【第二部開始】人型機動兵器ヒューマンフレーム・ゼロ 作:ガルカンテツ
Part-A
皇紀4901年1月2日。広大な執務室に、一人の男性の姿があった。
白髪の混じるオールバックの髪、そして口元に蓄えられた威厳ある髭が、その人物の風格を物語っていた。最高級の黒檀で作られた机に、使い込まれた本革の椅子。男はそこに身を預け、手元の書類を静かに精査している。
この男性こそ、皇国民12億の頂点に戴く第252代
帝が峻烈な面持ちで執務に当たっていると、重厚な扉が控えめにノックされた。
「どうぞ」
「失礼いたします」
入室してきたのは、燕尾服を完璧に着こなした初老の男性。宮内庁の侍従長である。
「陛下、そろそろお時間でございます」
「もうそんな時間か」
本日は新年一般参賀が行われる。皇居において、帝をはじめとした皇族が国民からの祝賀を直接お受けになる、国にとって極めて重要な行事だ。
「少し待ってくれ。この書類にサインを済ませてしまう」
「このような日に、執務をしておられるのですか?」
「ああ。先日のNGS 6633宙域遭遇戦を受け、ヨソン国が捕虜の返還を要求してきている」
「いかがなさるおつもりで?」
「ふん。国際法に則り、海賊として処断する。至極当然の話だ」
「赤壁連合ですか。裏で様々に策動しているようですが」
「どうやら新星系にまで手を伸ばそうとしているようだが、そうはさせん」
「皇国5000年の悲願、でございますからね」
帝は署名を終えると立ち上がり、書類を侍従長へと手渡した。
「この書類を内閣府へ」
「御意」
「では、参ろうか」
「はっ。既に皇后陛下とミヤコ殿下もご到着なされております」
「うむ」
――
皇居が一般参賀の祝賀ムードに包まれている頃。同じ皇都に構える国防省は、それとは対照的に蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。
三年に一度の観閲式と観艦式が、それぞれ1月4日と7日に控えているためだ。正月休みを返上し、職員たちは準備に追われている。本来ならば別の時期に開催されるのだが、本年の帝の外交日程を考慮した結果、この時期に強行せざるを得なかったのだという。
『かが』の飛行長、春日ツクモ3等武佐もまた、観艦式の調整のために国防省を訪れていた。
広い廊下を歩くツクモは一人ではなく、その左右を二人の少女が固めている。
「なあ、俺のことはいいから、好きに休めと言ったはずだが?」
「分家の私達にとって、ツクモ兄ぃ……ではなく、春日ツクモ様をお守りするのは当然の義務。そして、私達が望んでしていることですから」
ツクモが困り顔で苦言を呈するが、右側を歩く茶髪ショートの少女、背振山モモは泰然と返し、決して大きくはない胸を張った。左側に並ぶ背の高い少女、高良台ツクミも、同感だというように深く頷く。
モモとツクミは第401人型機動戦闘飛行隊・第二中隊に所属する、ツクモの直接の部下だ。と同時に、五大武家の一つ・春日家の分家に生まれた二人は、ツクモの「盾」として幼少期より教育されてきた背景を持つ。
「勘弁してくれよ……」
肩を落としたツクモ一行が廊下を進むと、曲がり角から一人の男性と二人の少女が姿を現した。
「これは、入間1等武佐。お久しぶりです」
「ツクモか。久しぶりだな」
男性はツクモの旧知の仲のようだ。互いに一定の距離を保ち、相対する。
白を基調とした『かが』の制服に対し、現れた男性は黒の詰襟。随伴する二人の少女も、黒地に鮮烈な赤のラインが入ったセーラー服を着用していた。
皇国において、帝と皇族を護る最精鋭部隊――近衛師団の制服である。
近衛師団は警衛を主任務とする一方で、帝直属の切り札として特殊任務に投入されることも多い。特戦群、第一空挺団と並び、皇軍三強の一角に数えられるエリート集団だ。
「ツクモも打ち合わせか」
「ええ、正月返上の忙しさですよ。入間センパイも観閲式の件で?」
「ああ。まさか松の内に執り行うことになるとは思わなかったがな」
和やかな旧交の温めか――モモがそんな風に呑気な感想を抱いた瞬間。
「ところでツクモ」
唐突に、周囲の空気がひりついた。
「なぜ近衛から異動した」
殺気にも似た鋭利な「気」が肌を刺し、モモは思わず腰の刀の柄に手をかけた。
「貴様は、まだ近衛の第一線で活躍できたはずだ」
「やだなぁセンパイ。俺はもう26ですよ? HF乗りとしては、もう『上がり』の年齢です」
「第一空挺団を見ろ。貴様より年上の化物がうじゃうじゃいるぞ」
「あんなバケモノ共と一緒にしないでください」
「『春日の
「年ですよ。それよりも今は、後進を育てたいと思いましてね」
「ほう。その二人が、例の00期生か」
入間の鋭い眼光が向き、モモの身体が極度の緊張で強張る。隣のツクミも硬直しているようだ。
「遭遇戦の話は聞いている。大勝だったそうだな。零式は、実に良い機体のようだ」
「ええ、私の自慢の部下ですよ」
「だが、生身の腕はどうかな。――ユウ」
入間の右隣にいた少女が、静かに一歩前へと出た。
無造作な動作で抜刀し、剣先を天に向ける『トンボ』の構えを取る。
「モモ、ツクモ兄ぃをお願い」
「ツクミ?」
先に硬直を振り払った高良台ツクミが、一歩前に出て抜刀した。
高く結わえた黒髪のポニーテールよりもさらに高く、刀を大上段に構え、敵を睨み据える。
「ちょっと、センパイ! こんな場所で! 『殿中でござる』なんて騒ぎにしたいんですか!?」
「単なる腕試しだ、ツクモ。腕の一本くらいなら、この施設の最新医療ですぐにくっつく。ユウ、存分にやれ」
「ちょっ!」
ツクモの抗議など露ほども介さず、二人の少女の間で膨れ上がった気が一気に臨界点に達した。
入間が、合図の指を鳴らす。