人造美少女と恋人になるだけで魔王が倒せる簡単なお仕事です   作:青ヤギ

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思い出のパンケーキ

 

 人の記憶は『音』から忘れていくものらしい。

 父の声。母の声。

 あんなにも、毎日聞いていた声が、だんだんと思い出せなくなっていくのをディードは感じていた。

 

『ほら、ディード。父さんの魔術で、上手に直っただろ?』

『ディード! 今日のご飯は大奮発よ! あなたの誕生日だもの!』

 

 生まれ育った家の匂いを覚えている。

 暖かな手の感触を覚えている。

 貴重なご馳走の味を覚えている。

 両親の笑顔を覚えている。

 どれも、大切な記憶なのに……。

 

(……ふたりは、どんな声をしていたっけ?)

 

 忘れたくない。失いたくない。

 ディードは願う。

 お願いです、神様。これ以上、俺から何も奪わないでください。

 【魔王】を滅ぼすこと。それ以上は、望みませんから。

 幼子のように、彼は涙する。

 そんな彼の頭を、そっと撫でる手があった。

 

「大丈夫よ、ディード。思い出は消えないわ。たとえ頭の中から無くなってしまったとしても、心はずっと覚えているわ」

 

 エイルだった。

 聖母のように柔らかい笑顔を浮かべながら、ディードを抱きかかえる。

 ディードはなぜか幼い姿になっていて、彼女の体にスッポリと収まる。

 

「かわいい子。愛しい子。わたくしが付いてるわ。だから、怖がらないで?」

 

 心が落ち着いていく。

 母に抱かれたときと同じように、深い安心感で満たされていく。

 この温もりに包まれていれば、何も心配いらない。

 本気で、そう信じられそうな優しい心地を感じて……ディードは夢から覚めた。

 

「……」

 

 まただ。

 また夢にエイルが出た。

 この頃、ずっとだ。

 ディードは、そっと自分の唇をなぞる。

 まだ、微かにエイルの唇の感触が残っている気がした。

 エイルとの口づけを思い出すと、ディードは顔が熱くなるのを感じた。

 早鐘を打つ心臓が憎らしい。

 今更何を動揺しているのか。口づけなどノルンと日常的にやっていることだというのに。

 だが……エイルはノルンと違い《褒美》で口づけをしてきたわけではない。

 その事実が、ディードの心をどうしても激しく揺さぶるのだった。

 

 ……気を引き締めなければ。ディードはベッドから起き上がる。

 上官のベイムダルならば、いまのディードを見ればきっとこう言うだろう。

 道具に口づけをされたからといって、いったいどうしたというのだ?

 その通りだ。

 戦いは激しさを増している。このようなことで気持ちを乱している暇などない。

 今日もディードは冷徹な魔導師として、軍服に袖を通した。

 

 

   * * *

 

 

「【魔王】の分身体が出現した?」

 

 長官ベイムダルの言葉を聞いて、ディードは思わず復唱した。

 ディードを呼び出したベイムダルは、厳かな顔つきで頷く。

 

「北方地域で存在が確認された。恐らく今後、【魔王】の分身体が各地で出現するだろう。──この意味するところはわかるな、ディード?」

「……一年前、『第二世代』が負傷させた【魔王】の傷が回復を始めたということですね?」

 

 【魔王】に対する総攻撃は、実はすでに二回おこなわれている。

 一度目は、【魔王】の拠点を発見した『第一世代』【戦乙女(ヴァルキュリー)】たちによる集中砲火。

 しかし、トドメを刺すには至らず、反撃を受けた『第一世代』は全滅。

 負傷した【魔王】は肉体を分散させ、姿を消した。

 一年後【魔王】に近しいチカラを持つ存在が各地に出現。これが分身体である。

 『第一世代』の総攻撃によって負傷した【魔王】はどこかに身を隠し、各地にばらまいた分身を使って魔力を補給していることが判明した。

 再び【魔王】の拠点を掴んだ『第二世代』の【戦乙女(ヴァルキュリー)】たちは、『第一世代』から受け継いだ戦闘経験をもとに総攻撃を開始。

 ……しかし、これも失敗に終わり、【魔王】は再び拠点を変え、身を隠した。

 そして、こうして分身体が現れたということは、負傷して弱っている【魔王】が本格的に回復を始めたということだ。

 

「ディード。【魔王】が完全に復活を果たす前に、我々は一刻も早く拠点を探さねばならない。今後はより一層の探索の強化、及び、分身体の殲滅が要される。心してかかれ。ここが瀬戸際だ」

 

 ディードは「はっ!」と力強い敬礼を返した。

 今後起こるであろう激戦を思って、打ち震える。

 

 分身体。

 並みの眷属を遙かに陵駕する戦闘力を持つ存在。多くの【戦乙女(ヴァルキュリー)】がこの分身体に倒されたと聞く。

 だが『最後の世代』と呼ばれる残り三十九体の【戦乙女(ヴァルキュリー)】たちは、先達の戦闘経験を自動的に受け継いで目覚めた。

 分身体との戦闘も……そして【魔王】との戦闘も、ノルンを始めとした『最後の世代』たちは熟知している。

 彼女たちならば、勝てる。ディードはそう信じた。

 ……それは決して、感情的な信頼ではない。

 あくまで客観的な予測によるものだ。

 

 

   * * *

 

 

 それから数日。

 眷属との戦いに加えて、【戦乙女(ヴァルキュリー)】による【魔王】の拠点探索が各基地でおこなわれることになった。

 魔導機関の基地は五つ存在する。東西南北に設置された基地と、多くの民間人が住まう中央基地。

 東西南北の基地にはそれぞれ九体の【戦乙女(ヴァルキュリー)】が配属され、残る三体は中央で要人たちと民間人の守護に当たっている。

 中央に存在する三体は、緊急時のための備えだ。結果、戦闘と探索を担当するのは東西南北に位置する四つの基地と、三十六体の【戦乙女(ヴァルキュリー)】となる。

 今日もディードはノルンを遠方まで飛行させ、【魔王】の拠点を探ったが、相変わらず結果は芳しくなかった。

 出撃させては帰還させ、《褒美》を与え、またすぐに探索へ。

 そんな忙しない日々が繰り返された。

 

「お~、よしよし~♪ ディードは偉いですね~♪ いつも頑張っていますね~♪ ノルンお姉さんがたっぷり甘やかしてあげますからね~♪ よしよしよしよし~♪」

 

 そして、いまも探索から帰還したノルン相手に《褒美》を与えているところだった。

 ノルンに膝枕をされ、頭をこれでもかと撫でられている。

 この頃のノルンはどうも、こうしてディードを甘やかす《褒美》を要求しがちだった。

 エイルへの対抗心なのかもしれない。

 しかし、エイルの繊細な触り方と異なり、ノルンのは少し手つきが荒いせいで、ディードの髪はボサボサになっていた。

 気分としては、世話のヘタクソな飼い主に無理やり撫でられる愛玩動物になったような心地だ。

 

「……おい。いつまでやってるんだ? もう充分に魔力は回復しただろ?」

「ま、まだです! あともうちょっとだけ! ナデナデの次はディードのほっぺにいっぱい愛のチューをしてあげるのです! なので、んちゅ~♪」

「時間が惜しい。《褒美》は終わりだ」

「あ~ん、ディードのイケズ~!」

 

 唇を数字の「3」のような形にして迫ってくるノルンを押しやり、ディードは起き上がる。

 

「数分経ったら、また探索に向かってくれ。今度は山岳付近を探るぞ」

「待ってくださいディード。いくらなんでも間を置かずに出撃し過ぎです。いえ、私はべつに疲れないので問題はありませんが……ディードの場合はそうもいかないでしょ? この頃、ちゃんと休めてますか? 顔色が悪いですよ?」

 

 ノルンが心配するのも無理はなかった。

 最近のディードは寝る間も惜しんで、ノルンを探索に向かわせ、知覚同調の魔術を連続使用している。

 知覚を共有する魔術は、魔力を消耗するだけでなく、術者の精神力にも負担がかかる。

 いまのディードは、明らかにオーバーワークをしていた。

 ……だが、ディードからすれば、それだけのことをしなければならない状況なのだ。

 

「こうしている間にも【魔王】は傷を癒して力を取り戻そうとしているんだぞ? なんとしても早期発見し、倒せるうちに倒すべきだ。そうだろ?」

「それは、そうですが……でも、このままではディードの体が壊れてしまいます! 感覚を共有しているからわかります! いまのディードの体は休息を必要としています! お願いです! 今日はどうか休んでください!」

「……わかった。あまりお前を酷使したら、長官にどやされるからな」

「もう~! 私のことはいいんですってば~! はい! ベッドに横になってください! 私が子守歌を歌ってさしあげますから!」

「いらん」

 

 渋々といった様子でディードはベッドに横たわる。

 瞬間、ドッと重たい疲労感が襲ってきた。

 ノルンに偉そうなことは言ったものの、やはりディードの体は限界の手前だったようだ。

 

「うんうん♪ 今日のディードは素直で嬉しいです♪」

 

 大人しくベッドに入ったディードを見て、ノルンはご機嫌な顔を浮かべた。

 

「そうだ! 何かおいしい食べ物を用意します! 何か食べたいものはございますか?」

「べつに……食えるものなら何でもいい」

「もう~、いつもそう言いますねディードは」

「いまは戦時下なんだ。食糧があるだけでもありがたいんだぞ。選り好みなんて贅沢なんてできない」

「そうは言いますけど、ディードにだって好物はあるのでしょ?」

「……まあ、あるにはあるが」

「教えてください! ディードの好きな食べ物、私知りたいです!」

 

 赤い眼をキラキラさせて、ノルンが尋ねてくる。

 好きな食べ物。

 貧しい家で育ったディードは、もともと贅沢な食事などできなかった。

 いつも出される料理に文句も言わず、感謝をしながら食べた。

 だが……誕生日にだけ出される、ある手料理の味だけは特別だった。

 

「……パンケーキ」

「え?」

「パンケーキを、よく誕生日に作ってもらった。それが一年で一番の楽しみだった」

 

 パンケーキと言っても、随分と不格好で、世間に出回っているようなフワフワとした生地ではなかったが。

 しかもクリームや蜜や果物のようなトッピングなどもない、ただ素材だけの味を楽しむパンケーキ……だが、それこそがディードにとっては思い出の味であり、母との大切な記憶だった。

 そして……もう二度と味わえないパンケーキだ。

 だから、ディードには好物などない。あの味を、再現できない限りは。

 

「……」

 

 そうノルンに説明しようと思ったが、口がうまく動かなかった。

 どうやら、思っていた以上に、体が睡眠を求めているようだ。

 

「パンケーキ! それがディードの好物なのですね! ……ディード?」

「すぅ……」

「ふふ、寝てしまったのですね。可愛らしい寝顔……ん」

 

 ノルンはそっとディードの頬に口づけをし、静かに眠る主を見守った。

 

「ゆっくり休んでください、私の愛おしい人」

 

 蕩けるような眼差しを向けながら、ノルンはディードの頭を撫でる。

 いつも頑張っている、大切なマスター。

 もっと彼の役に立ちたい。でも、最近はなかなか彼の望むような結果が出せない。

 せめて、彼の疲れを癒し、元気にさせてあげたい。

 いったい、どうすればいいだろう。

 ディードの寝顔を見つめながら、ノルンはそんなことを考える。

 

「……そうだ!」

 

 ノルンはひとつの名案を思いつく。

 きっとディードも喜んでくれる。そう信じて、ノルンはエイルのもとへ向かった。

 

「エイル姉さま!」

「あら、ノルン。どうしたの?」

「実はお願いがありまして……」

 

 嬉々とした顔で、ノルンはある提案をエイルに伝えた。

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