不快になる様子はなく、むしろクスクスと穏やかに笑った。

 

「確かに、戦うためだけの道具なら感情なんて不要かもしれない。でも、わたくしたちの生みの親はこうしてわたくしたちに感情を与えた。それは、きっと意味があることだと思うわ」

「魔導師ディオンがお前たちに感情を与えたのは、そのほうが出力が向上すると結果が出たからだ。ただそれだけの理由だ」

「なぜ、そうなるのか。仕組みは解き明かせたのかしら?」

「……いや。ディオンの記録によれば、できなかったそうだな」

「なら、やっぱり意味あることだ思わない? わたくしたちは感情を得るべくして生まれてきた。そう天に定められたのよ。だから、わたくしとあなたがこうして言葉を交わすことにも、きっと意味があることなんだわ」

 

 優しい微笑みを浮かべて、エイルは距離を縮めてきた。

 

「言葉を通じて、人はわかり合うのでしょ? なら、きっとわたくしもあなたとわかり合うことができるはずだわ。だからディード! 遠慮なくわたくしに甘えてきていいのよ!」

「結局そっちに話を持っていきたいだけだろ、お前は」

「うふふ。バレちゃった♪ ……でもね、ディード? わたくし、本当にあなたの力になりたいの。《褒美》とか、そういうのを抜きにして、ただ純粋に……」

「……なぜ、そこまで俺に拘る?」

「あなたが、良い子だからよ。こうして子どもたちに自分のお菓子を分け与える優しい人が、ずっと傷ついている。そんなの、耐えられないわ」

 

 エイルはそっとディードの手を握った。

 ……温もりが伝わってくる。

 ヒトと同じ、優しい温もりが。

 

「ねえ、ディード。わたくしの前だけでは、子どもに戻らない? あなたには、そういう時間が必要だわ。子どもたちと触れ合っているときのあなたの顔、とっても穏やかよ? きっと、あれがあなたの本当の顔なんだって、わたくしにはわかるわ。わたくしも、そういう顔を見せてくれる相手になれないかしら?」

「……俺に甘えは許されない。【魔王】を倒すその日までは」

「それは、いつまで続くのかしら? その前に、あなたの心が壊れてしまっては、元も子もないでしょ?」

「……俺は、その覚悟でここへ来た」

「そんな悲しいこと言わないでちょうだい。あなたのような良い子が報われないなんて、そんなのわたくし耐えられないわ」

「そんなこと、お前に……」

「道具に心配されるのは不愉快?」

「……」

 

 ディードは言葉が出なかった。

 いつもなら、その通りだと即答できたのに。

 だが、子どもたちに慕われるエイルと、子どもたちと楽しそうに戯れるノルンやイドゥンを見ていると、口が動かなかった。

 

「……べつに人間扱いしてほしいわけじゃないの」

 

 エイルは静かに語った。

 

「ただ、たとえ異なる種族でも寄り添えるとわたくしは信じているの。あの子たちに『母』と呼んでもらえたように」

 

 エイルと目が合うと、子どもは嬉しそうに手を振った。

 エイルも手を振りながら、ディードに優しく語りかける。

 

「マスターのクリスがね? わたくしのことを『大切な友達で家族』と言ってくれたの。……嬉しかったわ。使い捨ての道具でしかないわたくしを、あの子はそう言ってくれた」

 

 彼女なら、きっとそう言うだろうとディードは思った。

 この基地で誰よりも、ずっと【戦乙女(ヴァルキュリー)】と純粋にわかり合おうとしている彼女なら。

 

「だからね、ディード? いつかあなたも、あなたなりの形で、わたくしに素直な心をぶつけてね? それは、決して悪いことじゃないわ。引け目を感じる必要もないのよ?」

「……引け目?」

「気にしているのでしょ? わたくしたちを使い潰そうとしていることが」

「……」

「だから、わたくしに甘える資格なんてないと、そう考えるの?」

「エイル……俺は……」

「わたくしは、気にしないわ。だって、そのためにわたくしたちは造られたのだから。わたくしたちは、運命共同体よ? どんな未来が訪れようと、わたくしはそれを受け入れる。その覚悟はとうにできているわ」

 

 でも、とエイルは悲しげな瞳を子どもたちに向ける。

 

「あの子たちを、残してしまうのが心残りだわ……」

 

 【戦乙女(ヴァルキュリー)】の寿命は、短い。

 たとえどれだけ《褒美》を与えて魔力を回復させても……稼働限界がいずれ訪れる。

 だからこそ、彼女たちは自らを『使い捨て』だと言う。

 

「ねえ、ディード。わたくしは、残酷なことをしているかしら? 近い未来、わたくしはいなくなってしまうのに、あの子たちに温もりを与えてしまった。わたくしがいなくなったとき、あの子たちは喪失感で、傷つくかもしれないのに……」

「それは、違う。エイル」

 

 今度は、咄嗟に言葉が出た。

 ディード自身が、驚くほどに。

 

「お前は、あの子たちに温かい思い出を造ったんだ。それは、きっとこの先、あの子たちの支えになる。たとえ辛くても、きっと明日を生きようと思える力になる。だから……自分がやったことを悔やむな」

 

 ディードの言葉に、エイルは目を大きく見開いた。

 頬を赤く染め、いまにも泣きそうな顔で、ディードを見つめる。

 

「ディード……ありがとう。嬉しい。あなたに、そんな風に言ってもらえて」

 

 ディードも困惑した。

 なぜ、自分はこんなことを口にしたのか。

 ただ……エイルには、後悔してほしくなかった。

 子どもたちの笑顔がここにあるのは、まぎれもなくエイルの存在によるものなのだから。

 その行いを、否定してほしくなかった。

 

「ああ、ディード。あなたは、やっぱり優しい子……クリスと出会えなかったら、きっとわたくしはあなたに……」

「エイル?」

「ノルンには内緒よ?」

「いったい何を……」

 

 口づけをされた。

 ほんの一瞬だけ、唇が触れる程度の。

 ディードは頭が真っ白となって、動けなかった。

 瞳を熱く潤ませたエイルと、間近で向き合う。

 ……綺麗だった。

 艶やかな表情を浮かべるエイルを見て、素直にそう思った。

 

「……たいへん。心部回路がとっても熱いわ。これが、照れくさいって感情なのね?」

 

 エイルはまるで生娘のように恥じらって、赤い顔で微笑んだ。

 その顔をディードに隠すように、エイルは子どもたちのもとへ向かった。

 

「さあ、子どもたち! 走り回って喉が渇いたでしょ? ミルクを淹れてあげましょうね♪」

 

 ミルクと聞いて、子どもたちは鬼ごっこを中断して集まってきた。

 

「ディードもいかが? ……あ、でも、あなたはミルクよりも珈琲がいいかしら?」

「……ああ、そう、だな」

 

 ディードは顔を逸らしながら、たどたどしく応えた。

 

「……いや、待ってくれ」

「え?」

「やっぱり、俺もミルクにしてくれ。珈琲はよく上官に勧められて飲むが……正直、あんまり好きじゃないんだ」

「……ふふ♪ わかったわ♪ じゃあ、ディードには温かいミルクを淹れてあげるわね?」

 

 エイルは嬉しそうに笑った。

 

「はじめて、素直になってくれたわね?」

 

 慈しみが溢れんばかりの笑顔を浮かべて、エイルはキッチンに向かった。

 

 ……べつに、エイルに対して素直になったつもりはない。

 ただ、彼女の前でわざわざ背伸びをして、苦手なものを口にする必要はない。

 そう思っただけだ。

 

 





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