【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
皇紀4900年12月30日。
横田家では毎年、今日を大掃除の日と定めている。この日ばかりは一切の来客を断り、新年を清々しく迎えるべく、総出で広大な屋敷を徹底的に清掃する。
ユイたちは清掃の邪魔にならぬよう、屋敷の外へと連れ立って出た。向かう先は、敷地内の一角にある広大な霊園。横田家にゆかりのある者たちが眠る、静謐な場所である。横田家現当主の妻であり、ユイの実母である横田ユリアの墓も、この場所にあった。
ユイは「横田宗家」と刻まれた巨大な墓石の前で、静かに手を合わせた。今日の彼女は黒を基調としたシックなワンピースを纏い、胸元には母の形見であるペンダントが鈍く光っている。墓前には色とりどりの花束が供えられ、線香の煙が冬の風に揺れていた。
ユイの母親は、彼女がわずか3歳の頃に他界している。幼すぎたユイはその面影をおぼろげに覚えている程度で、母の顔は写真を通じてしか知ることができない。レイも一度その写真を見せてもらったことがあるが、吸い込まれるような青い瞳と長い金髪を持つその美貌は、現在のユイと生き写しであった。
皇国に限らず、地球からの移民として長い歴史を刻んできた現在の人類は、人種的な特徴が複雑に混ざり合っている。髪の色も多種多様であり、金髪自体は決して珍しいものではない。しかし、ユイの母は皇国出身ではなく、地球自由連邦の貴族家系の出身であったという。
非業の死を遂げた理由は、星系間を移動中だった客船の大破。乗客・乗員全員が命を落とすという、死者千人を超える大惨事であった。当初は事故と思われていたが、後の調査でテロと断定。だが、実行犯の正体は今なお霧の中に包まれている。
「よし! 行こっか」
「もういいのか?」
「うん、お母さんに色々報告できたから」
ユイは組んでいた手を解くと、晴れやかな表情でレイに向き直った。
「じゃあ、カズミさんのところに行こっか」
横田宗家の墓を後にし、しばらく歩を進めると、傍系や遠縁の墓が並ぶ区画へと入る。その中の一つ、「星菱家」と彫られた墓石の前に二人は辿り着いた。
レイが手慣れた様子で桶から柄杓で水を汲み、墓石を清める。ユイは携えてきた花束を左右の筒へと丁寧に供えた。線香に火を灯すと、レイは墓石の前に佇む。
ここに眠るのは、レイの母親、星菱カズミ。
生前のカズミは、高位の術官であると同時に、星菱重工の優秀な開発者でもあった。主な実績は
当時7歳だったレイは、母の死の真相を求めて父に問い質したが、開発会社の社長という立場にある父が口を開くことはなかった。仕事一筋で母子を蔑ろにしていると感じていたレイにとって、沈黙を貫く父への不信感は、これを機に決定的な断絶へと変わっていった。
カズミは横田家の遠縁であり、ユイの母ユリアとは旧知の仲であったという。そのため、生前の彼女は頻繁に横田家を訪れており、幼いユイとも深い交流があった。ユイにとって、カズミはもう一人の母親のような、温かな存在だったのだ。
母親の葬儀の日。レイはその光景を今でも鮮明に、痛みと共に覚えている。押し寄せる弔問客。挨拶回りに忙殺され、息子の悲しみに寄り添う時間さえ持たない父。レイは一人、離れた場所でこらえきれない涙に暮れ、うずくまっていた。
そんな彼に声を掛けたのが、同じく7歳だったユイだった。
「泣いているの? レイ」
「だって……」
「あのね。アタシのお母さんって、事故じゃなくテロだったの」
「……テロって?」
「んー、お父さんがいうには、しゅぎしちょう? がどうのこうのとか……」
「何だよ、それ」
「よく分かんない」
問答を交わすうちに、レイの涙はいつの間にか止まっていた。
「アタシはね、そんな悲しいことが起きないようにしたいの。お母さんの残した言葉に『人には、その人に合ったことを為さねばならない』ってあるの。よく分からないけど、アタシはそんな大人になりたい。レイのように泣かなくて済む世界にするのよ」
「世界……?」
「そう。でも一人だとタイヘンだから、レイも力を貸してくれる?」
ユイは、小さくも力強い手を差し伸べた。
「いっしょに世界を変えよ?」
後になって考えれば、ユイの語った言葉は、高貴なる者の義務――『ノブレス・オブリージュ』そのものであった。確かに彼女は高貴な生まれであり、その魂は気高い。そして彼女ならば、本当にこの歪んだ世界を変えてくれるのではないか。幼いレイは、直感的にそう感じた。
「……うん」
レイはユイの手を取り、立ち上がった。自分に何ができるかは分からない。けれど、これからは彼女のために生きよう。そう心に深く刻んだ瞬間だった。
――
あの日交わした誓いを反芻しながら、レイは母の墓前から顔を上げる。
「もういいの?」
「うん」
「じゃあ、帰ろうか」
手桶を片付け、二人は墓前を去る。
レイは数歩歩いたところで足を止め、一度だけ振り返った。
(母さん。ボクはユイのために生きるよ。彼女の進む道を遮る者がいれば、ボクが必ず排除してみせる。たとえそれが、連合だろうが連邦だろうが帝国だろうが――皇国だろうがね……)
続く